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しおりを挟む「セイ・キシュタール」
「なに?」
「――あなたはこの世界の主人公ではありません」
何を言われたか、理解できないとでもいうようにキシュタールが首を傾げる。
「この学園はゲームではありません。私達はキャラクターではありません。あなたのヒロインでもライバルでもモブでもありません」
「…………は?」
「この世界では好感度が見えたりしません。スキップ機能もセーブ・ロード機能もありません。スチルを閲覧できる倉庫もありません」
「………………なに、いって」
「あなたに世界そのものは操れない――この世界が、只人であるあなたを中心に回っているはずがないのですから」
口を挟ませることなく全てを言い切って、私は術のひとつを行使する。
瞬間、手元に本が出現して、すぐさまかき消えた。
「次期『司書』権限においてシェライラ・ヒメネス・エンディアが行使する――禁書三千二百八番第五項『世界の状態遅延』……範囲限定」
世界一の大聖堂、世界一の大闘技場、世界一の大図書館。
それらの長は、神の慈愛を形にして人間に与えることができる。一口に言えば神と人との仲介役だ。
奇跡を与える大聖堂は『祈り子』が、力を与える大闘技場は『覇者』が、そして知識を与える大図書館は『司書』がその役目を担っている。
この世界には図書館の職員は図書員と呼ばれ、『司書』は大図書館の長のみである。
特殊能力を有している私はエンディアという三つ目の名を持ち、『司書』になることが幼い頃から決まっていた。
『司書』はいくつかの権限を持っており、私も次期『司書』としてその一部を許可されている……禁書の持ち出しは、自宅謹慎一年以上の罰則ものだが。
今はその罰も受けてでも、この現状を打破しないとならなのだ。
術は成功した。しかし、結果は――何も、変わらなかった。
固唾を呑んで場を見守る周囲も、私達も、何も。
だがこれはそういうものなのだ。次の術を行使するまでは、これでいい。
何を言われたのか、されたのか未だに理解しきれていないキシュタール。
ただ数度か瞬きをして、ようやく何かに思い至ったのか目を見開いた。
「…………あっ! わかった。あんたバグじゃねえ、ゲーム管理側だろ!? よくあパターンだなぁ」
「管理、ですか」
「何だよ、それっぽく神の使徒とか言えってのか? 来るの遅いんだよ……記憶が戻ってから何も説明なかったせいでクソめんどくさかったんだぞ。人様を招いてるんだったらちゃんと管理しとけよ、グズ」
……ああ、駄目だ。
これだけゲームの用語を使ってもそれ自体に反応しない。やはり言葉は無駄だったのだと、目眩すらした。
この世界におわす神は、人にそのお声を聞かせ思し召しされる。それ以外で起こる事象を、奇跡とは呼ばない。
セイ・キシュタールという人間の魂が、ただ前世で『魔術騎士と花の淑女』をプレイしたことのある魂だった。その正真正銘の偶然を、生まれ持った特異体質と恵まれた能力ゆえに、奇跡の転生と思い違えてしまったのだ。
「あんたがシェラの姿でそんなこと言うってことは何かのフラグ失敗したんだなぁ……やっぱ初っ端からハーレムは無理目だったか。ま、いいや。ニューゲームで」
「……新たにやり直すと?」
「そう、早くしろよ。今度はミルかレイのチョロいところからやるから。シェラとリアは二週目から攻略可だし、さくさくやらないとな」
そう、平然と目の前の男は言い切った。
〝前世の記憶を保持してゲームの世界に転生した〟から〝ゲームと同じく何度でもやり直せる〟と……本当に、疑っていないのだ。
ならば、もう現実の人間である私が諭せることはない。
「ジオ様、わたくしはこの術で魔力が尽きます」
「そうか」
私が何の術を使うのか、知らずとも予想はつくのだろう。
さらりと頷くジオ様の声音は、後は全て任せろとばかりに聞こえた。
「わたくしのこと、頭のおかしい女とお思いかもしれませんが、どうかお嫌いにならないでください」
「エンディアの名を継ぐお前が多くを識るのは当然だ。私の秋薔薇よ、禁書を使うお前を止めない私こそ厭うてくれるな」
「何やってんだよ! クソザコ王子なんかどうでもいいから、早くプロローグに戻せ!!」
わめき立てる男を一瞥し、ジオ様が私の耳元で小さく囁く。
「『盾の光をここに』……お前が万一し損じても、私が片付ける」
「……それは、あの男の魔力を尽きさせるおつもりで」
「ああ。打ち合いになれば私の魔力が勝る。生徒に被害は出させんが、しばらく学園は機能しなくなるだろう。しかし危険思想の芽は捨て置く訳にもいくまい」
「……必ず、成功させます」
私の行使する術は、本来なら高位の神官のみが行えるものである。
失敗すれば自らに返ってくる。しかしそのリスクを無視しても、やらねばならない。
「早く、早く……オイ、早くしろって!!」
ついにしなだれががる皇女を振りほどいた男が、私へ襲いかかろうと詰め寄る。
その手を弾いたのはジオ様の光の結界だった。
完成した術を、行使する。
「次期『司書』権限においてシェライラ・ヒメネス・エンディアが行使する――禁書六十一番第二十二項『魔力門の閉鎖』」
再び、今度は別の本が出現し、また消える。
目映い光を放ちながら、術が男の全身を包む。
それがニューゲームへの前兆だと思ったのだろう、満足げに目を閉じた男は、光が消えてもその場に留まっていた。
「……あれぇ?」
ぽつりと、幼い響きの呟き。
「オイ、失敗してんじゃねえか」
「いいえ、成功しました」
「はぁ? シーン戻ってねえじゃん。使えねえなぁ……春の桜の木の下! リアとの初対面だろ!?」
「あなたの魔力を放出する体内の門を閉じました。世には魔力がない人が半分近くを占めるので、生きることには不自由しないでしょう」
「何、バッドエンドまで用意してんのかよ。あーあー、めんどくせえ。いつからニューゲーム可能?」
「ジオ様、もうよろしいかと。魔力門を閉鎖すれば特異体質者でも術は使えません。学園内なら状態遅延がかかっているので、呪術の消失による反動はまだ訪れませんから……」
会話することを諦めた、ちぐはぐな台詞の出し合い。
男の声を聞くことなく、ジオ様は力の抜けた私を片手で支えたまま素早く魔術で男の身体を拘束した。
受け身も取れず、ただ倒れ込む男。
それを見下ろす周囲の目が、少しずつ変化する。ジオ様の輝きと呪術の間で揺れていた意識が、元のものへと戻っていく。
本来ならば唐突に視界が明瞭になったかのように変わるものが、ゆっくり夢から覚めていくように。
得体の知れないモノに支配されていた事実を知り、驚愕と嫌悪の視線へと。
ざわめく周囲。どこかで聞こえる小さな悲鳴。
最も男に近かった男子生徒が、男を殴ろうと拳を振り上げた。
「誰も動くな」
しかし、鋭いジオ様の言葉にそれを振り下ろすことは叶わない。
「気分の優れぬ者は隅の席へ着席することを許す。しかしそれ以外動くことは許さない」
「し、しかし! アンブロジオ殿下、この男は、この男は……!」
「私刑は許可しない。王国法に則って、人心を操ったこの男は処されるのだからな」
男を最も許せないのは、ジオ様だ。
無理矢理弱者にされ、矜持を踏みにじられ、学園内で笑い者にされ、妹の未来や婚約者を奪われた。
それを抑えてこの場に立つ彼の言をその生徒が無視できるはずもなく、深く礼を取った彼は壁際に避けていった。
「さて、セイ・キシュタール……とは言い切れないか、何者かが混ざったキシュタール。お前の罪を詳らかにしよう」
「放せっ、クソザコ王子! 俺を誰だと……!」
「誰だと? おおかた前世の記憶が表出した只人だろう。我が王家にも数世代前にひとりいたのだ。前世料理人だったその王族は、食文化で大きく貢献した偉人である」
さらりと告げられた事実に、思わず目を見開く。
確かに、この世界の食は非常に豊かで、さる王弟がその文化発展に尽力していたのは知っている。まさか思ったよりも近くに前世の記憶持ちがいるという証拠があったとは……
だからジオ様はあの男が聞いたこともない言葉を当然のように話しても黙っていたのだ。とても冷静だった彼の対応に、今納得がいった。
「前世を識るのはお前だけではない。ゆえにお前は特別な存在ではない。理解できるか」
「うるせえ!! 俺は主人公だっ……お前は皆に笑われて、断罪されてりゃいいんだよ! たかがゲームキャラの分際で!」
「『沈黙の闇をここに』……お前がわめくと話が進まん。さて、まず皆に告げておこう」
声なき声で叫び続ける男を尻目に、ジオ様はぐるりと周囲を見渡す。
「この男、セイ・キシュタールは前世の記憶が表出した者であり、また特異体質者である。私の見立てでは、前世にこの学園生活を垣間見るかのような創作物に触れていたように思う。ライラ、合っているか」
「はい。セイ・キシュタールはある種の遊戯により、その登場人物となっていた私達のことを知っていたつもりのようです」
「ハッ……愚かだな。現実と虚構の違いすらわからんとは。しかし、その思い込みに特異体質が重なって、此度の騒動が起こった」
ジオ様は、この男がどんな術を使ったのか正確に分っているのだろうか。
私はこれ程様々な人心の操作ができる術を、ひとつに纏めるのは難しいと考えているのだが……
そう思う私とは裏腹に、ジオ様は口元を歪め傲慢そのものの笑みを浮かべた。
「この男が振りまいている術は〝セイ・キシュタールは主人公である〟という暗示の呪術だ。一口に言うと簡潔だが、これが非常に面倒なものだと私は考えている」
「面倒、とは……」
「これには具体的に何をするか指示がない。しかし大多数の人間は『主人公』を想像できるだろう。物語のそれらは大抵が皆に好かれ魅力ある者、輝かしい者だ。ゆえに術を受けた当人は必死で男を立て、男の好むこと模索し実行をし、常に全ての中心でいさせようとする。そして主人公を嫌う者は完全な悪であり、主人公に破れて消え去っていくのだと思い込む」
「……自主性を残した暗示だからこそ、彼女達はただ好意を向けるだけではなかったのですね」
「ああ。『主人公』という概念を完成させるには対立者が必要だ。『悪役』がいてこそ主人公は輝くからな」
「そんな……」
そんな身勝手な呪術でジオ様の輝きは曇らされていたのか。
もしかしたら、王族としての生命は終わってしまうかもしれない。そんなところまできていたのに。
悔しくてつい噛んでしまった唇を、彼の指が少し強引に開けさせた。
「お前が傷つく必要などない。私はこうして、今も王族として立っている」
「ジオ様……」
「この男がお前も苦しめていたことは、業腹だがな」
ほんの少しだけ濡れてしまったその指を、彼は何気なく自らの舌で舐め取る。
そんな場合ではないとわかっているのに、恥ずかしくてそちらを見ることができなくて私は目を逸らした。
……小さな忍び笑いが聞こえたので、それがわざとなのだとはわかっていたが。
「――私に対するこれまでの不敬は、不問とする。今後同じことが二度となきように学園の結界の改良を国王陛下に進言した。今まで結界内とは言え、良くも悪くも術に無防備過ぎたからな……しかし、誰もが疑うことなくセイ・キシュタールの術中に嵌まっていたのは恥ずべき事実である」
ほんの少し、その声音から感じる力が強まった。
周囲の生徒が自然と背筋を伸ばす。彼の声を聞くために。一言も聞き漏らさないために。
「この栄えあるリディシオン王立学園の生徒は、結界に頼り切り安堵するだけの凡愚ではないはずだ。今までの己を恥じるのであれば、心身の研鑽をせよ。私は共に前を向く者に期待している。皆、励め」
瞬間、誰もが礼を取った。
強烈な鼓舞に、身体を震わせる。
今宵ジオ様のお傍にいて、この方は常に他者から様々な視線を受けているのだと気づいた。
学園があるべき形に戻ったからこそ断言できる。
――私などではなくこの方こそ、皆の憧憬そのものなのだ。
私の眩しい方。その全てが輝かしく……いとおしい。
「さて、次だが……」
すう、と彼が視線を巡らせる。
察した数人が声を上げると、ジオ様は軽く頷いた。
そして追い立てられるかのように、三人の少女が私達の目の前へ近づいてくる。
侯爵令嬢は冷や汗が流れる顔を青くし、聖女は止まらない涙をぬぐっていた。
もしかしたら先にジオ様と話したことで身の内に疑問が湧いていたのだろうか。術の切れた反動はまだないものの、予想するより冷静だった。
逆に皇女は男に手ひどく振りほどかれていたのに、ずっと微笑んだまま。
どちからと言うと表情に乏しい人だったが……術が深く入り込み過ぎて、未だに戻ってこられないのかもしれない。
「お前達の不敬も不問となったが……侯爵息女レイル・アイズ。お前は我が王国騎士団の第二団長と婚約中だったな。孫娘の愚行に恥じ入った総長が婚約解消を申し入れたそうだ。尚、総長は身辺処理を終えた後に勇退の運びとなった」
「そ、んな……! 御爺様が、いえ、わ、私とてその男に、操られ……」
「聖女ミルリエ。お前には近く聖堂から聖女解任の知らせが届くだろう。結婚以外で聖女が任を解かれるのは非常に恥だが、受け入れろ」
「やっ、いや、いやです! わたしはちゃんとっ、ちゃんと頑張ってきました!」
ジオ様の声音は冷静そのもので、涙混じりの声にも決して揺らぐことがない。
いつか彼が言っていた。〝感情に支配された分だけ罰は訪れる〟のだと。
……もう、手遅れなのだ。
第二王子殿下への不敬が許されても、暗示にかかっていても、その身に起こったことは消せない。
先程あの男が肉体的に関係していたと思わせる発言をしていたし、交われば魔力が残るこの世界では、専門の魔術士に調べられればわかるのだ。
婚約中に不貞を働いた侯爵令嬢。純潔でなくなった聖女。偽りの恋心を失った結果は、それしか残らないのである。
「…………お……お前が、お前がお前がお前が!! お前が全部ッ、あああぁぁ!!」
大きく踏み出した侯爵令嬢を、誰も止められなかった。
言葉を封じられたままもがく男に、その足を振り下ろす。
強く踏みつけられた男は動きを止め、首を巡らせると彼女に気づいた。
何をされたのか意味がわからないのか首を傾げ、それからゆっくりと視線をその隣へ向ける。
「い、いやあぁぁっ、汚い、汚い汚い汚い! 気持ち悪い、あっちいって、見ないでっ、いやぁ……!」
肩を震わせて、男の視線から逃れるように身体を小さく縮めて泣き叫ぶ聖女。
男は呆然と、その様子を見ていた。
本当に、何が起こっているのか理解できない。そう言わんばかりに。
「……誰か。これらを別室へ」
泣き叫ぶ声が細く尾を引いて、ホールから消える。
胸が痛む。だが私は決して声をかけてはならない。たとえ同情したとしても、それを表に出してはいけないのだ。
私はもう、立つ位置を決めてしまったのだから。
「……皇女アルマリール・エリシュ・ジュエラル」
「なに?」
「お前は、わざと抗わず術にかかったな。いや、おそらくほぼ正気だろう」
「…………ぇ」
出すはずのない声が、勝手に出てしまった。
だって、そんなことがあっていいのか。
幼い頃から神童と呼ばれ、いくつもの魔道具を開発し術の研究論文を発表してきた彼女が……
この賢い人が、なぜそんな愚行を行ったのか、全く理解できない。
「そう。よくわかったね、王子」
「なぜか、理由と問うたら答えるか」
「未知だったから」
あっさりとそう言い放った皇女は、蕩けたように妖艶な笑みを見せた。
「私は、未知が好き。学んだことは忘れないから、既知はつまらない。セイは私の未知をたくさん知っていた。手を繋ぐことも、口づけも、抱き合うことも、全部が未知だった。彼の理解しきれない思考も、だんだんおかしくなっていく皆も、観察していて楽しかった」
「私と婚約しているのを理解しての行動か」
「うん。だって私、別に婚約したくなかったし。どうして私が嫁がないといけないの? 研究室も書庫も、持って行けないのに」
賢さゆえに、逆に一周回っておかしくなる。そういう部類の人間がいるのは、どの世も同じだ。
……この皇女は、その典型例だったのだ。
自らの欲を満たすためなら、己を含めどうなっても構わない。そう、本気で思っている。
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あまりの事実に、ただでさえ力の入らない足元が揺れる。
恵まれた良縁だと祝福しようとしていた自分の愚かさと、ジオ様が皇女と共にならなくてよかったという安堵が私を襲う。
強く腰を抱いて、そんな私をしっかりと支えてくれたのは当然ジオ様だった。
「大体、どうして女は純潔を守らないといけないのに男は許されるのかわからない。王子だってヒメネス辺境伯令嬢に手を出している」
「ハッ……ライラに恥をかかせる不義理などしていない。そも、貴様との婚約は昨日付で破棄されている。今頃使者が応接室で待ち構えているだろう。セイ・キシュタールのみならず他の男とも関係していた貴様相手に、穏便な解消は必要ない」
「へぇ、よく調べている。たくさんと寝るのもまた未知で楽しい」
「……おそらく王族籍を剥奪されるだろうに、よくその平然としているな」
「別にいい。個人的な資産はあるし、未知と触れあえれば皇女じゃなくても」
淡々とした応酬を、彼の腕の中で聞く。
うまく動かない身体の中で、唯一胸だけが熱い。
温かいのではない。燃え上がり、焦げ付くほどに熱いのだ……怒りと、憎しみで。
これ程までに、怒りを覚えたことがあったろうか。
感情に支配されていない、ただの好奇心だから彼女は何を失っても罰にならないのか。
王族としての矜持もなく、おかしくなっている周囲を楽しみ、未知だからと数多の男に身を委ね、責務である婚約すら汚す。
なにより、彼女は自ら進んでジオ様を貶めたのだ。好き嫌いの感情ではなく、ただ楽しいから。
そんな身勝手な人を、私は一時でも好ましいと……
『……さすが。本当に、わたしの未知を知ってるあなた自身が図書館のよう……ふふふっ』
いつかの放課後、夕暮れが美しかった図書館を思い出した。
「アルマリール・エリシュ・ジュエラル第四皇女殿下」
「うん、なに?」
「次期『司書』として、あなたの大図書館立ち入りを禁じます」
震える右手で彼女を指さし、そう告げる。
どこかから古い鍵のかかる音がした。
「………………え?」
「正しく知識を使わぬ者。禁書を広める者。本を傷つける者。『司書』及び図書員に心身の害を及ぼす者……以上の者を、私は大図書館から弾くことができます」
「え? え? なんで? 成人したら入れるんでしょ? たくさん未知があって、一生かかっても読み切れないって、え? どうして? え」
「あなたがあの館に足を踏み入れると思っただけで、私は目眩がします」
「ど、どう、どうして? どう……え? 未知は? わたしの未知。え、ええええぇ??」
これくらいしか彼女に知らしめることができないのだ。
己が悪いことをしたのだという自覚が、全くない彼女に。
……いや、違う。そんなのは後付けの理由だ。
これは紛れもなく私怨だ。
私は許せないのだ。身勝手に楽しみ、自滅しても飄々としている様が。
今この身が自由に動かせるのなら、頬のひとつも叩いてやりたいくらい。
それができないから、彼女が最もダメージを受けるだろうことをしてやった。知りたくても味わえない未知を、目の前につきつけてやったのだ。
「ライラ、何て顔をしている」
「……ジオ様?」
口元がひくつき、声が震えた。
私の顔をじっと覗き込んだ彼は、ため息をついておもむろに手を翳す。
それは私の目をすっかりと覆い隠してしまった。
「ジオ様、何を……」
「お前が私刑をせずとも、この女は南方スウ帝国の大闘技場で無償奉仕をすることが決まっている。闘者の魔道具などを延々と修理する仕事だ。手ぬるいことこの上ないが、そこに未知などない」
「え……」
それは醜聞のある皇女と言えど、あまりにも扱いが低い。
闘者は荒っぽい人が多く、護衛を置いても貴族令嬢が見に来るのは勧めないと『覇者』様にも言われた程だ。
そんな場所で無償奉仕など、まるで彼女がどうなってもよいとでも言わんばかり……
「この女との結婚を期待して、失望したのはむしろ隣国の方だ……婚約前、我が国で冷害があったのは?」
「それは、存じていますが」
「被害の救済支援をする代わりに、結婚後の第三子以降は隣国へ養子に出される密約が結ばれていたのだ。調べてみれば、幼少時からこの女は危険視されていて、国外には追い出したいもののその才だけは惜しかったらしい。受け継ぐ者を、ということだったが……結局このような形になってしまったな」
落ち着いたジオ様の声が、私に平静さを取り戻させる。
ああ、私は何て醜く恥ずかしい行いをしてしまったのだろう。
我を忘れて禁止されていた私刑をしてしまった。しかも『司書』権限まで使って。ほしがりそうな物を取り上げて自慢げになるなど……まるで子どものよう。
「あ、わたくし、何てことを……」
「いや、むしろお前のそれすらぬるい。立場も責務も忘れ、己の欲を優先したこの女はあまりにも悪質だ」
「い、いいえ、取り消します。いくら何でも私怨が過ぎますから」
「お前が気にするならそれでもよいが、かの国の使者は是非維持してくれと頼むだろうな。婚約破棄の場で見た代理人は、拷問官も逃げ出す程の形相だった」
疑問の声のみを、まるでそれしか知らないとばかりに呟く皇女の声がする。
耳にこびりつくそれを拭うように、ジオ様が私の耳を優しく撫でた。
「そも、幼少時からの研究も開発も、豊かな王族としての財力と地位があるから認められていたのだ。功績に伴う私財も然り。それを〝別にいい〟など……恥を知らぬにも程がある。周囲の恵みを溝に捨てたこの女に、慈悲などいらん。お前の怒りを受けるのすら不相応だ」
言っていることは冷徹そのものなのに、なぜか彼の声には喜色が混じっている。
「あの、ジオ様?」
「……不謹慎だが、お前が私のために怒りを見せるのは、痛々しいながらも心が躍る」
「え……」
「いつ何時も微笑んでいるお前が怒りに瞳を暗くする姿は、また美しかった」
何をおっしゃっているのですか。
私をまたからかって。
美しいと言いながらもその目を隠して。
耳朶を飾る薔薇に、指が触れる。
花びらをなぞるようにして、小さな笑い声。
「しかし、やはり笑んでいる方がお前らしい――ライラ、微笑め。私のために、最も美しく」
そう言って開かれた私の視界は、彼が逆さまに映っていた。
私の怒りも悲しみも喜びも、全てを引き出す方。私を強くも弱くもさせる方。
「……はい、わたくしの眩しい方」
頷けば、彼は満足げに笑った。
――そこからは、非常に淡々と進んだ。
ジオ様が手配していた王城からの騎士や術士達により、キシュタールは拘束されたまま少女達三人と共に王城へ。皇女への使者もそちらへ向かった。
他の生徒は呪術のかかり具合を呪術士が手分けをして確認してから、私が状態遅延を解除し。術が切れた反動がある生徒もいたが大事には至らず、全員の解呪に成功した。
全てを終えたジオ様は私を伴い王城へ急ぐ。そして王城で査問会とでも言わんばかりの聴取が行われ。
そして、そして――
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