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しおりを挟む今頃、卒業式が行われている頃だろうか。
ぼんやりと庭を見ながら、私はため息をついた。
あの全てが終わった夜会の数日前、私は転移魔術で秘密裏に領地へ戻り、禁書を持ち出していた。
たとえ禁書を使わないと被害が広まって場合によっては廃人になっていた人がいた、と言っても禁を破ったのは事実。
卒業するための試験と、出席日数分の課題を全て終えた私は予想通り、卒業より数ヶ月早く領地へ戻されることになったのである。
『ライラ、君は学園で様々な出会いがあるだろう。場合によっては、おそらく禁を破るようなことも』
『なぜですか? わたくしは、そのようなことはしません』
『真面目だなぁ、ライラは……私はね、君が誰かを助ける時、きっと禁書に手を伸ばすと思うんだ。だって自分が後で家でじーっとしていればその人を助けられるんだもの。君は優しいから、自分の手が届く範囲なら必ずそうする』
『わたくしはやさしいひとになりたいですが、ふぎりなことはしません』
『ははっ、本当に真面目だ。こんなに小さいのに立派に淑女の微笑みできるの、わりとすごくない? うちの長女、すごい』
幼い日の、父との会話を思い出す。
確かに私は禁を破った。しかし全く後悔していないのだ。
――あれから、セイ・キシュタールは処刑された。
いくら無意識の特異体質者と言えど、起こった事が大き過ぎ、そして被害が重過ぎた。
どうやら私達の見えない範囲でも色々していたようで、学園内でも肉体的な関係を持った女子生徒が十数名。他には影で暴行を受けていた男子生徒が数名。金銭を要求されていた生徒が数名……ジオ様以外にも『悪役』に仕立てられていた生徒がいたのだ。
更に調査すれば、学園に編入する前にもその特異体質でずいぶん好きにしていたようで……魔力を封じて強制労働などでは済まない程、あの男に人生を左右された人間が多かったのである。
最期の言葉は〝俺は主人公なのに〟だったと聞いた時は、何と表現してよいかわからない感情に駆られた。
そして、あの少女達がどうなったかと言うと……
侯爵令嬢は家を勘当され、今は遠くの国で冒険者として活動をしている。駆け出しだが、それなりにやってはいけているらしい。
そこに至るまでの旅に少々手を回してくださったのはジオ様だ。大きくはないが、陽気でおおらかな国風の国らしい。
聖女はあの後すぐに任を解かれ、家に戻ることもできず国境近くの小さな修道院に入った。見習いシスターとしてよく働いているとのこと。
こちらは私が支援していた修道院のひとつだ。院長は人柄のよい方で、傷ついた女性を何人も受け入れてきた場所である。
王女は婚約解消の後、遠戚である他国の老侯爵の後添えとして、王女の身分のまま娶られた。優しい老侯爵は彼女を孫のように扱っていると聞いた。
輿入れは隠れるように慎ましやかに行われたが、彼女をその国まで送り届けたのは兄君である王太子であったという。
皇女はジオ様の言っていた通り、大闘技場で五年間の無償奉仕の後に自由の身となる。しかし身分も私財も全て没収されているので、五年後彼女がどうなるかはわからない。
私が突きつけた大図書館への立入禁止は、結局取り消した。自分で後悔しながら罰し続けるのは、私がつらかったのである。
彼女はそれを知らないだろうし、知ったとしても自力でこの王国を訪れることはほぼないだろう。それくらい、スウ帝国とリディシオン王国は離れているのだ。
「〝感情に支配された分だけ罰は訪れる〟……重い言葉ですね」
それを口にし、自らも受け入れた彼を思い浮かべる。
ジオ様はキシュタールへの対処が遅れたことを、純潔を奪われた令嬢や暴行で自失してしまった生徒の家に責められた。
呪術にかかっていた子どもの責任を、同じく何もできなかった学園側ではなく、なぜかジオ様に押しつけたのだ。
真に責められるべきは原因となったキシュタールだけであり、立ち向かったジオ様ではない。そう思った私を制し、彼は頭を下げた。
学園は王族が上に立って生徒を統制するいわば練習場を兼ねており、そこで著しい被害を出してしまった自らに責があるのだと、ジオ様は真摯に対応した。
その堂々とした姿に誰が文句を言えるはずもなく。キシュタールの悪質さや学園の結界が裏目に出たこともあり、一時囁かれていた彼の王位継承権剥奪の話もすっかり立ち消えて――
「御嬢様」
侍女の呼びかけに、私は思わず立ち上がった。
「まさか、もういらっしゃったのですか?」
「いいえ。ですが先触れの魔術が届いてございます。おそらくあと一時間もなく……」
「それは急がないといけませんね」
我が家の優秀な侍女は、私のしたいことを先回りして用意してくれる。
ティーセットとお菓子を手配し、装いと髪を整え、空調の魔道具で適温に保たれたサンパーラーを今一度確認。
外は寒くとも天気がよいからこの場所にしたのだが、式の後でお疲れのところ、ここまで明るい場所は眩しいかもしれない。
もっと重厚感のある、本館の応接間……いや、談話室か。
私の自室はあり得ないので、他に何か……
「御嬢様。ご心配なさらずとも、あの御方はお口を湿らせる程度の紅茶とお嬢様がおられればご満足かと」
「何を言うのですか。あの方にはもっと……」
「いや、その侍女の言う通りだ」
からかいを含んだ声と共に、ふわりと肩を抱かれる。
それが誰かなど、聞く必要もないのだ。
「……いらせられているのに、なぜ私に報告が」
「私が止めた。たまには完璧な出迎え以外を見てみたくてな。許せ」
「それはもちろん許しますが……わたくしにも見栄を張らせてください、ジオ様」
「私の秋薔薇は婚約者にすら隙を見せぬつもりか?」
ハーフアップにした髪をするりと撫でながら、そのひと筋に唇を落とす彼。
学園にいた頃より更に甘さを増した声に、私は押し黙るしかない。
彼はまるで主のごとく私をサンパーラーのソファへ誘い、いつものように距離を開けずに隣り合って座った。
私とジオ様は、先日ついに婚約をした。
私達は今年成人を迎えているのでもう結婚できるのだが……王族と『司書』の結婚は前代未聞で、実際に晴れの日が訪れるのはまだまだ先になりそうだ。
私はこの地で『司書』となる。それは絶対の決定だ。神から人に知を与える仲介役は、一世代にひとりだけなのだ。
しかし王家がジオ様程の方を素直に辺境へ婿に出すはずもなく、更に彼は騎士団に所属し幹部候補になることが決まっている。
ヒメネス辺境伯もフォルトス王家も互いの主張を譲らず、また互いの気持ちもわかるので、今は私達の結婚の形を模索している途中なのである。
私としては、謹慎が解ければしばらく王都に戻りたいと思っている。
ジオ様はその溢れる魔力で私の屋敷に個人的な転移陣を敷き、好きな時に来られるようにしているが……やはり、私とてお傍にいる時間は長い方が嬉しいのだ。
その後は、前世で言う通い婚になるだろうと予想している。私は絶対王家に入れないので、ジオ様がお婿様になる形で……
「……このお姿を見られるのも、今日で最後となるのですね」
白を基調とした制服は詰め襟の軍服、いや学ランというものの方が近い。
ジオ様はどのような色の装いも着こなしてしまうが、白は一層華やかで、眩しい程だ。
「私の格好などどうでもよいが……しかし、お前のその姿を目にできるとは思わなかった」
「気分だけでも卒業式に参加できれば、と思いまして」
そして私も久方ぶりに袖を通した制服姿である。
もしかしたら着替えずにそのまま来てもらえるのでは、と期待していたのだ。
こうして並んで卒業したかった。後悔はないが、その点だけが残念だとは思う。
「ライラ、お前には白が似合う」
「〝大抵の色は似合う〟とおっしゃっていましたものね」
「ああそうだ。私の色も、当然似合うに決まっている」
そう言って胸元のポケットに挿し入れられたのは、深い青の薔薇。
「こんなに青色の……?」
「さすがに天然ではない。だがいつか咲かせてみせる。秋にフリュイテと共に並べるのだからな」
「あら、正反対の色ですのに」
「悪くはなかろう。それを使ってここに薔薇の東屋を作ってやる」
薄く形のよい唇が、傲慢に歪む。
いつ見ても魅力溢れる笑みに、私はついその顔を見上げたままぼうっとしてしまう。
「そのような顔をするな。今すぐ連れ去ってしまいたくなる」
「あなた様が、させているのですよ」
「それはまた気分のよいことだ」
彼がゆっくりと腰を折る。
唇が近づく、もう少しで、触れる――
「……チッ」
舌打ちと共に、素早く指を挟まれる。
それ越しに口づけられるのは、もう何度目になるだろう。
すぐにそのお顔は離れてしまうのに、指だけが唇に触れたまま。
柔らかい膨らみをなぞるように滑らせ、感触を楽しむ指は否が応でも私の熱を上げていく。
でも、また、してもらえなかった……
ばたばたと足音が響く。
普段このような音を立てる者は屋敷にいない。
……いや、ここ数ヶ月はいると言った方が正しいか。
「やあやあこれはアンブロジオ殿下ご機嫌いかがでしょうか。ところでうちはヴァージンロードを清らかなまま歩くのが家訓ですがご存知でいらっしゃる?」
「飽く程に聞かされている。お前も息災で何よりだヒメネス辺境伯」
「……口づけも結婚式当日までしないのが」
「家訓、だな。お前が細君にも言わずいつの間にか作った、過保護な十箇条」
婚前交渉禁止、婚前の口づけ禁止、デート禁止、夜間の転移陣使用禁止……その他諸々を家訓として作りだしたのは、恥ずかしながら我が父だ。
父は時に厳しいが基本的に優しくのんびりした性格だと思っていたのだが、私がジオ様と共に屋敷へ帰った時はそれはもう驚く程豹変したのだ。
婚約はまだ早い結婚はもっと早いと、母が止めるまでジオ様に掴みかかる勢いでまくし立てたのを見て、私は父の新たな側面とその頑なさにショックを受けた。
あまりに私が落ち込むもので婚約は許可したし態度も少し軟化させたが……それにしても自国の王子にこの態度はどうかと思うのだ。ジオ様は全く気にしていないものの、私がいたたまれない。
父がここまで子離れできていないとは気づかなかった。『司書』がどうの王家がどうのではなく、純粋に私が結婚してしまうのが嫌なのだ、この父は。
「私もライラも成人しているし、問題はないだろう。そも、私は責任が取れぬような不義理なことはせん」
「それは責任取るから大丈夫ともとれるお言葉ですが?」
「婚約者なのだから当然だ。お前への義理で口づけもしていない私を信じろ」
「あああ王族ってこれだから困るんですよ! 溢れるカリスマオーラで問答無用に頷かせようとして! どうせ指越しだから大丈夫とか思っているんでしょうけど、それ逆に色々駆り立ててますから!」
しかし、仲は悪くないのではないかと思う。
父がここまで声の調子を乱して言い合うなんて母くらいしかいないし、ジオ様もどことなく楽しそうなのだ。
ふたりが仲良くするのは私も嬉しい。嬉しい、が……
「わたくし、ジオ様ともっと触れ合いたいです」
「え」
「……ライラ?」
口をついて出てしまった心の声は、ちょうど言い合いの隙間に落ちてしまった。
ふたり同時にこちらを向き、真顔になる。
……非常に、非常にいたたまれない。
「見ろ。美しい秋薔薇は、私を恋しがっている」
強引に腰を抱かれ、そのまま持ち上げられる。
予想外に力強く乗せられたのは、彼の膝の上だった。
そして上半身を抱き寄せるように片手でホールドされてしまう。
顔が上げられない。
おそらく今までで最も赤くなっているだろう。
「行儀良く謹慎している娘の願いすら叶えてやらんのか、ヒメネス辺境伯?」
「そんな、父様の膝の上にすら、四歳の時から乗ってくれなくなったのに……」
「誰か。辺境伯は疲れているようだ。よく休ませてやれ」
「かしこまりました……旦那様、寝室はすでに整っております。安眠のハーブティーもご用意が」
「娘が嫁に行ってしまう……」
「いいえ。御嬢様は御婿様を迎え入れるのです、旦那様」
顔を伏せたまま、侍女にせき立てられ部屋を後にする父を待つ。
扉が閉められたような音がしたが……まだ婚約中なので、密室でふたりきりにはなっていない、はずだが。
「ライラ、顔を見せろ」
「申し訳ありません……その、あまりにも」
「恥じらうお前もまた美しい」
おそらく真っ赤だろう私の顔を覗き込み、彼は口の片端を持ち上げる。
ジオ様は私が表情を変えるごとに美しいと言ってくれる。
しかし、後に続くのは同じ言葉なのだ。
「だが、やはり微笑んでいるお前が見たい」
「私はいつもそうしていますが」
「気づいていないのか。蕩けていなくとも、お前が私に微笑みかける時は、他とは違う」
「そう、ですか……?」
その表現も、言われていることも恥ずかしい。
いつでもわかってしまうということではないか。〝あなた様を想っています〟と、本人に。
「ああ。ほら……微笑め。私のために、最も美しく」
ジオ様はよく、私にそう命じる。
それは始め、私に安心と昂揚をもたらす力に満ちた言葉に思えた。
しかし最近は少し違う。その声音に含まれるものは甘さしかなく、私を支配するのではなく包み込もうとするのだ。
だからおそらく、今の言葉はこういう意味なのではないかと、最近は解釈している。
『私を愛していると、その証を示せ』
膝の上にいるにも関わらず、もっともっと傍を望み、彼に近づく。
その深く澄んだ湖に似た青の瞳に、私だけが映り込むくらい、近くに。
「よく、ご覧ください」
「目を離すつもりはない」
「その手も、叶うなら離さないでください」
「いくらでも叶えてやるとも」
私の瞳に映る彼と、彼の瞳に映る私。
それはどちらも、言葉より強く鮮やかに語りかけるのだ。
――目の前の存在が、愛しくて仕方がないと。
END
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はじめまして^_^
なろうの方でも拝読させていただいてました!こちらでも載せてるとあったのでやってきましたー^_^
矢島さんの世界観大好きなんです♪
素敵な作品をいつもありがとうございます(*^^*)
よっちさま
こんばんは、矢島汐です。
なろうの方からこちらまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
浸っていただける世界観が作り出せているといいなとは思うのですが、そう言っていただけるととても励みになります~
感想ありがとうございました。