【完結】スライム5兆匹と戦う男

毛虫グレート

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第2章 魔神回廊攻略編

第14話 回廊攻略作戦会議

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第14話 回廊攻略作戦会議


 騎士団の一行は、林の中でパン粥に干し肉という簡単な食事をとり、簡易テントで眠りについた。
 レンジは緊張してとても眠れる気がしなかったが、ライムがやってきて、「寝とけ」となにかの魔法をかけたかとおもうと、プツリと意識が途切れた。
 目が覚めた時は、深夜だった。
 レンジがテントから顔を出すと、焚き火が見えた。その周りに主要メンバーが集まっている。
 団長、副団長、魔術師長と班長6名、そしてギムレット。レンジがもぞもぞとテントから出てくると、団長に手招きされた。

「ギムレット殿の情報をもとに、検討した結果、回廊へは本来の正面入り口ではなく、裏ルートから侵入することになった」

 セトカがレンジに説明してくれた。

「北側から我々が突破した際に、撃破した魔物たちの死骸をめぐって捕食者たちが回廊内を移動しているはずだ。行動の活発化によって、我々が通った最短ルートは魔物たちと出くわす可能性が高い。一度通った経験からすると、我らの力ならば魔物たち自体の危険性は低いが、騒動を起こせば回廊の守護者、魔神アタランティアが出張ってくることが予想される。とにかく、魔神との遭遇を避けたい。そのため、なるべく魔物との戦闘は回避し、裏道を通っての隠密行動を徹底する」

 セトカの言葉に、ギムレットが補足した。

「回廊は大きくわけて、採掘区画の第1層、多目的区画の第2層、市民階級の居住区画の第3層、貴族階級の居住区画の第4層、王族の居住区画の第5層にわかれている。第1層は山麓に広く扇状に広がっているが、先の階層へ進むほど収束していく。このうち、基本的に魔神が鎮座しているのは第5層の最深部、それも玉座の間だ」

 ギムレットが地面に木切れで図面を描く。
 パチパチと爆ぜる火に照らされて、それを見つめる騎士たちの真剣な顔が浮かび上がっている。

「だが、俺の経験上、回廊内を派手に探索していると、魔神は神出鬼没で現れる」

 ギムレットは、魔神の姿を地面に描いた。

 顔は大きく、のっぺりとしている。目はあるが、鼻と口はない。まるで仮面のようだった。手が左右に10本ずつ。節くれだって、昆虫のそれのようだ。胴と下半身は蛇体だった。

「体高はおよそ5メートル。手の先はとがっている。金属製の鎧も貫くだろう。仮面みたいな顔のアゴの下に隠れて、口がある。腐食性のブレスを吐くが、頭部の構造上、のけぞるような動きを伴うので、察知は可能だ。それよりもヤバイのは魔法攻撃だ。20本の手のうち、左右の一番上の2本の先が球形になっていて、魔法の発動体になっている」

「使う魔法の種類は?」

 ライムが訊ねる。

「俺もすべては把握していないが、基本的に全系統の攻撃魔法を使ってくると思ったほうがいい。階梯はわからんが、人間が使うものよりも強力だ。そして胴体も腕も硬い。刃は通るが深く斬るにはかなりの力が必要だ。魔法耐性も相当に高い。第4階梯魔法以下のダメージはほぼ通らない」

「だ、第4階梯魔法以下はノーダメって……」

 第2階梯魔法までしか使えないレンジは、この時点で微力でも力になれないことが判明した。
 そもそも第4階梯より上の魔法なんて、使える人間を見たことがなかった。

 セトカが唸った。

「……やはり、魔王の配下にいる23神将の同族だな。ただ、我々の知る個体よりも体が大きい。攻撃力はわからんが、耐久面は確実に上だろう」

 セトカの言葉に、バレンシアが追加する。

「アタシらがやったやつよりも、手の数が多いな。あとやっこさんは魔法を使う手も1本だった。こっちのやつほうがやっかいだな」

「とにかく、遭遇しないことが肝要だ」

「しかし、団長。前回通ったメインルートは広かったけど、今度の裏道は狭いんだろう。万が一戦闘になれば、部隊を展開できねえ。正面から各個撃破される危険性があるんじゃないのか」

「たしかに、それは危惧される」

 セトカは腕組みをして眉間にしわを寄せた。そこへギムレットが手を挙げる。

「第4層までは、かなり狭い道を知っている。万一、魔神と遭遇しても、やつの体の大きさなら、むしろ不利なのはやつのほうだろう。逃げるのも容易のはずだ。問題は、第4層の後半から第5層だな。俺も構造を完全には把握できていないが、元々、王侯種(ロイヤル)ドワーフの居住区だからな。狭い道がほとんどない。でかい通路ばかりだ。結局、古地図の通りのメインルートを進むしかないのかも知れん」

「そこが、正念場ってことか」

 バレンシアが左右の拳をぶつけながらうなづいた。

「逆に訊きたいんだが」とギムレットが続ける。

「北側からの進入路はどこなんだ。5層のどこかに抜け道があったのか」

 ギムレットに訊かれて、セトカはライムを見た。その視線にライムがうなづいたのを見て、セトカが口を開く。

「デコタンゴール王家が秘匿してきた歴史があったゆえ、お伝えしていなかったが、ことここに至ればやむをえまい。……第5層の右奥に神殿があり、その中に空間転移装置が隠されている」

「空間転移装置?」

 レンジは驚いた。そんな妙なものを聞いたことがなかったからだ。

「それを使えば、離れた場所に置かれた対となる装置のところまで瞬時に移動できる。ドワーフ王国の遺産だ。彼らが山脈の北側へ逃げ延びた時に使用し、残していったものだ。我らが通った時も古びることなく、未だ稼働していた。驚くべき技術だな」

「じゃ、じゃあ、そこまで行ければ、延々地下を歩かなくても、びゅーんとショートカットできるってことだな」

「まあ、そういうことだ」

「あのー……例えばさ。例えばの話だけど、玄関入ってすぐのところで油撒いて火をつけたりしてさ。大騒ぎを起こして魔神をおびき寄せておいて、俺たちは裏道からスイーッて抜けてって転移装置までいければいいんじゃない?」

 我ながら名案だと思ったが、そのレンジの意見は却下された。

「それも検討したが、それで魔神が誘いに乗るとは限らん。むしろ、我らが侵入したことを知らせることになり、第5層で準備万端で待ち構えられる可能性もある」

「あ、なるほど」

 あらためてセトカはレンジを真っすぐに見た。

「我らの目的は、ただ一つ。レンジ殿を無事に山脈の北側へ、我がデコタンゴール王国へ、お連れすることだ。そのための犠牲はいとわない。もし、第5層で万一魔神に出くわせば、今ここにいる全員が捨て石となってでも、レンジ殿だけは転移装置まで行っていただく」

 セトカの言葉に、班長たちは声を揃えて「その覚悟です」と言った。
 それを聞いて、レンジの心臓は高鳴った。
 ここまで責任重大な立場になったことは、いままでになかった。

 そんな重責を担いながら、いざ自分がやることはスライムにいつもの魔法をぶつけるだけ、という簡単な仕事なのだ。
 そのアンバランスさに、レンジは感情が妙な形にもつれていくのを感じていた。

 そのあと、細かい打ち合わせをして、散会となった。

 班長たちがそれぞれの班員に作戦のことを伝達している間、レンジは近くの小川で顔を洗った。まだ心臓がドキドキしている。
 その音を聞くと、いつものように逃げ出したくなる。けっして慣れることのない音。

 ギムレットが近寄って来て、その背中を叩いた。

「緊張してんのか。まあ無理もねえが。あのお嬢ちゃんたちは本当に強えぞ。まあ大船に乗った気でドッシリと構えときな」

 レンジはそのギムレットを見ながら、ぼそりと言った。

「じいちゃんも、同じ魔法が使えたからさ。じいちゃんがさ。生きてたら、俺なんかじゃなくて、じいちゃんがこの作戦に参加してたわけで。きっとさ。こんなお荷物扱いじゃなくて、もっと上手く……なんていうか……なあ、わかるだろギムレット」

 ギムレットの笑顔が消えた。
 レンジは慌てて続けた。

「あ、いや、そういう意味じゃなくて。俺ももう大人だからさ。あのことはもう吹っ切れてるよ。ギムレットには感謝しかねえ」

 レンジの言葉を聞いて、ギムレットは木々の隙間から覗く夜空を見上げた。

「あれから、あの時から、俺が今生きてるのは、なぜなんだろうって、思わねえ日はなかった」

「ギムレット……」

「抜け殻みたいになって、自暴自棄にもなった。俺は俺を殺したかった。それを思うこと以外、ほかにやりてえことが見つからなかった。でも止まっちまった俺の時間の外では、いつもと同じように時は流れてた。やがて、死なせちまった仲間たちの仕事を埋めるように、若い連中が出てきた。死んだみてえになってた街にも、だんだんと活気が戻ってきた。そんな時、俺にも、なにかできねえかって思った。それで若い連中に、俺の知ってる限りのことを教えた。経験を伝えた。世話を焼いた。そうしていると、その日一日、俺は生きていていい気がしたんだ」

 酔った時にも、彼のそんな本心を聞いたことはなかった。レンジは胸の底が熱くなるのを感じていた。

「オートーに何度も聞かされたよ。小さいころのお前を見て、占い師のバアさんが、『この子は世界を救う英雄になるだろう』って予言した話を。その時が来たら、ギムレット、助けになってやってくれないかって、言われたよ。あの人は、そのバアさんの言葉を信じていた。……なあ、レンジ」

 ギムレットはレンジの肩に手を置いた。大きな手だった。

「今がきっとその時だ。オートーは死んだ。俺が死なせた。でもお前がいる。同じ魔法を使えるお前が。世界を救う魔法を使える、お前がいるんだ。俺はお前を助ける。必ず、魔神回廊を突破させてみせる。あの日から、俺が生きてきた意味は、今この時のためにあったんだ」

「オヤジ……」

 レンジの目が潤んだ。ギムレットは涙を流さなかった。涙を流しつくした男の顔がそこにあった。

「一つだけ、聞かせてくれないか」

 レンジは涙をぬぐって続けた。

「なんだ」

「魔神回廊攻略にみんなが力を入れていたのは15年前だろう。それからはもうここは誰も寄り付かない場所だ。なのに、あんたはまるで昨日のことにように魔神回廊に詳しい。いや、詳しすぎる」

 レンジの言葉に、ギムレットはため息をついた。

「あんたはどこのパーティにも入らずに、俺たち若手の世話を焼いてばかりだった。でもそれも別に毎日じゃねえ。普段あんたがどこでなにをしてるのか、誰も知らないんだ。なあ、ギムレット」

「ああ……」

「ひとりで、魔神回廊に潜ってたな。ずっと」

 ギムレットは深く息を吐くと、静かにうなづいた。

「いつか、あの魔神をこの手で倒したかった。それが俺のつけるべきケジメだと思ったんだ」

 ギムレットの足元で、枯れ木がパキリと音を立てた。

「だが、やつは強い。アタランティア以外の魔物は、弱点を見つけたり、なんとか工夫してほとんど倒せるようになったが、やつだけは別格だ。糸口が全然見つからなかった。倒せるイメージが湧かねえ。だからさ、あの副団長に言われて、俺は我を失っちまった。私たちを魔神にぶつける気だろうってな。図星をつかれた気がした。やつを倒したい俺の我欲をつかれたんだ。だがレンジ。信じてくれ。それは今じゃなくていい。俺の個人的なケジメなんぞ、二の次だ。俺は誰よりもやつの行動に詳しい。何度も遭遇しては逃げおおせて来たからな。出現パターンは把握している。絶対にお前を無事に突破させてみせる。そのために魔神とは遭遇させない。それが俺の仕事だ」

「……ああ。頼むぜ、ギムレット。俺は、おっかないのはごめんだ」

 なんだか情けない気がしたが、レンジは冗談めかしてそう言った。

「そろそろ、出発であります」

 いつの間にかうしろにいたマーコットが、声をかけてきた。レンジの行動はすべて6班に見守られているのだった。

「じゃあ、行きますか」

 レンジは立ち上がって、深呼吸をした。木々に囲まれた夜の空気は湿っていて、体の芯がかすかに冷たくなった。
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