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第2章 魔神回廊攻略編
第18話 最深部到達
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第18話 最深部到達
「この先が魔神回廊の最深部、第5層だ」
声を殺してギムレットが言った。
目の前にはレンガでできたアーチ状の門がある。その門の奥は暗く狭い道が続いている。
頻度を増す魔物たちの襲撃をかわしながら、なんとかここまでやってきた。カラマンダリン山脈の山麓から、このダンジョンに突入して、もう丸2日が経過していた。
その間、一行は一睡もしていない。
無敵の強さを見せる1班の面々もさすがに疲労の色が見える。それはほとんど戦闘をしていない、ほかのメンバーも同様だった。
「行こう」
団長セトカは短く答えた。
その言葉で全員が動く。
速足でアーチ状のトンネルを抜けると、そこは青い光に包まれた世界だった。
壁の光石が、神秘的でどこか薄ら寒い、そんな光を放っているのだ。
「広い」
レンジは思わずつぶやいた。
明らかに、これまでとは様子の違う空間が広がっている。天井が高く、2階建て以上の建物が、広い道の両端にそびえている。床も、石畳が敷き詰められた、舗装道路だ。
「これが、ダンジョンの中かよ」
レンジの嘆息を受けて、ギムレットが言った。
「第5層は、ドワーフの王族と神官、そしてその護衛と召使たちが住む場所だった。いわば聖域だ。魔神アタランティアがいるのは、中央最奥の王宮内、玉座の間だ」
大きな建物の影に、密集して身をひそめる一行に、セトカが声をかける。
「我らの目的地は、右手奥の神殿の遺構だ。そこまで壁に寄りながら右回りで、できる限り隠密行動をとって進みたいが、ここは隠れる場所が少ない。魔物に立て続けに狙われることが想定される。来たときは完全に奇襲だったので強行突破したが、今度は警戒態勢にある魔神が出てくる可能性が高い」
セトカは言葉を切って、じっと自分を見つめる騎士たちの顔を見まわした。
「もし、目的地到着前に魔神に遭遇した場合、打ち合わせ通り、隊を2つにわける。1班、2班」
「はい」
第1班班長のトリファシアと、第2班班長、左目に眼帯をしている隻眼のイヨの声が重なった。
「お前たちは、魔神を迎撃し、時間を稼げ」
「そんな……!」
聞かされていなかったレンジは立ち上がった。
「レンジ!」
ギムレットが肩を押さえてしゃがませる。
バレンシアがそれを見てぶっきらぼうに言った。
「全員覚悟の上だ。誰が犠牲になっても、お前を転移装置まで無事にたどり着かせる。1班2班がやられたら3班。3班がやられたら4班。最後の1人になるまで、アタシたちはお前を守る」
「レンジさま」
1班班長のトリファシアが言った。
「私たちには、国に帰りを待つ家族は一人もおりません。世界を守る礎となるならば、ここで果てても本望でございます」
2班班長のイヨが言った。
「そっス。あたって砕けるだけっス」
イヨはレンジに近づいて、肩を叩いた。
「なあに。みんなが無事に転移できたら、魔神の野郎をうまくまいて、すぐにあとを追いますから」
その笑顔の奥の、残った片方の瞳のなかにはしかし、生きることへの希望の光は見えなかった。そこにはただ、重い使命感が炎のように揺らめいているように見えた。
その覚悟にただうなづくしかなかったレンジを見て、セトカは、締めくくりの言葉を発した。
「迅速に行動せよ。未来へ、希望を繋ぐために」
ついに、最後の第5層突破をかけて、騎士団は動き出した。それまでの慎重のうえに慎重を重ねた行動とは一線を画す、凄まじいスピードだった。
広い道の角を曲がるたびに、魔物の群れに出くわした。第4層までの魔物から、さらに凶悪さが増した連中ばかりだ。
ギムレットが第4層のモンスターレベルのアベレージが100近いと言っていたことを、レンジは聞かなかったことにしたかった。
じゃあこいつら、どんなやばいやつらなんだよ!
そう思って、目を閉じたくなった。
それまで迎え撃つのを1班だけに任せていた縦長の布陣から変更し、先頭が横に広がって、1班、2班、3班が並ぶ形で、魔物たちを瞬時に鏖殺する作戦に切り替えていた。
レンジは周りの走るスピードについていけず、マーコットに背負ってもらっていた。
「また短剣の柄が背中にあたっているであります!」
「大丈夫だ! そのまま進んでくれ」
そのやりとりが聞こえたのか、先頭集団に加わっているバレンシアが目を剥きながら振り向いて、「騙されんな、マーコット!」と言った。
「その野郎はなあ……!」
その言葉も、間髪入れず前から襲ってきた、首が2つある狼の群れの襲撃に、すぐに途切れてしまった。
第5層の構造は、とりわけ大きな通りが、扇状に中央へ集中していく形になっていて、一行は比較的狭い横道を右へ右へと流れながら、大通りを連続して通らないよう、少しずつ奥へと進んでいった。
やがて右の壁に当たり、そこからはひたすら直進した。向かってくる強大な魔物どもを、ほとんど全員がかりでなぎ倒しながら。
レンジは恐ろしくて、なかば目をつぶっていた。
早くこの時間が過ぎてしまってくれ!
それだけを、念じながら。
ふいに、周囲から音が消えた。いや、息遣いだけが聞こえる。
(?)
レンジは、恐る恐る目を開けた。
そこは、石造りの建物の中だった。青い光が建物の石壁から漏れていたが、外よりもずいぶん暗かった。
「ついたであります。大神殿に」
マーコットが息を切らしながら言った。さすがに疲れているようだった。
「みんなは?」
レンジはマーコットの背中から下りながら訊ねた。
マーコットは仲間に預けていた鎧を受け取り、すぐに装着した。
「大丈夫であります。魔神は姿を見せませんでしたので、全員無事であります」
とはいえ、負傷した者もいたようだ。青いローブの魔法使いたちが、騎士たちの間を回って、回復魔法をかけていた。
周囲の様子がわかって、レンジは「大神殿ってわりには狭いな」と言った。
天井は高いが、奥行きがあまりないように見えた。
「ここは控えの間であります。この先の本殿、祈りの間の奥に転移装置が隠されている部屋があります」
マーコットは、ひと際大きな柱の間にある扉のほうを指さした。そこにはライムや団長、ギムレットが集まっている。
「来た時に、通り抜けたあと、念のためライム魔術師長が扉を魔法で封印していたであります。もうすぐ解けると思います」
マーコットがそう言い終わった直後、「開いた」という声がした。
重そうな石の扉が開いていく。
「全員、急いで中へ。もう少しだ」
セトカの号令に、みんな一斉に動いた。レンジもマーコットたち6班に囲まれながら、扉のなかへ入っていった。
祈りの間は、真っ暗だった。奥行きはかなりありそうで、足音が反響していた。
ライムが、緊張した声で言った。
「来た時さぁ。こんな暗かった?」
次の瞬間、祈り間に、明かりが灯った。さっきまでの神秘的な青い光ではない。まがまがしい、赤い光だった。周囲の壁に並んだ松明に、一斉に火が入っていた。
「総員! 戦闘態勢!」
セトカが叫んだ。
目の前に、100匹近い魔物の群れがいた。これまでに5層で遭遇した強敵がすべてそろっているようだった。
そして、その中央には、白い仮面のような顔をした巨大な魔神の姿があった。その鼻も口もないその顔は、笑っているように見えた。
魔物たちを従えるその威容。今度はガスジャイアントなどではない。本物の回廊の守護神、魔神アタランティアが、そこにいた。
「扉の封印魔法を、かけ直したって言うの?」
ライムが親指の先を噛みながらうめいた。
「嵌められた……!」
次の瞬間、その最悪の事態は、想像だにしていなかったさらなる最悪の事態へと、変貌することになった。
「なんだこれは?」
それを見て、セトカが、バレンシアが、ライムが、ギムレットが、みんなが、絶句した。
「この先が魔神回廊の最深部、第5層だ」
声を殺してギムレットが言った。
目の前にはレンガでできたアーチ状の門がある。その門の奥は暗く狭い道が続いている。
頻度を増す魔物たちの襲撃をかわしながら、なんとかここまでやってきた。カラマンダリン山脈の山麓から、このダンジョンに突入して、もう丸2日が経過していた。
その間、一行は一睡もしていない。
無敵の強さを見せる1班の面々もさすがに疲労の色が見える。それはほとんど戦闘をしていない、ほかのメンバーも同様だった。
「行こう」
団長セトカは短く答えた。
その言葉で全員が動く。
速足でアーチ状のトンネルを抜けると、そこは青い光に包まれた世界だった。
壁の光石が、神秘的でどこか薄ら寒い、そんな光を放っているのだ。
「広い」
レンジは思わずつぶやいた。
明らかに、これまでとは様子の違う空間が広がっている。天井が高く、2階建て以上の建物が、広い道の両端にそびえている。床も、石畳が敷き詰められた、舗装道路だ。
「これが、ダンジョンの中かよ」
レンジの嘆息を受けて、ギムレットが言った。
「第5層は、ドワーフの王族と神官、そしてその護衛と召使たちが住む場所だった。いわば聖域だ。魔神アタランティアがいるのは、中央最奥の王宮内、玉座の間だ」
大きな建物の影に、密集して身をひそめる一行に、セトカが声をかける。
「我らの目的地は、右手奥の神殿の遺構だ。そこまで壁に寄りながら右回りで、できる限り隠密行動をとって進みたいが、ここは隠れる場所が少ない。魔物に立て続けに狙われることが想定される。来たときは完全に奇襲だったので強行突破したが、今度は警戒態勢にある魔神が出てくる可能性が高い」
セトカは言葉を切って、じっと自分を見つめる騎士たちの顔を見まわした。
「もし、目的地到着前に魔神に遭遇した場合、打ち合わせ通り、隊を2つにわける。1班、2班」
「はい」
第1班班長のトリファシアと、第2班班長、左目に眼帯をしている隻眼のイヨの声が重なった。
「お前たちは、魔神を迎撃し、時間を稼げ」
「そんな……!」
聞かされていなかったレンジは立ち上がった。
「レンジ!」
ギムレットが肩を押さえてしゃがませる。
バレンシアがそれを見てぶっきらぼうに言った。
「全員覚悟の上だ。誰が犠牲になっても、お前を転移装置まで無事にたどり着かせる。1班2班がやられたら3班。3班がやられたら4班。最後の1人になるまで、アタシたちはお前を守る」
「レンジさま」
1班班長のトリファシアが言った。
「私たちには、国に帰りを待つ家族は一人もおりません。世界を守る礎となるならば、ここで果てても本望でございます」
2班班長のイヨが言った。
「そっス。あたって砕けるだけっス」
イヨはレンジに近づいて、肩を叩いた。
「なあに。みんなが無事に転移できたら、魔神の野郎をうまくまいて、すぐにあとを追いますから」
その笑顔の奥の、残った片方の瞳のなかにはしかし、生きることへの希望の光は見えなかった。そこにはただ、重い使命感が炎のように揺らめいているように見えた。
その覚悟にただうなづくしかなかったレンジを見て、セトカは、締めくくりの言葉を発した。
「迅速に行動せよ。未来へ、希望を繋ぐために」
ついに、最後の第5層突破をかけて、騎士団は動き出した。それまでの慎重のうえに慎重を重ねた行動とは一線を画す、凄まじいスピードだった。
広い道の角を曲がるたびに、魔物の群れに出くわした。第4層までの魔物から、さらに凶悪さが増した連中ばかりだ。
ギムレットが第4層のモンスターレベルのアベレージが100近いと言っていたことを、レンジは聞かなかったことにしたかった。
じゃあこいつら、どんなやばいやつらなんだよ!
そう思って、目を閉じたくなった。
それまで迎え撃つのを1班だけに任せていた縦長の布陣から変更し、先頭が横に広がって、1班、2班、3班が並ぶ形で、魔物たちを瞬時に鏖殺する作戦に切り替えていた。
レンジは周りの走るスピードについていけず、マーコットに背負ってもらっていた。
「また短剣の柄が背中にあたっているであります!」
「大丈夫だ! そのまま進んでくれ」
そのやりとりが聞こえたのか、先頭集団に加わっているバレンシアが目を剥きながら振り向いて、「騙されんな、マーコット!」と言った。
「その野郎はなあ……!」
その言葉も、間髪入れず前から襲ってきた、首が2つある狼の群れの襲撃に、すぐに途切れてしまった。
第5層の構造は、とりわけ大きな通りが、扇状に中央へ集中していく形になっていて、一行は比較的狭い横道を右へ右へと流れながら、大通りを連続して通らないよう、少しずつ奥へと進んでいった。
やがて右の壁に当たり、そこからはひたすら直進した。向かってくる強大な魔物どもを、ほとんど全員がかりでなぎ倒しながら。
レンジは恐ろしくて、なかば目をつぶっていた。
早くこの時間が過ぎてしまってくれ!
それだけを、念じながら。
ふいに、周囲から音が消えた。いや、息遣いだけが聞こえる。
(?)
レンジは、恐る恐る目を開けた。
そこは、石造りの建物の中だった。青い光が建物の石壁から漏れていたが、外よりもずいぶん暗かった。
「ついたであります。大神殿に」
マーコットが息を切らしながら言った。さすがに疲れているようだった。
「みんなは?」
レンジはマーコットの背中から下りながら訊ねた。
マーコットは仲間に預けていた鎧を受け取り、すぐに装着した。
「大丈夫であります。魔神は姿を見せませんでしたので、全員無事であります」
とはいえ、負傷した者もいたようだ。青いローブの魔法使いたちが、騎士たちの間を回って、回復魔法をかけていた。
周囲の様子がわかって、レンジは「大神殿ってわりには狭いな」と言った。
天井は高いが、奥行きがあまりないように見えた。
「ここは控えの間であります。この先の本殿、祈りの間の奥に転移装置が隠されている部屋があります」
マーコットは、ひと際大きな柱の間にある扉のほうを指さした。そこにはライムや団長、ギムレットが集まっている。
「来た時に、通り抜けたあと、念のためライム魔術師長が扉を魔法で封印していたであります。もうすぐ解けると思います」
マーコットがそう言い終わった直後、「開いた」という声がした。
重そうな石の扉が開いていく。
「全員、急いで中へ。もう少しだ」
セトカの号令に、みんな一斉に動いた。レンジもマーコットたち6班に囲まれながら、扉のなかへ入っていった。
祈りの間は、真っ暗だった。奥行きはかなりありそうで、足音が反響していた。
ライムが、緊張した声で言った。
「来た時さぁ。こんな暗かった?」
次の瞬間、祈り間に、明かりが灯った。さっきまでの神秘的な青い光ではない。まがまがしい、赤い光だった。周囲の壁に並んだ松明に、一斉に火が入っていた。
「総員! 戦闘態勢!」
セトカが叫んだ。
目の前に、100匹近い魔物の群れがいた。これまでに5層で遭遇した強敵がすべてそろっているようだった。
そして、その中央には、白い仮面のような顔をした巨大な魔神の姿があった。その鼻も口もないその顔は、笑っているように見えた。
魔物たちを従えるその威容。今度はガスジャイアントなどではない。本物の回廊の守護神、魔神アタランティアが、そこにいた。
「扉の封印魔法を、かけ直したって言うの?」
ライムが親指の先を噛みながらうめいた。
「嵌められた……!」
次の瞬間、その最悪の事態は、想像だにしていなかったさらなる最悪の事態へと、変貌することになった。
「なんだこれは?」
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