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第2章 魔神回廊攻略編
第19話 戦闘開始
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第19話 戦闘開始
はるか昔にその主を失ったかつての大神殿の、広々とした祈りの間で今、人間と魔物たちは対峙していた。
壁のかがり火が周囲を囲むように灯っている。
中央奥の祭壇のうしろの壁には、天井にまで届く、3つ首の龍の巨大な姿が刻まれていた。ドワーフ族の伝承に残る、彼らの始祖龍だ。
その不気味なレリーフを背に、人間の身長の3倍はあろうかという巨大な魔神が、ゆらゆらとその蛇体を揺らしていた。
その体が、一瞬、ぶれたように見えたかと思うと、次の瞬間、分裂したかのように、魔神は2体になった。
目を疑う光景だった。背中合わせで、2体目が隠れていたのだ。それも、うり二つの2体目が。
「ふざけんな」
バレンシアがうめいた。
「2匹……」
セトカが茫然としてつぶやく。
「そういう……ことだったのか」
顔を歪めたギムレットに、ライムが近づいて「どういうこと?」と尋ねた。
「見ろ。2匹目の方を」
ギムレットが指さしたほうの魔神は、首筋になにかが刺さっていた。
「あれは、俺が1年半前に刺した剣だ。一矢報いたつもりだったが、ほとんど効いちゃいねえ。なんとか逃げるしかなかった。だが、その数か月後、4層でまたやつに遭遇した時には、剣が刺さったままだった。気にしてねえのか、5層で見つけた遺物の剣の効果なのかわからねえが。それが、さっき4層でガスジャイアントの化けた姿を見た時の違和感だったんだ。あの時、やつには首筋の剣がなかった」
「たしかにそんなものはなかったな」
そばに来たセトカがうなづいた。
「ガスジャイアントは化ける時、相手の外見を完璧にコピーする。剣が首から突き出ていたら、その通りにな。化けそこなったのでも、魔神の首の剣がいつの間にか抜けいてたわけでもなかったんだ。……はじめから、やつは2匹いたんだ。どうりで、守護神として守っている5層の玉座の間から、浅い階層へほいほい出てくるわけだぜ。やつに3層とか4層で出くわしたらもう、回廊を脱出するしかねえ。逃げ延びられればの話だがな。その時、5層の玉座の間が本当にカラかどうかなんて、確認しようがなかった。あの魔神が2匹もいるなんて、そんな恐ろしいこと……、考えたこともねえ」
ギムレットの言葉は、なかば独り言のように、緊迫した祈り間の乾いた空気に吸い込まれていった。
「どうする。団長」
バレンシアが2体の魔神から目を離さずに言った。
魔神や魔物たちに動きはなかった。まるでこちらの出方を見ているようだった。
「離脱するか」
「いや、だめだ」
セトカが即答した。
「やつは、我々の目的をわかっている。……ライム」
呼びかけられたライムが魔法の発動体である杖(ワンド)を軽く振ると、その先端がかすかに緑色に光った。
「大丈夫。反応がある。壊されてない」
ライムはそう言って、魔物たちの陣取る祭壇の、その奥の扉を見た。
(そうか。転移装置……)
レンジはそのやりとりを見ながら、必死に考えていた。やつらの隙をついて、なんとかそこへ入り込めないかと。
しかし、その視線に気づいたライムが、レンジの方を見て言った。
「だめよ。装置の作動には時間がかかる。やつらが見逃すはずがない」
セトカが、覚悟を決めた顔で言った。
「装置を人質に取られている以上、今ここで、倒すほかはない。やつらも我々が逃げないのをわかっている」
2体の魔神たちはどちらも、無表情だった。しかし、ゆらゆらと揺れる姿は、こちらを嘲笑しているように見えた。
「だが、レンジ殿はいったん神殿の外へ退避してくれ。マーコット」
「はい!」
「6班は神殿の外へ出てレンジ殿を守りつつ、我らの戦いの決着を待て。もし万が一、我らが破れることがあれば」
「縁起でもねえこと言うな」
「レンジ」
ギムレットに止められた。
セトカは、かすかに笑って、レンジを見た。
「我らの命よりも大切な使命がある。マーコット。我らが破れれば、レンジ殿を連れて回廊を脱出し、ネーブルへ戻れ。そして西回りで北へ向かうがいい。急げばひと月ちょっとで着く」
「それじゃあ間にあわねえんだろ……!」
ギムレットに抑えられながら、レンジがなおも言いつのろうとしたが、セトカは首を横に振った。
「我が国が滅びようとも、生き残った人々のために、スライムは倒さねばならん。『人間が増えすぎたゆえ、間引く』という魔王の言葉が、北方諸国のことだけを指しているとは限らない。世界はつながっている。北の国々が滅ぼされれば、西の国々が。そして西の国々が、さん……5兆匹のスライムの群れに踏みつぶされれば、次は南の国々の番かも知れない」
レンジは、なにか言いかけたが、ごくりと唾ごとそれを飲み込んだ。
「くそっ」
魔物たちの動きを見張っていたバレンシアが緊迫した声を出した。
「団長!」
全員がハッとして、祭壇のほうを見ると、剣の刺さっていない方の魔神が、魔法の発動体だという右の一番上の手を挙げて、なにか言葉を発した。
次の瞬間、背後からドシン、という重い音が響いた。
振り向くと、入ってきた石造りの大きな扉が、閉まっている。
「閉じ込められたぞ!」
ギムレットが叫んだ。
「舐めんな!」
ライムが間髪入れず、杖を振った。
バカンッ!という大きな音とともに、いま閉じたばかりの両開きの扉が、勢いよく開いた。その石の欠片がレンジの頬に当たった。
「いけ、6班! レンジ殿をたのむ」
「かしこまりました!」
マーコットは、レンジの手を取って、すぐさま走り出した。
魔物たちが動き出した。一斉に、こちらに向かってくる。牙を、爪を、刃物を、剥きだして。
「ギムレット!」
レンジは走りながら首をひねり、彼の育ての親に等しい男を見た。
ギムレットは、愛用の剣を抜き、レンジのほうをチラリと見て、親指を立てた。そして、吠えながら魔物たちの群れに飛び込んでいった。
迫りくる魔物を前に、セトカが叫んだ。
「これより、剣のないほうを魔神A。あるほうを魔神Bと呼称する! 1班、2班、3班はバレンシアが率いて魔神Aを。4班は私が率いて、魔神Bを狙う。5班は魔物どもを駆逐せよ。魔神は我らを魔物と戦わせて後方からの魔法攻撃を狙っているはずだ。すぐさま距離を詰めて魔神との交戦を開始する。魔術師隊は適宜援護を」
「了解!」
全員の声が揃った。
すぐに5人の魔法使いたちの各種強化魔法の光が騎士たちに降り注ぐ。
そして、戦いが始まった。
はるか昔にその主を失ったかつての大神殿の、広々とした祈りの間で今、人間と魔物たちは対峙していた。
壁のかがり火が周囲を囲むように灯っている。
中央奥の祭壇のうしろの壁には、天井にまで届く、3つ首の龍の巨大な姿が刻まれていた。ドワーフ族の伝承に残る、彼らの始祖龍だ。
その不気味なレリーフを背に、人間の身長の3倍はあろうかという巨大な魔神が、ゆらゆらとその蛇体を揺らしていた。
その体が、一瞬、ぶれたように見えたかと思うと、次の瞬間、分裂したかのように、魔神は2体になった。
目を疑う光景だった。背中合わせで、2体目が隠れていたのだ。それも、うり二つの2体目が。
「ふざけんな」
バレンシアがうめいた。
「2匹……」
セトカが茫然としてつぶやく。
「そういう……ことだったのか」
顔を歪めたギムレットに、ライムが近づいて「どういうこと?」と尋ねた。
「見ろ。2匹目の方を」
ギムレットが指さしたほうの魔神は、首筋になにかが刺さっていた。
「あれは、俺が1年半前に刺した剣だ。一矢報いたつもりだったが、ほとんど効いちゃいねえ。なんとか逃げるしかなかった。だが、その数か月後、4層でまたやつに遭遇した時には、剣が刺さったままだった。気にしてねえのか、5層で見つけた遺物の剣の効果なのかわからねえが。それが、さっき4層でガスジャイアントの化けた姿を見た時の違和感だったんだ。あの時、やつには首筋の剣がなかった」
「たしかにそんなものはなかったな」
そばに来たセトカがうなづいた。
「ガスジャイアントは化ける時、相手の外見を完璧にコピーする。剣が首から突き出ていたら、その通りにな。化けそこなったのでも、魔神の首の剣がいつの間にか抜けいてたわけでもなかったんだ。……はじめから、やつは2匹いたんだ。どうりで、守護神として守っている5層の玉座の間から、浅い階層へほいほい出てくるわけだぜ。やつに3層とか4層で出くわしたらもう、回廊を脱出するしかねえ。逃げ延びられればの話だがな。その時、5層の玉座の間が本当にカラかどうかなんて、確認しようがなかった。あの魔神が2匹もいるなんて、そんな恐ろしいこと……、考えたこともねえ」
ギムレットの言葉は、なかば独り言のように、緊迫した祈り間の乾いた空気に吸い込まれていった。
「どうする。団長」
バレンシアが2体の魔神から目を離さずに言った。
魔神や魔物たちに動きはなかった。まるでこちらの出方を見ているようだった。
「離脱するか」
「いや、だめだ」
セトカが即答した。
「やつは、我々の目的をわかっている。……ライム」
呼びかけられたライムが魔法の発動体である杖(ワンド)を軽く振ると、その先端がかすかに緑色に光った。
「大丈夫。反応がある。壊されてない」
ライムはそう言って、魔物たちの陣取る祭壇の、その奥の扉を見た。
(そうか。転移装置……)
レンジはそのやりとりを見ながら、必死に考えていた。やつらの隙をついて、なんとかそこへ入り込めないかと。
しかし、その視線に気づいたライムが、レンジの方を見て言った。
「だめよ。装置の作動には時間がかかる。やつらが見逃すはずがない」
セトカが、覚悟を決めた顔で言った。
「装置を人質に取られている以上、今ここで、倒すほかはない。やつらも我々が逃げないのをわかっている」
2体の魔神たちはどちらも、無表情だった。しかし、ゆらゆらと揺れる姿は、こちらを嘲笑しているように見えた。
「だが、レンジ殿はいったん神殿の外へ退避してくれ。マーコット」
「はい!」
「6班は神殿の外へ出てレンジ殿を守りつつ、我らの戦いの決着を待て。もし万が一、我らが破れることがあれば」
「縁起でもねえこと言うな」
「レンジ」
ギムレットに止められた。
セトカは、かすかに笑って、レンジを見た。
「我らの命よりも大切な使命がある。マーコット。我らが破れれば、レンジ殿を連れて回廊を脱出し、ネーブルへ戻れ。そして西回りで北へ向かうがいい。急げばひと月ちょっとで着く」
「それじゃあ間にあわねえんだろ……!」
ギムレットに抑えられながら、レンジがなおも言いつのろうとしたが、セトカは首を横に振った。
「我が国が滅びようとも、生き残った人々のために、スライムは倒さねばならん。『人間が増えすぎたゆえ、間引く』という魔王の言葉が、北方諸国のことだけを指しているとは限らない。世界はつながっている。北の国々が滅ぼされれば、西の国々が。そして西の国々が、さん……5兆匹のスライムの群れに踏みつぶされれば、次は南の国々の番かも知れない」
レンジは、なにか言いかけたが、ごくりと唾ごとそれを飲み込んだ。
「くそっ」
魔物たちの動きを見張っていたバレンシアが緊迫した声を出した。
「団長!」
全員がハッとして、祭壇のほうを見ると、剣の刺さっていない方の魔神が、魔法の発動体だという右の一番上の手を挙げて、なにか言葉を発した。
次の瞬間、背後からドシン、という重い音が響いた。
振り向くと、入ってきた石造りの大きな扉が、閉まっている。
「閉じ込められたぞ!」
ギムレットが叫んだ。
「舐めんな!」
ライムが間髪入れず、杖を振った。
バカンッ!という大きな音とともに、いま閉じたばかりの両開きの扉が、勢いよく開いた。その石の欠片がレンジの頬に当たった。
「いけ、6班! レンジ殿をたのむ」
「かしこまりました!」
マーコットは、レンジの手を取って、すぐさま走り出した。
魔物たちが動き出した。一斉に、こちらに向かってくる。牙を、爪を、刃物を、剥きだして。
「ギムレット!」
レンジは走りながら首をひねり、彼の育ての親に等しい男を見た。
ギムレットは、愛用の剣を抜き、レンジのほうをチラリと見て、親指を立てた。そして、吠えながら魔物たちの群れに飛び込んでいった。
迫りくる魔物を前に、セトカが叫んだ。
「これより、剣のないほうを魔神A。あるほうを魔神Bと呼称する! 1班、2班、3班はバレンシアが率いて魔神Aを。4班は私が率いて、魔神Bを狙う。5班は魔物どもを駆逐せよ。魔神は我らを魔物と戦わせて後方からの魔法攻撃を狙っているはずだ。すぐさま距離を詰めて魔神との交戦を開始する。魔術師隊は適宜援護を」
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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