【完結】スライム5兆匹と戦う男

毛虫グレート

文字の大きさ
62 / 71
第4章 魔王城の決戦編

第58話 愚か者死すべし

しおりを挟む
第58話 愚か者死すべし


 レンジの手首の腱の形が変わった。それは手の先がパーであることを示していた。

⦅なにを考えておる、この男?⦆

 セベリニアは不審に思った。
 頭の中でここまでの推移を整理する。

 自分はここまで、グー、グー、チョキ
 対するレンジは、グー、チョキ、チョキ
 という手で来ているはずだった。
 セベリニアは1点、レンジは0点だ。
 
 それに対し、レンジの思考ではどうなっているのか、推測した。
 セベリニア グー、パー、チョキ(残りの手はグー、チョキ、パー)
 レンジ自身 グー、チョキ、チョキ(残りの手はグー、パー、パー)
 得点はセベリニア0点、レンジ1点だ。

⦅ここから考えられるレンジの戦略は……⦆

 4戦目でセベリニアがチョキ、レンジがこのままパーを出した場合。セベリニアに1点が入り、残りの手は互いにグーとパー。6戦目の勝利得点3点を踏まえ、5戦目6戦目はグー、パーという順でのあいことなるはずだ。得点は、セベリニア1点、レンジ1点だ。
 これがセベリニアが想定する、レンジの頭の中のシミュレーション結果のはずだった。

⦅1点有利な状況で、自分から引き分けにはすることはなかろう⦆

 すなわち、レンジは直前に手を変えるつもりなのだ。レンジのパーを倒しに来る、セベリニアのチョキを、グーで逆に討ち取る。
 そうすれば、その時点でセベリニア0点、レンジ2点となり、さらに残りの手が、セベリニアがグー、パー。レンジがパー、パーとなる。どうやってもセベリニアは最終的に0点となるため、これでレンジの勝利が確定する。

⦅これじゃな⦆

 レンジはこれを狙っている。
 セベリニアはすべてを読み切った。

『どうしてチョースカ1世の頭はパーだと言われているか、知っておるか?』

 セベリニアは箱の中に腕を入れながら訊ねた。

「さあな。ゴロがいいからだろ」

『古代イガリア王国は当時、群雄割拠の戦乱のなかにあった。そんななかチョースカ1世は、ジャンケンで隣国と領土を奪い合ったと言われておる』

「それは……頭パーだな。ジャンケン好きにもほどがあるだろ。国民はたまったもんじゃないな」

『じゃが、長く続く戦乱の世にあって、イガリア国民だけはだれも血を流さんで済んだのじゃ。愚か者なのか、聡明な王なのか、歴史は彼を正しく評価できておるのやら』

「……そうだったのか。知らなかった」

『この後半戦にまで及んで、自らパーを出すというそなたは、パーなのか、聡明なのか。さあ、どちらじゃな?』

 セベリニアは、箱に入れたままのレンジの腕を見ていた。ローブの袖をまくり、腕の内側を見せたままだ。腱の形は変わらずパーを示している。

『さあ、行くぞ』

 二人の呼吸が合った。

「『あたまは、パー!』」

⦅変わらない? パーのままじゃ!⦆

 セベリニアはとっさにチョキを出した。最後までレンジの腱はパーの形のまま動かなかった。
 ハッとしてランプを見る。
 赤が灯った。

「つきあいが悪いぜ、セベリニアちゃんよ」

 レンジは軽口を叩きながら腕を抜く。その顔面は蒼白だ。極度の緊張が見られた。

⦅いったいなにを考えておるのじゃ、この男⦆

 これでここまでの推移は、
 セベリニアが、グー、グー、チョキ、チョキ(残りはパー、パー)
 レンジの手が、グー、チョキ、チョキ、パー(残りはグー、パー)
 となっているはずだ。
 セベリニアは2点、レンジは0点だ。
 
 それに対し、レンジの思考ではどうなっているのか、推測した。
 セベリニア グー、パー、チョキ、チョキ、(残りはグー、パー)
 レンジ自身 グー、チョキ、チョキ、パー(残りはグー、パー)
 セベリニアは1点、レンジは1点だ。

⦅レンジは引き分けを選択したというのか? なぜじゃ⦆

 レンジの思考を読むと、残りの2戦はグー、パーの順であいことなり、最終的に同点引き分けが確定する。

⦅じゃが、これで勝つのはワシじゃ⦆

 実際には、セベリニア2点、レンジは0点なのだから、残り2戦を経ると、レンジは0点、セベリニアは3点、または5点となり、セベリニアの完全勝利となる。

⦅こやつ、ただのパーであったか⦆

 セベリニアは、急激に心が冷えていくのを感じていた。あれほど楽しみにしていた好敵手との戦いが、あっけなく幕を引こうとしていた。

⦅わざわざ、この全知記録回廊の中を、導きもしたというのに……⦆

 セベリニアは不機嫌を隠そうともせずに、箱に手を入れた。

『あと2戦じゃ。とっととケリをつけよう』

「次は、正義は勝つ!だ。俺も自分の意思で手を決める」

 レンジはまくっていたローブの袖を元に戻した。そして、箱の中へ深く腕を入れた。
 再び、箱の両側で視線が合う。
 セベリニアが読み切っている残りの手は、自身がパー、パー。レンジがグー、パーだ。どうやってもレンジの勝ちはない。

『ではゆくぞ。いいな』

「ああ」

 レンジの声はあいかわらず緊張している。両者の呼吸が合った。

「『せいぎは、勝つ!』」

 一瞬の静寂。ランプが青く光る。

⦅あいこ? こやつ、グーを最後に持ってきおった。間抜けが⦆

 2人とも、頭上の得点表を見上げる。

 1回戦、青
 2回戦、赤
 3回戦、青
 4回戦、赤
 5回戦、青

 セベリニアは呆れていた。これで6回戦はレンジのグーに対して、パーを出し、3点を追加。レンジ0点、セベリニア5点となり、圧倒的な勝利をおさめることが決まった。

「さあ、最後の勝負だぜ、セベリニア。最後の掛け声は、ジャン、ケン、ポンだ」

『好きにせい。もうそなたの負けじゃ。6戦目の手はもう決まっておる。言っておくが、箱の中の妖精さんに腕をチョン切られるのと引き換えに、出せぬ手を出しても、その勝負は自動的に負けじゃからな』

 まさか、その説明を忘れていたわけではあるまい。セベリニアはレンジの表情を観察したが、ただただ緊張が伝わってくるだけだった。

「俺は、勝つ」

 レンジは自らに言い聞かせるようにそう言うと、腕を箱の中に入れた。
 そして、セベリニアを見つめる。額に汗が浮いていた。その汗が頬を伝い、あごの先に水滴を作っていた。視線はブレずに、セベリニアを見つめている。

⦅愚か者が⦆

 セベリニアも箱の中に手を入れた。

⦅死ぬがよい。レンジよ⦆

「『ジャン、ケン、ポン!』」

 命をかけた量子ジャンケンの、最後の6戦目は、一瞬で決着した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

「お前は用済みだ」役立たずの【地図製作者】と追放されたので、覚醒したチートスキルで最高の仲間と伝説のパーティーを結成することにした

黒崎隼人
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――役立たずの【地図製作者(マッパー)】として所属パーティーから無一文で追放された青年、レイン。死を覚悟した未開の地で、彼のスキルは【絶対領域把握(ワールド・マッピング)】へと覚醒する。 地形、魔物、隠された宝、そのすべてを瞬時に地図化し好きな場所へ転移する。それは世界そのものを掌に収めるに等しいチートスキルだった。 魔力制御が苦手な銀髪のエルフ美少女、誇りを失った獣人の凄腕鍛冶師。才能を活かせずにいた仲間たちと出会った時、レインの地図は彼らの未来を照らし出す最強のコンパスとなる。 これは、役立たずと罵られた一人の青年が最高の仲間と共に自らの居場所を見つけ、やがて伝説へと成り上がっていく冒険譚。 「さて、どこへ行こうか。俺たちの地図は、まだ真っ白だ」

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。

さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。 だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。 行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。 ――だが、誰も知らなかった。 ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。 襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。 「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。 俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。 無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!? のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

濡れ衣を着せられ、パーティーを追放されたおっさん、実は最強スキルの持ち主でした。復讐なんてしません。田舎でのんびりスローライフ。

さら
ファンタジー
長年パーティーを支えてきた中年冒険者ガルドは、討伐失敗の責任と横領の濡れ衣を着せられ、仲間から一方的に追放される。弁明も復讐も選ばず、彼が向かったのは人里離れた辺境の小さな村だった。 荒れた空き家を借り、畑を耕し、村人を手伝いながら始めた静かな生活。しかしガルドは、自覚のないまま最強クラスの力を持っていた。魔物の動きを抑え、村の環境そのものを安定させるその存在は、次第に村にとって欠かせないものとなっていく。 一方、彼を追放した元パーティーは崩壊の道を辿り、真実も勝手に明るみに出ていく。だがガルドは振り返らない。求めるのは名誉でもざまぁでもなく、ただ穏やかな日々だけ。 これは、最強でありながら争わず、静かに居場所を見つけたおっさんの、のんびりスローライフ譚。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

処理中です...