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第2章:胸の奥からクレッシェンド(19)
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「絵が描ける人って、すごいなー」
作品を見つめて嘆息する水島くん。
その言葉には、少し僕の中で引っかかるところがあった。
「水島くんは、自分で絵を描きたいとか思わないの?」
「いや、思ったことはないな」
あまりにもあっさりと否定の言葉がでてきて、僕は面食らう。
美術が好きなら、自分も描きたくなるんじゃないかと思っていた。
「なんというか、優れた芸術作品を見た時に『美しいな』『素敵だな』という気持ちは湧くんだけどね。僕の場合、その感動が『描きたい』という衝動には接続しないんだ」
「そうなんだ」
春夏秋冬は地球上の全ての地域にあるわけではない。
何かの本でそんな知識を得た時と同じような驚きが、僕を貫いた。
「描きたい」という衝動には接続しない。
そういう人も、いるのか。
自分が物心ついて初めて絵を描いた時のことを思い出す。
四歳の頃に出会った絵本、『ウサギのぴょんくん、たびにでる!』。
好奇心旺盛なウサギがぴょんぴょん跳ねて、いろんなところを冒険する物語。
愛らしくて元気なぴょんくんを見るといつでも、熱い気持ちが体中に湧いてきた。
その熱い気持ちが、自分でも気づかないうちに、「僕もこんな絵が描きたい」という想い——水島くんの言葉を借りれば「衝動」——に変わっていた……気がする。
僕自身のそういう経験から、絵を見て感動した人は、自分も何か描いてみたくなるもんだと思っていた。
それが当たり前だと、無意識のうちに思っていた。
「だから、僕は思うんだよね」
水島くんが使った「だから」という接続詞を聞いて、自分が考え事をしていたのはほんの数秒間だと気づいた。
「『絵を描きたい』という衝動を持っていることは、それ自体がひとつの才能なんじゃないかって」
ガイドがそう締めくくった後も、なお僕の目は正面の水彩画から離れようとしなかった。
木漏れ日の下、男の子がぎこちない手つきで持つ白いお箸が、彼自身の口とは反対方向に伸びている。
眩しいほどに黄色い卵焼きを、女の子の満開した口が迎え入れていた。
見つめ合う二人の幸せそうな笑顔が、僕の目を掴んで離さない。
胸の奥、ほこりかぶった引き出しの中で、何かが小刻みな音を立てた。
作品を見つめて嘆息する水島くん。
その言葉には、少し僕の中で引っかかるところがあった。
「水島くんは、自分で絵を描きたいとか思わないの?」
「いや、思ったことはないな」
あまりにもあっさりと否定の言葉がでてきて、僕は面食らう。
美術が好きなら、自分も描きたくなるんじゃないかと思っていた。
「なんというか、優れた芸術作品を見た時に『美しいな』『素敵だな』という気持ちは湧くんだけどね。僕の場合、その感動が『描きたい』という衝動には接続しないんだ」
「そうなんだ」
春夏秋冬は地球上の全ての地域にあるわけではない。
何かの本でそんな知識を得た時と同じような驚きが、僕を貫いた。
「描きたい」という衝動には接続しない。
そういう人も、いるのか。
自分が物心ついて初めて絵を描いた時のことを思い出す。
四歳の頃に出会った絵本、『ウサギのぴょんくん、たびにでる!』。
好奇心旺盛なウサギがぴょんぴょん跳ねて、いろんなところを冒険する物語。
愛らしくて元気なぴょんくんを見るといつでも、熱い気持ちが体中に湧いてきた。
その熱い気持ちが、自分でも気づかないうちに、「僕もこんな絵が描きたい」という想い——水島くんの言葉を借りれば「衝動」——に変わっていた……気がする。
僕自身のそういう経験から、絵を見て感動した人は、自分も何か描いてみたくなるもんだと思っていた。
それが当たり前だと、無意識のうちに思っていた。
「だから、僕は思うんだよね」
水島くんが使った「だから」という接続詞を聞いて、自分が考え事をしていたのはほんの数秒間だと気づいた。
「『絵を描きたい』という衝動を持っていることは、それ自体がひとつの才能なんじゃないかって」
ガイドがそう締めくくった後も、なお僕の目は正面の水彩画から離れようとしなかった。
木漏れ日の下、男の子がぎこちない手つきで持つ白いお箸が、彼自身の口とは反対方向に伸びている。
眩しいほどに黄色い卵焼きを、女の子の満開した口が迎え入れていた。
見つめ合う二人の幸せそうな笑顔が、僕の目を掴んで離さない。
胸の奥、ほこりかぶった引き出しの中で、何かが小刻みな音を立てた。
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