33 / 92
第3章:重ね塗りのシンフォニー(2)
しおりを挟む
「うわっ!」
反射的にスケッチブックを閉じる。
今描いていたものは、見られただろうか。
「は、遥奏!」
「何描いてたのってば!」
どうやら見られてないっぽい。
「な、何も」
「見せて」
「やだ」
「なんで!」
「やだって言ったらやだ!」
両腕でスケッチブックを抱えて、遥奏に奪われないように死守する。
今回のは、絶対に絶対に見られたくないやつだった。
遥奏は諦めたようで、かがんでいた姿勢を元に戻す。
九死に一生を得た。帰ったら今日の絵は処分しよう。
「元気してた?」
まともに視線を合わせない僕に向かって、遥奏が聞いてきた。
「しばらく来なかったね」
感情を込めないようにして、あくまで事実を指摘するというふうを取り繕う。
「ちょっと出かけててさ!」
「出かけてたって、三日も連続で?」
次の瞬間、遥奏の声に悪意が宿った。
「なーに? 私がいなくて寂しかった?」
疑問文の語尾につられて、僕の心臓がぐいっと上に引っ張られる。
今しがた自分の口から出た言葉を取り消したくなった。
「別に」
できる限り顔を背けながら、それだけ答える。
「ふーん」
相槌から、悪意が僕を覗き続けていた。
「今日もまたここで歌うの?」
これ以上この話題を続けたら身が持たないと考えて、話をそらす。
「うーん、そうだねー、どうしよっかなー」
僕は顔を背けたまま、遥奏の仕草を視界の端で捉える。
人差し指を下唇に当て、斜め上を見て、何かを考えている様子。
僕にはわかる。
遥奏がこの仕草を見せたときは、大抵ろくなことにならない。
やがて視線を僕に戻した遥奏は、謎の質問をしてきた。
「秀翔は、門限ってある?」
質問の意図がつかめないまま、僕はとりあえず答える。
「あんまり遅くならなければって感じ」
卓球部の練習に行っていた頃、ごくたまに、部活の人たちとぶらぶらしてから帰ることがあった。そんなときは、家族のLINEグループに一報さえ入れれば問題なかった。
「いつも河川敷で話してるのさ、飽きてきたよね!」
イエス以外の返事が用意されていない物言い。
「だからさ、ちょっとどっか出掛けようよ!」
話の流れは想定外。
六日ぶりに会っても、遥奏は相変わらずだった。
「どっかって、どこ?」
「いいからさ!」
「いいよ僕はここで。ぼーっと絵を描いていたいから」
そう言った時だった。
スケッチブックの表紙に、透明な液体が落ちてきた。
僕は空を見上げる。
雨雲だったものが水となって、ぽつんぽつんと降ってきていた。
「げー! 雨じゃん!」
遥奏も気づいたようで、恨めしそうに空を見上げている。
僕は荷物をまとめながら遥奏に告げた。
「雨降ってきたしさ、今日はもう僕適当に屋根のあるところで……」
「よし、じゃあ水族館に行こう!」
「何が、『じゃあ』なんだよ!」
唐突な提案に反応して、思わずスクールバッグから遥奏に目を移す。
六日ぶりに、そのまんまるな瞳と視線がつながった。
胸元で両手をグーにして僕を見つめる遥奏。
細かい雨粒が手の甲を少しずつ濡らしても、僕に笑いかけるその顔は、突き抜けるような晴れ模様。
荷物をまとめながら、僕は想像する。
もし、さっきの絵がバレてたら。
その瞳や唇や両手はどんなふうに動いて、その喉からはどんな声色が飛び出したんだろう。
ちょっとだけ、見てみたかったかも。
反射的にスケッチブックを閉じる。
今描いていたものは、見られただろうか。
「は、遥奏!」
「何描いてたのってば!」
どうやら見られてないっぽい。
「な、何も」
「見せて」
「やだ」
「なんで!」
「やだって言ったらやだ!」
両腕でスケッチブックを抱えて、遥奏に奪われないように死守する。
今回のは、絶対に絶対に見られたくないやつだった。
遥奏は諦めたようで、かがんでいた姿勢を元に戻す。
九死に一生を得た。帰ったら今日の絵は処分しよう。
「元気してた?」
まともに視線を合わせない僕に向かって、遥奏が聞いてきた。
「しばらく来なかったね」
感情を込めないようにして、あくまで事実を指摘するというふうを取り繕う。
「ちょっと出かけててさ!」
「出かけてたって、三日も連続で?」
次の瞬間、遥奏の声に悪意が宿った。
「なーに? 私がいなくて寂しかった?」
疑問文の語尾につられて、僕の心臓がぐいっと上に引っ張られる。
今しがた自分の口から出た言葉を取り消したくなった。
「別に」
できる限り顔を背けながら、それだけ答える。
「ふーん」
相槌から、悪意が僕を覗き続けていた。
「今日もまたここで歌うの?」
これ以上この話題を続けたら身が持たないと考えて、話をそらす。
「うーん、そうだねー、どうしよっかなー」
僕は顔を背けたまま、遥奏の仕草を視界の端で捉える。
人差し指を下唇に当て、斜め上を見て、何かを考えている様子。
僕にはわかる。
遥奏がこの仕草を見せたときは、大抵ろくなことにならない。
やがて視線を僕に戻した遥奏は、謎の質問をしてきた。
「秀翔は、門限ってある?」
質問の意図がつかめないまま、僕はとりあえず答える。
「あんまり遅くならなければって感じ」
卓球部の練習に行っていた頃、ごくたまに、部活の人たちとぶらぶらしてから帰ることがあった。そんなときは、家族のLINEグループに一報さえ入れれば問題なかった。
「いつも河川敷で話してるのさ、飽きてきたよね!」
イエス以外の返事が用意されていない物言い。
「だからさ、ちょっとどっか出掛けようよ!」
話の流れは想定外。
六日ぶりに会っても、遥奏は相変わらずだった。
「どっかって、どこ?」
「いいからさ!」
「いいよ僕はここで。ぼーっと絵を描いていたいから」
そう言った時だった。
スケッチブックの表紙に、透明な液体が落ちてきた。
僕は空を見上げる。
雨雲だったものが水となって、ぽつんぽつんと降ってきていた。
「げー! 雨じゃん!」
遥奏も気づいたようで、恨めしそうに空を見上げている。
僕は荷物をまとめながら遥奏に告げた。
「雨降ってきたしさ、今日はもう僕適当に屋根のあるところで……」
「よし、じゃあ水族館に行こう!」
「何が、『じゃあ』なんだよ!」
唐突な提案に反応して、思わずスクールバッグから遥奏に目を移す。
六日ぶりに、そのまんまるな瞳と視線がつながった。
胸元で両手をグーにして僕を見つめる遥奏。
細かい雨粒が手の甲を少しずつ濡らしても、僕に笑いかけるその顔は、突き抜けるような晴れ模様。
荷物をまとめながら、僕は想像する。
もし、さっきの絵がバレてたら。
その瞳や唇や両手はどんなふうに動いて、その喉からはどんな声色が飛び出したんだろう。
ちょっとだけ、見てみたかったかも。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる