一坪から始まる新世界創造

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第036話 商談

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 俺の言葉に、目を剥く兄ちゃん。

 勿論、アイシャさんとエルディアさんも目を丸くしている。

「え、イズさん?」

「ちょ、ちょぅ、何考えてんねん!!」

 騒ぐ中、じーっと男性を見つめていると、こくりと頷きが返る。

河岸かしを変えようか」

 男性の言葉に、驚く兄ちゃん達。

 いや、なんで二人も驚いてんねんと。

 元から、草鞋を売るのが目的じゃないと言っていたのに。

 兄ちゃんが先導し男性が美しい所作で歩む後を、三人でてくてく。

「売らないんですか? まだ一つしか売れていないんですよ?」

「めっちゃええ話やん。ずっと売れんねんで?」

 ぼそぼそと二人が耳打ちしてくるが、すーんっと無視。

 そんな安物を延々生産して売るのとか、やです。

 と、閑静な店舗が立ち並ぶ中でも一際大きな建物に入っていく兄ちゃんと男性。

 ちょっとびくつきながら入る二人に苦笑を浮かべながら、入っていくと。

「大旦那様。おかえりなさいませ」

 中で作業をこなしていた従業員の声が上がる。

 ふむ、当たりを引いた感。

 中々目端の利くのに当たった気がする。

 ずずいっと、建物の奥の方、普通の応対では考えられない程プライベートな空間まで踏み込んでいく。

「え? え?」

「ちょ……まずいんちゃう?」

 二人とも明らかに違う雰囲気に飲まれてドキマギしているようだけど、よくある、よくある。

 最奥に辿り着き、兄ちゃんが開けた扉の奥は、執務室と思しき部屋。

 奥にはもう一つ扉があるので、外に続いているのかなと。

「どうぞ、おかけ下さい」

 兄ちゃんが一端の執事みたいな調子で席を進めるので、俺を真ん中に二人が座る。

 男性が座り、兄ちゃんが背後に立つ。

「まずは時間を取らせてもらったこと、感謝する」

 そんな一言から、交渉は始まった。

 男性の名前はディリータ。

 兄ちゃんの名前はディランドなので、もしかすると親戚とかなのかな。

 時節の挨拶なんかで場を温めながらどの程度の話に食いついてこれるのかを測るのは流石だなと思いつつ、この世界の常識が無い身としては冷や汗もの。

 中々場数を踏んだ御仁だなと思っていると、やっとこ本題に。

「納品を断るという話だが、どういう見解なのだろうか?」

 真剣な瞳の中に、興味の色を見たのでこれはいけるかなと。

「結論から言えば、物を売りたい訳ではありません。考え方を売りたいです」

 その言葉にディランドの眉根が寄る。

 でも、ディリータはじぃっと考え、そっと手で促してくる。

「この商材のどこに商機を見出したかはまだ分かりません。ただ、この商品を最大限に売り出すためには重要なモノが幾つかあります。それが理由で私が商品を納品する訳にはいかないと言いました」

「ふむ……。いや、話をする上で対等ではなかった。そこに関しては謝罪する」

 お、商談でも謝れるのは余裕の表れか、真摯さをアピールか。

 両方だったら良いなと。

「昨日購入した商品だが、履物として画期的だった。しなるが故、足に密着する。サンダルやブーツなどの皮では難しいだろう。藁が素材と見たが、この製法は君が?」

「はい」

 返事に、じーっと考え込むディリータ。

「少し話は変わるが。うちの商いは小麦と武器防具の類いを除くよろず商売となる。その理由は分かるかな?」

 ピンと張り詰める空気に、左右の二人がびくりと固まる。

「癒着……あぁ、いや。なるべく汚い商売をしたくないからですね」

 努めて朗らかに告げてみると、ふわっと緊張が夢散する。

「ディランド、この方は小商いで済むような御仁ではないぞ。よく見出してくれた」

 背もたれに体を預けながら、ディリータが背後に声をかける。

「どちらも公に関わる商いですから。先行者が幅を利かせていますし、賄賂なんかの横行も激しくなりがちですしね。商売をするなら清廉潔白は無理にせよ、危うきに近寄らずに商売が出来るなら、そちらの方が望ましいでしょうし」

 俺の言葉に意を得たという顔でディリータが頷く。

「世間がよく見えている。では改めて商談を始めたいのだが、君の意見を聞かせて欲しい」

「まず履物に関しては大きな変動は無かった。今までは。その認識は良いですか?」

 丈夫で手に入りやすい素材となると、皮が一番になる。

 安価で最低限の保護を目的とするサンダルと高価だがきっちりと防護を施すブーツ。

 この二種類がこの世界の履物となるのだ。

 これに関しては、細かい部分はさておき、ディリータと同意が得れた。

「私が考えているのは、ある種の機能に特化した使い潰す履物です」

 草鞋のメリットは材料が安価で、グリップが良く、土を駆ける限り摩滅を最低限に抑え、それなりに履ける期間がある事。

 デメリットは皮よりも材質的に弱いので、使い潰すまでの期間は短い事。

「それは感じた。力仕事が捗るなとは考えている。しかし、消耗が激しいというのはいささか問題かと思うのだが」

「そこをメリットと考えましょう。消耗が激しければそれだけ売れると考えれば、売る側としては恒常的な売り上げが見込める。品質は担保するが、それ以上は買い替えでお願いするということで」

「材質上の問題であれば致し方ないか。そこはサンダルの消耗期間とこの履物の値段との兼ね合いという訳だね」

 その言葉に、頷きで返す。

「この履物がどういう意図かは理解した。それで、モノが売れないという理由は?」

「大量の藁を確保し、大量の人材を使って作る事により、初めて利益を最大化出来る話です。個人で扱う規模じゃないでしょ?」

 背後のディランドから、あっという言葉が漏れる。

「確かに。工程は単純だが、時間と人手はかかりそうだった。しかし、そこまでの規模を当たり前に見込んでいるのは何故だい?」

「簡単です。最終的に売り込む先は、国軍だからです」

 その言葉にこの場にいる全員の目が丸くなった。

「国との商売に関しては、先行者の問題があるが故に入り込めなかった部分もあるでしょう。全く新しい価値観のものであれば、先行者はあなたです」

 少なくとも、汚い商売をしないでも良い前提がある事をまずは伝える。

 で、草鞋の利点として徒歩移動の際に履き潰すにせよ計量安価なので大量に予備を持ち運ぶのも容易。

 なによりグリップが高まるということは長距離移動の疲労を抑えるのもさることながら、戦闘時の力の込め方にまで影響してくる。

 質を求められる兵は質を求めれば良い。

 数合わせの兵というのはいつの時代でも必要なので、そういう部分に食い込んでいきませんかというのが一つのメリットになる。

「ふーむ……。それはありえる……か。いや、正しい見方だな。よく現場を分かっているものだ」

 取り敢えず、ありがちな事をばーっと述べてみたが、概ね当たっていたようで胸を撫でおろす。

「しかし、この製法は手間がかかるが容易。他が真似するのであれば?」

 それは自分で考えろよと思いながら、サービスで答えてみる。

「原材料の販路を確立して下さい。小麦を扱う気が無くても、藁なら無尽蔵に余っています。安い段階で契約を結び縛ってしまえば後を追う事は出来なくなるでしょう」

 当たり前のことを述べるように告げると、またディランドが目を丸くする。

「では、そこまでお膳立てをしてもらった上で、うちが製法を盗んで売ったとしたら?」

 人の悪い質問をしてくる。

 この御仁、偽悪のきらいもあるなと。

「そもそもこれが最初で最後という話でもありません。他の商機をふいにしたいのならお好きにして下さい。なによりも、ディランドさん。大鳥商会さんに昨日出物が入ったという情報は掴んでますか?」

 その問いに、ぎょっとした表情を浮かべるディランド。

「今朝入った情報では、かなりの品質の再生薬がまとまった数納品された模様で。必要数を超えるためオークションを開催したいという案内を受けています。龍土が発見されたのではないかと……もっぱら……噂になっていたのです……が……」

 その言葉ににこりとほほ笑むと、一瞬目を丸くしたディリータがはははと良い声で笑う。

「完敗だ。イズさん、どうか商売をさせて下さい」

 そっと頭を下げるディリータ一同に、こちらも頭を下げる。

「こちらこそ、よろしくお願いします」
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