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第2章 ハダクトと怪しい動きⅡ

第9話 民のために

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 シダが確実に敵を仕留めている間に、アソートとクリスは力の差を見せつけるように敵を倒していた。

『アソートvsプル』
 プルが余裕そうなセリフを言ったあの後。小回りの効かないランスの弱点を突こうと、アソートの背後に回り込んだプル。
 しかし、そう言う攻め方をしてくる敵とは幾度となく戦ってきたアソートは、ランスの持ち手を刃物ギリギリのところに持ち変えていた。長い持ち手の部分で背後に回り込んできたプルの後頭部を殴り、気絶させると、容赦なくランスの刃の部分でとどめを刺した。倒れるプルからは、オレンジ色の煙が上がっており、東側へと流れていった。

『クリスvsリジオン』
 こっちはさらにあっけなかった。あの後、刃のついたグローブに装備を変えたクリスに4発ほど殴られたリジオンは、それまでに急所を2回食らっていたこともあり、とてもあっさりと倒れたのだった。



「よし! 敵の大将は倒した。あとは実質的にこの国を動かしている貴族達を降伏させれば作戦終了だ。行くぞー!」

 クリスの掛け声とともに、クリスを先頭に第2部隊の6大隊の兵士が一気に王城へと侵入した。





 時は少し遡り、1小隊がハダクトの国民を鉱山のトンネルへと誘導し始めた頃。

(あの動き……やっぱりなんか変だわ。何か意図を感じる。あの方向には確か……あ!)

 避難をせず国民の様子を見ていたローズは、何かに気づいたように慌てて部屋を出ようとした。

「お嬢様! どちらへ行かれるのですか」

 部屋を出ようとするローズに執事は少し大きめな声で声をかける。

「あなたは先に避難してて! 私は少し行かなきゃ行けない場所ができたから」

 そう一言残したローズは、自分の家である豪邸を走って出て行った。1人残された執事は、急いでローズの両親に知らせなければと小走りで王城に向かうのだった。



(あの先には鉱山のトンネルがある。これはこの国の地形を把握しての誘導。考えられる理由は2つ。1つは王子を倒した後に、1箇所に集められた国民を狩るため。もう1つは戦いに巻き込まないために遠くに誘導している)

 ローズはトンネルに向かいながら、誘導する理由を2つほど考えた。貴族なだけあって、少しは頭を使うことができるみたいだ。


(でも後者は考えにくいわね。そんな都合のいい話があるわけないもの……え!? リジオン王子が一瞬でやられた……?)

 シダの考えは一般的ではないため、やはりローズも後者はあり得ないと考えた。誰だってそう考えるだろう。倒れるリジオンを見ながらも、止まるわけにはいかず、敵に見つからないようにローズは走った てその場を通り過ぎた。



(これは報いなの? 少しずつ腐って行く、国の変化に気づいていながら、何もしなかった。何もできなかった。だから国を失うの?
 父はいつも言っていた。私達が裕福な生活ができるのは、先代が、私達の家が地位を勝ち取ったから。それを勝ち取れなかったものが苦しい生活をするのは仕方のないことなのだと。
 本当にそうなのかな?私達は、何もしなくてよかったのかな。そこに気づいた私が彼らを救うべきだったんじゃないのかな?
 神様お願い! せめて……せめて今回だけは救わせて! 私に国を守らせて!)

 何もしなかった自分を後悔しつつも、これからは自分の意思のままに行動することを決意して、神に成功を祈った。




 ローズは貴族生まれの女性である。現在の歳は17。政治のことも少しずつ学んできている頃だった。小さな頃から貴族らしく生きるために、自分のやりたいことよりも家のためになることを優先してやってきた。
 唯一許してもらえたのは、初めて自分の意思で始めたバイオリンだけだ。バイオリンって貴族っぽいからね!

 そういった環境で育ったローズは、自分の考えをあまり積極的に表現できていなかったのだ。




 国の地形をしっかりと把握しているローズは、裏道や抜け道を使い小隊よりも早くにトンネルへとたどり着くと、国民達の前に立ち、敵を迎え撃つ体制を整えた。

「あんた貴族のやつだろ!」

「あれは いばら家 の者だ!   俺たちを見捨てた貴族が何しにきた!」

「そうよ!   今更何しにきたのよ!」

 他にもたくさんの罵声を浴びたローズ。悔し涙が溢れてくる。しかしくじけている場合ではない。
 ローズは、なぜか持ってきていたバイオリンを想いを込めて弾きだした。そのメロディは力強く、それで持って穏やかなもので、騒ぎ立てていた国民が次第にそのメロディに耳を取られていった。

「皆さん!   これは罠です。私はあの場から逃げず、次期国王になる王子の戦いをこの目に焼き付けようと、少し離れた場所から拝見していました。しかし、先ほど王子が敵にやられるところを見ました」

 静かになったあと、ローズは国民に現在の状況を訴えかけるように使えると、話を続けた。

「敵は皆さんをこの一点に誘導し、王子を殺した後にここに来て、一斉に攻め用としているのかもしれません。ですので、早くここからもっと奥へと逃げてください!」

 ローズは必死にそう訴えかけると、状況を理解したのか、国民達は少しずつトンネルよりさらに奥の山の高台へと逃げ始めた。

 しかし、とうとうそこに小隊の兵士が現れてしまった。ローズは民を守ろうと弱々しくバイオリンを構える。

「お?   お嬢さんやるのかい?」

「刃向かうものはやっていいって指示だからな。やっちまおうぜ!」

 兵士たちはそう言いった後、ローズを蹴り飛ばしたり、わざと攻撃を外しながら徐々に精神的に追い詰めると、悪役の笑みを浮かべながらとどめを刺そうとした。

「じゃあなお嬢さん。楽しかったぜ!」

 兵士は横に倒れるローズに向かって、とどめを刺すために剣を振り下ろそうとした。


(ここまでなの?   結局私は、何もできないまま死ぬの?   ちくしょう!   ちくしょうちくしょう!)

 そんなことを思いながら、ローズは目をつぶり死を覚悟した。





 ……


 恐怖で周りの音など聞こえていなかったローズは、死を覚悟し身構えたはいいが何も起きないことに疑問を抱き、恐る恐る目を開いた。

 そこには、茶髪で緑色の服を着た自分より10センチくらい身長の高い男の人が穏やかな顔をして立っていた。


「あなたは?   ……あ!   あなたはさっきまで王子と戦っていた!」

 ローズは、一瞬状況が掴めないまま起き上がったが、すぐにさっきまで王子と対峙していた敵の1人だと気づき、後ろに飛んで距離をとって構えた。

 そこに立っていたのはシダだった。


「まって!   君と戦う気は無いんだ。話を、ッッ!   話を聞いてほしい」

 優しく話しかけるシダ。

 味方であるシダに仲間を殺られた狙撃手は、不思議に思いつつもこれも作戦かもしれないと思い、この隙にローズを狙撃しようと、ローズの背後で銃を構えた。
 それを腰につけていたナイフを投げて防いだシダは、武器を捨てて両手を挙げ、戦いの意思がないことを示した。倒れた狙撃手からは、オレンジ色の煙が上がっていた。


「……話って何ですか」

 まだシダを信用できないローズは、腰を引きながらバイオリンの弦をシダに向けてそう言った。


「俺の、俺たちの仲間になってほしい」

 先ほどまで穏やかな顔をしていたシダは、急に真剣な顔になると、力強くローズにそう告げた。

「え?   仲間?   私に自分の国を裏切って敵に寝返ろっていうの!?」

 この状況で予想もクソもないのだが、それでも予想外すぎたシダの発言にローズは動揺を隠せずにいた。



「俺の名前はシダ。世界征服を目指すモノボルゥー王国第2部隊の参謀長だ。だがそれは仮の姿にすぎない。俺の真の目的はモノボルゥー王国現国王、オリバムの殺害。今はそれを達成するための仲間を集めている」

 シダはローズにそう告げると、一度一呼吸起き、挙げていた両手を下ろして最後にこう告げた。


「俺と一緒に、この腐った世界を変えてくれ!!!」
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