月にあかり

空乃りりり

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月にあかり

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 ここは、どんなに文明ぶんめいが進んでも、神様かみさま魔法まほうを使う魔女まじょたちのいるおとぎの世界。
 今からここで語るのは、夜をまね不思議ふしぎな力を宿やどした女の子にまつわる物語。
 さて、この物語をごらんになっているみなさんは、夜はどこから来ると思っているでしょうか。
 …えっ、空ですか。それも、空の上?。
 ええ、そうですね、皆さんだけでなく、ほとんどの人は、空や空の上と答えると思います。
 ですが、空の上から地上の様子ようすをつぶさにながめていた星たちは口々くちぐちにこういうのです。
「夜が来るところ?。えっ、そんな当たり前のことも、あなたたちは知らないの。私たち?、私たちはもちろん知っているわ。空は空でも、夜はね、東のお空からやってくるの。たとえ、春がきて夏になり、秋がきて冬になっても、東だけが一年を通して少しだけ夜が早く始まるのよ」
 こんなとりとめのない話をいう星たちの言葉ことばが、うそか本当かは、よく分かりません。ですが、ほとんどの人は、毎日、まった時間にお日様がしずめば、方角ほうがくなど関係かんけいなく、空から夜が来ると思っていたのです。でもそれは、いまから七日ほど前までのお話。
 いつもはお日様とわりではじまる夜が、七日前の夜からぱったりと来なくなってしまったのです。
 そうです、あろうことか、お日様が沈んでも、どこからも夜は来なかったのです。
 こまったのは、お月様でした。
 お月様は、お昼にはたらいてくれたお日様にわって、夜のやみやさしく明るくらします。
 とりわけ、満月まんげつの夜は、それはそれは美しくかがやくのです。
 夜が来なくなったのは、お月様の形が、ちょうど半分はんぶんけた半月はんげつの夜のことでした。
 それから七日が過ぎ、お月様の形も、少しずつまんまるい満月の形に近づいてきています。
 満月には、ほかにも特別とくべつがあります。
 十五夜じゅうごやです。ふるこよみでは、毎月十五日が満月の日だったので、その日を十五夜と呼んだのだそうです。
 でも、一年に一度、同じ十五夜でも、中秋ちゅうしゅう名月めいげつと呼ばれる日があります。
 その日が、もうすぐやってきます。
 新月と満月を一ヶ月くらいかけてかえすお月様にとっても、その日は一年の中でとても特別で大切なお祭りの日でした。
 ですが、楽しみにしている中秋の名月の日が近づいてきても、夜が来ないせいで、空をただよう白い雲と見間違みまちがわれる日々が続いているのです。
 普段ふだんはお月様のまわりで、キラキラ、チカチカと光ながら一晩中ひとばんじゅうおしゃべりを楽しんでいる星たちの間にも不安ふあんが広がっているようでした。
 こまてたお月様は、生まれて間もないたまごのような姿形すがたかたちの月の卵にこう命じました。
「私の大切な卵よ。だからこそあなたには、この役目やくめもうけます。黒い夜を招く夜の化身けしんは、きっと地上にりたまま、空の世界に帰れなくなっているのです。地上にのこされた夜の化身は、さぞや困っていることでしょう。だから、あなたが夜の化身を、迎むかえにいくのです」―と。
 月の卵は、お月様のめいしたがい、小さくて卵のようにまるい体をさらに小さくまるめて、空の世界から、地上へ向かってまっさかさまに落ちていきます。空に浮かぶ白い雲につづいて、地上で月の卵を受け止めたのは、黒く舗装ほそうされたアスファルトの道でした。コンクリートなどと比べるくらべると、しなやかでやわらかいアスファルトは、雨粒あまつぶのようにいきおいよく空から落ちてきた月の卵を、まるでトランポリンのように何度なんどね上げて、着地ちゃくち衝撃しょうげきやわらげてくれたのです。
 初めて地上に降り立った月の卵が見たのは、夜なのに、真昼まひるのように明るい町並まちなみの景色けしきでした。ですが、空にお日様が出ていない町並みは、色がにじんでいるかのようにぼんやりとしています。
 明るいけれど、やはり夜だからなのでしょうか。町並みには、人っ子一人見当たりません。
 月の卵は、迷子になった夜の化身を探すために、明るい夜の町をさまよあるきます。
 地上に取り残された夜の化身は、おそらく水たまりのような、かげのたまりにひっそりとかくれているのでしょう。いつも薄暗うすぐらくて影が動かない路地裏ろじうらのような場所なら、きっとのこされた夜の化身が見つかるはずです。
 とはいえ月の卵の身長しんちょうは子供の手の平くらいの大きさで、体はまるく、手足もとてもみじかいのです。
 次のがりかどにたどり着くだけでも大変たいへんなことでした。このままでは夜の化身を迎えにいくどころか、さがすこともむずかしいようです。
月の卵は途方とほうにくれてしまいます。
 そんな卵の前に大きな人影ひとかげが立ちふさがりました。
 人影ひとかげはスカートが大きくふくらんだ黒いドレスを身に着けています。でも、その人影には、不思議ふしぎなことに影がありません。
 おどろく月の卵に、黒いドレスの人影がかたりかけます。
「あなたは月の卵ね。もしかすると、お月様の使いでここにきたのかしら?」
 こくんとうなずく月の卵に、人影が言葉ことばつづけます。
「やっぱり、そうだったのね。私は、くろよるまねよるの娘__むすめ__#。あなたが探している夜の化身とは私のことよ。そして、お月様のかなしみを知る存在もの。だから、私は空の世界に帰ることをやめたの」
 夜の娘は、そういうとそっぽをいてしまいました。
 月の卵は戸惑とまどっています。
 お月様のお話と、夜の娘から聞いたお話では、ちょっとだけ事情じじょうちがっていたからです。
 ですが、月の卵は夜が来なくて困っているお月様の使いで夜の化身を迎えにきたのです。月の卵は、夜の娘に、空の世界に帰るようおねがいすることにしました。
ですが、夜の娘は、月の卵のたのみを聞こうとはしません。
「私が空の世界に帰って夜が来れば、夜が来ないときよりも、もっとふかかなしみがお月様をくるしめるわ。あなたは、その悲しみの結晶けっしょうなのに、それでもかまわないの?」
 月の卵は、夜の娘が何を言っているのかわかりません。
 キョトンとする月の卵に代わって、夜の娘が知っていることをげました。
じつはね、十五夜が近づいてくるたびに、お月様は心をいためているの。十五夜が近づいているというのに、だれ綺麗きれいになっていくお月様の姿すがたを見ようとはしないから。生まれたばかりのあなたは知らないでしょうけど、人の世界には便利べんり道具どうぐくらい夜を明るくらしてくれるの。ほら、あれがそう。あれがお月様の心を_苦しめているのよ」
 そう言って、夜の娘がしめしたお家の天井てんじょうには、お月様のようにまぁるくて、白いかさのようなものがり付いていました。
「あの道具はね、夜になると白く光って家中を隅々すみずみまで明るく照らすの。そう、人の世界では毎日が十五夜なの。そんな毎日が、人の世界では当たり前になっている。そして、人の世界からお月様は忘れられていった。今なら、あなたが生まれた理由りゆうもわかるでしょう」
月の卵は、人々の心からわすれられたことをなげくお月様の悲しみから生まれた結晶でした。
お月様は、黒い夜が来るたびに、明るい家の中に閉じこもり、ついには空を見上げなくなった人々を意識いしきしてなみだながしていたのです。
 しかし、悲しい涙を流していたのは、お月様だけではありませんでした。
 月の卵には、それが誰なのかわかっているようです。
 真相しんそうを知ってもどうじなかった月の卵が、お月様に変わって夜の娘にかってあやまります。
 夜の娘は、夜が来るたびにむお月様の様子を、すぐそばからずっと見続みつづけていました。お月様をはげまそうと思ったことも、一度や二度ではありません。
 でも、肝心かんじんの言葉が見つかりません。言葉の代わりに、途切とぎれてしまった人々の関心かんしんを、もう一度夜空に向けさせようともしましたが、うまくはいきませんでした。
 かける言葉が見つからず、関心を引くこともできなかった夜の娘は、思い切って地上から夜を取り上げることにしました。
 それが、七日前の出来事できごとです。
 夜が来なくなった世界で、人々は便利な道具を使うことをやめ、お月様は、空を見上げなくなった人々に心をさぶられることはなくなりました。
 黒い夜を招くたびに人々に道具を使わせ、お月様を苦しめていた夜の娘は、最終的さいしゅうてきに地上から夜を取り上げることで、お月様の悲しみや苦しみを取り除いたのです。
 空の世界から、夜の娘の姿すがたが消えたのは、それから間もなくのことでした。
 お月様が、そんな夜の娘の心のいたみを知ったのは夜が来なくなってからでした。
 だから、お月様は、みずから流した結晶の一つにいのちあたえて、わざわざ地上まで使いによこしたのです。
 ですが、夜の娘は空の世界に帰ろうとはしません。
 夜の娘には、お月様のこと以外にも、なにか特別とくべつな事情があるようです。
 空の世界をげるようにしてび出した夜の娘は、空の上から毎日ながめていた地上に、すがるような思いで降りてきました。
 こう不幸ふこうか、夜の一部いちぶとはいえ、化身の姿すがたとなった夜の娘は、見かけは人と同じです。
 ですから、夜の娘は人間と友達ともだちになろうとしたのです。
 ですが、もともとが黒い夜の一部である夜の娘は、あらゆるものの影をうばわずにはいられません。 心ではいけないことだとわかっているのに、どうしてもやめられないのは、それが夜のつとめの一つだったからです。
 夜の娘に影を奪われた人たちは、当然とうぜんのように夜の娘をおそれました。自分たちも、いつか影のように消されてしまうのではないかと。
 こうして人々から恐れられた夜の娘は、やがてひとりぼっちになってしまいました。
 空の世界から地上に降りて、ずっととどまる決意けついかためていた夜の娘でしたが、そこに居場所いばしょはなかったのです。
 でも、どんなにつめたくされても、夜の娘は、地上の人々と仲良なかよくなりたいという気持きもちをうしなったりはしませんでした。
 それなら、地上の人たちと友達になれれば、夜の娘は、空の世界に帰ってくれるのでしょうか。
 事情じじょうを知った月の卵が、ねんのために、夜の娘にいかけます。
 しかし、夜の娘からは、よい返事へんじがありません。
 どうやら、夜の娘には、ほかにもまだ空の世界に帰れない理由があるようです。
 夜の娘には、空の世界に、白い朝を招く朝の娘という大切たいせつ友達パートナーがいました。
 夜の娘が黒い夜を招くように、朝の娘は、空にかぶ雲の上を自在じざいめぐりながら、純銀じゅんぎん角笛つのぶえらして、白い朝を招くのです。血はつなががっていませんでしたが、二人の娘は双子ふたごのようにそっくりで、また同い年ということもあって、気心きごころが知れていたのです。
 だからでしょう、夜の娘が、だまって空の世界を飛び出そうとしたとき、さきに手をべて、引きとめようとしてくれたのです。
 ですが、夜の娘は、そんな朝の娘の手をりほどき、心にもないことを言って、朝の娘の心をきずつけてしまいました。
 一言ひとこと、そう夜の娘が空に向かってたった一言あやまれば、朝の娘はきっとゆるしてくれるはずです。
 でも、あやまるけが見つかりません。
 そんな矢先やさき、夜の娘の黒いひとみから、大粒おおつぶなみだこぼれ落ちました。
 一度は月の卵のさそいをことわった夜の娘でしたが、どんな事情があろうとも、本心ほんしんでは空の世界に帰りたがっていたのです。
 本心をかくしながらも、ぐずる夜の娘の様子を見て、月の卵が西の空に向かって何やら合図あいずおくりました。
 西の空に浮かぶ雲の上を横切よこぎるかのように、白い人影のようなものがらぎます。
 すると、人の世界に夕暮ゆうぐれがおとずれました。
 ですが、その風景ふうけいにつきものの影がどこにも見当たりません。
 夜の娘が、自分の影もふくめ、世界中からあらゆる物の影をうばっていたからです。けれど、夜の娘は奪った影を手放てばなそうとはしません。
 夜の娘が影を返し、空の世界に帰れば、月の卵の使命しめいは果たされます。そうなればきっと、お月様の悲しみもいやされることでしょう。でも、悲しみが癒されてしまえば、その悲しみから生まれた月の卵は消えてなくなってしまいます。
「それでもいいの?」
 夜の娘が、次々と零れ落ちそうになる涙を我慢がまんしながら、月の卵に問いかけます。
 月の卵は躊躇ためらうことなく、こくんとうなずきます。
 それを合図に、夜の娘が東の空をながめました。夜の娘は、月の卵の固い決意けついを心のおくでしっかりと受け止めたのです。
 さあ、いよいよ、夜のはじまりです。
 涙をこらえた夜の娘が夕暮れをにして影を伸ばします。その影は東に東に長く長く果てしなく伸びていきます。夜の娘から奪われた影も元の場所に戻り、東に伸びていく夜の娘の影のあとつづきます。
 影は、誰の足元からもなんとなく伸びているのですが、その影にはある重大じゅうだい役割やくわりあたえられていたのです。それは、黒い夜を招く夜の娘の合図であまねく夜をみちびくこと。
 夜の娘の合図で東へ東へと伸びた影の大群たいぐん幾重いくえにもかさなり合いながら、ふとくて大きな黒いながれに成長せいちょうしていきます。流れをはやめ、雲をし、やがてあふれんばかりの海原うなばら変貌へんぼうげた影の濁流だくりゅうは、東の大地だいちくまなく覆__おお__#いつくしたとき、一足早く夜になりました。影に覆われた大地には、もう明るい日差ひざしがすことはありません。白い朝を招く朝の娘が訪れる明日までは、ひっそりとした夜の時間が続くのです。空に夜がちると、星たちが一斉いっせいに輝きだしました。
 その後、夜の娘は、夜明けを待って空の世界に帰っていきました。
 夜の娘は、夜が明けるまで、誰も見上げなくなった夜空を、地上から一晩中ひとばんじゅう見上げていました。
 お月様は、そんな夜の娘に向かって、これまでで一際ひときわ明るく輝いて見せました。
 こうして、その日の夜は過ぎていきました。
 夜の娘が空の世界に帰った後から、影のたまりには、時折ときおり小さな明かりがキラキラと零れるようにともることがあります。それは、夜の娘が流した涙の後なのでしょうか?。長い間、空の世界から地上の様子をつぶさに見ていた星たちは口々にこういいます。
「あれはね、地上の星キラキラぼしつゆと消えることをおそれずに、地上にとどまっていた夜の娘を、空の世界に無事に送り帰した、私たち星々の希望の星みちしるべよ。えっ、なんのことかって?。もしかして、あなた、白夜びゃくやの七日間を知らないの。ふふんっ、そういうことなら、十五夜の晩に、もう一度出直してくるといいわ。きっと、お月様がくわしく教えてくれるから…」
                                              ―おしまい。






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