転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留

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39 エディの想い

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 ラインハルト視点です。

――*――

 私は、アレクと共にお忍びで職人街に来ていた。
 目的の店、革工房『ラバーラバー』はそこそこ大きい店で、すぐに見つける事が出来た。

 店の扉を開くと、そこは独特の匂いに包まれ、キーホルダーや革財布といった小物類から革靴、鞄、革の服まで所狭しと革製品が並んでいる、雑多な店舗であった。
 どうやら手前が店舗、奥が工房になっているようだ。
 アレクは店番をしている婦人に声をかけ、目的の人物を呼び出して貰った。


「悪いんだけど、今作業中で手が離せないんだよ。あと十分もすればひと段落するから、少し待っていてくれるかい」

「承知した。店の外で待たせて貰っても構わないだろうか」

「ああ、済まないね。もし良かったらこのままエディも休憩に出しちまうから、隣のカフェにでも入っていたらどうだい?」

「分かった、そうさせて貰う。仕事中に済まなかったな」

「いいさ、どうせあと三十分もしたら休憩の時間だったんだ。じゃあ隣のカフェで人が待ってる、って伝えとくよ」



 私達がカフェで待つこと十五分。
 目的の人物が現れ、アレクが手招きすると、彼は目を瞬かせて驚いているようだった。

「あれ、ホリデーの時のお兄さん。どうしたんすか」

「急に呼び出してすまないな。改めて、俺はアレク。こちらは……」

「ヴァンだ。よろしく」

 私は咄嗟にミドルネームを名乗った。
 平民には私の顔はあまり知られていないだろうが、名は知られているのだ。

「アレクさん、ヴァンさん。俺はエディです。よろしく」

「ああ、よろしく。今日君に会いに来たのは、聞きたい事と頼みたい事があるからなんだ。仕事中に呼び出してしまって、済まなかったな」

「いいんすよ、どっちみち休憩だから。あ、申し訳ないんだけど、食事を頼んでもいいすか?」

「勿論だ。ここは俺が持つから、好きな物を頼むといい」

「ラッキー。じゃ遠慮なく」

 遠慮なくとは言ったが、エディは一番安いメニューを頼んでいる。
 彼は、どうやら自然と気遣いが出来るタイプのようだ。
 童顔の彼はどこか人懐っこい印象があり、男女問わず年上に可愛がられる人物であろう事が予想出来た。

「……で、聞きたい事と頼みたい事って、何すか? もしかして革の名入れ?」

「いや、そうじゃないんだ。後の話はヴァン様から」

「あ、もしかしてあの時彫った『お義兄様』ってヴァンさん?」

「ごほごほっ!」

 丁度飲み物を飲んでいた私は、思わず咽せてしまった。
 エディとアレクを驚かせてしまったが、頼むからもう触れないでほしい。

「……あー、済まない。その節は義弟・・が世話になったな」

 アレクに棘のある視線を向けると、奴は目を逸らした。

「へー、じゃあヴァンさんは既婚者かあ。同じくらいの歳に見えるのに、すごいなあ。結婚生活ってどうすか?」

「い、いや、それはその、あの……」

 ……グイグイ来るな。
 何だかピンク髪の某令嬢のグイグイ感を思い出させる。
 天然でやっているんだろうがペースに飲まれたら駄目なやつだ。
 そしてアレクが笑いを堪えている。
 後で覚えてろ。

「そ、それより! 君に聞きたい事があるんだ。……プリシラ・スワローという令嬢の事は知っているな?」

「え? ああ、知ってますよ。幼馴染です」

「単刀直入に聞くが……君はプリシラ嬢の事が好きか?」

「えっ! き、急になんすか! ……あ、そっか、俺、アレクさんがプリシラの知り合いだって知らなくて、自分の事話しちまったもんなあ。……あー、恥ずっ」

 エディは赤くなって、頭をぽりぽり掻いている。
 これは肯定と捉えて良いだろう。

「……実は今、学園でプリシラ嬢が男性と同棲していると噂になっていてな」

「……あー、それ俺っすね。でも、アレクさんには話したと思うけど、プリシラと俺は男女の仲じゃないんすよ。あいつは俺の事、幼馴染としか思ってないし」

 そう言ってエディは寂しそうな目をする。
 だが、相手が実際どう思っているかは、話してみないと分からないものだ。
 私は、それを痛いほど知っている。
 エミリアの想いの深さも、密かにフリードリヒが抱えていた想いも……。

「それはどうだか分からないぞ。君は、想いを伝えてみた事はあるのかい?」

「……いや、無いっす。俺の気持ちなんて、あいつにとっては迷惑なだけだろうし」

「それは、身分が違うからか?」

「えっ! そ、そうっすけど……ヴァンさんどこまで知ってるんすか!」

 エディは驚きつつも、探るような眼差しで私を見ている。
 私はひとつ息をついて、飲み物で口を潤してから続ける。

「先程の話だが……学園で同棲の噂が広まってしまった以上、実際に男女関係が無かろうとも、今後プリシラ嬢にまともな縁談が来るとは思えない。貴族達は体裁を気にするからな。今回の件を知らずに今後縁談を検討する貴族がいたとしても、調査の段階で必ず引っかかるだろうな」

「……! 俺、なんてこと……」

「君が悪い訳ではない。どちらかというと、そこまで考えずに同居を許可したスワロー男爵の責任だな。……だが、君にとってはチャンスではないか? エディ」

「……チャンス……?」

「そうだ。プリシラ嬢が貴族と婚姻を結ぶのが難しくなったという事は、君のような平民にもチャンスがあるという事だ」

「……」

 エディは黙り込んで、真剣に考えているようだ。

「一つ……いや、二つ私から提案がある。君がプリシラ嬢との未来のために行動を起こす気があるのなら、私も協力しよう。……私もアレクも私の愛しい人も、プリシラ嬢の友人だからな」

 そう……面倒ではあるが、プリシラ嬢ももう友人だ。
 だからこそ私は行動を起こした。
 何だかんだ、エミリアとの仲がこれほど深まったのは、プリシラ嬢のお陰とも言えなくもないのである。

「君も今すぐには決められないだろう。差し支えなければ、明日……」

「俺、何すればいいですか」

「……もう、決めたのか?」

「ずっと、考えてたんすよ。俺は、何年も前からプリシラが好きでした。プリシラは貴族だけど偉ぶったりしないで、俺たちと同じ物を着て同じ物を食べて、同じように畑や家畜の世話をして暮らしてきました。……でも、身分の差があった。スワロー男爵が貧乏な事も分かってたし、プリシラは自分が何とかしなきゃってずっと思ってたことも知ってた。だから、俺、一度諦めたんすよ」

 エディはずず、と音を立ててジュースを飲んだ。

「王都に来て、安定した仕事について、実家にそれなりに仕送りをして……プリシラの事はそのうち忘れると思ってたんすよ。でも、去年の夏、プリシラが俺んちに来て、それから一緒に住める家に引っ越して、料理とか洗濯とかしてくれて、毎日おはようって言ってくれて……」

 そう言うエディの顔は慈愛に満ちている。

「俺、プリシラのこと、やっぱり諦められなかった。だから……どうしたらいいかずっと悩んでたんだ。当たって砕けてもいい、俺、プリシラに気持ちを伝えたいです」

「……分かった。決意は固いようだな。それでは私の提案を伝える前に、一つ約束がある。今日ここで私とアレクと話をした事は、プリシラ嬢にはしばらく秘密だ。驚かせてやりたいからな」

「オッケー。ヴァンさんとアレクさんの事は、プリシラには言わないよ」

「ああ。それで、私の提案なんだが、まず一つは……」


 ********


「ふぅ。予想以上に乗り気になってくれたな」

「ええ。あとはスワロー男爵とプリシラ嬢次第、といった所ですか」

「ああ。エディが上手くやってくれる事を祈ろう」

 馬車は間もなく城に到着する。
 そろそろ王太子妃教育も終わる時間だろうか。

「次はこちらの準備だな。ブラウン公爵には父上から伝えて貰う事になったが、果たして公爵がどう考えるか……」

「陛下からのご提案です……王命という訳ではないですが、デメリットも無いですし断る事はないでしょう。まあ、ただ物凄く驚くだろうとは思いますけど」

「だろうな。私も驚いたぐらいだ。……エミリアは、どう思うだろうか……」



 そしてその後、私はエミリアに陛下からの提案を話し――彼女はすごく驚いていたが嬉しそうでもあって、私も幸せな気持ちになった――、ブラウン公爵もひっくり返るほど驚いていたが一応提案に同意してくれたそうだ。
 そうして、私達は寝る間も惜しんで大急ぎで準備に奔走し、卒業パーティー当日を迎えたのである。
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