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靴職人と黄金の布団👠 The shoemaker and the golden blanket

第34話 よくないー

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  恋愛小説大賞にエントリー中のため、この章のみ、アルファポリスで先行公開させていただきます。

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 花の妖精の家で、ドレスとタキシードを試着した私たちは、最終調整のためにまたしばらく待つことになった。
 帰り支度を済ませて、玄関先で改めて妖精たちにお礼を言う。

「妖精さんたち、本当にありがとう」

『ううん、こちらこそー』
『レストランのお礼だけじゃないー』
『わたしたちも、人間のお友達増えて嬉しかったからー』

「みんな……」

『これからも友達ー』
『約束ー』
『子供生まれたら、子供も友達になるー』

「こ、子供は気が早いよ。……でも、みんなとはずっと友達。私も約束するよ」

 隣で、アデルも頷いている。
 妖精たちは、きゃいきゃいと嬉しそうに羽ばたいた。

『グローブとベールも作るー』
『ティアラは花冠にしよー』
『靴は作れないー。どうするー?』

「ああ、靴か……それなら他の妖精に頼んでみるよ」

『よろしくー』
『あと一番だいじなのは、指輪ー』
『アデル、指輪は用意したー?』

「……指輪?」

『指輪、ないとダメー』
『指輪、一番だいじー』
『もしかして、まだー?』

「…………」

 アデルは、しまったという顔で押し黙ってしまった。

「あの、アデル……私、指輪なくてもいいよ」

『何言ってるのー』
『指輪がないと始まらないー』
『ちゃんと用意するまで、ドレス渡さないー』

「えっ、何もそこまで」

『乙女の夢ー』
『指輪交換と誓いの口づけは、外せないー』
『絶対見たいー』

 妖精たちは、一様にぷくーっと頬を膨らませて、空中でジタバタしている。
 私は結婚式を挙げられるというだけでも充分夢のようだし、指輪なんてなくても構わないのだが。
 アデルは神妙な顔をして、腕を組み考えている様子だったが、しばらくしてようやく口を開いた。

「……指輪も金属だし、宝石も鉱山で取れるものだし……またドワーフに聞いてみるか」

「アデル、私はいいんだよ?」

『よくないー』
『よくないー』
『よくないー』

「……良くない」

 妖精たちとアデルに、一斉に反論を喰らって、私は大人しく引き下がるしかなくなったのだった。





 とはいえ、すぐにまたドワーフの坑道に行くのもはばかられたので、私はとりあえず家に戻ってきた。
 アデルは、レプラコーンという妖精に会いに行くそうだ。靴作りが得意な妖精らしいが、ちょっと意地が悪いらしく、私と会わせたくないのだとか。

「ただいまー」

「おかえりなさいですー!」

 庭先で元気に出迎えてくれたのは、ドラコだった。お昼寝を終えて、今は森で採ってきたくるみを割っていたようだ。

「まあ、くるみがこんなに!」

「にししー、これを使ってまたくるみパンを焼いてほしいのですー。ドラコは焼きたてのくるみパンがとっても好きなのです」

「ふふ、もちろんよ。早速、生地作ろっか」

「やったー! 嬉しいのですー!」

「じゃあまずは、殻を割り終わったくるみをローストして……」

「手伝うのです!」

 ドラコと一緒にくるみをフライパンでローストし、パン生地をこねる。翌日の移動販売で売る分も含めて、多めに仕込んでいく。
 本当はバターがあると良いのだが、恵みの森のくるみは甘くて油分もしっかりあるから、オリーブオイルで練っても問題ない。

 ようやくひと段落して、生地を寝かせている間に、アデルは家に帰ってきた。
 頭をがしがし掻き、珍しく苛ついた様子だ。

「……まったく、奴ときたら。この森に住んでいて、金貨など用意できる訳がないだろう!」

「まあ、どうしたの?」

「アデル、珍しく怒ってるですね」

 ダイニングの定位置に座ったアデルにあたたかい紅茶を出すと、少し気持ちも落ち着いたようだ。

「それで、どうしたの? 何かあった?」

 私が尋ねると、アデルはため息をついて、怒りの原因を話してくれた。

「……レプラコーンだ。奴は、人が困っているのを見て喜ぶ妖精なんだ。堕ちた妖精とか、妖精の悪霊とも言われているが、実際は意地が悪くてひねくれた、黄金が大好きな性悪妖精でな」

「そのレプラコーンさんに、靴の対価として金貨を用意しろって言われたの?」

「ああ。……その上、ああだこうだと人のことを散々におちょくって……! だから関わりたくなかったんだ……!」

「珍しいね、アデルがそんなに怒るの」

 ……本当は優しく穏やかなアデルを、ここまで苛つかせるなんて。レプラコーンは、アデルに一体何を言ったのだろうか。
 再びため息をついているアデルにかわって、ドラコが私に説明をしてくれる。

「レプラコーンは、人間を迷わせたり困らせたりするのが好きなんです。顔を合わせるたびにちょっかいをかけてくるので、森に住む妖精の中でも断トツにアデルとうまくいってないです」

「そうなんだ……悪戯好きの妖精さんなの?」

「レプラコーンは、元々、アデルたちの住んでいた人間の街に暮らしていたです。地中に黄金を隠しているという噂があって、人間はレプラコーンを捕まえようとしたです。人間は、地中に埋まった黄金の場所を聞き出そうとしたですけど、レプラコーンは嘘の場所を教えたです」

「騙されているとも知らずに、人間たちが一生懸命地面を掘るのが面白かったのだろう。とにかく、レプラコーンはそれから人間に嘘をついたり悪戯をするようになった。だが……十年ほど前、街の様相は大きく変わった。魔法や妖精を憎む人間たちが、攻めてきたんだ」

「十年前……それって」

「ああ。俺以外の炎の一族が、この地を離れた時だな」

 私の母と、子供の私は、その大きな街から離れた村に住んでいた。そのため、どんな争乱があったのか、直接は知らない。
 だが、あの頃の殺伐とした雰囲気は、私の住む村にも、どこかひりついた空気をもたらしていた。

 母が私に、「魔法の力は誰にも明かしてはならない」とキツく言い含めるようになったのも、その頃からだ。
 それ以来、私は家の外で魔法を使うのをやめた。私が『泉の精霊』の加護を受けていると知っていた人間は、母と、『風の精霊』の力を授かっていた幼馴染の、二人だけだ。

「街から炎の一族が姿を消した後、街の人間はレプラコーンに全く関わらなくなった。それまで住んでいた炎の一族は、レプラコーンの悪戯にも寛大で、愛すべき住民の一人として扱っていたが……新しく来た人間は、レプラコーンの嘘に耳を傾けることも、悪戯に目を向けることもしなくなった」

「それどころか、レプラコーンが姿を現しても、人間たちはまるで無関心。レプラコーンから近づいてみても、向けてくるのは敵意ばかり。レプラコーンは、いつしか街を出て、恵みの森に住むようになっていたです」

「そっか……」

 きっと、レプラコーンも寂しかったのだろう。

「……レティ。同情は無用だぞ」

「えっ?」

「恵みの森に住むようになってからというもの、奴の嫌がらせは度を越して激しくなった。街に住んでいた頃は、笑って済ませられる程度の悪戯だったのだが……そのせいで森の妖精たちからも敬遠されているほどだ」

「度を越す嫌がらせって……」

「……だから、本当はあまり関わりたくなかった。だが、靴職人としては超一流だ。靴を頼むなら、レプラコーン以外ない……というか、他の妖精で靴を用意できそうな者に心当たりがない」

 アデルはもう一度ため息をつく。

「あっ、そうだー!」

 その時、何かを閃いたらしいドラコが、突然声を上げた。
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