夢を喰む魔女の白い結婚

矢口愛留

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中編



 顔を合わせるなり、ヴィクトル様は、困惑した表情で私に問いかけた。

「アルマ。昨日のは、一体何だ」

「ハーブティーのことでしょうか? 庭で採れたハーブを中心に、ブレンド致しました。安眠効果の高いものを選んだのですが、よく眠れましたか?」

「ああ。久しぶりにぐっすり眠れたよ。だが、私が聞きたいのは――」

「まあ、それは良うございましたわ。お顔つきも、幾分すっきりしておられますものね」

 私は、満面の笑みで夫の言葉を遮った。
 ヴィクトル様は納得のいっていなさそうな表情だったが、自分でも確信が持てないのだろう。
 それ以上深く掘り下げるのは、気がひけたようだ。

「今夜もまた、お作りしましょうか?」

「……そうだな。頼んでも良いか?」

「ええ、勿論ですわ」

 ヴィクトル様は、私に質問するのを早々に諦めた。
 まだ……今はまだ、私の秘密に気付かれたくない。

 この後はもう、私の部屋を訪ねてくる人もいないだろう。
 私は、昨晩眠れなかった分を取り戻そうと、部屋着に着替えて、ベッドの中に潜り込んだ。





 ヴィクトル様が特製ハーブティーを飲んでくれるようになってから、しばらくの時が経った。
 彼はちゃんと眠れるようになったようで、日に日に、目に見えて元気を取り戻していく。

「アルマ、おはよう」

「おはようございます、ヴィクトル様」

 彼は律儀にも、毎朝私にハーブティーのお礼を言いにきてくれる。
 君を愛することはない、関わらないでほしい、なんて言っていたはずなのに、今や気がつけばヴィクトル様の方から食事に誘ってくれるようになった。

「ヴィクトル様、最近体調が良さそうですわね。しっかり眠れていますか?」

「ああ、君のハーブティーのおかげだ。感謝しているよ、アルマ」

「それは良うございました」

 ヴィクトル様は、最初に会った時も美男子だったが、その時に比べても見違えるほどの美貌を取り戻した。
 肌はつやつやとして血色が良く、目の下のクマも綺麗に消え去っている。
 苛々した様子もなく穏やかな微笑みを浮かべ、冷たく鋭かった目元も、雪解けが来たかのようにやわらいでいた。

 一方、私は扇を口元で広げて、噛み殺したあくびを隠す。
 ヴィクトル様の悪夢は根が深いから、書き換えが終わるまでまだしばらくかかるだろう。

「……アルマ。君は、少し顔色が悪いな。少々痩せたのではないか?」

「あら、そんなことはございませんわよ」

「そうか? もし体調が悪いのなら、医者を呼ぶが」

「いいえ、大丈夫ですわ。ご自分の体調がすぐれないのにご心配くださるなんて、ヴィクトル様は優しいのですね」

「……私が、優しい? そんなわけないだろう」

「ヴィクトル様は優しいですわ」

 私がじっと見つめると、ヴィクトル様は少したじろいだ。
 ヴィクトル様自身がどう思っていようと、彼は優しいひとだ。
 だからこそ悪夢に憑かれて、今もまだ苦しんでいる。

「……何かあるなら早めに言いなさい。物であれ人であれ、すぐに手配するから」

「はい。お気遣いありがとうございます」





 夜になると、私はヴィクトル様の悪夢にもぐる。

 フランソワ伯爵家は、魔女の家系である。
 魔女が表舞台に立たなくなってからもう随分長い時間が経ったが、ガルシア公爵家の庇護のもと、私たちはその特別な力と秘伝を守り続けてきた。

 私、アルマ・フランソワの魔女の力は、我が家に伝わる特別なハーブ、『夢喰ゆめはみの香草』を取り込んだ者の夢の中に入る力だ。
 過去に実際に起こったことは変えられないが、私の力をもってすれば、夢に干渉して夢の中の歴史を変えることはできる。

 ヴィクトル様の悪夢は、悲惨なものだった。
 指揮官として戦争の前線に立っていた彼は、その手で敵をほふり、同じだけ味方を失った。
 友の最期を看取り、自らも大怪我を負ってもなお、失われた命の向こう側で待つ者の怨嗟が、人を手にかけた感触が、無力感が、彼をずっと責め続けた。

 私は夢の中では万能だ。
 聖女のように全ての傷を癒すことも、端から端まで刃を消し去ってしまうことも、敵も味方もなく手と手を取らせることだって、できる。
 ただし、目が覚めたら、夢の中で起きたことはすべて幻になってしまう。

 だからこそ私は、毎夜ヴィクトル様の悪夢を癒しの夢に書き換えたのちに、誰かの姿を借りて必ずこう告げるのだ。

「過去はどうやっても変えることはできない。けれど、未来を生きる者たちが悲しい思いをしないように、過去を織って、今を紡いでいく。それができるのは、痛みを知る貴方だけなのだ」と。

 ヴィクトル様の悪夢は、私が干渉しなくても、少しずつ形を変え始めた。
 悪夢を見る時間も短くなってきているから、このまま『夢喰ゆめはみ』を続けていれば、いつか自分の力で過去を乗り越えられる日が来るだろう。

 ただ――結婚の契約をしている三年のうちに、悪夢を消し去れるかどうかだけが、気がかりである。





 そんなことを続けていたある日。
 私は、風邪を引いて倒れてしまった。

「アルマ……大丈夫か?」

「ええ……それよりも、ヴィクトル様は大丈夫ですか? 今日は、ハーブティー、ブレンドできそうにありません」

「こんな時にまで私のことを……君という人は」

「だって……、そのせいで夢見が悪くなってしまったら……」

「私のことはいいから、ゆっくり休みなさい」

「ヴィクトル様、忘れないで。過去は変えられないけれど、未来は変えられる……それができるのは、痛みを知る貴方……だけ……」

 私は高熱で朦朧としながらも、ヴィクトル様に言いたいことだけ告げて、意識を手放した。
 瞼を閉じる前、最後に見たのは、ヴィクトル様が驚きに目を見開いて、何かを言おうとしている姿だった。





 私の熱が下がったのは、それから二日ほど経った後。
 ヴィクトル様は、風邪がうつるかもしれないということも厭わず、私の部屋まで切り花と果物を自ら届けにきてくれた。
 顔色がすぐれないのは、やはり熱が出てしまった日の夜から、ヴィクトル様の悪夢にもぐっていないからだろう。

「ヴィクトル様……今日は起き上がれそうですわ。今夜はハーブティー、ブレンド致しますね」

「いや、まだ無理をしてはいけない。君にも睡眠は必要だろう?」

「まあ、私でしたら、充分休ませていただきましたわ。それよりも、貴方の顔色が良くないのが気になるのです」

「私は……、いや、私のことでアルマを煩わせるわけにはいかない。これは私自身の問題なのだから」

「ですが……」

 ヴィクトル様は、柔らかく微笑んで首を横に振ると、私の手を取った。
 そのまま私の手を持ち上げると、その甲に口づけを落とす。

「……っ!」

 私は、突如もたらされた仮初かりそめの夫からの愛情表現に、驚いて固まってしまう。

「さて、私は仕事に戻らないと。より良い未来を創るためにね。……アルマ、ゆっくり休んでくれ」

 甘い笑顔を残して、ヴィクトル様は私の部屋から出ていった。
 高鳴る鼓動のせいだろうか、下がったはずの熱が、また少し上がったように感じられた。

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