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第三話 公爵令嬢はもう頑張れない
次にクロエが目を覚ました場所は、公爵邸の自室だった。
時刻は、真夜中。
卒業パーティーでクロエが倒れてから、数時間が経過していた。
部屋に控えていた侍女が、クロエの目覚めを知らせに行くと、真夜中にもかかわらず、すぐに両親が飛んできた。
「クロエ……ああ、クロエ……!」
二人とも声を上げて泣き、彼女を抱きしめる。
クロエは最初、それを、スティーブとの婚約が解消されたせいだろうと思った。だが、それにしてはあまりに大袈裟だ。
「お父様、お母様……どうしてそんなに泣いておられるのですか」
不審に思ったクロエが、尋ねる。公爵も、公爵夫人も、ますます大粒の涙をこぼして泣いた。
*
その後しばらくして。
ようやく落ち着いた公爵の口から、クロエは衝撃の宣告を受けることとなった。
「クロエ。とても言いにくいのだが……お前の余命は、あと一年ほどなのだそうだ」
「余命……一年?」
クロエは眉をひそめる。
定期的に主治医に健康チェックを受けているが、病気に罹っていると言われたことはなかったからだ。
「わたくしは……病気、なのですか?」
「……詳しいことは、まだ……」
公爵は、首を縦にも横にも振らず、口ごもった。
「そうですか……」
クロエは、余命宣告を聞いても、どこか冷静だった。その瞳には、不安よりも、悲しみよりも、生きることに対しての諦念が強く宿っている。
「ところで、お父様。今回の件で、殿下との婚約は、解消されたのですよね?」
「いや。婚約は続いている」
クロエは、少しばかり驚いた。
尋ねはしたが、婚約は解消されたものと思っていて、ただの確認のつもりだったからだ。
「ですが……お父様もお聞き及びかと思いますが、殿下の想いは、もう私には向いておりません。それに、この身体では、王子妃はつとまりませんわ」
公爵は、苦しそうな顔をして、クロエの言葉に応える。
「この婚約は、王命だ。個人の感情で安易に解消できるものではない。それに、クロエの身体が、これから良くなる可能性だってある」
「……婚約は、解消……されないのですね」
クロエにとって、これまでの人生は、全てスティーブに捧げてきたものだった。
愛する人のために、つらい王子妃教育にも耐えてきた。
愛する人のために、笑顔を、涙を、豊かな感情を捨てた。
愛する人のために、誰にも弱みを見せず、血の滲む思いで努力し、自分を磨き続けた。
けれど。
もしも身体が良くなって、スティーブの妃になれたとしても、彼の愛は、クロエに向くことはないだろう。
それどころか、自分が生き残ってしまえば、彼はアメリアを妃に迎えることができない。
そうなれば――クロエが生きていることに対して、憎しみを向けられる可能性だってあるのだ。
――愛する人に憎まれながら一生を終えるぐらいなら、その前に退場してしまいたい。
思い出が美しく輝いているうちに。胸に愛を抱いたまま。
クロエはそう願い、公爵に、潤んだルビー色の瞳を向ける。
「お父様……、どうか、速やかに婚約を解消していただけるよう、陛下に進言していただけませんか。私は、もう前を向けません。もうこれ以上、頑張れません」
「クロエ……それは……」
「どうか、お願い致します」
クロエは、悲しそうに目を伏せ、口を閉ざす。
しかし。
クロエの望みとは裏腹に、婚約が解消されることはなかった。
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