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第九話 公爵令嬢は甘い夢を見る
◇◆◇
クロエは、夢を見ていた。
スティーブと婚約を結んだ頃の夢。
甘く優しい、過去の幸せ。
スティーブは、美しい少年だった。
その見目ももちろんだが、クロエが本当に美しいと思うのは、彼の心の在り方だ。
将来は王太子となり、国王となることが定められたスティーブに逆らう者は、この国にはほとんど存在しない。
けれど彼は、権威を振りかざすこともなく、おごり高ぶることもしない。
むしろ自分がその地位に追い付けるよう、ひたすら努力を絶やさない少年だった。
クロエはずっとスティーブの努力をそばで見ていた。
同年代の貴族令息の、なんと幼いことか。
貴族令嬢の、なんと夢見がちなことか。
彼らは努力せずとも、その権利を当然のように享受できるものだと思っている。
今ある栄光は、そもそも大前提として、領民、国民あってのもの。
さらに当然それだけではなく、父や母や、その両親、そのまた両親――彼らの祖先から脈々と受け継がれてきたものであって、先人たちの努力なしには得られなかったものなのだ。
だから、クロエはスティーブに負けないように、ひたむきに努力した。
王子妃教育を受ける他の令嬢たちが、その厳しさに音を上げ始めても、クロエは文句一つ言わずに粛々と課程をこなした。
王子妃教育は、クロエ以外の高位貴族家の令嬢も、受けていた。
それは、スティーブや他の王子たちの婚約者選びの一環として、である。
ある程度の課程をこなした時点で及第点をもらった令嬢が、王子の婚約者候補となることができるのだ。
そして、その数名の令嬢の中から、クロエがスティーブの婚約者として選ばれた。
クロエの成績が良かったこともあるが、スティーブがクロエを気に入ったのである。
そのきっかけは、ある日、スティーブがクロエに何気なく尋ねた、この言葉だった。
「クロエ嬢、どうして君はそんなに頑張るんだい? 地位を得るということは、とても大変なことだ。君はそれを分かっているのか?」
クロエは、スティーブから突然話しかけられたことに驚いたが、すぐに彼を労わるように優しく笑って、告げた。
「知っていますわ。だって、殿下が常に血の滲むような努力をなさっていることを、わたくしは存じ上げておりますもの」
スティーブは、この言葉に衝撃を受けた様子だった。
王族と結婚するということは、国と結婚すること。
その意味を、クロエはしっかりと理解していた。
王子妃という地位と権力、そして美麗な夫――他の令嬢が欲しているものとは違う、もっと高い位置まで、クロエにはきちんと見えていたのだ。
スティーブは、クロエを王宮の中庭へと連れ出した。
美しい花々が咲き乱れる庭園の中。
花を愛で、二人の時間を楽しみ、笑い合いながら、ゆっくりと散策をする。
スティーブは、ある花壇の前で立ち止まった。
彼はエンゼルランプの花を一輪、ナイフで摘み取ると、クロエに差し出す。
「これから一生、命を賭して君を守ると約束する。クロエ嬢、私の婚約者になってくれないか?」
クロエは、その花を嬉しそうに受け取った。
「はい。よろしくお願い致します。でも……」
「……何か、問題でもあるのか?」
「いいえ。殿下に守っていただくだけではなくて、わたくしにも殿下を、そしてこの国を守るお手伝いをさせてください」
「……!」
スティーブは、空と同じ澄んだ青色の瞳を、大きく見開いた。
その瞳は、すぐさま嬉しそうに、柔らかく細まった。
「――ありがとう。君を選んで、良かった」
美しい、優しい青に、吸い込まれるようだった。
このとき。
クロエは、スティーブに、恋をしたのだ。
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クロエは、夢を見ていた。
スティーブと婚約を結んだ頃の夢。
甘く優しい、過去の幸せ。
スティーブは、美しい少年だった。
その見目ももちろんだが、クロエが本当に美しいと思うのは、彼の心の在り方だ。
将来は王太子となり、国王となることが定められたスティーブに逆らう者は、この国にはほとんど存在しない。
けれど彼は、権威を振りかざすこともなく、おごり高ぶることもしない。
むしろ自分がその地位に追い付けるよう、ひたすら努力を絶やさない少年だった。
クロエはずっとスティーブの努力をそばで見ていた。
同年代の貴族令息の、なんと幼いことか。
貴族令嬢の、なんと夢見がちなことか。
彼らは努力せずとも、その権利を当然のように享受できるものだと思っている。
今ある栄光は、そもそも大前提として、領民、国民あってのもの。
さらに当然それだけではなく、父や母や、その両親、そのまた両親――彼らの祖先から脈々と受け継がれてきたものであって、先人たちの努力なしには得られなかったものなのだ。
だから、クロエはスティーブに負けないように、ひたむきに努力した。
王子妃教育を受ける他の令嬢たちが、その厳しさに音を上げ始めても、クロエは文句一つ言わずに粛々と課程をこなした。
王子妃教育は、クロエ以外の高位貴族家の令嬢も、受けていた。
それは、スティーブや他の王子たちの婚約者選びの一環として、である。
ある程度の課程をこなした時点で及第点をもらった令嬢が、王子の婚約者候補となることができるのだ。
そして、その数名の令嬢の中から、クロエがスティーブの婚約者として選ばれた。
クロエの成績が良かったこともあるが、スティーブがクロエを気に入ったのである。
そのきっかけは、ある日、スティーブがクロエに何気なく尋ねた、この言葉だった。
「クロエ嬢、どうして君はそんなに頑張るんだい? 地位を得るということは、とても大変なことだ。君はそれを分かっているのか?」
クロエは、スティーブから突然話しかけられたことに驚いたが、すぐに彼を労わるように優しく笑って、告げた。
「知っていますわ。だって、殿下が常に血の滲むような努力をなさっていることを、わたくしは存じ上げておりますもの」
スティーブは、この言葉に衝撃を受けた様子だった。
王族と結婚するということは、国と結婚すること。
その意味を、クロエはしっかりと理解していた。
王子妃という地位と権力、そして美麗な夫――他の令嬢が欲しているものとは違う、もっと高い位置まで、クロエにはきちんと見えていたのだ。
スティーブは、クロエを王宮の中庭へと連れ出した。
美しい花々が咲き乱れる庭園の中。
花を愛で、二人の時間を楽しみ、笑い合いながら、ゆっくりと散策をする。
スティーブは、ある花壇の前で立ち止まった。
彼はエンゼルランプの花を一輪、ナイフで摘み取ると、クロエに差し出す。
「これから一生、命を賭して君を守ると約束する。クロエ嬢、私の婚約者になってくれないか?」
クロエは、その花を嬉しそうに受け取った。
「はい。よろしくお願い致します。でも……」
「……何か、問題でもあるのか?」
「いいえ。殿下に守っていただくだけではなくて、わたくしにも殿下を、そしてこの国を守るお手伝いをさせてください」
「……!」
スティーブは、空と同じ澄んだ青色の瞳を、大きく見開いた。
その瞳は、すぐさま嬉しそうに、柔らかく細まった。
「――ありがとう。君を選んで、良かった」
美しい、優しい青に、吸い込まれるようだった。
このとき。
クロエは、スティーブに、恋をしたのだ。
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