お嬢は悪役令嬢へ

楸咲

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1章 お嬢生誕

2.名付けと祝福

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 本日、私の長い長い一日が始まろうとしている。

 とは言っても、まだまだ赤ん坊だから大人達のパーティー程ではないとの予想は立ててはいるものの、それがどれぐらいの時間で行われるのかは未知数。
 そもそもそんなパーティー等に出たことがあるのは両手で数える程であったし、良くわからない。
 今日は朝から沢山の音や人の気配がする。こちらまでそわそわしてしまう程。

「あう、あ…あー」

 シーレンに連れられ、コロコロと変わる世界は新鮮だった。初めてちゃんと見えるようになった世界。中庭のような所の廊下を通ったときは、凄く綺麗な草木が見えた。光に照らされ、輝いてるようにすら見えた。
 色々と見ているとバレたのかシーレンに笑われた。

「ふふ、漸く目がはっきり見えるようになってきたんですね。本当に、とても綺麗な瞳ですねーお嬢様。まるで宝石のようです」

 そう言っているシーレンの抱きしめる力が少し強くなった。シーレンの髪は、蜂蜜色で瞳も蜂蜜色。甘い言葉ばかり言うし、本当に蜂蜜なのでは無いかと思う程。ふわふわとしたセミロングの髪を後ろでお団子にしているのだけれど、きっと下ろしたら良い匂いがするのだろう。
 私が一緒にいる時は仕事中しかない。私がその姿を見ることは無いのだろうけど。
 人がそんな、そもそも赤ん坊がしょうもない事を考えていても、いつものように淡々と仕事をこなしていくシーレン。

 世界からシーレンへと視線を戻し、重たい手足を動かすとシーレンがまた嬉しそうにまた笑った。
 そして、そうこうしている内に目的の場所へと到着したらしい。 

 大きな扉、そしてその前に立つ二人の騎士。本当にお伽噺の世界のようで。
 これもしかしたら、私異世界転生なのだろうか?
 いや、もう疑問形ではなく確定であっていると思うのだが、それでも今のこれは私の夢なのではないのだろうか。現実でいいのだろうか。でも…
 向こうの世界では、死んだのだから。

 未練がないのかと言われれば、そんなことは一切ないし戻りたいとも思うがもう戻る場所は無い。ならば、今生を楽しんだもの勝ちなのではないだろうか。

 目の前の騎士たちが重たい音を立て、開いた扉。

 その先に居るのは、私の父と母となる人。
 父は朱色の綺麗な髪をセットしていて、貴族の正装の様な格好で、母はアッシュグレーの綺麗な髪を綺麗に編み込み結い上げ同じ色のドレスに身を包んでいた。
 先程迄の雰囲気とは打って変わり、厳かな雰囲気に包まれている人と空間。大きな広い書斎のような場所。
 シーレンは、すっと背筋を伸ばし真っ直ぐに母の方へと歩いて行き略式の礼をしてから、自らの腕に抱く大事な主の子をその母の方へと渡した。

「ありがとう、シーレン。」
「いいえ。今日は旦那様奥様そして、お嬢様の晴れの日。そんな日の手伝いをさせて頂き、私はそれだけでもう満足でございます。」

 渡してすぐに、シーレンはその場に跪き右手を左胸へと当て言った。

「それは何より。アグネディア、先に言ってもいいかい?」
「ふふ、気が早いわリグラネルド」
「そうかい?でも、皆には先に言っておきたいんだ。この子の名は――」

 そして、待ちきれないとばかりにそう言ったリグラネルドにアグネディアは小さく笑い「私達で考えたのよ」と、アグネディアがそこにいる全員に言った。

「――――“リオネスフィアル”」

 名を発表すると、周りにいた人達も一同にそれこそ分かるほどほんわりとした雰囲気が流れた。

「愛称はリフィがいいわ。この子が沢山の人に愛され、美しく強い子になるよう…」
「ああ、それは良いな。それでは、行くとしよう。ルベルニ卿が首を長くして待っているだろう」

 アグネディアは、リオネスフィアルを見てそう言うと頬を擽った。それがくすぐったくて、もぞもぞと動くとふんわりと綺麗な笑みを浮かべた。その後、父の手へと渡され優しく揺らされる。
「やっと、お名前でお呼びすることが叶うのですね」とメイドたちが口々に言い、騎士たちも噛みしめるように頷く。

 そして、リグラネルドの一言により皆が動き出した。

 式はまだまだ、これから始まるのだから。

 リオネスフィアル、リオネスフィアル…言いにくいけどとても音が綺麗だ。愛称はリフィ。お父様お母様なんて私が言っていいのかわからないけれど、この人達が考えてくれた名前だ。
 じっと、顔を見上げ手を伸ばすと片方の手でそっと壊れ物を触るかのような手つきで握られた。その手は優しく、大きく、暖かく、そして少しガサついた手だった。

「ふふ、リオネスフィアルも喜んでいるわ。あなたにばっかりでは、妬いてしまうのだけれど」
「ははは、この子はアグネディアの事もちゃんと愛しているよ。」

「当たり前よ、私の子…私達の子だもの」

 見目麗しい二人が並び、微笑むものなら周りに花が咲き誇るよう。
 きっと、今の私リオネスフィアルは目を丸くして二人を見ているであろう。お母様、アグネディア様に手を伸ばすと今度はそちらの手へと受け渡された。



 ***



 二人と従者達、まだ私が初めて見る人たちを連れぞろぞろと進んで行った先にあった先程よりもずっと大きな扉。その前にも警備兵が立っており、ビシッと音がつきそうな程敬礼をしたあと直ぐに扉を開けた。
 開かれた中は、それはまるで大聖堂の様な場所だった。
 赤い綺麗なカーペット、沢山の長椅子は沢山の人達で埋まっていた。まるで、結婚式かのようなこの状況に目を白黒させた。
 そして、そのカーペットの先に居るのが朝メイド長であるアデラや父が言っていた、ルベルニという神官だろう。

 一言目におじいちゃん、と言う感じのお爺さんだった。

「此方へ」

 厳かな雰囲気に、動かないが気持ちの背筋がスッと伸びた気がする。
 ルベルニに言われ、入り口に立っていた二人は祭壇の前まで歩き出した。祭壇へと着くとふわりと微笑んだルベルニ卿。

「これはまた、美しい子が生まれたなぁリグラネルド。お前さんの子とは思えん」

 少ししゃがれたような声は、優しく慈愛に満ち溢れているようだ。

「何を言いますか、この子は俺の子供ですよ」
「はいはい分かった分かった。アグネディア嬢、産後も特に変わりはないようで何より。うむ、母の顔をしておるな。」
「それは何よりですわ、ルベルニ卿」

 孫を見る祖父の様に、微笑み目を細めリグラネルドにそう問いその妻であるアグネディアの容態を気遣った。


「して、主らはこの子に何を望む?」

 居住まいを直すと二人にそう問うた。

「–––私からは誠実で、何があっても折れない強い心を」
「–––私からは沢山の人に愛される愛らしさ、そしてこの先に沢山の幸せを」

 二人はルベルニに跪き、名を聞かれると腕に抱えた子を前に差し出し、ルベルニが何処から取り出したのか自分の背丈よりもある大きな杖を床に叩きつけた。

 その瞬間空気が揺れた。


「しかと聞き届けた、この子の名は何という?」


 普通の赤ん坊なら、泣き出すであろうこの空気の重々しさ。
 先程までの空気が嘘の様に、変わったのがひしひしと伝わる。

 シンッと静まり返ったその場、何一つ音がしない中に聞こえる自らの名。作りからしてとても反響する場所。


「–––【リオネスフィアル】」

「我等が世界の女神よ、リグラネルド・ティ・ドュライア、アグネディア・ティ・ドュライアが子【リオネスフィアル】に最上級の祝福を…!」

 もう一度ルベルニが杖を床に叩きつけると、その瞬間光が溢れ光の羽毛が降り注いだ。

 眩しい光の中、最後に見えたのは大きな翼を広げた天使の様な男とも女ともとれないとても綺麗な人が微笑んだ顔。暖かい光に包まれ、くしゃみをしそのまま眠りに落ちた。 


 次に目が覚めた時には、沢山の人達に囲まれ挨拶をされているところだった。



 
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