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1章 お嬢生誕
7.親の心子知らず
しおりを挟む娘が生まれ早いことにもう四年という時が過ぎて行った。
子供の成長とは早いもので、ついこの間ベッドをゴロゴロとしていたはずの子供が内で外で走り回り使用人達を困らせている。困らせると言っても、その元気の良さに振り回されているだけなのだから存外可愛いものだ。
仕事が落ち着き外を眺め、ふと思った。
自分の子供の頃もあんなだったのだろうか。
外を走るリオネスフィアルを見て無意識のうちに笑みが零れる。
嬉しそうに使用人達と遊び、困らせている様は見ていて心が穏やかになる。時々危ない事もしているようだが、怪我等をしない程度で有れば許容範囲ではある。女子らしくないと言ってしまえばそうだが、あのアグネディアの子だ。抑え込んでは逆に良くないであろう。
昔の記憶を思い起こし、目の前の出来事を見て、頬が緩むのが抑えられない。
「リオネスフィアル様のおかげですねぇー」
その言葉と共に現れたのは、ドュライア家と馴染み深い男。何時ぞや自分も世話になった者だ。
「笑わなくなった君が良く笑うようになった。生意気な糞餓鬼が」
「糞餓鬼は余計だ。」
「ふふ、まあでも良い子を持ったな。小さき日の君にそっくりだ。あんな元気な子を産んでくれた夫人を労ることだね」
「まあな、ディーには感謝してもし切れない」
窓の外を見ながら答えると、外にいるリオネスフィアルがこちらを見て笑顔で手を振った。
こちらに気付くと思っておらず思わず目を見開いた。目に入れても痛くないとは、この事を言うんだろう。可愛い我が子に手を振り返すとすぐ、また遊びへと戻っていってしまった。もっとあの笑顔を見ていたいと思ってしまうのは、親馬鹿なのだろうか。
あの子は生まれたときから少し違っていた。それはとても大人しく、何処か達観しているようで、とても子供らしく、子供らしくない。そして何かを分かっているかのように行動をする。それとなく、避けられているような気もするがそれは気のせいであろう。そう思いたい。
ああ、でも我儘は言われたことが無い。寧ろ聞き分けが良すぎるぐらいだ。もし我儘を言われたら、何でも聞いてしまいそうな程娘が可愛いと思っている。
少し前の自分からしたら全く想像のつかないことだった。
「さて、どんな淑女になるか楽しみだね。」
「俺の子だ。そしてディーの娘だ。それはそれはいい淑女になるだろう。そのへんの馬の骨になどやる訳が無い。ましてーー」
「くふふふ、君がそんなこと言っちゃうのかぁー時の流れとは恐ろしい。つい最近まで私の後ろをついて歩いてた雛が大人ぶっているようだ。」
その言葉に相手を睨みつけると、クスクスと子供のように「怖い怖い」と笑う目の前の人物は一々癪に障るが、俺はこいつに勝てた事は後にも先にも一度しかない。あれは、忘れることのない日だ。
目の前にいる胡散臭いような笑みを浮かべ、大きめの眼鏡をした金髪の長い髪を後ろに一つに三つ編みにしている男。床につくほど長い髪は、手入れが行き届いている。まあ、そもそも手入れも何もないと思うが。
俺が小さい頃世話になったこの男。
今も昔も全く見た目が変わらない。
貴族のような格好をしているが、それもまた少し違う。
ーーー名を、エルド・ルァラ・リュカーレ。
しかし、きっとこの名も本名じゃ無いのだろう。
目の前のこいつが、まともに嘘偽り無く話をしている所を見たことが無い。多少の嘘位は許容の範囲ではあるが、基本的に人を揶揄うのが好きな奴だ。
「どんな子なのか楽しみだよ。」
「……いくらお前といえど、手を出したら容赦しないからな」
「嫌だ嫌だ、そう怒るなよ私にそんな趣味は無いよ。そもそも」
流石に長生きでも、それは無い。と両手をひらひらさせ否定したエルド。否定されるのは構わないが、なんだかそれはそれで気にいらないものがある。
今日から、大事な大事な一人娘の家庭教師につけるのがこんな男で大丈夫なのだろうか。腕は確かに認めているが信用ならない。だが、本当にこいつで大丈夫なのだろうか。自分で名乗り出て来た上に、確かな実績も一応ある。
そもそも、自分の師がコレである。
コロコロと話し方や話が変わるのは、まるで道化の様。
「それにしてもまあ、紅の魔神だ魔王だなんて言われた君が人間の国で所帯持ちだなんて、あの頃の奴らはどう思うんだろうね」
「そんな事など知るか。」
思ってもないことを言う。そもそも、あの頃の奴等なんぞに妻も娘も居るだなんて知らせるつもりもない。
相変わらず人の嫌な所を平気で踏んづけて行く男だと、目を細めた。
「怖い怖い。そんな睨まないでおくれよ、私はただ君に忠告…いや、予言を一つ授けあげようと思ったんだ」
「…予言だと……?」
ソファーにだらけるように座るエルドは、人前に居るのとでは全く違うだらけた態度でこちらの方がこいつの素だ。ふわふわとした見た目とは裏腹に、ふとした時の鋭い気配には少々驚く。
全くもって、こいつは食えない奴だ。
「あの子はこの先、死に愛される。何にも好かれると言う事は死にも好かれると言うことさ。でも、そうだなぁ…それもきっとあの子なら乗り越えるだろうねぇ」
机の上にあった果実を一つ、手で弄びながら少し憂いを帯びた表情で言った。
死に好かれる?何故。ディーの願ったことが良くないとでも言いたいのか。
「……不吉な事を言うな」
「知ってるだろう? 私の予知は当たる。必ずね」
「だとしても、俺は必ず娘を守る。時期は?いつ頃なんだ」
「さあ、そこまではわからないよ」
しれっとさらっと言うこの男。
「なんだ、使えないな。」
「君に言われたくないよ。」
ため息一つ、椅子に座り少し項垂れた。
こいつは言った、死に好かれると。やっと授かった命だ。そして、大事な命。アグネディアが命を懸けてやっとこうして腕に抱く事ができるようになったのだ、みすみすそれを手放す事などある訳が無い。
そもそもーー。
「まあ、私もお前の事は嫌いじゃないから少し手助けぐらいはするよ」
「いや、お前に貸しを作ったら何を要求されるか分かったもんじゃない。」
「私からの加護を断るなんて君ぐらいだよ、本当。」
「元々お前は俺らの敵みたいなものだろう」
「あれぇ? そうだったかい?」
ニコニコと薄っぺらい笑みを浮かべ、何を思ったのか思い出したように立ち上がると軽く優雅にお辞儀をした。
「それでは、今日はこれくらいで…帰らせてもらうよ。煩いのが来そうだからね。予定はその机の上に置いておいたからあの子に伝えておいてもらえると助かるよ」
「ああ」
「妻と娘以外には本当に興味が無いようだ。魔王サマは」
最後の最後まで憎まれ口を叩き、やれやれと言った風に指を鳴らすと花弁となり消えたエルド。その花弁も床につく前にきらきらと小さな輝きを放ち消える。
たった一人の人物がいなくなっただけで平穏な静かな部屋に戻り、先程まで目の前になかった書類へと目を通すと机の左に置かれたティーカップに湯気が立つ。
「ウェルジェ、すまないな」
「とんでも御座いません。旦那様が丁度欲しいと思われる時にお飲み物を出すのが私の役目でございます。」
「そうか。何か困っている事はないか?」
どこからともなく現れ、そして優しく微笑むシルバーの髪の似合う執事はこの屋敷の執事長のウェルジェ。一番古い付き合いになる。
欲しいときに、欲しいものを出してきてくれるのがウェルジェの良いところだ。
「いえ、あるとするならば少々此処の所旦那様の屋敷周りの魔障壁に穴…が時々見られるのですが…」
屋敷の魔障壁に穴、それは紛れもないーー。
しっかりと犯人は分かっている。
「……いよいよ教育を始めないとならないか…」
額に手を当て大きく息を吐く。
「…と言いますと、お嬢様ですか」
「ああ。流石、俺とディーの子であるが…少し早すぎやしないか?」
「ふふふ、何を言いますか。貴方様もアレくらいの頃は良く屋敷を抜け出しては私めを困らせてくれたではございませんか」
「っ…そ、そうだったか?」
屋敷の周りに張っている魔障壁は全て俺がやっているもので、中に何がいるか誰がどこにいるかなどすぐにわかるようになっている。勿論、此処最近障壁を無理やりこじ開けて通る人物のことなどはっきりとわかっている。
ウェルジェはそんな俺の呟きを拾い、昔の話を持ち出す。あいつとは、少し違う質の悪さだ。
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