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1章 お嬢生誕
6.お遊び
しおりを挟むそろりそろりと屋敷を抜け出し、あたりを見渡す。やっとの事で森へと抜けたようだ。屋敷のすぐ裏にある森もドュライア領内である。
しかし、今日もまたクレードに見つかり連れ戻された。
明日で五歳になります、リオネスフィアルです。
「…何度言ったら分かりますか」
「……」
「…拗ねても無駄です。幾ら魔物に好かれるとはいえ、魔物だけでは無く普通の動物だって居ます。今日という今日は、旦那様に話しますので」
「やだー!! クレーのばか! きらい!」
「っ……!」
抱き上げられ、庭に降ろされスカートについた埃を払われながら文句を言うと固まったクレード。
流石に色々面倒みてもらっているのに、嫌いは流石に無かった。慌てて大人しく謝った。
「ご、ごめんなさい…クレー…おこってる?」
「……いえ、大丈夫です。」
一瞬固まっていたが、自分よりも大きなクレードを見上げると目を細め苦笑しつつ髪についた小さな枝を取りそのまま手を取ると指先に軽く口付けをしたクレード。
何をどうしたらそんな行動になるのか、驚いた。
今まで、クレードがそんなことしてきたことはなかった。
「…俺は、貴女が心配なんです…。」
「……」
さて、反応に困った。クレードが今日は何か変だ。私は今日何かやらかしただろうか。いや何もしていない。何ならいつものように勝手に抜け出そうとしただけ。
普段はそんな事などしないし、そんな顔もしない。何なんだろうか。
頭を何故?がぐるぐると回る。
しかし回るだけで一向に答えは出て来なかった。
「おや、今日は見せつけてくれるなぁ」
「っ、リグラネルド様!?」
反応に困っていると、庭の入り口からの声に直ぐ様手を離しそちらへと頭を垂れたクレード。
「だが、今日もまた抜け出したんだな?リオネスフィアル」
「……ごめんなさい」
「謝れるのならよろしい。そうだな、そろそろ外にも興味が出よう。籠の鳥としておける程弱くもあるまい」
今日も“また”ということは、今までのは全てバレていたようで、観念して素直に謝った。やれやれと言った風に頭を撫で何処か寂しそうにそう言った父。
「ディーには、まだ早いと言われていたが仕方ないな。外に出たいのなら、先ず自分の身は自分で守れるようになってからにしなさい。クレード」
「はっ…」
「お前はいつもリオネスフィアルの面倒を見てくれてとても助かる。これからは、この子の師としてもお願いできるかい」
「…我が師の名に恥じる事の無きよう」
頭を垂れたままのクレードにそう言ったリグラネルド。クレードは腰の剣を引き抜くと、地面に突き刺し誓いを立てた。
それはもう、願ったり叶ったりだった。
向こうの世界で、武道は一通り出来る様にはなってはいる。頭は並程度だったので両道って程ではないけれど。
武道といってもどちらかと言えば、パフォーマンスに近い。実戦には及ばない
いつもおじいちゃんには勝てなかったっけ。
病気さえなければ、なんていつも言われてきた言葉。
「リオネスフィアル」
「おとうさま…?」
「明日、お前の五歳の誕生日だね。おめでとう。明日渡そうと思っていたけれど、それでは少し遅いようだ。」
今度は目の前に父が膝を折り、目線を合わせると微笑んだ。母から教えられた通り、淑女としての略式ではあるが礼をするとそのまま抱き締められた。
父親ながら本当にイケメン過ぎて、とても心臓がもたない。バクバクと早鐘を打つ心臓をなんとか抑え、首に手を回し抱き締め返すとそっと離れた。父が指を鳴らすとその手に現れたのは、長い少し大きめの箱。
「ここの所ずっと留守にしていて済まなかった、これを作るのに手間取ってしまってね」
受け取ってくれるかい?と差し出された箱は綺麗にそして繊細なラッピングされていて、そっと受け取るととても心地いい重さ。父に支えられ箱を開けると、一振りの綺麗な剣が現れた。
鏡のような刀身には、私の目と同じ色の綺麗な石が大中小三つ埋め込まれていて、黒い革のはってある鞘にはドュライアの紋章。柄は紋章にもあるようにドラゴンがモチーフになっている。
「すごい…」
見ようによっては、赤い宝石はドラゴンの目や心臓のようで今にも鼓動が聞こえてきそうな程の美しいもの。
五歳児が持つのには、とても不釣り合いに見える。多分、この先使うようになのだろうけれど。だからこそ、短剣じゃなくて振るう様な剣の大きさなのだろう。
「これは、お前にしか使えないようになっているから誰も鞘からは抜けないよ。私の力も、アグネディアの力も込めてある。この先なんかあった時、ない方がいいのだが…もしもの時呼べば必ず手元に現れる」
名前を付けてあげるんだ、と言われた。
「…わたしが、もらってもいいのです、か?」
「ああ、これは私からのリオネスフィアルへの誕生日プレゼントだ。ディーからのプレゼントは明日貰えるから安心しろ」
少し言葉に詰まりながらも、頑張って敬語を使い話す。その姿を優しく見守る父。
その眼差しはとても優しかった。
去年はお母様から髪留めを、お父様からは外行き用の靴。その前は二人からおもちゃを貰った。
毎年毎年、色々なものを貰っている。後は、私の知らないその他の貴族からの贈り物。こんな甘々で育てられていたら相当なわがまま娘に育つのでは無いかと私が心配だ。
私でなかったら、きっと今頃とても我儘で傲慢な子になっていただろう。
そんな風になるつもりは微塵もないけれど。
それでいて、我儘を言ってもいいのだ言われても困る。
「それでは、こちらは御部屋に飾っておきましょう。使う日まで…」
「ああ、それが良い。手入れの仕方は今度教えてやろう」
「ほんとうですか!? やくそ、く…」
「約束などせずとも、必ずだ」
本物の美しい剣に見とれていると、それを箱に納めクレードが受け取った。そして、それは部屋に飾ってくれるらしい。
早くこの剣に似合う者になりたいと、そう思った。
しかし、それは=奪い奪われる者になるということ。そのぐらいの覚悟は、もう当の昔に出来ている。
なんて、私にはまだ早い話だな。
「後、ここを抜け出す気ならもっと上手くやりなさい」
「…リグラネルド様!!」
最後にウィンクと爆弾発言を残し、クレードが名を呼ぶも強風と共にそのまま姿を消した。本当に神出鬼没で現れたかと思うと風のように消える。本当に風なのだ。
普段感情をそんなに出さぬクレードが、いつも怒っているのを見る。クレードの出自も何故ここに居るのかも知らないけれど、父に対する忠誠心だけは見て取れる。
「………はあ。」
「クレーもたいへんね」
「…大半はリフィ様が原因ですがね。しかし、一度言った言葉は撤回出来ませんが宜しいですか?」
ため息を吐いたクレードを見上げると、真っ直ぐにこちらを見た。
「なんのこと?」
「私が、剣の師となることです。」
「クレーなら、うれしい。」
「……それでは、一先ずこちらを置きにいくので着いてきてください」
「はーい」
両手の塞がるクレードの横を着いて歩くリオネスフィアル。よく見る光景に屋敷内では、兄妹の様だと噂になっていて、アグネディアもリグラネルドもその噂を快く受け入れている。
本当ならば、リオネスフィアルに兄や姉がいる予定であったと少し前に聞いた。可能ならば妹弟をと思うものの、アグネディアの身体を思うとそれは出来ない様で。だからこそ、余計に皆から可愛がられるのであった。
***
置きに行ったついでに着替えも済ませ、庭へとでた。
座って居ることよりも、動くことが昔から好きな私はこの時がとても待ち遠しかった。況してや、貴族の淑女ともなれば座り蝶よ花よと愛で育てられ一生籠の鳥として過ごすのが関の山。もし、そうなったとしてもどうにかして家を出たであろう。
やはり、初めに持たされるのは棒切れ。といっても、木刀だ。日本刀ではなくきちんと、西洋の両刃の形をしている。持ち方をレクチャーされたのだが持ち方程度の基礎は大丈夫だ。
そして最後に、一度だけと打ち合いをすることになった。
「…それでは、軽く合わせます」
「おねがいします」
一礼をしてから始まる打ち合い。五歳児、しかも女児の相手となればかなり手加減してくれているのだろうが、それでも一つ一つが重たい。
眼では追えるものの、身体が付いてこない。散々遊び回って執事やメイドたちを困らせ、シーレンやクレード達を振り回し遊んで来たのだが、それでは全然足りていなかったと反省した。
それでも、打ち合っていく内に徐々に身体が動く様にはなっていく感じがした。
どこか、とても気持ちが良い。
あと少し、あと一歩、という所で足が滑りクレードに腕を引かれ、前に転ける事なく済んだ。
気持ちよく終わったが惨敗。所詮は五歳児。
「初めてにしては、中々筋が良いです。が、リフィ様の剣は何よりも真っ直ぐすぎます。それでは、先を読むことなど容易い」
「もういっかい!」
「幾らでも付き合いますよ。」
この日から、私の遊びはクレードをどうやって打ち負かすかに変わった。
そして、それとなく増え始めた勉強の数。剣はクレード、座学は家庭教師がつくことになった。
それとは別に、お母様から直々に淑女としてのマナーやらこの先使うであろう知識を教え込まれる事となった。
日に日に増える知識と体力。より一層光って見える世界が、大事な大事な宝物。
学んだ事をまとめると、ドュライア家の爵位は上から順に公爵、辺境伯、男爵、騎士爵とこの世界は一人が多くの爵位を持つのが普通なのだという。そして、一番上の爵位公爵が普段の名乗る爵位となる。となると、私は公爵令嬢と言うことになる。
この世界は、アディスゼア。此処は人の大国シェンデアス。人の王が治める国の一つ。
人の国ではあるが、様々な種族が入り混じって生きている。
大まかに分けるならば、人、魔族、精霊、ドラゴン。そして、その中でも多岐に渡って細分化される。しかし、ドラゴンはほぼ伝説的な存在となっているらしい。殆どが人の前に姿を表すことが無くなったからとか…。
グレンダーナの一族は、魔族にカウントされる。普段は人の姿で過ごすが元の姿は人では無い。魔族の獣人種である。
また、そこを巡っては争いが絶えない。
これはどの世界でもどうしようもない事。
どこに行っても、人は傲慢らしい。
そして、この国も一枚岩ではないのだと…。
そして、分厚い本を閉じた。
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