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1章 お嬢生誕
5.日常とは
しおりを挟むあの日の出来事は、結構大きな風の噂となっていた。
私の事は半分嘘なんじゃないかと言う形で流れていたみたいだけれど。そりゃそうだ、赤ん坊が飛んでくるナイフに気付けるわけがない。私だって偶々気付いただけのことだからね。
あれ以降必ず誰か一人護衛がつくようになったリオネスフィアルは、二歳になりました。
何だかんだで時は経つのが早いのは、中身が…止めておこう。
護衛についているのは、つい先日任命されたクレードと言う名の青年。とっても真面目でむしろ固すぎるくらいのカチコチの頭とメンタルの持ち主。薄茶の髪のどこにでもいるような青年。
やっと動けるようになって、歩きから走りに移行できる様になったものの走りそうになる瞬間にそのまま上に上がるのがいつも。
「…駄目と、何度言ったらわかりますか…」
「いーあ!」
ふわりと視界が高くなり足がつかなくなって、少しバタバタと足を動かすがなんの抵抗にもならない。
「リオネスフィアル様は直ぐに怪我をなされるので駄目です。そもそも、女子がその様に走るなといつも言っていますが…」
まだまだ発音出来ない音が多く、自分で聞いていて嫌になるから極力喋らない様にしている。この歳でそんなに話すのはそもそもおかしい筈だし。そうでもない?
妹弟なんていたことないから、そのへんの事情が良くわからない。小学生過ぎたくらいの子達なら病院で良く遊んでたから覚えているけれど。いまいち勝手が分からない。
クレードに捕まり、いつもの如くなすすべなく白い部屋に統一された白い家具の中の、大きな鏡のついたドレッサーの前の椅子にそっと下された。
父親似だとは言われていたが、鏡を見て思った。本当にそっくりだと。
しかし真っ赤な髪は父よりも紅く、黒に近く反射によって紅く見える瞳は生前祖父がくれたガーネットの様。黒紅色とでも言うのだろうか。少しつり目で目付きの悪い目もとても気に入っている。
他人からの見え方は、多分良くはないと思うけれど。
「リフィ様は今日もお元気ですね。私もとても嬉しいです」
「シーエン!」
「はい私です。今日はどんな髪型にしましょうか。こうですか?それともこう?」
微笑みながら現れたシーレン。名前がまだ上手く言えない。まだ。
私を置いてすぐに後ろに下がったクレードと代わり、前に出てきたのは蜂蜜のように甘いシーレン。
最近思ったのが、クレードの鞭とシーレンの飴で教育されてる気がしてならない。提案される髪型の一つを選ぶ、するととても手際良く髪をまとめてくれる。
「きょうはなにす…ゆ…の?」
ら行が上手く発音できず、いつも引っかかる。
些細な事が恥ずかしく、両頬を両手でムニムニと動かした。
「ふふふ、す“る”の? ですね。そうですね、今日はお庭で遊びましょうか。久々に暖かいのですよ」
窓から心地よい風が吹き込んできた。
春先、秋に入ったあたりに吹く心地の良い丁度いい気温の風のようで、揺れるレースのカーテンが綺麗だった。
「…庭よりも、室内のほうが良いのでは…テラス迄であれば」
「きょーは、りりるいる?」
クレードはどうやら外に行くのは反対らしい。がしかし、私は外に行きたい。土に風に木に草に触れたい。
このリリルとは、この世界の猫のような生き物。見た目は猫そのものなのだが魔獣なのだという。そして、猫は猫という名前で存在している。見た目は酷似しているがリリルは猫とは違い、尾が二本あり長毛種から短毛種まで、もふもふふわふわなのである。
「ほら、リオネスフィアル様が外へ出たいと言っています、外に出るのも良いお勉強ではないかと。それに、貴方がいるのなら守りは万全なのではなくて? それとも自信がないのかしら」
「……当たり前だ。 傷一つつけさせん。」
見ていて気付いたことがある。
シーレンとクレードはどことなく仲が悪い。
二人とも私に対してはそんなこと無いのだが、二人で話をしているときはこう、何だろうか棘がある?
ふわりと微笑みながら毒を吐くシーレンと、さもそれを気にしていない風なクレード。
クレードは十代前半あたりで、シーレンは十代後半だと思われる。たぶん。
「それでは、お外で遊んだ後軽食を食べましょう!」
***
シーレンの言葉により、今日の軽食は外で取れることになった。
風が気持ち良く吹き渡る、綺麗に丁寧に手入れのされた庭は様々な花が咲き乱れている。
初めて見たときはとても興奮したのを覚えている。こんなに沢山の花が咲いているのなんて初めて見たから。
向こうの世界でできなかった事が、この世界では普通に出来る。見れなかった景色が目の前に広がっている。
「余所見していると転びますよ」
そして、そのまま視界が一気に高くなった。
「わぁー…すごーい、きえー」
「ふふん、そうですよねリオネスフィアル様! これは私達使用人一同皆で管理している庭なのです! 皆の自慢のお庭なのです!!」
「シーエンすごーい。クェーも?」
「……俺は苦手なので見ているだけです」
「にがて?」
「…世話をする、と言うことに慣れていないので」
背の高いクレードに持ち上げられ、片腕に座る様に乗せられると目の前しか見えなかった世界が一気に大きく広がった。
その横で私の言葉を聞いたシーレンが、誇らしそうに胸を張って言った。クレードはやらないらしいが、確かに苦手そうではあると思う。
本当の子供の様にはしゃぐ私と、それに付き合ってくれるシーレンと少し離れて見ているクレード。
「あのはななーに?」
「この花は、薔薇です。ここには、色んな色の薔薇があるんですよ。でも、棘があるので触ったらいけません。お怪我をしてしまいますので」
「あっちのはー?」
「あれは、薬草の庭で…リフィ様が言っているのは今が時期のタッチェルの花ですね。あの花は、火傷に貼ると良いんですよ」
雑学も混ぜ、庭について教えてくれるシーレンに一層目を輝かせた。今まで知らなかった事、この世界での常識を知る事がとても嬉しかった。
この世界でも、お父様とお母様は忙しかったり色々なことであんまり一緒にいる事はないけれど、帰ってきたら真っ先に抱き締めてくれるし離れていたとしても何かしら連絡をして来てくれる。シーレンやクレード含め、使用人達も皆良くしてくれる。
そんな些細な事だけで、とても私は満たされている。
どうか、こんな日常が続いて欲しい。
今度はこの幸せを絶対に護りたい。
その為だったら、私は何でもするつもりだ。
そして何より、今世を謳歌したい。
貴族に生まれてしまったから、普通にとはいかないかもしれないけど。
《ミャー》
「りりる!クェー!」
「……はいはい、転ばないで下さいよ」
「あーい!」
少し離れた噴水の縁に、真っ白い長毛のリリルがいた。
こちらに気づくなり目を細め、ごろんと腹を出し誘うように鳴く姿に一刻も早く行きたいとクレードの肩を叩くとやれやれと言った感じで下ろしてくれた。
急いでリリルのもとへと行くと、そのまま抱きしめた。
逃げることなく、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らし擦り寄ってくる。
その愛らしさときたら…。
「ふわふわ…」
何とも言い難いこの触り心地は、すぐさま此処に埋もれたいほどだ。
「紅いリフィ様に、白いリリル…とても映えますね。何より、子供とリリル…それだけで」
「………鼻のそれを早くどうにかしろ、シーレン」
「…はっ!私としたことが…早く準備をしなきゃ」
クレードに言われ、その光景を見ていたシーレンが鼻を押さえ慌てて動き出した。
リリルと戯れている間に、こんな事が起きていたなんて知らない私はもふもふを堪能していた。
一通り戯れ、お腹が鳴る頃。音が聞こえていたのではないかと言う程ぴったりに軽食の準備が終わったようだった。
呼びに来たクレードを見るなりリリルが一度顔を洗うと、私の顔を見てひと鳴きしてどこかへと居なくなった。
「りりう、またねー」
「……用意出来ました、リオネスフィアル様」
「うん、おなかすいたー」
まったりとした時間、美味しい料理。
しっかりと味わって噛みしめる。
食べ終わると、丁度いい気温と心地良い疲れにまぶたが重たくなってくる。
そんな小さな日常が、とても幸せだ。
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