お嬢は悪役令嬢へ

楸咲

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1章 お嬢生誕

4.ふわっふわもふもふ

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 慌しくなった屋敷は、いつもより賑やかな気がした。普段は私がいるからなのか、割と静かな事が多くて飽き始めていた。赤ん坊生活も存外楽しくない。
 楽しそうだなんて思ったことはないけれど。
 シーレンに抱かれそのまま待機だったが、それも直ぐに母であるアグネディアが迎えに来た。

「ありがとう。リオネスフィアル、二旬前に会ったグレンダーナの方を覚えているかしら?」

 まだ小さな小さな赤子に話しかける母は、今日も綺麗なドレスを身に纏い綺麗に笑う。
 心なしか、どこか子供の様にわくわくしているのが伝わってくるような気がした。しかしその動作はゆっくりとしていてそれでいてとても優雅。その後ろに着くシーレンと見たことのない男の人。

 黒の燕尾服を華麗に着こなす、グレーの髪の細身のそれはもう執事としか言いようのない年を召した老紳士。

「ウェルジェ?あの子の好きなもの用意してくれたかしら?」
「はい、抜かりなく」
「ふふ、久しぶりだわぁクーリアに会えるの。凄く綺麗なのよ。早く会いたいわ」
「そう仰らずとも、もう直ぐに会えますよ」
「アグネディア様はクーリア様が大好きですからね!」

 とても機嫌良く長い廊下を歩く母と、その揺れに身を任せている私。その揺れも心地良く暖かさにうとうととし始めたとき、一つの扉の前で止まった。
 ひと呼吸おいてから、少し重たそうな音を立てて扉が開いた。

 その先にいたのは優雅に席につく白銀とも取れる綺麗なふわふわの髪の君。
 開いた扉に気付き振り返るその姿もまた様になる。そして、微笑み座っていた椅子から立ち上がると小走りでやって来た。

「ディー!! 会いたかったわ! この子がリオネスフィアルね! とても可愛い貴女にそっくりだわぁ。本当に本当に良かった、おめでとう御座いますわぁ」

 目の前に来て早々に、若干まくし立てるように話すクーリアと呼ばれる人。グレンダーナ夫人。
 動く度にふわふわと流れ光る髪、睫毛の長い目は海の様な深い藍。それに加えて白い肌。

 これまたとても凄い美人だ。

「……リア、程々に…」
 ソファの方から、ガーディスの少し抑えた声がきこえた。少々怒ってもいて半分は呆れている辺だろうか。
「大丈夫よガーディス。ありがとうクーリア。私も会いたかったわ、夫達は夫達で話があるでしょうし私達は私達でお茶会しましょう」
「ええ! 勿論! ガーディス、良いでしょう?」
「…はあ……粗相の無いように…レグゼッドは…」
「大丈夫よ! 勿論私がちゃんと見るわ、おいでレグゼッド。お茶会にいきましょう?」

 パタパタと動き、ガーディスが心配をしてるがそれを流すかのように笑顔で話すクーリアにつられて笑う母。結局収集がつかなくなりガーディスが折れた。
 とてもゆるふわ系の人だと思ったら、結構活発に動く人だった。けれども、動きにはちゃんと品があってお嬢様なのだと感じる。
 ゆるくふわふわした長い髪がふわふわそうで、とても手を伸ばして触りたくなったが届かない。
 クーリアが呼んだ名、そしてソファーの影から出てきたのはふわふわもふもふの黒い仔犬だった。

「レグゼッドはこの子のお友達になれるかしら?」
「いい子だから大丈夫よね?」

 同じ目線になるよう、高さが合わさった時ばっちりと目があった。逸らされることの無い琥珀色の様な瞳がとても綺麗だ。
 その姿形は、普通の狼ではなく世間一般的に言われる狼男の様な姿。動きやすそうな簡単な服を着ていた。




 ***




 二人の旦那を置いて、妻二人が子供を連れ小さなテラスの様な植物が沢山ある綺麗な場所へとやってきた。植物の影から時々見える日の光がきらきらと輝いている。
 背の高いゆりかごに載せられ、ゆらゆらと揺れる景色と過ごしやすい気温にあくびを一つ。

「きゅーん、くーんくーん」
「あら、リフィの事気に入ってくれたかしら?」
「みたいね! それにしても、可愛いわぁ白くてもちもちしてて本当にお姫様ね!」

 クーリアの腕から身を乗り出し、こちらの匂いを嗅ぎながら小さくそう鳴く仔犬のレグゼッド。
 嬉しそうに笑う母と嬉しそうにするクーリアだが、お姫様だと言ったあと、微かに“美味しそう…”なんて聴こえたのは気のせいにしておこう。きっと私の聞き間違いに決まってる。
 お茶会だなんて言ったけど、ほぼほぼ私達との戯れ。
 戯れも落ち着いてきた頃、気を抜いていると手のひらを擽られその指を握るとこれまたクーリアが驚き耳と尻尾を出した。あの時のガーディスを見ているようで、目を丸くした。
 二人とも狼らしく、そしてきっと元の姿はすごく綺麗なんだろう。今度見せてもらいたい。

「ガーディスが言ったとおりだわぁ、リフィ様はこの先とてもとても力の強い子に成りますわぁ。それはそれはもう…」
 その白いきれいな尻尾を優雅に揺らし、とても嬉しそうに目を細めたクーリア。

「どうして…?」

「ふふふ、わたくし達は夜に住まう魔狼族フェンリグル、魔族は本能で生きる者です。と言うのは、知ってらっしゃいますね? そして、戦闘力も例外を除き私達の右に出る者は居ません。ただしかし、そんな私達でも本能的に服従してしまうような方々がいらっしゃいます。それがアグネディア様やリグラネルド様方の種族ですわぁ。と言っても、私達が頭を垂れるのはお二方のみですけれど」

 その中でも群を抜いて、きっと…なんて言ったクーリアはほんのりと色を乗せた恍惚とした表情で言った。それに合わせ揺れる尻尾と時々動く耳。
 母と父の種族、と言うことは人?この世界では人が上位種族?そんな事あるのだろうか。だから、この国は人と魔族と呼ばれる種族が混じって生きているのか。

 ずっと手を握ったままのクーリアが、尻尾で軽く頬を擽ってきた。

「そうね、私とあの人の子だものね」
 一緒に微笑む母はとても綺麗。
 私もこんな綺麗な人のようになれるのだろうか。

「あと、私達や魔族が好きな匂いがします。ですので、何かあってからでは遅いのでなるべく護衛や虫除けをつけてくださいませ。弱いものであれば懐く程度でしょうが、それ以上ともなるとどうかは保証できかねます。」
「まあ、この子はそんなに良い匂いがするのねぇ。確かに甘い匂いはすると思っていたけれど…これは赤子の匂いではなかったのね」
「赤子の匂いもしますよぉ。とぉーっても良い香りです」

 納得しているような母と嬉しそうに話すクーリア。
 そして、それを下から見上げる私とずっとこっちを見て鼻を鳴らすレグゼッド。
 尻尾も耳も隠すことなく出したままのクーリアに、とても触りたい欲が湧き上がるが私にはどうすることも出来ない。手を伸ばしても、その手を握られるだけ。
 ふわふわと笑う母とクーリアは、それはそれは綺麗で後ろの背景の花すらも霞みそうなほど。
 けれども、よくよく考えてみると、クーリアはさっきから私のこと美味しそうとしか表現していない気がするのだがやはりそれは気のせいだろうか。

「あ、そう。クーリアが好きなお菓子作ってもらったの、お口に合うかしら…?」

 母の話の方向転換により、多分難は逃れた、はず。
 新たに使用人により運ばれてきたお菓子、それに飛び付くように食べ始めたのがみえた。

 二人が仲良く話す中、テラスの外が気になった。
 視界の中で、影に隠れて何かが動いたような気がした。


「あーう、あう」

 そちらへと手を伸ばすと、光ったものが何か飛んで来た。
 そう、生前私がよく見ていたものだ。鋭い悪意の塊。

 どうしよう、どうしようどうしようどうしよう

 丁度こちらへと垂れた届いた母のドレスをギュッと握り締め、霞む目の前にこの身体の無力さを実感した。
 感情が高ぶるとこの身体は許容オーバーな様で、大声で泣き出す。泣きたいわけでもないのに、如何にもこうにも不便極まりない。

 その瞬間、白い一つの閃光が駆け抜けた。



「いやいや、流石ですわぁ。リオネスフィアル様ぁ」

 そこに居たのは、腕が大きな獣のものに変わったクーリアであった。
 その手には、小型のナイフが握られている。先程飛んできたものだと思われる。

「今日はこんな姿にならないって、決めて来たのに。リオネスフィアル様に嫌われたらどうしてくれるのよぉ。今日は仲良くなる事が楽しみできたのにぃ!」
「私の子がそんなことで貴女の事嫌いになる訳ないわ。それよりも、怪我はない? どこも切れてない? 大丈夫?」

 嫌うだなんて、そんな事絶対にない。母の命の恩人なのだから。私はまた無力だった。
 ナイフをくるくると遊びがらむくれた様に言うクーリアに、心配性なアグネディアが触りつつ確認をする。

「リオネスフィアル様が教えてくれなかったら、今頃怪我していたけれど何も無いですわぁ」
「良かった…」

 レグゼッドはと言うと、うちの使用人に預けられていた。
 そしてその後、旦那である二人が使用人に呼ばれて慌てて駆けつけて来た。


「アグネディア!!」
「クーリア!!」

 バンっと言う大きな音ともに、開け放たれた扉から二人が入ってきた。




 
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