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1章 お嬢生誕
11.約束
しおりを挟む朝起きて窓の外を見ると一面の白色でした。
「……さむい」
軽く手をすり合わせると、窓を開けようと手を伸ばす。しかし、その手は途中で阻まれた。
寒いと言いつつ、その窓を開けようとするのだから流石に止められるのは当たり前のことで
「寒いならまず先にお着替えです! 後自分で勝手に窓を開けてはいけません。ついこの間私言いましたよ?」
軽く注意をされ、シーレンによってあっという間に着替えさせられてしまった。
いつもより厚着で少し重たいような気もするが、同時にとても温かい。こんな時ロングスカートは助かる。足元も割と温かくて時々通る風が擽ったいくらいで済む。
「まっしろ…シーレン! おそと、いきたいです!」
「ふふ。そうですね。でもそれよりも、まず奥様と旦那様にまず挨拶ですよ。」
「はーい!」と元気に返事をすると、扉を開けて待っていてくれるシーレンの横を通り扉を潜る。廊下に出ると、やはり廊下もひんやりとしていて肌寒い。
「クレー、おはようございます」
「…おはようございます、リオネスフィアル様。今日はどちらに」
「きょうは、いまからおかあさまとおとうさまにあいさつしてから、おそとにシーレンといきます!」
今日の入り口の護衛はクレードだったようで、挨拶をすると胸に手を当て跪き返してくれる。そういう所、本当に格好いい。今までに見たことがないから余計に少し恥ずかしくもなる。
お母様とお父様にあいさつを、というとそのままついてきてくれることになった。
先頭を歩く私と後ろについて歩く二人。
慣れって怖い。今では後ろに誰が歩いてても気にならないんだから。
「旦那様、奥様。リオネスフィアル様がいらっしゃいました。」
大きな扉をシーレンが軽やかな音でノックする。
すると、直ぐに内側へと開いた。
「おとうさまおかあさま、おはようございます。」
いつものように、裾を持ちカーテシーでの朝の挨拶をする。
「おはよう、リオネスフィアル」
「お上手に出来ましたね。おはようございます、リオネスフィアル」
「リフィはちゃんとできましたか?」
「ええ、勿論。何処に出しても恥ずかしくないわ。」
とことこ、と二人へと近寄ると優しく頭を撫でられた。そして、軽く抱き上げられ乗るのは母の膝の上。
今日も凄く綺麗な母とダンディな父に囲まれ、ちょっぴりと恥ずかしい。
いつまで経っても、これには慣れない。
一人娘だからなのか、それこそ甘やかされ放題が過ぎる気がする。このままじゃ自分が駄目になると、気づいた頃にはブレーキを自分でかけるようになっていた。
「今日はとても寒いから体調には気をつけるのよ?」
「はい! …ぁ、でもリフィはおそとに…いきたい…です。」
「良いぞ!と言ってやりたいが、今日はこの後ガーディス達が来るんだ。レグゼッドと遊ぶだろう?その時にするといい」
「レグがくるの!?」
ゆっくりと髪を撫でながら、それこそ慈しむ様な表情のお母様にそう言われ照れるような恥ずかしいような表情をしていると一番言わなきゃいけないことを思い出す。
振り返り許可を貰おうとすると、身体がふわりと持ち上がる。
今度はお父様の腕の中へ。
まだ遊ぶのはお預けと言われたが、グレンダーナ家が来ると、レグゼッドが来ると聞き遊びのことよりも遥かにそちらが優先となった。
グレンダーナ家の第一子、レグゼッド。
私の一つ上の男の子。私の中身も相まって弟のような存在。
そうこうしている内に、グレンダーナ家がやってきた。
***
外の音にこっそりと部屋を抜け出した。
「レグ!!」
「リフィ!?」
玄関の大きなフロアに立つ大人たちの影。その影に小さな影を見つけ階段上から声をかけると、少し身を乗り出しすぎて落ちかけたのをクレードに引っ張られた。少し驚いたように私の呼んだ影が顔を覗かせた。
黒に少しまだ青っぽい大きな瞳の狼のレグことレグゼッド・グレンダーナ。私が五才だから、六才のはず。
「リフィ様! そんなに慌てては危ないです!!」
「だいじょーぶ!」
後ろにいたシーレンからの注意も聞かず、階段を駆け下りた。
そして、お父様の少し後ろにつくとスカートを持ち優雅を心掛けカーテシーをする。階段を駆け下りた時点で優雅も何もないけどね。
「おひさしぶりです、グレンダーナさま」
「ふふ、こちらこそお久しぶりですリオネスフィアル嬢。前より一段と美しくなりましたね。」
「っ、あ、ああありがとうございましゅっ…す!」
すると、さらりと右手を取り軽い口づけをして微笑むその表情に思わず言葉を噛んでしまった。
敬愛だと思ってても、あの目と表情は家族以上に慣れない。
「クーリア嬢に言いつけるぞ」
「!? リード!いや、ただの挨拶だ今のは!!」
「人の娘にまで手を出さないでもらいたいものだ。ほら、早くこっちに来なさいリオネスフィアル」
すかさずお父様がボソリと言うと、慌てて反論するガーディス。そのやり取りを見るのは何度目か。どちらとも分からぬ笑いで終わるこの二人は、本当に仲の良い友人のようで微笑ましい。
でもこちらに来いと言われても、私は行かない。私はこれから外に行くと言う任務がある。
お父様のあんなに笑顔なの見ると、こちらまでとても嬉しくなってくるの。普段は割と真顔だと怖いときがあるし、何も考えてない素の表情だから前にそれを指摘したらかなり悩まさせてしまったからそこについてはもう触れない。お母様といるときはとても優しい顔なのだけれどね。私といるときは…割と緩んでることが多いけれど。
「おとうさま、グレンダーナさま。レグとあそんできていいですか?」
「ええ、勿論。レグゼッド遊んでおいで。くれぐれも怪我はさせるなよ」
「わかりました。いってきます!」
レグゼッドの黒い耳がピンっとなり、艷やかな尻尾が左右に揺れた。
「レグいこう!」
「うん!」
こちらの様子をずっとガーディスの足元で見ていたレグゼッド。遊んでいいかと聞けばすぐに許可が出た。ガーディスは後ろにいたレグゼッドの頭を撫でて少し背を押した。
行こうと手を差し出すと、その青っぽい瞳を輝かせ私の手を取った。
そしてそのまま玄関から外へと出た。
一面の銀世界。首のあたり手のあたり裾のあたりがもこもこのコートを着ている為寒くはなく、顔がとても寒い。
「リフィ、どこ行くの?」
「んー、まだきめてない。レグとひさびさにあえてうれしくて」
「っ……そ、そうか」
ある程度進み、雪を踏む音を聞き少し開けた場所で止まった。
特に行く宛は無く、何をするかも決めていない。
ただ、思いつきで出てきた。ただ雪の中で遊びたくて。
レグゼッドからの問いに、少し考えてから手を離し振り返って答える。すると横を向いたレグゼッドの頬が赤く、頭の上の黒い大きな耳が忙しなく動いている。
寒いものね。耳は寒くないのかしら。
ふと、下を見ると音を立てぬようしゃがむ。レグはあたりをキョロキョロと見ていてこちらには気付いていない。その白いものを掴み、目の前のレグへと投げた。それはすぐに当たると解けて散った。
「うわっ!!?ちょ、リフィ!?」
「ふふふっ、わぁっ!?レグそれはちょっと!?」
驚いて固まったのも束の間、直ぐに仕返しと大きな雪玉を振りかぶって投げてきた。
それから幾時間か雪合戦をしていた。
かなり経った頃、先にレグゼッドが雪に仰向けに倒れ込む。
「あら、もうおしまい?」
「リフィが元気すぎるんだ!僕はもうむり、動けない」
「ふふ、あんなにはしればつかれるわね」
「疲れてないの?」
「そんなことないわ!わたしだってつかれたわ」
その隣に、同じように倒れ込んだ。荒い呼吸音とふわふわの雪の感触とひんやりとした感触。雲が一つもない空と、澄んだ空気。
すべてが愛おしかった。
精神年齢まで子供に戻ったようで、こんなことがとても楽しくてずっと続けばいいなとすらついつい願ってしまう。
「リフィは凄いなぁ」
「どうして?」
「僕よりもずっと強いだもん。」
強いって、何かそんなことしたっけ…?と考えた。しかし、そんな記憶など無く。
「ぜったい、強くなる、そんで、絶対リフィを守る!」
「……どうしたのきゅうに。ありがとう。」
「…絶対だからな!」
寝転がったまま叫ぶように言ったレグゼッド。
訳もわからず、頭に疑問符を浮かべるだけの私を他所に、レグゼッドはガバッと起き上がるとそのもふもふの尻尾を左右忙しなく揺らし身を乗り出すようにして宣言をした。
本当に私何をしたんだろう。
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