お嬢は悪役令嬢へ

楸咲

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1章 お嬢生誕

12.子供の誓い

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 ーーー雪が降る暫く前。

 あの子に初めて会った時の記憶は僕には無い。
 流石にまだ覚えているには小さ過ぎるときの話だ。親同士が仲良く会うこともそれなりの頻度があって、僕がその子と仲良くなるのに時間は掛からなかった。紅い髪が凄く綺麗で紅い僕の光。それが第一印象だった。

 母様は白くて蒼い。父様は黒くて黄色い。
 あの子は、紅くて黒っぽくて紅い。
 見たことのない色だった。

 僕より一つ下の子。
 

「レグ!」

「リ…フィ…!? なに、して!?」
「ここまでこられる? ここからのけしき、すごくきれいなの」

 その子はすぐ目を離した隙に、あっという間に大きな木の上に登っていた。あのドレスでどう登ったのか、そもそもそんなところに登ったら服は汚れるし怒られるんじゃないかとアワアワとしていると、こちらへと手を伸ばすリオネスフィアルの姿が見えた。
 僕は登っても何も言われないけれど、こんな高いところに登るのは危ないことくらい僕でも理解出来る。何しろ、リフィは女の子だ。木に登るなんて、もし誰かに見られたら怒られるかもしれない。

「こないの?」
「ち、ょっと待って…!」

 こてん、と首を傾げながら言うリオネスフィアル。可愛い…じゃなくて!
 もし、リオネスフィアルが落ちたらと考えて急いで木を登っていくと、目の前に出された小さな手を軽く取った。登ってみて枝は結構太く、折れそうにないから大丈夫だと判断し隣に座ってみた。 

 そこから見えた景色は、本当に綺麗でキラキラとしていた。

 隣を見ると、その景色を見ながら足を軽く揺らしていた。こっちが見ているのに気付くと、その子は微笑んだ。

「なあに?レグ」

「なんでもない。凄くきれいだね」
「うん。そうなの。たまたまのぼってみたらすごくきれいで」

 また微笑み、「レグにも見せたかったの」といった。
 その表情を見ると、ギュッと胸が痛くなる。苦しくなる。そんな気がしてすぐに顔を逸らした。これが何なのかわからない。でも、リフィが笑うといつもこうなる。リフィのことは好きだし、可愛いと思う。それに、格好いい。
 お嬢様なのに、そんな感じがしなくて今まで会った事がある令嬢なんて言われる子たちとは全く違うと思う。
 いつもいろんなものを見てて考えてて、隣にいるのに僕を見ていることなんてほんの一瞬にしか感じられない。もっと僕のこと見てほしいのに。話ししたいのに。すぐにどこか手の届かないところに走っていっちゃう。僕は魔狼なのに、追いつけない。

「あ、レグ。レグはけんのけいこはつけてもらったことある?」
「剣?」
「ええ!けんよ!」
「……あるにはあるけど…リフィ、勝手に耳触ろうとしないでって言ったよ、僕」

 反対側を向いたまま、問いに返事をすると気配を感じて見るとリオネスフィアルの手が耳に届きそうで届かない位置にあった。「なんでわかったの。」とちょっと頬を膨らませながら拗ねてしまった。
 勝手に触らないで一言言ってくれれば、僕だって触らせてあげるのに。
 基本的に耳と尻尾は僕達にとって大事な場所だから、外に出していることは中々無い。僕はまだ力が上手く扱えないから出しっ放しなだけで、これはちょっと恥ずかしいことなんだよ!

「……リフィ」

 拗ねてしまったリオネスフィアルに、黙って頭を向けた。
 
「いいの…?」

「………リフィなら」

「ありがとう。そんなにいやならことわってもいいのに。ふわふわね…もふもふ。かわいい」

 ちょっと戸惑ったような声と礼を述べ、そっとゆっくり手が耳に触れた。リフィはいつもこうだ。勝手に触って来ようとするし、初めの頃なんて急に尻尾に抱きついてくるから驚いて母様に抱きついてしまったんだ。あれは恥ずかしかった。でも、勝手に触るのは良くないと思う。僕は、悪くない。
 とても遠慮して触られているからか、凄く擽ったくて耳が動くと触る手が止まってしまった。

「くすぐったい?」
「もうちょっとふつうに触るなら触って」
「ふつう、っていっても…こうとか??」

「っ……!?」

 教えたこともないのに、的確に触られると気持ちいいところを触られてつい今までのことがどうでもいいことのように思える。
 身を任せていると、眠くなりかけたときにその手が止まった。
 
 リフィ、と言いかけると、その口が小さな手で塞がれた。「しーっ!」とリオネスフィアルが人さし指を口に当てた。
 その見ている方を見ると、茂みがガサガサと揺れた。その揺れが徐々に大きくなり、出てきたのはーーー…




「クレー!」

「……リオネスフィアル様! また木の上に登って…落ちたらどうするおつもりですか!!」
「そのまえに、クレーがたすけてくれるでしょ?」

「…いつもいつも俺がいるとは限らないです。レグゼッド様も危ないので降りてきてください。」

 それはリオネスフィアルの従者だった。
 隣で嬉しそうに声をかけるリオネスフィアルは、軽々と飛び降りた。それを受け止める従者。
 あいつと話すときのリフィは、凄く嬉しそうで楽しそう。それを見るとまた胸がざわざとして痛くなる。僕と喋ってるときも笑ってくれるけどちょっと違う。何でかは分からない。でも、ちょっと嫌だ。

 胸のあたりの服を握り落ち着かせてから後を追って勢いを殺すように地面へと着地した。

「クレー、けんはふたつあるかしら」
「剣…ですか?何に」

「レグとてあわせ、してみたいの」

 地面に降ろされたリオネスフィアルは、唐突に従者にそういった。

 僕と手合わせ? 誰が?

 リフィ…が?

 急に言われたことに頭がついて行かなかった。そもそも女の子がドュライア公爵家の令嬢が剣を…?

「……レグゼッド様。」

 ぽかんと、一人取り残されていると一つ大きなため息と共に、目の前に急に現れた人物は屈んで僕よりも目線がしたからになるように動いた。

「リオネスフィアル様が剣の手合わせをしたいと、言いました。貴方は剣の稽古はされていますよね。」
「……はい。しています」
「であれば、私からもお願い致します。リオネスフィアル様の師は私です。そして、まだ私としか手合わせをしたことがないのです。レグゼッド様も、良き経験にはなるかと。」

 良い経験にはなるかもしれないけど、女の子相手に本気なんて出したら父様に何を云われるか。ましてや、母様が大好きで大好きなアグネディア様の娘だ。もし、怪我でもさせたら…。

「怪我などは気になされることはないでしょう」

 心を読まれたのかと、顔を上げると目の前に練習用の木で出来た剣を差し出される。
 どうやらどうしたって逃げられないみたい。

「ほんきで、きてねレグ」
「っ……それは僕のせりふだよ。」

 リフィは笑ってそういう。寧ろ僕は手加減なんて出来無い。


 始め!と従者の声がした瞬間、リフィが走り出した。もっと様子見るのかと思ったのにすぐに切り込んできた。
 慌ててその一太刀を防ぐ。決して軽くはなかったその打ち込に軽く踏ん張った足が後ろに少し進む。しかし、それも一瞬だった。目の前の人物はすぐに離れて笑った。

「やっぱり、そんなにうごかない…かあ」
「ほんのちょこっと、後ろに下がったよ。リフィいつの間に剣なんて習ってたの…」

 そんなの知らなかったし、手紙にも書いてくれてなかったと思う。しかも、その師は僕の…敵の従者。

「ならいはじめたのは、たしかはんじゅんまえ?…だったかしらっ…おもた、い」
「知らなかった…僕聞いてない」

 だって言ってないもの。と悪びれるわけでもなく言うリオネスフィアル。喋りながらの打ち合いは子供の打ち合いだから、当然そこまでルールも厳しくはない。現にあの従者は何も言ってきてない。
 こちらから打ち込むと、僕よりもズルズルと後ろに下がったリフィはムッとした顔で直ぐに避けた。お陰で少し前に転びそうになったのを立て直して切りかかる。

 しかし、気づいた時にその手に剣は無く、喉元にある剣先

 一瞬何が起きたのか、理解が追いつかなかった。

「へ…?」

「クレー!できた!!レグ、だいじょーぶ??」
「なん、で?」
「…勝負あり。良く出来ましたね、リオネスフィアル様」

 目の前で木の剣振り上げ、両手を上げて喜ぶリフィの姿があった。
 少しビリビリとする手を見る。それでも何が起きたのか、分かるまでに相当な時間がかかった。
 そして、帰ったあと父様に剣の稽古を増やしてもらった。






ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーー……



 きっと、リフィは覚えてないんだろう。
 横に座ってこっちを見ているが、少し目を丸くして首を傾げた。

 強くなって、リフィを守る。絶対に。

 そのためにはまず、リフィより強くならなきゃいけない。悔しさよりも、強くなりたいという欲の方が勝っている。
 リフィの笑った顔が凄く、嬉しい。
 出来るならリフィには笑ってて欲しい。その為には、僕が隣で守れればきっと僕は嬉しいんだと思う。

「ぁ、そろそろ戻らないと!リフィかぜ引く」
「だいじょうぶよ、かぜなんてひいたことないもの」
「だめ!」

 雪の上に寝っ転がってたのを思い出し、すぐに立ち上がるとリフィの手を引いてそのまま屋敷へと戻る。すると、リフィのお付きの侍女がすぐにやってきた。

「リフィ様! こんなに御手が冷えて、お外にい過ぎですよ! さあ、レグゼッド様もすぐに暖炉の前へ!」

 そう侍女に急かされて、二人纏めて暖炉の前のソファに放り出されホットミルクが出された。温かいひざ掛けも一緒に。
 ふーふーっとホットミルクを冷ます音と暖炉の火がパチパチと音しか聞こえない部屋の中。窓の外はまた少し吹雪始めていた。ついさっきまで晴れてたのに。

「…たのしかった」
「うん。次は絶対リフィに負けないから」
「ふふ、たのしみね。」



 温かい部屋とホットミルクと程よい疲れ、あっという間に夢の世界へと誘われた。





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