12 / 18
1章 お嬢生誕
12.子供の誓い
しおりを挟むーーー雪が降る暫く前。
あの子に初めて会った時の記憶は僕には無い。
流石にまだ覚えているには小さ過ぎるときの話だ。親同士が仲良く会うこともそれなりの頻度があって、僕がその子と仲良くなるのに時間は掛からなかった。紅い髪が凄く綺麗で紅い僕の光。それが第一印象だった。
母様は白くて蒼い。父様は黒くて黄色い。
あの子は、紅くて黒っぽくて紅い。
見たことのない色だった。
僕より一つ下の子。
「レグ!」
「リ…フィ…!? なに、して!?」
「ここまでこられる? ここからのけしき、すごくきれいなの」
その子はすぐ目を離した隙に、あっという間に大きな木の上に登っていた。あのドレスでどう登ったのか、そもそもそんなところに登ったら服は汚れるし怒られるんじゃないかとアワアワとしていると、こちらへと手を伸ばすリオネスフィアルの姿が見えた。
僕は登っても何も言われないけれど、こんな高いところに登るのは危ないことくらい僕でも理解出来る。何しろ、リフィは女の子だ。木に登るなんて、もし誰かに見られたら怒られるかもしれない。
「こないの?」
「ち、ょっと待って…!」
こてん、と首を傾げながら言うリオネスフィアル。可愛い…じゃなくて!
もし、リオネスフィアルが落ちたらと考えて急いで木を登っていくと、目の前に出された小さな手を軽く取った。登ってみて枝は結構太く、折れそうにないから大丈夫だと判断し隣に座ってみた。
そこから見えた景色は、本当に綺麗でキラキラとしていた。
隣を見ると、その景色を見ながら足を軽く揺らしていた。こっちが見ているのに気付くと、その子は微笑んだ。
「なあに?レグ」
「なんでもない。凄くきれいだね」
「うん。そうなの。たまたまのぼってみたらすごくきれいで」
また微笑み、「レグにも見せたかったの」といった。
その表情を見ると、ギュッと胸が痛くなる。苦しくなる。そんな気がしてすぐに顔を逸らした。これが何なのかわからない。でも、リフィが笑うといつもこうなる。リフィのことは好きだし、可愛いと思う。それに、格好いい。
お嬢様なのに、そんな感じがしなくて今まで会った事がある令嬢なんて言われる子たちとは全く違うと思う。
いつもいろんなものを見てて考えてて、隣にいるのに僕を見ていることなんてほんの一瞬にしか感じられない。もっと僕のこと見てほしいのに。話ししたいのに。すぐにどこか手の届かないところに走っていっちゃう。僕は魔狼なのに、追いつけない。
「あ、レグ。レグはけんのけいこはつけてもらったことある?」
「剣?」
「ええ!けんよ!」
「……あるにはあるけど…リフィ、勝手に耳触ろうとしないでって言ったよ、僕」
反対側を向いたまま、問いに返事をすると気配を感じて見るとリオネスフィアルの手が耳に届きそうで届かない位置にあった。「なんでわかったの。」とちょっと頬を膨らませながら拗ねてしまった。
勝手に触らないで一言言ってくれれば、僕だって触らせてあげるのに。
基本的に耳と尻尾は僕達にとって大事な場所だから、外に出していることは中々無い。僕はまだ力が上手く扱えないから出しっ放しなだけで、これはちょっと恥ずかしいことなんだよ!
「……リフィ」
拗ねてしまったリオネスフィアルに、黙って頭を向けた。
「いいの…?」
「………リフィなら」
「ありがとう。そんなにいやならことわってもいいのに。ふわふわね…もふもふ。かわいい」
ちょっと戸惑ったような声と礼を述べ、そっとゆっくり手が耳に触れた。リフィはいつもこうだ。勝手に触って来ようとするし、初めの頃なんて急に尻尾に抱きついてくるから驚いて母様に抱きついてしまったんだ。あれは恥ずかしかった。でも、勝手に触るのは良くないと思う。僕は、悪くない。
とても遠慮して触られているからか、凄く擽ったくて耳が動くと触る手が止まってしまった。
「くすぐったい?」
「もうちょっとふつうに触るなら触って」
「ふつう、っていっても…こうとか??」
「っ……!?」
教えたこともないのに、的確に触られると気持ちいいところを触られてつい今までのことがどうでもいいことのように思える。
身を任せていると、眠くなりかけたときにその手が止まった。
リフィ、と言いかけると、その口が小さな手で塞がれた。「しーっ!」とリオネスフィアルが人さし指を口に当てた。
その見ている方を見ると、茂みがガサガサと揺れた。その揺れが徐々に大きくなり、出てきたのはーーー…
「クレー!」
「……リオネスフィアル様! また木の上に登って…落ちたらどうするおつもりですか!!」
「そのまえに、クレーがたすけてくれるでしょ?」
「…いつもいつも俺がいるとは限らないです。レグゼッド様も危ないので降りてきてください。」
それはリオネスフィアルの従者だった。
隣で嬉しそうに声をかけるリオネスフィアルは、軽々と飛び降りた。それを受け止める従者。
あいつと話すときのリフィは、凄く嬉しそうで楽しそう。それを見るとまた胸がざわざとして痛くなる。僕と喋ってるときも笑ってくれるけどちょっと違う。何でかは分からない。でも、ちょっと嫌だ。
胸のあたりの服を握り落ち着かせてから後を追って勢いを殺すように地面へと着地した。
「クレー、けんはふたつあるかしら」
「剣…ですか?何に」
「レグとてあわせ、してみたいの」
地面に降ろされたリオネスフィアルは、唐突に従者にそういった。
僕と手合わせ? 誰が?
リフィ…が?
急に言われたことに頭がついて行かなかった。そもそも女の子がドュライア公爵家の令嬢が剣を…?
「……レグゼッド様。」
ぽかんと、一人取り残されていると一つ大きなため息と共に、目の前に急に現れた人物は屈んで僕よりも目線がしたからになるように動いた。
「リオネスフィアル様が剣の手合わせをしたいと、言いました。貴方は剣の稽古はされていますよね。」
「……はい。しています」
「であれば、私からもお願い致します。リオネスフィアル様の師は私です。そして、まだ私としか手合わせをしたことがないのです。レグゼッド様も、良き経験にはなるかと。」
良い経験にはなるかもしれないけど、女の子相手に本気なんて出したら父様に何を云われるか。ましてや、母様が大好きで大好きなアグネディア様の娘だ。もし、怪我でもさせたら…。
「怪我などは気になされることはないでしょう」
心を読まれたのかと、顔を上げると目の前に練習用の木で出来た剣を差し出される。
どうやらどうしたって逃げられないみたい。
「ほんきで、きてねレグ」
「っ……それは僕のせりふだよ。」
リフィは笑ってそういう。寧ろ僕は手加減なんて出来無い。
始め!と従者の声がした瞬間、リフィが走り出した。もっと様子見るのかと思ったのにすぐに切り込んできた。
慌ててその一太刀を防ぐ。決して軽くはなかったその打ち込に軽く踏ん張った足が後ろに少し進む。しかし、それも一瞬だった。目の前の人物はすぐに離れて笑った。
「やっぱり、そんなにうごかない…かあ」
「ほんのちょこっと、後ろに下がったよ。リフィいつの間に剣なんて習ってたの…」
そんなの知らなかったし、手紙にも書いてくれてなかったと思う。しかも、その師は僕の…敵の従者。
「ならいはじめたのは、たしかはんじゅんまえ?…だったかしらっ…おもた、い」
「知らなかった…僕聞いてない」
だって言ってないもの。と悪びれるわけでもなく言うリオネスフィアル。喋りながらの打ち合いは子供の打ち合いだから、当然そこまでルールも厳しくはない。現にあの従者は何も言ってきてない。
こちらから打ち込むと、僕よりもズルズルと後ろに下がったリフィはムッとした顔で直ぐに避けた。お陰で少し前に転びそうになったのを立て直して切りかかる。
しかし、気づいた時にその手に剣は無く、喉元にある剣先
一瞬何が起きたのか、理解が追いつかなかった。
「へ…?」
「クレー!できた!!レグ、だいじょーぶ??」
「なん、で?」
「…勝負あり。良く出来ましたね、リオネスフィアル様」
目の前で木の剣振り上げ、両手を上げて喜ぶリフィの姿があった。
少しビリビリとする手を見る。それでも何が起きたのか、分かるまでに相当な時間がかかった。
そして、帰ったあと父様に剣の稽古を増やしてもらった。
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーー……
…
きっと、リフィは覚えてないんだろう。
横に座ってこっちを見ているが、少し目を丸くして首を傾げた。
強くなって、リフィを守る。絶対に。
そのためにはまず、リフィより強くならなきゃいけない。悔しさよりも、強くなりたいという欲の方が勝っている。
リフィの笑った顔が凄く、嬉しい。
出来るならリフィには笑ってて欲しい。その為には、僕が隣で守れればきっと僕は嬉しいんだと思う。
「ぁ、そろそろ戻らないと!リフィかぜ引く」
「だいじょうぶよ、かぜなんてひいたことないもの」
「だめ!」
雪の上に寝っ転がってたのを思い出し、すぐに立ち上がるとリフィの手を引いてそのまま屋敷へと戻る。すると、リフィのお付きの侍女がすぐにやってきた。
「リフィ様! こんなに御手が冷えて、お外にい過ぎですよ! さあ、レグゼッド様もすぐに暖炉の前へ!」
そう侍女に急かされて、二人纏めて暖炉の前のソファに放り出されホットミルクが出された。温かいひざ掛けも一緒に。
ふーふーっとホットミルクを冷ます音と暖炉の火がパチパチと音しか聞こえない部屋の中。窓の外はまた少し吹雪始めていた。ついさっきまで晴れてたのに。
「…たのしかった」
「うん。次は絶対リフィに負けないから」
「ふふ、たのしみね。」
温かい部屋とホットミルクと程よい疲れ、あっという間に夢の世界へと誘われた。
0
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた
nionea
恋愛
ブラック企業勤めの日本人女性ミキ、享年二十五歳は、
死んだ
と、思ったら目が覚めて、
悪役令嬢に転生してざまぁされる方向まっしぐらだった。
ぽっちゃり(控えめな表現です)
うっかり (婉曲的な表現です)
マイペース(モノはいいようです)
略してPUMな侯爵令嬢ファランに転生してしまったミキは、
「デブでバカでワガママって救いようねぇわ」
と、落ち込んでばかりもいられない。
今後の人生がかかっている。
果たして彼女は身に覚えはないが散々やらかしちゃった今までの人生を精算し、生き抜く事はできるのか。
※恋愛のスタートまでがだいぶ長いです。
’20.3.17 追記
更新ミスがありました。
3.16公開の77の本文が78の内容になっていました。
本日78を公開するにあたって気付きましたので、77を正規の内容に変え、78を公開しました。
大変失礼いたしました。77から再度お読みいただくと話がちゃんとつながります。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる