お嬢は悪役令嬢へ

楸咲

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1章 お嬢生誕

13.甘い甘いお菓子

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 あれ以来、魔法の感覚を思い出すように一人で練習をやってはみていた。しかし、何も起きないという事実に少しがっくりとした。
 あの一件以来、他の侍女達に聞いてみた。
 お母様は凄い魔法使いで、お父様も普通に魔法を使える。だからあんなに神出鬼没なんだろう。気付いたら近くにいるときがあって、あれは本当に驚くからやめてほしい。
 なら何故私は使えないんだろう。
 魔法についてはそのまま、現状保留という形になっていたがそれもすぐにエルドが戻ってくることによって始まることとなった。
 あの一件から、何やら用事とやらで離れていることが多いエルドに代わってエルドの知り合いの家庭教師に勉強を教えてもらっていた。勿論、魔法についても。

「はぁい、それでは今日はここまで」
「ありがとうございます」
「リオネスフィアル様はとても覚えるのが早くて、教えるこちらがとても楽しませていただいております。でも、何故筆記となると…」

 何故かしら、と悩ましげな表情で言う目の前の家庭教師。耳が尖っていて、出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでいるとてもスタイルの良い女性がそんな表情をしていたらそのへんの男はすぐによってくるだろう。それに加えて、とても頭が良く物腰も柔らかで女性の目標とも言える女性。種族で言えばエルフの女性。
 初めて見たときは、昔の人が言う女神様って言うのが本当に当てはまると思う程の美貌。
 しかし、テストのことを聞かれてもそれは私も知りたい。

「まあ、その内良くなりますわぁ。でも、そこまでの魔力を持っていながらなぜ魔法が使えないのかしら…それはそれは、とても沢山あるはずなのだけれど」

 疑問に思ったことを考え出すと中々止まらないこの人、エミリアさん。

「……」
「ふふ、早く実技もやりたいわよねぇ。きっと沢山色々なことが出来ると思うの、それこそ…そうねぇ…ああ、エルド様今日は来たのねぇ」
「やあ、今日はもう終わり?」

 微笑みながら右手の上には、氷の結晶が集まりキラキラと輝きながら集まってきていて、こうして時々魔法の実演してくれるがそれもすぐ、気配に気づいたのか右手のものは、ふわりと消えて扉のあたりに現れたエルドの姿。
 とても嬉しそうにエルドを見て話すエミリアさん。

「ええ、えぇ。今終わってお話をしていたところですのよ。リオネスフィアル様はとても可愛らしいわぁ。話は真面目に聞いてくれるし、真面目に学んでくれるもの。教えていてこんなに楽しい事はないわぁ」
「そうかそうか、それは何よりだね。この後は何か用事あるかい?リオネスフィアル様」
「きょうは、とくになにもない…はず…です」

 ふわふわと嬉しそうに笑いながら褒めてくれるもので、とても恥ずかしくて黙ってしまった。まったりとして、間延びしたような喋り方。それでも、それが嫌だとは思わないのはなぜだろうか。
 そんなことを考えていると、エルドからの誘いに今日の自分の予定を思い出す。確かこのあとは何もないってシーレンに言われていたはず。そう答えると、目を細めて笑ってくれた。
 あ、今のエルドの笑い方は悪そうな笑みじゃない。いつものエルドは胡散臭い笑みばかりでちょっと苦手だったりするのだが。珍しい、何かあるんだろうか。

「それじゃあ、私はここでお暇させていただきますわぁ。ご機嫌よぅ」
「ありがとうございましたっ、エミリアさん!」
「うふふふ、いいえ。今度私ともお茶しましょうリオネスフィアル様ぁ」

 カーテシーをして、そのまま部屋から出ていった。ぱたりと閉まった扉は、直ぐにノックされた。


「お持ち致しました。こちらで宜しいですか? エルド様」
「有り難う。君は確か…」
「シーレンと申します」
「そうだ。リオネスフィアル様の一番の侍女だったね。」

 入ってきたのはワゴンを押したシーレンだった。エルドに一番の侍女と言われ心なしかとても嬉しそうに微笑んだ気がする。シーレンはとっても良い人だ。ちゃんと良い旦那さんを貰えると良い。私が幸せになって欲しいと思う人たちの一人。
 ワゴンには、ティーセットとケーキスタンド。ケーキスタンドには、それはとても美味しそうな小さなケーキが沢山乗っている。見覚えのあるようなものから、見たことの無いものまで。
 シーレンともう一人の侍女メイによって、あっという間にテーブルの上にセットされた。そして目の前に淹れられた紅茶の香りでとてもうっとりとする。

 しかし、この紅茶の嗅いだことのない良い香りにちょこっと首を傾げた。
 これは知らない匂いだ。

「ふふ、この紅茶もケーキも今王都で流行っているものなんだよ。どう?良い香りでしょ?私もこの香りは良いと思ってね」
「はい。とてもいいかおりです。なんのかおり…ですか?いままでかいだことのないものです」
「何だったかな、確かレーシャの葉を使った紅茶だったかな。それよりも、どれでも好きなものを食べればいいよ。これなんてどう?」

 レーシャ…聞いたことない葉だ。今度シーレンに教えてもらおう。
 エルドから目の前に出されたのは、それはそれは可愛らしい見た目のカップケーキだった。寧ろ食べるのが勿体無いのではないかと思うほどで、食べようにもどうしても手が止まってしまった。
 視線を感じて前を見ると、机に肘をつきその大きな丸眼鏡越しにニマニマとこちらを見るエルドの姿。

 変な笑い方とかしなければ、普通に格好いい見た目しているのに勿体無い。

 すっと入るフォーク。
 ひとかけら口に含むと、甘い味が口に広がる。ほんのりと酸っぱい味がしてそれがまた美味しく、つい頬に手を当てて悶える。
 ファンタジーの世界といえど、前の世界からしたら発達なんてしていないこの世界でこんなに美味しいものを食べられると思っていなかった。何なら、前よりも美味しいと思う程。

「本当に、リオネスフィアル様は甘いもの好きなんだね」
「ほ、ほんとうにって…だれかからきいたのですか?」
「うん。聞いたよ、君って中々分かりにくいからね。普通の子供ならあれ欲しいこれ欲しいって駄々こねるだろう?それなのに君はそんなこと全く言わないから。甘い物って言ったって沢山あるからねえ。それで?これは君のお気に召したかな。ご機嫌は直った?」
「ごきげん…?」

 我儘言わないからリグラネルドも困ってるよ、等とエルドは言いながらニマニマとケーキを頬張った。
 機嫌とはなんの話だろうか。

「ここ最近の甘い物は全部私が、送ってきたモノなんだけどちゃんと食べてくれた?あの時泣かせてしまったからね。君は悪くないよ」

 そういえば、ここ最近はよく分からないお菓子がおやつとして出されていたけれどそういう事だったのか。
 泣かせてしまった?私はいつ…っ!?でもあの時はクレードしか居なかったはず、誰もいなかったはず。誰にも見られてはいないはず…。あのまま寝てしまったのは一生の不覚。身体が子供なのは考えものである。食べて遊んで怒って泣いて寝る事しかできない。それがまた楽しいのだけれど。


「な、なんで…!」
「何でだろうねぇ、私に隠し事は出来ないと思った方がいいよ」
「わ、わたしはべつに…きげんがわるかった、わけでは…! エルドさまにけがを、させてしまったから…」
「ふふふ、そもそもの話だ。私は怪我なんてしていないよ、ただ少し取り乱しただけで寧ろそこを謝りたかったからね。もう一回やってみるかい?」

 目の前に出された両手。先程までのニマニマとした笑みではなく、お茶に誘ってくれた時のような笑みでどうしようかと迷っていたが、フォークを置いてその両手を取った。
 また怪我をさせたらと、そっと触れるだけで

 ほんわりと暖かくなる手からそのまま腕を伝っていく流れを感じ、同じようにそれを辿って流す。

「やれば出来るじゃないか、それが魔力を流す方法だよ。そしたら今のうちに適正魔法も見ておこう。ちょっと待ってね。君、これちょっとカートに下げてくれないかい?」
「はい。しかし、食べ終わったあとでも良いのでは?」
「ダーメ、いまこの間にやらないとこの子が感覚忘れたら困るからね」

 普段口を挟まないシーレンが口を挟んだのだが、エルドにバッサリと切られテーブルの上のものは全てカートに一旦下げられた。すると、何処から取り出したのかは分からないあの授業の時に見せてもらった中に夜空のような宇宙の様な模様を浮かべた杯がドンっと置かれた。
 またその中身を覗くと、一筋星が流れた。

「この杯に手を触れて、さっきと同じように魔力を流すんだ。覚えてる?」
「だいじょうぶ、です。やってみます」

 身長が足りない為、靴を脱いで椅子の上に立って杯の縁に両手で触れた。
 たった今、出来た魔力の流し方を思い出すように目を閉じゆっくりとじんわりと流れ出るようにを意識して、流れる感覚に薄目を開けようとすると目元がひんやりとした何かに覆われた。





 それは冷たい冷たい手。



 ーーー あら、随分と早いのね。

 冷たい手と同じぐらいの、とても冷たい声が耳を撫でた。どこか聞き覚えのあるような声、その声に全てが凍らされた様に動かず、呼吸すら苦しい。
 周りの音が一切消え、冷たい声だけが嫌に響く。

「…ね…ま…っ………さ…!」


 ーーー あぁ、邪魔ねえ。消してしまおうかしら…まあいいわ、精々覚えておくと良い。貴女はのだから

 その声は忌々しそうに、そしてどこか楽しげに遠くの音に文句を垂れた。
 それもすぐに、耳に吐息が掛かるほどの距離で告げられた言葉。その吐息すらとても冷たくて、背筋に冷や汗が流れた。
 肌を刺すような冷たさも身体を這うようにして背後へと消えていった。


「リフィ様!!? …リオネスフィアル様!!」

 冷たい何かがするりと後ろの方へと消えると、急にシーレンの大きな声が耳に入って来て結構な大きさに耳がキーンとなった。

「……シーレン?」
「良かった…急にどうしたんですか、またエルド様に何かされたのですか? どこか痛い所が?」

 椅子の上に居た筈が、椅子に座らさせられて目の前にシーレンが膝をついて同じ目線になり、泣きそうな顔で必死に私を呼んでいた。
 状況が飲み込めずにいると、シーレンの斜め後ろに難しい顔をして眉間に皺を寄せているエルドの姿があって、目を丸くしたまま視線をシーレンへと戻すと、これまた泣きそうな顔で申し訳無さだけが込み上げてくる。

「リオネスフィアル様に何かあったらと、もし何かあったら私は…私は…!」
「おや?気が付いたかい?」
「おや? じゃないですよエルド様! こんなことになるなんて聞いてないですよ!! もしリオネスフィアル様に何かあったら…!!」
「そんなに怒られても、私にだって何が起きたのか…。それはそうと、落ち着いた方がいいよ。そのリオネスフィアル様が抱き締めてる君のせいで死ぬけど」

 エルドに言われやっと気づいたのか、シーレンの腕から開放された私は目一杯酸素を吸った。気づいたら視界が真っ黒で息ができなくて生きた心地がしなかった。さっきの冷たいものとはまた別方向で

「…リオネスフィアル様、魔法の適正は分かった。けど、今…見たの」

 
 その問いには答えられなかった。分からないと答えると、少し考えた後エルドによりお茶の続きをしようとなった。


 ほんのりとした甘さしか分からなかった。




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