13 / 18
1章 お嬢生誕
13.甘い甘いお菓子
しおりを挟むあれ以来、魔法の感覚を思い出すように一人で練習をやってはみていた。しかし、何も起きないという事実に少しがっくりとした。
あの一件以来、他の侍女達に聞いてみた。
お母様は凄い魔法使いで、お父様も普通に魔法を使える。だからあんなに神出鬼没なんだろう。気付いたら近くにいるときがあって、あれは本当に驚くからやめてほしい。
なら何故私は使えないんだろう。
魔法についてはそのまま、現状保留という形になっていたがそれもすぐにエルドが戻ってくることによって始まることとなった。
あの一件から、何やら用事とやらで離れていることが多いエルドに代わってエルドの知り合いの家庭教師に勉強を教えてもらっていた。勿論、魔法についても。
「はぁい、それでは今日はここまで」
「ありがとうございます」
「リオネスフィアル様はとても覚えるのが早くて、教えるこちらがとても楽しませていただいております。でも、何故筆記となると…」
何故かしら、と悩ましげな表情で言う目の前の家庭教師。耳が尖っていて、出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでいるとてもスタイルの良い女性がそんな表情をしていたらそのへんの男はすぐによってくるだろう。それに加えて、とても頭が良く物腰も柔らかで女性の目標とも言える女性。種族で言えばエルフの女性。
初めて見たときは、昔の人が言う女神様って言うのが本当に当てはまると思う程の美貌。
しかし、テストのことを聞かれてもそれは私も知りたい。
「まあ、その内良くなりますわぁ。でも、そこまでの魔力を持っていながらなぜ魔法が使えないのかしら…それはそれは、とても沢山あるはずなのだけれど」
疑問に思ったことを考え出すと中々止まらないこの人、エミリアさん。
「……」
「ふふ、早く実技もやりたいわよねぇ。きっと沢山色々なことが出来ると思うの、それこそ…そうねぇ…ああ、エルド様今日は来たのねぇ」
「やあ、今日はもう終わり?」
微笑みながら右手の上には、氷の結晶が集まりキラキラと輝きながら集まってきていて、こうして時々魔法の実演してくれるがそれもすぐ、気配に気づいたのか右手のものは、ふわりと消えて扉のあたりに現れたエルドの姿。
とても嬉しそうにエルドを見て話すエミリアさん。
「ええ、えぇ。今終わってお話をしていたところですのよ。リオネスフィアル様はとても可愛らしいわぁ。話は真面目に聞いてくれるし、真面目に学んでくれるもの。教えていてこんなに楽しい事はないわぁ」
「そうかそうか、それは何よりだね。この後は何か用事あるかい?リオネスフィアル様」
「きょうは、とくになにもない…はず…です」
ふわふわと嬉しそうに笑いながら褒めてくれるもので、とても恥ずかしくて黙ってしまった。まったりとして、間延びしたような喋り方。それでも、それが嫌だとは思わないのはなぜだろうか。
そんなことを考えていると、エルドからの誘いに今日の自分の予定を思い出す。確かこのあとは何もないってシーレンに言われていたはず。そう答えると、目を細めて笑ってくれた。
あ、今のエルドの笑い方は悪そうな笑みじゃない。いつものエルドは胡散臭い笑みばかりでちょっと苦手だったりするのだが。珍しい、何かあるんだろうか。
「それじゃあ、私はここでお暇させていただきますわぁ。ご機嫌よぅ」
「ありがとうございましたっ、エミリアさん!」
「うふふふ、いいえ。今度私ともお茶しましょうリオネスフィアル様ぁ」
カーテシーをして、そのまま部屋から出ていった。ぱたりと閉まった扉は、直ぐにノックされた。
「お持ち致しました。こちらで宜しいですか? エルド様」
「有り難う。君は確か…」
「シーレンと申します」
「そうだ。リオネスフィアル様の一番の侍女だったね。」
入ってきたのはワゴンを押したシーレンだった。エルドに一番の侍女と言われ心なしかとても嬉しそうに微笑んだ気がする。シーレンはとっても良い人だ。ちゃんと良い旦那さんを貰えると良い。私が幸せになって欲しいと思う人たちの一人。
ワゴンには、ティーセットとケーキスタンド。ケーキスタンドには、それはとても美味しそうな小さなケーキが沢山乗っている。見覚えのあるようなものから、見たことの無いものまで。
シーレンともう一人の侍女メイによって、あっという間にテーブルの上にセットされた。そして目の前に淹れられた紅茶の香りでとてもうっとりとする。
しかし、この紅茶の嗅いだことのない良い香りにちょこっと首を傾げた。
これは知らない匂いだ。
「ふふ、この紅茶もケーキも今王都で流行っているものなんだよ。どう?良い香りでしょ?私もこの香りは良いと思ってね」
「はい。とてもいいかおりです。なんのかおり…ですか?いままでかいだことのないものです」
「何だったかな、確かレーシャの葉を使った紅茶だったかな。それよりも、どれでも好きなものを食べればいいよ。これなんてどう?」
レーシャ…聞いたことない葉だ。今度シーレンに教えてもらおう。
エルドから目の前に出されたのは、それはそれは可愛らしい見た目のカップケーキだった。寧ろ食べるのが勿体無いのではないかと思うほどで、食べようにもどうしても手が止まってしまった。
視線を感じて前を見ると、机に肘をつきその大きな丸眼鏡越しにニマニマとこちらを見るエルドの姿。
変な笑い方とかしなければ、普通に格好いい見た目しているのに勿体無い。
すっと入るフォーク。
ひとかけら口に含むと、甘い味が口に広がる。ほんのりと酸っぱい味がしてそれがまた美味しく、つい頬に手を当てて悶える。
ファンタジーの世界といえど、前の世界からしたら発達なんてしていないこの世界でこんなに美味しいものを食べられると思っていなかった。何なら、前よりも美味しいと思う程。
「本当に、リオネスフィアル様は甘いもの好きなんだね」
「ほ、ほんとうにって…だれかからきいたのですか?」
「うん。聞いたよ、君って中々分かりにくいからね。普通の子供ならあれ欲しいこれ欲しいって駄々こねるだろう?それなのに君はそんなこと全く言わないから。甘い物って言ったって沢山あるからねえ。それで?これは君のお気に召したかな。ご機嫌は直った?」
「ごきげん…?」
我儘言わないからリグラネルドも困ってるよ、等とエルドは言いながらニマニマとケーキを頬張った。
機嫌とはなんの話だろうか。
「ここ最近の甘い物は全部私が、送ってきたモノなんだけどちゃんと食べてくれた?あの時泣かせてしまったからね。君は悪くないよ」
そういえば、ここ最近はよく分からないお菓子がおやつとして出されていたけれどそういう事だったのか。
泣かせてしまった?私はいつ…っ!?でもあの時はクレードしか居なかったはず、誰もいなかったはず。誰にも見られてはいないはず…。あのまま寝てしまったのは一生の不覚。身体が子供なのは考えものである。食べて遊んで怒って泣いて寝る事しかできない。それがまた楽しいのだけれど。
「な、なんで…!」
「何でだろうねぇ、私に隠し事は出来ないと思った方がいいよ」
「わ、わたしはべつに…きげんがわるかった、わけでは…! エルドさまにけがを、させてしまったから…」
「ふふふ、そもそもの話だ。私は怪我なんてしていないよ、ただ少し取り乱しただけで寧ろそこを謝りたかったからね。もう一回やってみるかい?」
目の前に出された両手。先程までのニマニマとした笑みではなく、お茶に誘ってくれた時のような笑みでどうしようかと迷っていたが、フォークを置いてその両手を取った。
また怪我をさせたらと、そっと触れるだけで
ほんわりと暖かくなる手からそのまま腕を伝っていく流れを感じ、同じようにそれを辿って流す。
「やれば出来るじゃないか、それが魔力を流す方法だよ。そしたら今のうちに適正魔法も見ておこう。ちょっと待ってね。君、これちょっとカートに下げてくれないかい?」
「はい。しかし、食べ終わったあとでも良いのでは?」
「ダーメ、いまこの間にやらないとこの子が感覚忘れたら困るからね」
普段口を挟まないシーレンが口を挟んだのだが、エルドにバッサリと切られテーブルの上のものは全てカートに一旦下げられた。すると、何処から取り出したのかは分からないあの授業の時に見せてもらった中に夜空のような宇宙の様な模様を浮かべた杯がドンっと置かれた。
またその中身を覗くと、一筋星が流れた。
「この杯に手を触れて、さっきと同じように魔力を流すんだ。覚えてる?」
「だいじょうぶ、です。やってみます」
身長が足りない為、靴を脱いで椅子の上に立って杯の縁に両手で触れた。
たった今、出来た魔力の流し方を思い出すように目を閉じゆっくりとじんわりと流れ出るようにを意識して、流れる感覚に薄目を開けようとすると目元がひんやりとした何かに覆われた。
それは冷たい冷たい手。
ーーー あら、随分と早いのね。
冷たい手と同じぐらいの、とても冷たい声が耳を撫でた。どこか聞き覚えのあるような声、その声に全てが凍らされた様に動かず、呼吸すら苦しい。
周りの音が一切消え、冷たい声だけが嫌に響く。
「…ね…ま…っ………さ…!」
ーーー あぁ、邪魔ねえ。消してしまおうかしら…まあいいわ、精々覚えておくと良い。貴女は絶対に逃げられないのだから
その声は忌々しそうに、そしてどこか楽しげに遠くの音に文句を垂れた。
それもすぐに、耳に吐息が掛かるほどの距離で告げられた言葉。その吐息すらとても冷たくて、背筋に冷や汗が流れた。
肌を刺すような冷たさも身体を這うようにして背後へと消えていった。
「リフィ様!!? …リオネスフィアル様!!」
冷たい何かがするりと後ろの方へと消えると、急にシーレンの大きな声が耳に入って来て結構な大きさに耳がキーンとなった。
「……シーレン?」
「良かった…急にどうしたんですか、またエルド様に何かされたのですか? どこか痛い所が?」
椅子の上に居た筈が、椅子に座らさせられて目の前にシーレンが膝をついて同じ目線になり、泣きそうな顔で必死に私を呼んでいた。
状況が飲み込めずにいると、シーレンの斜め後ろに難しい顔をして眉間に皺を寄せているエルドの姿があって、目を丸くしたまま視線をシーレンへと戻すと、これまた泣きそうな顔で申し訳無さだけが込み上げてくる。
「リオネスフィアル様に何かあったらと、もし何かあったら私は…私は…!」
「おや?気が付いたかい?」
「おや? じゃないですよエルド様! こんなことになるなんて聞いてないですよ!! もしリオネスフィアル様に何かあったら…!!」
「そんなに怒られても、私にだって何が起きたのか…。それはそうと、落ち着いた方がいいよ。そのリオネスフィアル様が抱き締めてる君のせいで死ぬけど」
エルドに言われやっと気づいたのか、シーレンの腕から開放された私は目一杯酸素を吸った。気づいたら視界が真っ黒で息ができなくて生きた心地がしなかった。さっきの冷たいものとはまた別方向で
「…リオネスフィアル様、魔法の適正は分かった。けど、今…なにを見たの」
その問いには答えられなかった。分からないと答えると、少し考えた後エルドによりお茶の続きをしようとなった。
ほんのりとした甘さしか分からなかった。
0
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた
nionea
恋愛
ブラック企業勤めの日本人女性ミキ、享年二十五歳は、
死んだ
と、思ったら目が覚めて、
悪役令嬢に転生してざまぁされる方向まっしぐらだった。
ぽっちゃり(控えめな表現です)
うっかり (婉曲的な表現です)
マイペース(モノはいいようです)
略してPUMな侯爵令嬢ファランに転生してしまったミキは、
「デブでバカでワガママって救いようねぇわ」
と、落ち込んでばかりもいられない。
今後の人生がかかっている。
果たして彼女は身に覚えはないが散々やらかしちゃった今までの人生を精算し、生き抜く事はできるのか。
※恋愛のスタートまでがだいぶ長いです。
’20.3.17 追記
更新ミスがありました。
3.16公開の77の本文が78の内容になっていました。
本日78を公開するにあたって気付きましたので、77を正規の内容に変え、78を公開しました。
大変失礼いたしました。77から再度お読みいただくと話がちゃんとつながります。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる