お嬢は悪役令嬢へ

楸咲

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1章 お嬢生誕

14.見学

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 始まりは、「お父様の仕事が見てみたい。」たったその一言。

 場所は、ドュライアの領地内にある騎士団養成所。
 お父様の仕事は、騎士団の総司令。つまり騎士団団長の更に上。でも、王国騎士とはまた別で、此処の騎士団はドュライア家の物らしい。らしい、としか言えないのは説明をあまりしてくれなかったから。
 貴族には与えられた領地があり、それを管理するのか仕事のようなもの。だとすると、領地を守らねばならない。そうなると、各々での軍事力が必要になってくる。辺境伯ともなれば敵国と隣接することになり、当然力が必要になる。
 国だけに頼るというのもまた、貴族としての誇りやらなんやらにも関わってくる。ドュライアの場合は、魔の森が近いのと辺境地もある為に必然的に持たねばならない。
 そもそもの話を上げるなら、もし敵が攻めてきて国軍なんて待ってたら辺境地などあっという間に制圧されてしまうだろう。

 それにしても、中々家にいることは無いし、色々な所に行っていたとは思っていたもののそんなに凄い地位だったとは思いもしなかった。まだ幼いということもあり、話を聞けないから此処まで至るのに時間がかかってしまった。
 お父様と一緒に視察という名目で連れて来られたのは良かった。しかし、勝手に行動するのは流石にまずかったと自分でも思うが背に腹は替えられなかった。

 大きな厩舎が一つ。
 周りには広大な運動場と牧草地のような場所。
 そして、目の前に居る巨大な二足のもっふもふな鳥。

「ふぁー…おっきい……」

 情けない声を出すと、三羽集まってきて押し合うようにこちらへと首を伸ばしてきた。大きな嘴ですりすりと頬摺りをしてきた。まさかこんな生き物がいるとは思わなかった。
 生き物についてもまだ学んでいる途中。最近やっと習い始めた所で、身近に居て見たことあるようなものしか習っておらず、この鳥が見えて、つい勝手にこちらへと来てしまった。きっとお父様に怒られるだろうが、それまでこのもふもふを堪能しなければ。
 心を決め、目の前のもふもふに集中した。
 嘴を開けると、軽く甘噛みをしてきて撫でてやるとうっとりと目を細めて喜んでいるようだ。


「はわぁ…かわいい……」

「コラァ!!! お前たち何を!!?」

 その触り心地を堪能していると、後ろから怒鳴り声と共に鋭い笛の音がした。すると、皆一目散に逃げて行ってしまって伸ばしていた手だけが残された。

「何をしているんだ! 此処は子供がいて良い場所じゃない!! アレは人を簡単に殺せる生き物だ! 今だって、襲われ…て……ない、だと」

 その人物は近くまで来ると、そのまま怒鳴ってきたが近くに来て状況の把握が出来たのかその声は徐々に小さくなった。
 あまりの剣幕に固まっていると、目線を合わせるようにしゃがみ手や腕、少し乱れた髪を全て触って確認され、その人はまたその眉間に皺を寄せた。
 深い青色の髪と藍色の瞳の少し怖い顔の人。

「何処から入ったんだ」

「えっ、と…あそこ…から」

 自分が通った茂みを指差し、素直に言う。

「……親は」
「ダルグリム隊長ー!!! この辺に小さな女の子来ませんでしたかー!!!?」

 親はと聞かれ、口を開こうとした途端また大きな声によって遮られた。走ってきたのは、淡いオレンジの髪の人懐っこそうな顔の人。
 そして、目の前のこの青い人はダルグリムと言うらしい。
 
「何だ今忙しい、黙れ。」
「あ、丁度このくらい…の…あああ!?? リオネスフィアル様!!! ですよね!?」
「何だ騒々しい、今レナード達に揉みくちゃにされて襲われてたんだ。で、この子供が誰なのか知ってるのか」
「だ、誰も何も…!」


「おとーさま!」

 立ち上がったダルグリムは、オレンジの人を見て今あったことを話しているがオレンジの人は私を探していたらしく、こちらを見るとまた大きな声を上げるものだから煩くて青い人の後ろへと下がる。
 その二人の後方に見慣れた赤を見つけて、そちらを見るといつも以上に顔が不機嫌であった。

 これは流石に不味いと、ダルグリムの後ろに隠れた。




***



 落ち着いた雰囲気の執務室のような場所。大きな机と広い室内。その椅子に座るのは勿論お父様で、その足の上に乗せられる私と机の向こうにいるダルグリムさんとオレンジの人。
 無言の圧力に二人は背筋を伸ばしたまま少し俯いている。

「リオネスフィアル」
「っ…はい」
「私から離れるなと言った筈だ。何故離れた」
「ごめん…なさい…おとうさま」

 いつもより少し低い声で名を呼ばれ、ビクリとなる身体。顔を見上げると真っ直ぐに見られ、言い返す言葉など無く素直に謝った。それでもいいだなんて言った少し前の自分を呪った。
 このご時世何があるか分からない。そんな中での一応安全たる騎士団養成所内であるとしても危険は沢山ある。要らぬ心配をかけてしまったわけで

「……次からはちゃんと行きたい場所は言うんだ。そもそも順を追って見せる予定であった…。ダルグリム」
「はっ!」
「娘が迷惑をかけた。…すまないな」
「っ、い、いえ! 寧ろ私の方がお嬢様に無礼な真似を…」

 謝罪の為に跪こうとするダルグリムを手で制し、お父様はその隣のオレンジの人を見た。見られたのがわかった瞬間ビクリと、居住まいを正したのが見えた。

「オーランド、お前の足は本当に役に立つな。」
「い、いえ!! 俺の取り柄はこれぐらいしかないので!」
「……そこまでは言ってないんだが。まあいい。それで、レナード達の様子はどうだった?」

 
 頭に手が置かれ、ゆっくりと撫でられる。今日は髪を結んでおらずリボンをつけているだけなので特に髪を気にすることもないため心置きなく撫でられる。

「状態自体は落ち着いております。ただ、どれも今日はそわそわとしているようであまり餌を食べていません」
「そうか。落ち着けばまた食べるようになるだろう。それで、リオネスフィアルは何をしていたんだ」
「レナード達と触れ合って居ました。遠くから見て襲われているように見えたので、止めに入ったのですが…襲われておらず」

 お父様に聞かれたことを淡々と答えていくダルグリム。レナードの世話を任せられているのだろうか、とても詳しく私が戯れていたのを最初に見た人なのだが、それでもそれが信じられないと言ったふうに私のことを聞かれるとまた微かに眉間の皺が濃くなった。
 自分の仕事場に勝手に子供が入り込み、荒らそうとしたわけだから怒るのも無理はないだろう。
 そう思うと、無意識の内にお父様の服をきゅっと握った。 

「…お前は少し力が抜けないのか、顔が怖い。リオネスフィアルが怖がっているだろう」
「…………元々こういう顔ですので」
「仕事に真面目なのは、お前の良いところなんだが。ああ、そうだ。リオネスフィアル、こっちの目付きが悪い方がダルグリム・トランス。こっちがオーランド・キールだ。」

 顔が怖いのはお父様も人のこと言えないだろうとは、流石に本人には言えない。
 冗談も程々に、思い出したように二人のフルネームが言わた。これは挨拶をしなければと、少し動くとゆっくりと床へと下ろされた。
 大きな机の横から少し前へと移動した。

「リオネスフィアル・ティ・ドュライアともうします。さきほどは、ごめいわくおかけしもうしわけございませんでした」

 軽い礼と共に名乗り、先程の非礼を詫びる。
 
「リオネスフィアル様が無事で良かったです。しかし、先程も言いましたが、あれは危険ですので必ず大人と一緒ではないと近付いてはいけません。」
「まあまあ、そんなに怒らなくても隊長。俺はオーランド・キールです。よろしくお願いします、リオネスフィアル様」

 目の前に跪き、目線を同じくしダルグリムがそういった。同じく跪き隣にいるダルグリムを宥めたオーランドが自己紹介をする。
 ダルグリムは狼みたいで、オーランドは犬のようだと思った。
 こくりと頷くと少しダルグリムの表情が柔らかくなった気がした。
 挨拶と謝罪を終えると、そっと抱えられてまた父の膝の上へと戻された。

「今日は演習場使っているのはどこの隊だ」
「今日ですと、確か…」

 父に問われ、オーランドが口を開くと部屋の扉がノックされた。

「入れ」

 短い返事をすると、扉が内側へと開く。

 その扉から中へと入ってきたのは、額から右目右頬へと一線の傷のある大きな筋肉隆々の熊のような人。銀色の髪と琥珀色の目。服装が騎士団の服装だから騎士団の人だとは思うが、その気配からしても熊と素手で戦って勝てそうだと思う。歴戦の猛者だ、きっと。
 入り口で軽く礼をし、ゆっくりとした足取りで近付いてくると余計に大きく感じた。
 そして、その場に跪いた。

「ご挨拶遅くなり申し訳御座いません。ドュライア閣下」
「ふっ…良い。楽にしろ…だが、何だその話し方は気色悪いぞ」

 椅子の肘置きに頬杖をつき、その猛者からの挨拶をサッと流すと、どちらからともなくどっと笑いだした。その様子に目を丸くするリオネスフィアルとオーランド。ダルグリムは目を細め、少し面倒臭そうな顔をしているのが見えた。
 
「それもそうだな、気色悪いな。それで?その子がお前の子か?」
「ああ。俺の娘だ」
「さぞかし美しい娘になるのだろうな、なんせディーの娘だ」
「そりゃそうだろう。お前に言われるまでもない、勝手に触るな。お前の暑苦しさが娘に移る」

 娘って言われると少し嬉しくて、頬が緩む。それを必死に抑えていると、目の前の人は母の事を愛称で呼んだのを聞いた。そしてそれを気にしていない父。
 何故かと父を見ようとすると、父の手が動きその人の手を払う。

「それは手厳しいな。」
「お前に近付けたら絶対に怪我させかねないからな。触るな。あれはこの騎士団の団長だ。俺の部下だがな」
「リードに言われると気持ち悪いな。立場上は部下だが」

 話し方からして、この人もガーディスと同じく友やそういうもののような感じで、静かな父と正反対の様な人。仲間とか義理とか人情とかに熱そうな人。笑顔が輝いてるよう。
 喋ると優しそうで、がははと笑う顔が素敵なおじ様といった感じだろうか。

「イグナート・シィーランダだ。宜しくな、お嬢」
「よろしく、おねがいします。」
「良い子だなー! リードみたいに無愛想になるんじゃねーぞ」
「お前は一々…それで、本題は何だ」

 額に手を当てやれやれといった表情から一変、鋭い目つきが更に鋭くなった父に同じく態度を改めるイグナート。
 “お嬢”と言う響きに反応してしまって、上手く言葉が出てこなかった。少しばかり胸が痛んだような気がしたのは、気のせいだろうか。

「ああ。娘と水入らずのところ悪いんだが、此処の所魔物共が妙な動きをしていてな。リードに頼まれていた事のついでに見てきた王都近くの森がどうにも様子がおかしい。それに…ヘルシャ辺りの妙な噂もあるんだが。王命はその様子だと下りてきてないんだろう?」
「王都周辺はこちらの持ち場では無いが、内容によってはこっちの領分…。頭の痛い話だな、此処最近魔物の動きがおかしいのは分かっていたが、ヘルシャが関わっているのか。王も頭を悩ませていたが…」
「まだ調査中だがな。それについての報告だ」

 ヘルシャは聞いたことがあるけれど、どんな国かは知らない。南西の方の国であった筈。
 隣国はヴィルミリーネで、確か白獅子が王を務めているとエルドに教わった。
 森が点在するこの国は、冬の少し長い国だがそれこそ沢山の生き物たちも魔物たちもいて、それらと上手く共存している。それこそ、魔物が暴れ出したら人命に関わる。人に害を為すモノは駆除される。当たり前のことだ。
 しかし、今回のその動きは正常なものではない様子。溜息を吐いたお父様の目がこちらを向く。

「リオネスフィアル、少し話し合いをしなければならなくなった。夕刻までには終わらせる…それ迄ダルグリム達と一緒に居てもらえるか?」
「だいじょうぶです、おとうさま。リフィは…おとうさまのおしごとがおわるまでまってます。レナードたちとあそんでもいいですか…?」
「すまないな。こうなるならクレードを連れてくれば良かった。言っていても仕方ないな、ダルグリム、オーランド少しの間見ていてもらえるか。レナードと飛竜辺り迄なら許可を出せるだろう」

 膝から床に降ろされ、その前に片膝をつき頭を撫でながらとても不服そうにお父様が言う。仕事であるなら仕方ない。待っていると伝えると、ぎゅっと抱き締められた。
 ちゃっかりレナードたちとの触れ合いを許可してもらえるかと問えば、飛竜迄と…飛竜ってどんな竜なのだろうか。俗に言うワイバーンだろうかと心の中で喜んだ。
 
「俺達で宜しいのですか…?」
「構わない。お前ら二人はきちんと任務をこなすだろう。」

 父の言葉に一度目を閉じ、左胸に握った手を当て礼をしたダルグリム。それに続き礼とったオーランド。

「ほう。レナードと初対面で蹴っ飛ばされないのか」
「俺の娘だからな」
「それもそうだな。すまないなお嬢、また後でだ」


 話が終わると、部屋の外へと二人に連れ出された。


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