お嬢は悪役令嬢へ

楸咲

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1章 お嬢生誕

17.群青の人

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 なんてことの無い、いつもと変わらない朝。
 しかし、今日の獣舎は少し騒がしかった。
 普段なら世話をして餌をやると、真っ先にどの騎獣達も餌にありつく。だが、今日は何故かそわそわとしていて中々食べない。戦いの前や後はそういう事が屡々あるが、今は特にこれと言って大きなことは無いし、嵐なんて来る予定も予知もない筈だ。

 ーー嵐のような何かは来るのだが、この時はまだ知らない。



「ダルグリム隊長!」

「…どうした。何かあったのか?」
「いえ! もう後やる事少ししかないので、俺達で出来るので先に休憩行ってください!」

 水を汲みに行こうかとバケツを探しに立つと、後ろから数人の隊士達に声をかけられた。
 休憩の時間はまだ少し先ではあるのだが、行っていいと言われたので行くことにした。やろうとしていた水汲みを頼み、獣舎から出る。部下達の成長は良い事だ。
 それに、騎獣達は落ち着かない時に変に手を出すと余計悪化させる事もある。今は放っておくのが良いだろう。変にストレスをかけても仕方無い。言葉が分かる訳でもない。そう考えると、獣人族は言葉が分からなくても何か通じるところがあるのか的確なアドバイスをくれる時があってそれには、とても助かっていたりする。

 この騎士団は、それは様々な種族が入り混じっている。


「レナードの世話の後は飛竜だな…」

 騎獣の中でも、特に癖の強い飛竜。
 簡単といえば簡単なのだが、乗せる人も世話をする人間も選り好みをする。今居る飛竜達はだいぶ改良されてきて、落ち着いて居るモノ達だがそれでも好き嫌いははっきりとしている。
 普通の飛竜は竜種の末端、飛竜トビトカゲ種だが、此処に居るのはこの地域にしか居ない獣飛竜種ーー毛が生えていて獣のような見た目で命名されたものだーー起源は分かっていないが、頭が良く人との連携が取れればそのへんの飛竜など目では無い程に強い。寒さに強いのも利点だ。環境適応能力が高い。
 この騎士団は、黒い旗に紅いドュライア家の紋章が刻まれたもの。ひと目でも戦場でその旗を見たら、逃げろ。そうとまで言われている。此処に至るまでは壮絶だったが

 この騎士団にも、ドュライア家…いやリード様には大変世話になった。その恩を今返しているようなものなのだが、到底足りないだろう。


「…ち、…と…わぁ…」

 考え事をしつつ歩いていると、放牧場から声が聞こえてきた。知らない声だ。たまに居る、新兵が勝手に入ってきてレナードに蹴っ飛ばされて怪我する馬鹿が。
 首に下げてある獣笛を持ち、建物の先放牧場を見るとまだ小さな子どもがレナードにもみくちゃにされているではないか。大きく口を開けたレナード


「コラァ!!! お前たち何を!!?」

 獣笛を吹き、怒鳴ると一気に放牧場へと散っていったレナード達。

「何をしているんだ! 此処は子供がいて良い場所じゃない!! アレは人を簡単に殺せる生き物だ! 今だって、襲われ…て……ない、だと」

 見れば女の子供だ。見たことがあるような気がするが、それよりも怪我をしていたら洒落にならない。慌てて確認をするが、髪が乱れて少し服が乱れているだけで何もない。血の匂いもしない。
 少し遠くでレナード達が文句を言っているような気がする。

「何処から入ったんだ」
「えっ、と…あそこ…から」

 何処からはいって来たのかと問えば、小さな茂みの小さな穴。いつの間にあんな所に穴があるのかと、ため息をつく。

「……親は」
「ダルグリム隊長ー!!! この辺に小さな女の子来ませんでしたかー!!?」

 オロオロとした娘を見て親はと聞くと、後ろから大きな声。いつ聞いてもその通る声はオーランドのものだな。

「何だ今忙しい、黙れ。」
「あ、丁度このくらい…の…あああ!?? リオネスフィアル様!!! ですよね!?」
「何だ騒々しい、今レナード達に揉みくちゃにされて襲われてたんだ。で、この子供が誰なのか知ってるのか」
「だ、誰も何も…!」

 立ち上がりオーランドに文句を言うと、この子供の名前を知っているらしい…待て、その名は

「おとーさま!」

 後ろにいる子供がそう言う。
 オーランドのはるか後ろ、獣舎の門前にある影を見て片手で頭を抱えた。

 ああ、この人はあの人の娘なのかーー。




***




「リオネスフィアル様、凄い方ですね。流石というか何というか」

 背後を歩くオーランドが溢す様に言う。
 視線を腕の中へと下ろす。規則正しい寝息をたて、ぐっすりと眠るドュライア家の御息女リオネスフィアル様。
 不思議な雰囲気を纏う少女。
 レナードに臆することなく近寄り、好かれた。あんなに好き嫌いの激しい飛竜に初対面で好かれ、寝転がらせることが出来る令嬢なんて、そうその辺に絶対にいないと言えるだろう。居ても困るが。そもそも、令嬢は騎獣になんぞ近寄らない。まして、飛竜の親子と一緒に寝るなんて絶対に無い。

 本当に、ドュライア家は良くわからない。

「そうだな。こんなに飛竜に懐かれる者を見るのは初めてだ」
「リオネスフィアル様って、本当に五歳なんですかねー。昼間の時だって、俺がベレン隊長にビビってたら撫でて落ち着かせてくれたんすよ」

 五歳の子供に、しかも女子に撫でられて落ち着くのもどうかと思うが、それ以上言った所で仕方無い。「そうだな」とだけ返した。
 それにしても、何故俺とオーランドが行動を共にしているのか。こいつは諜報のギルベインの部隊の所属だ。人当たりは良いし、裏表の無いよく言って馬鹿犬。良く獣舎に遊びに来る獣人種の一人だ。
 基本的にこいつはよく喋る。それでよく諜報が務まるとは思うが、人に紛れるのが上手いのはそれはそれで武器になる。真逆にギルベインは、全く何考えてるかわからない奴だ。何より喋ることがない。長い前髪に隠れて目元も見えないから、目が開いてるのかすら分からんからな。

「そういえば、お前はこんな所で油売ってて平気なのか? ギルベインに一言でも伝えたのか?」
「あ、それならそもそも探す前にギルベイン隊長と一緒にいたので大丈夫です。ギルベイン隊長用事があってリード様の指示に従えないって、それはもう怒っちゃって慌てて俺が出たんですよ。でも、リオネスフィアル様見たらそれはそれで危なそうなんですけどねー」

 ははは、と苦笑をしたオーランドに「ああ。」と声が出た。ギルベインはリード様命だ。それはもう、崇拝のレベルだが詳しくは知らん。俺が来る前から居るらしい、俺も古参の部類だと思うがそれよりも長い。
 会話をしていても起きる気配のない少女は、寝息を立て軽く服を握ってきた。少し五月蝿かっただろうかと軽く抱き直すと、部屋へとついた。
 部屋と言っても、医務室の空き部屋だ。
 誰かの部屋、ましてや自分の部屋などには連れていけない。かと言って、その辺に寝かせる訳にもいかない為、一番ベッドのしっかりしている部屋へと連れてきてゆっくりと寝かせた。

 服を握った手をゆっくりと解き、布団の中へと仕舞う。


「じゃあ、俺移動したこと伝えてきますね。」

 すぐに部屋から出ていったオーランドを見送り、何もないようベッドの横の椅子を少し動かし腰掛け壁に寄り掛かった。
 静かな部屋には、寝息と時々外から聞こえる鳥の声。

 血の様に紅い髪、そして黒紅とでも言うのだろうか、今は閉じられたそれは光の加減により紅く輝く宝石のような瞳。白い肌がそれを引き立てている様。
 あの目に覗かれると、考えていることがバレているような気すらする。
 リード様に初めて会った時のような感覚に陥った。

 飛竜の子を見せたときは、それは子供の様な反応に少し安堵した。あまりにも静かで聞き分けの良い子供。いや、良すぎる、か。だからといって、飛竜と一緒に寝るのは流石にこちらも対応に困るのでやめてもらいたいものだが。
 今日の出来事を思い出し、目を閉じる。

「………ん、ん…クレー…」

 反対側へと寝返りを打ちながら寝言が呟かれた。
 ずれた布団を軽くかけ直すと思考を巡らせた。確か、リオネスフィアル様の側付きの名だったか。

 オーランドの慕いっぷりもだが、自分も大概だと目を細めた。初めて会ったばかり、それもこんなに小さな子供ではあるが少しばかり他とは違い気にはなる。
 しかしこの騎士団は、本人からは遠い位置にあるべきで、ドュライアの各領地を守る為のもの。それでいて、この国の軍だ。この子供を直接守る事はきっと無いだろう。だがもし、そんな事があるならばそれはもう騎士団内で大騒ぎだろう、特に古参辺りを中心に。
 ふと、扉の向こうから音が近づいて来る。この足音はーー

「失礼します」と、ノックも無しに開かれた扉。
 そこに居たのは、茶色の髪の何処にでも居るような青年。そして、その後ろで慌てているオーランドの姿。

「ノックもしないのか、誰だお前は。」
「……その方のお迎えです。通して頂けますか」
「名を聞いたんだが、言えないのか。流石に今は俺が護衛だ。名告りもできないような人間に此処を通してやる筋合いは無い」
「…………リオネスフィアル様直属護衛のクレードです。」

 万が一を考える、当たり前の事だ。己の身体で行く手を阻めば、青年はあからさまに表情を歪めた。そして、この青年があの“クレー”で間違いはないのだろう。
 しかし、それにしても随分と入れ込んでるようだ。リード様直接の命で無いならば名乗りもしないその態度は叩き直すに値する程だが今では無いだろう。


「主人の顔に泥を塗りたくないなら、その態度は改めろ。何処で誰に見られてるか分からないんだからな。今のそれでは、高が知れるぞ」

 こんな所でお節介をしたところで、自分で気付かなければ意味がない。後悔する前に分かればいいと思うが、そこまで面倒見る気はない。
 

「…」

 考えたような態度に、道を譲る。直ぐ様、ベッドへと近寄り確認すると長いローブのような物を取り出し、それを肩にかけるように包み込み、そのまま抱き上げた。

「……リオネスフィアル様が世話になりました。」

 短くそうとだけ伝えると、部屋から出ていった。部屋に残るのは、俺とオーランドの二人のみ。

「あ、えっと…俺ついていったほうがいいですかね…」
「向かうのは司令室だろうがな。任は最後までだろう、向うか」

 気不味そうに切り出してきたのはオーランドだった。
 置いてきたと言っていたあの青年が何故此処に居るのかも、一応聞いておかねばならないだろう。アレが偽物であっても困る。

 まだ聞こえる足音を追いかけた。

 
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