【R18】逃げられた令嬢は無愛想な騎士様を溺愛したい

みちょこ

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第1章 身代わりの婚約者

5話

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「や、やめてくれ!」

 密室空間に響き渡る悲痛な叫び声。
 数人掛かりで椅子に縛られる逞しい肉体。
 追い剥ぎのように服をずるずると脱がされ、式用の正装へと着替えさせられる衛兵。

 リディアはされるがままの憐れな彼の姿を、息を呑んで見守ることしかできない。

 一方、衛兵を捕らえるように指示した王は、両腕を組んで満足そうに頷いていた。

「あ、あの、陛下。彼は……」

「王都騎士団に属するアーノルド・クレヴィングだ。数々の功績を重ね、子爵から伯爵へと陞爵しょうしゃくした優秀な男だよ。今回の結婚式でカークの専属護衛に任命しようと思っていたのだが、生憎こんな事態に陥ってしまってね」

「……アーノルド」

 噂には聞いたことがある。

 数年前に若くして王都騎士団に入隊した男がいることを。剣の腕は騎士団長をも凌駕すると言われ、目まぐるしい功績を上げていく一方で、敵や魔物を斬り殺していく様はまるで人喰い鬼のようだと。

「彼が……」

 リディアがごくっと息を呑む中、王は口元を歪めたまま衛兵に一歩近づく。先ほどまで寡黙を貫き通していたはずの彼──アーノルドは、血の気を完全に失った表情で体格の良い身体を震わせている。

 最初は不気味にも思えた緋色の瞳は、捕らえられた子兎のつぶらな瞳にしか見えない。

 じわりじわりと王がアーノルドとの距離を詰めていく傍ら、ふと向けられた彼の眼差し。潤んだ水晶は明らかに助けてと訴えていたが、リディアにはどうすることもできなかった。

 怯えきった一人の男の状態を知ってか知らずか、王は喉の奥からくくくっ、と嗤い声を漏らす。

「アーノルド。お前に名誉ある任務を与える。上手く成し遂げられれば、相応の報酬を与えよう」

「なにをするつもりですか! 私は騎士道に背くような行為は……むぐっ」

 抗議をしようとした口を布で塞がれ、アーノルドは苦しそうな呻き声を上げる。どこからともなく派手な黄金の魔法衣を纏った人間が現れ、もがき苦しむアーノルドに掌をかざした。


『──幻影を司る不徳の力よ。人々を惑わす力を彼に与えたまえ』


 聞き覚えのある男の声に、リディアの眉根がかすかに痙攣する。
 ガクッと椅子に凭れるようにして力が抜けていくアーノルドの身体。リディアを除く人々が小さなどよめきを上げ、興味津々にアーノルドを凝視する。王に至っては「本物のカークだ」と感心したように何度も頷いていた。

 一体、アーノルドの身になにが起こったのか。

 状況を理解できずその場に立ち尽くしていたリディアだったが、黄金の魔法衣を纏った男が目の前に迫ったところで意識を取り戻した。


「おおお、似合ってるねぇ。そのウェディングドレス」

「っ、あ……!」


 やはり、聞き間違いではなかった。

 顔が覆われたマントがひらりと捲られ、男の正体が露になる。リディアの前に立ち塞がっていたのは、父と同じ銀に眩く光る髪の青年。エルヴィールの弟であるハリーだった。








***








 魔力を継ぐことができなかったリディアは、幼い頃から何事においても必死に努力を重ねてきた。勉学に馬術に、いざとなれば家を守れるように武道まで。
 身内からの軽蔑がそれで薄れることはなかったが、外の人間からは才色兼備であると羨望の眼差しを向けられるようになった。リディア自身の努力もあったからこそ、王族との婚約が決まったと言っても過言ではない。

 そんな努力家の姉と比べて、純血の魔族である弟ハリーは父に負けず劣らずの高位魔法の使い手であった──が、どこか頭のネジが抜けている部分があった。

 つまり、馬鹿だったのだ。

 魔族の血を狙った人々に騙され、誘拐されそうになったこともしばしば。弟のことで苦労が絶えず、父が溜め息を吐き出す姿を何度目にしてきたことだろう。

 一年前に魔導騎士になると家を飛び出してからは、フローレス邸に帰ってくることはほとんどなかったが、まさかこんな形で再会するだなんて。


「ハリー……! あなた、どうしてここにいるの!」

「国王サマに皆を欺く……じゃないや、身代わりの婚約者を用意するために力を貸してほしいって言われたんだ。今、幻影魔法をかけたから、皆には彼がカーク殿下の姿に見えているはずだよ」

 ほら、と両肩を掴まれて、アーノルドを見るように促されたが、どう頑張ってもリディアにはアーノルドの姿がアーノルドにしか見えない。金髪碧眼の痩身のカークからは程遠い外見だ。

 無意味に何度も目を擦り、白目を剥いて気を失っているアーノルドの鼻先をつついたりしてみる。それでも起きる気配のない彼にリディアが更に顔を近づけたそのとき、アーノルドの瞳がカッと大きく見開かれた。

「な、なに……ぶっ!」
「ぎゃっ!」

 アーノルドが椅子ごと勢いよく立ち上がったせいで、頑丈な額がリディアの鼻に激突する。身体のバランスを崩して転けそうになった彼女をアーノルドは慌てて抱えようとした──が、彼は縄で縛られている状態。結果、二人仲良く床に倒れるような体勢となってしまった。

「やっ、ちょっ、ちょっと……!」

「す、すまない。上手く動けなくて……」

 自分の身体の大きさを優に越えるアーノルドが覆い被さり、リディアはほとんど身動きが取れない。
 二人揃ってくっついたまま慌てる中、ハリーがにっこりと目を細めてリディア達を見下ろした。



制限制限タイムリミットはアーノルドさんが俺の魔力に耐えられなくなるまで。父さんを含めて式場にいる人間にバレたら任務失敗だよ。──さぁ、偽装結婚式のはじまりだ」






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