【R18】逃げられた令嬢は無愛想な騎士様を溺愛したい

みちょこ

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第1章 身代わりの婚約者

6話

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 ──そして、時は戻り現在に至る。


 リディアの心臓は皮膚を突き破る勢いで暴れ回っている。もはや、口から出てきそうなほどだ。しかし、不幸中の幸いか王都内で不穏な影を察知したやらなんやらで父は一時的に外に出ている。
 侯爵家の顔とも言える人間が不在だなんて本来であれば有り得ないが、そもそも本物の婚約者がいない時点で大問題だ。

 最悪、カークを探し出すことができなくても、鬼が戻ってくる前に式を終わらせてしまえば被害は最小限に抑えられるかもしれない。少なくとも、祝いに来た人々を混乱させる事態は避けることができる。


 半ば強制的だったとは言え、今回の件に無関係であるアーノルドも協力してくれたのだ。リディア自身も覚悟を決めなければならない。


「──リディア。誓いますか?」


 何度目か分からない神父の問い掛けに、リディアは伏せていた睫毛をゆっくりと持ち上げた。
 目の前には、顔を蒼白くさせながらも腹を括った面持ちを浮かべるアーノルドがいる。

 もし、この人と本当に夫婦となったら。彼はどんな顔をするのだろう。驚いたり、涙を流したり、笑ったりすることもあるのだろうか。


 リディアは決して迎えることのないアーノルドとの未来に想いを馳せながら、無意識に「誓います」と答えていた。

 この後のことは、なに一つとして考えずに。



「それでは、誓いのキスを」



 神父から告げられた言葉に、リディアは「え?」と呆けた声を漏らす。

 誓いのキス。何ですかそれは──と自問自答している間にリディアはなにもないはずの空間で蹌踉めき、アーノルドの腕の中に転がり落ちてしまった。足下を見れば、小さな光と共に魔法印が浮かんでいる。

 人を転けさせるだなんて、こんな小細工の魔法を使うのは一人しかいない。

「あの、馬鹿弟……!」

 リディアは素知らぬ顔をしているハリーを睨み、アーノルドへと視線を戻す。アーノルドもまた、誓いの口づけのことは頭からすっかり抜けていたのか、分かりやすいほどに視線をあちこちに巡らせていた。

 ここで二人永遠に留まっていては、埒が明かない。魔法が途切れてしまえば、すべてが台無しになる。

「……アーノルド様。大丈夫です」

「え?」

 リディアは自ら透明なベールを捲り、アーノルドの頬を包み込む。見た目ではまったく分からないのに、アーノルドの肌は身を焦がすほどに熱い。

 彼の緊張が、自然とリディアの心音を逸らせてしまう。

 (大丈夫。皆に見えないように寸前で止めれば……)

 意を決したリディアは瞼を半分だけ閉じ、つま先立ちをする。動揺したアーノルドが慌てて首を横に振ろうとしたが、頑として両手を離さなかった。

 こんな局面で失敗するだなんてことは、あってはならない。大丈夫。キスはしない。する振りだけを実行すればよいのだ。

「ちょっと、待っ……」

 往生際の悪いアーノルドに若干の苛立ちを覚えつつも、リディアはぐっと顔を近づける。それっぽく角度を変えて、熱い吐息が唇に感じられるくらい迫って。少しでも動けば唇が触れてしまう距離まで近づいたそのとき、大聖堂内が突如として暗闇に包まれた。

「な、なに……?」

 陽の光が射し込んでいたステンドグラスに漆黒の影が落とされ、ざわめく人々。リディアはすぐにアーノルドから身体を離し、周囲を見渡した。

 今日は晴天に恵まれると宮廷の占魔法師が言っていたのに。外は硝子を叩きつけるような暴雨に見舞われ、雷鳴が遠くから聞こえる。

 ──そして、次の瞬間。

 空を真っ二つに裂くような轟音が響き渡り、聖堂全体が地震に襲われたように震え上がった。隣にいたアーノルドは「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、目にも留まらぬ速さで壁際へと逃げ込む。

「アーノル……じゃない、カーク殿下。どこに……!」

 リディアは慌ててアーノルドを追い掛けようとしたが、聖堂内を支配した鉄が軋む音によって阻まれた。

 ギィィィ、と獣が歯軋りを立てるような音と共に、扉の奥から黒い鬼──ではなく、雨でずぶ濡れになった大男が姿を現す。

 魔獣の体毛のような銀色の髪を震わせ、鋭く光る青い瞳をまっすぐに向けるその姿。一時的に外へ出ていたはずのリディアの父が出口を塞ぐようにして立っていた。


「不穏な魔力の流れがあるからと急ぎ戻ってみれば……これはどういう真似だ!」


 獣の咆哮のような叫び声と共に、天から落ちた稲妻が閃く。狼狽えていた人々は突然の魔王の襲来に半狂乱と化し、椅子から逃げるように立ち上がる。前方に座っていた王は泡を噴きながら気絶し、ハリーに至っては窓から逃げようとしていた。

「聞きたいことは山ほどあるが……まずはそこにいる偽物の婚約者からだ!」

 ずんずんと大股で迫り来る父親に、リディアは息を呑む。

 このままでは無実であるアーノルドが殺されてしまう。危険を察知したリディアは、頭を守るように縮こまって震えているアーノルドに駆け寄ろうとした。

「アーノルド様……あっ」

 リディアの血の気が一瞬にして引く。

 雷に怯え震えているアーノルドの真横にある女神の像が、ぐらりと揺れている。落雷による影響か、それとも父の怒りから漏れ出した魔力の影響か分からないが、今にも倒れてしまいそうだ。

「アーノルド様! 危ない!」

 リディアは一瞬の躊躇いも見せず、邪魔なハイヒールの靴を投げ出して大理石の床を踏み込む。
 彼女の声に反応したのか、タイミング良く顔を上げたアーノルド。リディアが勢いのままアーノルドを押し倒すように覆い被さった瞬間、二人目掛けて石像が脆く崩れ落ちていった。



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