【R18】逃げられた令嬢は無愛想な騎士様を溺愛したい

みちょこ

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第3章 予期せぬ色事

13話

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 ギルシュタイン侯爵家の長女として生まれたリディアは、妙な責任感からか自ら進んで武術を習っていた。
 もし愛する母が戻ってきたら、今度は自分の手で母を守れるようにと剣術から馬術まで。最初こそ淑女らしくないと感心していなかった父だったが、真剣に武術に打ち込むリディアを見て心を入れ替えたのか、ドレスのままでは動き辛いからと、特注でリディアのための軽装を洋裁師に頼んで作らせていた。

 金糸刺繍をふんだんに施し、多くの宝石を飾ったような重苦しい衣装ではなく、野原を悠々と走り回れるような服装。可能であればずっとこの衣装を着ていたいと願うほど、リディアは気に入っていた。

 最近は着る機会もめっきり減ってしまったが、ここで男装する機会と巡り会わせるだなんて。まさか思ってもみなかった。




「……っ、く」

 くさい、という言葉をすんでのところで呑み込む。

 どこを見てもむさ苦しい男達ばかり。くわえて粘膜が剥ぎ取られてしまうのかと思うほどの異様な汗臭さだ。男達の園である騎士団の訓練場だから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
 前に父と魔導騎士団の本部に尋ねたときは、清潔感に溢れていたのに。魔法の効果で防臭でもしていたのかは分からないが、とにかく匂う。

 ドレスを着た女性がいると目立つから、そんな理由で騎士団の制服を着せられたのはいいが、体格の悪い細身な人間が筋肉集団に紛れていたら違和感しかないのではないだろうか。

「あ、あの、叔父さ……」

「そうだ、リディア」

 リディアを騎士団本部ここまで連れてきた張本人である叔父が、なにかを思い出したように気の抜けた声を漏らす。そのままくるりと振り返ると、リディアの掌に透明な瓶を握らせた。

「結婚式でクレヴィング家の人間を巻き込んでしまったことは私も重々承知している。これを彼にお詫びとしてあげなさい。リディアからの贈り物ならきっと受け取ってくれるはずだ」

「え? それは……」

「騎士団員は体力仕事だからな。水薬ポーションはいくらあっても足りないだろう」

 叔父はにっこりと目を細め、再び歩き出す。
 リディアも彼の後を追おうとしたものの、前を横切った人間に視界を奪われてしまった。

「あ……あれは……」

 リディアには気づかず、軽快な足取りで去っていく銀髪の人間。廊下の端で談笑している騎士団付きの女性使用人達に飛びつこうとしたところで、リディアは容赦なく首根っこを引っ張り上げた。

「いっ、ぐるじ……」
「なにをしているの、ハリー」

 恫喝的な声で尋ねるリディアに、ハリーは呻き声を上げる。いやいやと首を振りながら振り返るハリーだったが、今のリディアの姿を前にして眉をひそめた。

「えっ……姉さん、でいいんだよな? どうしてここにいるんだ? ていうかなにその格好」

「事情があって叔父様と一緒に。あなたはどうしてこんな場所にいるの?」

「俺は単なる暇潰し。それにしても叔父さんと一緒にねぇ……ふーん」

 ハリーはどこか冷めた眼差しを向けながら、さりげなく視線をリディアの手元へと滑らせた。そのまま躊躇なく叔父の水薬を取り上げ、にたぁ、と卑屈な笑みを浮かべる。

 わずか一瞬の出来事に呆然としていたリディアだったが、我に返ってハリーから水薬を取り返そうとした。

「ちょっと、返して! それはアーノルド様に……」

「はーん。やっぱりアーノルドさんに会いに来たんだ。だったらこんな胡散臭いものよりこっちのほうがお勧めだよ」

 ハリーは水薬をリディアの手が届かないところまで上げ、もう片方の手でなにやら取り出す。口元を歪ませるハリーがリディアの目の前に掲げたのは、淀んだ色の液体が封じられた小さな魔法瓶。
 先ほどの澄み切った水薬からは一変、禍々しい色を放っていた。どう見ても魔法瓶こっちのほうが飲んではいけない色をしている。

「やめて! せっかく叔父様がくれたんだから返しなさい!」

「あっ、アーノルドさん、はっけーん」

「えっ」

 アーノルドという言葉に反応してしまい、リディアはハリーの視線の先を辿る。

 ──確かにいた。
 惜しみなく鍛えられた上裸を晒し、鎧を纏った女性と共に歩いてくるアーノルドが。

 隣にいる女性は騎士なのだろうか。
 長い髪を一つに縛り、聡明な顔立ちをした美しい人だ。くわえてはち切れんばかりの豊満な乳に尻、腹回りに贅肉は一切ついていない。リディアも引き締まるべきところは引き締まっているが、出るべきところも残念ながら引き締まっている。

 アーノルドはリディアのような子供ではなく、あのように艶めかしく美しい女性を好むのだろうか。


 リディアは並んで歩く二人を見つめながら、無意識に自分の両手で胸元を覆ったそのとき──女騎士の姿を捉えていたアーノルドの視線がリディアへと移った。

「あっ」

 一瞬見開かれたアーノルドの瞳が徐々に狭まり、鋭い眼差しを向けられる。まさか、この格好で正体が分かるわけがない。心の中で自分に言い聞かせたのも束の間、アーノルドは一直線にリディアを追い掛けてきた。



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