14 / 22
第3章 予期せぬ色事
14話
しおりを挟む「やっ……!」
咄嗟に弟を盾にしようとしたものの、肝心のハリーは使用人達を口説いている。このままではアーノルドに捕まって問い詰められる未来が容易に見えてしまう。
リディアは騎士団本部へ来た本来の目的もすっかり忘れ、すぐ側の部屋の中へと逃げ込もうとした。
「おい、お前!」
──が、アーノルドのほうが圧倒的に早かった。
慌てふためくリディアは手首を掴まれ、渋面をしたアーノルドの顔が迫る。いつもは顔を近づけるとアーノルドが赤面状態になるというのに、今は顔色一つ変えずしかめっ面だ。
今のリディアがリディアだと気づいていないのだろうか。
「あ、あの……」
「……新入りか? 見ない顔だな」
アーノルドは眉間に皺を寄せたまま、更に接近する。リディアは伏せていた睫毛をゆっくりと持ち上げ、上目でアーノルドを見つめ返す。
真紅の瞳に映る男装姿のリディア。アーノルドはしばらく無言を貫くと、途端に顔を真っ赤に染め上げた。
「なっ、リ……おま、え、どうしてここに……!」
「あ、アーノルド様っ! この間はごめんなさい!」
滑稽に裏返ったアーノルドの声に、リディアの切羽詰まった声が被さる。
リディアは後ずさるアーノルドの両腕を掴むと、柔らかな藍色の瞳を潤ませた。あのときのことを謝らなければ。周りを見失って軽率な行為を測ってしまったことを。
「ごめんなさいって、な……」
「謝らなければならないことはたくさんありますが、まずは……あの日、アーノルド様とキスしてしまったことです!」
タイミング悪く、ちょうど静まり返った廊下に響き渡るリディアの声。
同時に騎士団員の視線が一斉に集い、ざわめく。隣に佇んでいた女騎士はなぜかアーノルドから一歩距離を取っていた。
「……アーノルド。君にはそんな趣味が」
「違う、誤解だ! なぜ引いている!」
ひくひくと片目の下を痙攣させる女騎士に、アーノルドは激しく首を横に振る。一方、頭が謝罪のことでいっぱいだったリディアは、周囲の様子に気がつかず話を続けた。
「二回目だから許されると思って、あんなに厭らしい口づけをしてしまって、アーノルド様が受け入れてくれたから、調子に乗って……」
「っ、ちょ、おい、やめ」
アーノルドはこれ以上ないほどに吃らせる。
周囲は完全に野次馬状態。物珍しそうにリディアとアーノルドを眺め、口笛を吹く者もいた。それでも話を続けようとしたリディアに、アーノルドは彼女の口を片手で塞ぐ。
さすがは騎士と言ったところだろうか。想像以上に力が強く、言葉を発するどころか呼吸すら叶わない。リディアが苦しそうに呻き声を漏らす中、アーノルドは彼女を連れて隣の部屋へ逃げ込んだ。
「いい加減にしろ! 第一、なぜここにいるんだ!?」
扉を閉めるなり、二人だけの密室空間に響き渡ったアーノルドの怒鳴り声。剣幕の烈しさに、リディアは小さく肩を震わせて怯む。
やはり、怒らせてしまった。
安易にアーノルドに会いにくるべきではなかった。
「……ごめんなさ、い」
リディアが消え入りそうな声で謝ると、アーノルドは大きく開いた口を徐に閉じていった。
「……いや、急に怒鳴って俺も悪かった。大人げなかったな」
「そ、そんな、アーノルド様はなにも」
苦々しい面持ちで謝罪の言葉を口にするアーノルドに、リディアが首を横に振ろうとしたそのとき──ガラリと勢いよく扉が開いた。
「誰かいるのか!」
部屋に放たれた野太い声に、リディアは反射的に視線をアーノルドから後方へと逸らす。扉の前に佇んでいたのは、黒髪の壮年の男。騎士団の上層部の人間なのか、黄金の糸で国紋が縫われた派手な外套を纏っている。
誰かに面影があるようにも感じられたが、観察するような猶予は与えられることなく、男の姿はリディアの視界から消えてしまった。
「っ!?」
理由は簡単、部屋の隅にあった収納庫へと引き摺り込まれてしまったから。無論、その犯人はアーノルド。小さな抵抗を見せるリディアの口元を覆い、収納庫の扉のわずかな隙間から部屋の侵入者を凝視している。
「んんっ、うっ、んうっ」
「静かに」
耳元で吐息混じりに囁かれ、リディアは両腕の動きを止める。そのままはたりと睫毛をゆっくり伏せ、間近にあるアーノルドの横顔を見つめた。
──距離が近い。しかも今は上裸のアーノルドに抱き締められている状態だ。汗の滲んだ肌が密着し、淡い息遣いが耳朶を纏う。規則的な鼓動がリディアの心音と共鳴しているようだ。
あの日の夢の状況に、近いようにも感じられる。
やがて男が去っていったのか、アーノルドが安堵したように嘆息を漏らす。口元を覆われていた掌もするりと離れ、リディアは自由の身となった。
「アーノルドさま……」
「出ていった。悪かったな急に。あの男が来るとは思わな……」
不意打ちで振り向いたアーノルドの顔が、リディアの目と鼻のすぐ先にまで迫る。
収納庫の隙間から漏れた光のせいか、透明感を際立たせたアーノルドの緋色の瞳。その美しさに吸い込まれるようにリディアが顔を上げると、アーノルドはかすかに目を細めた。
いつもならば逃げようとするのに、今のアーノルドは逃げるどころか顔を赤くすることさえしない。
今なら、あのときのことも素直に打ち明けられるような気がする。
「……アーノルド様。実は、わた、し……」
リディアが震える唇を開き、アーノルドに指先を近づけようとしたそのとき。彼女はふと思い出してしまった。
手になにかを握り締めていたことを。
「あっ」
気づいたときにはすでに遅く。汗ばむ手で握り締めていた魔法瓶が滑り落ちていく。リディアは咄嗟に拾い上げようとしたものの不運なことに間に合わず、足元で砕け散った瓶からぶわりと甘ったるい匂いが広がった。
11
あなたにおすすめの小説
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~
ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。
彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。
――死んだはずの彼女が、生きている?
同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。
「今さら、逃げ道があると思うなよ」
瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。
秘された皇子と、選び直した愛。
三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?
* * *
後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる