【R18】逃げられた令嬢は無愛想な騎士様を溺愛したい

みちょこ

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第3章 予期せぬ色事

14話

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「やっ……!」

 咄嗟に弟を盾にしようとしたものの、肝心のハリーは使用人達を口説いている。このままではアーノルドに捕まって問い詰められる未来が容易に見えてしまう。
 リディアは騎士団本部へ来た本来の目的もすっかり忘れ、すぐ側の部屋の中へと逃げ込もうとした。

「おい、お前!」

 ──が、アーノルドのほうが圧倒的に早かった。

 慌てふためくリディアは手首を掴まれ、渋面をしたアーノルドの顔が迫る。いつもは顔を近づけるとアーノルドが赤面状態になるというのに、今は顔色一つ変えずしかめっ面だ。

 今のリディアがリディアだと気づいていないのだろうか。

「あ、あの……」

「……新入りか? 見ない顔だな」

 アーノルドは眉間に皺を寄せたまま、更に接近する。リディアは伏せていた睫毛をゆっくりと持ち上げ、上目でアーノルドを見つめ返す。
 真紅の瞳に映る男装姿のリディア。アーノルドはしばらく無言を貫くと、途端に顔を真っ赤に染め上げた。

「なっ、リ……おま、え、どうしてここに……!」

「あ、アーノルド様っ! この間はごめんなさい!」

 滑稽に裏返ったアーノルドの声に、リディアの切羽詰まった声が被さる。
 リディアは後ずさるアーノルドの両腕を掴むと、柔らかな藍色の瞳を潤ませた。あのときのことを謝らなければ。周りを見失ってを。

「ごめんなさいって、な……」

「謝らなければならないことはたくさんありますが、まずは……あの日、アーノルド様とキスしてしまったことです!」

 タイミング悪く、ちょうど静まり返った廊下に響き渡るリディアの声。
 同時に騎士団員の視線が一斉に集い、ざわめく。隣に佇んでいた女騎士はなぜかアーノルドから一歩距離を取っていた。

「……アーノルド。君にはそんな趣味が」

「違う、誤解だ! なぜ引いている!」

 ひくひくと片目の下を痙攣させる女騎士に、アーノルドは激しく首を横に振る。一方、頭が謝罪のことでいっぱいだったリディアは、周囲の様子に気がつかず話を続けた。

「二回目だから許されると思って、あんなに厭らしい口づけをしてしまって、アーノルド様が受け入れてくれたから、調子に乗って……」

「っ、ちょ、おい、やめ」

 アーノルドはこれ以上ないほどに吃らせる。

 周囲は完全に野次馬状態。物珍しそうにリディアとアーノルドを眺め、口笛を吹く者もいた。それでも話を続けようとしたリディアに、アーノルドは彼女の口を片手で塞ぐ。
 さすがは騎士と言ったところだろうか。想像以上に力が強く、言葉を発するどころか呼吸すら叶わない。リディアが苦しそうに呻き声を漏らす中、アーノルドは彼女を連れて隣の部屋へ逃げ込んだ。


「いい加減にしろ! 第一、なぜここにいるんだ!?」


 扉を閉めるなり、二人だけの密室空間に響き渡ったアーノルドの怒鳴り声。剣幕の烈しさに、リディアは小さく肩を震わせて怯む。 

 やはり、怒らせてしまった。
 安易にアーノルドに会いにくるべきではなかった。

「……ごめんなさ、い」
 
 リディアが消え入りそうな声で謝ると、アーノルドは大きく開いた口を徐に閉じていった。

「……いや、急に怒鳴って俺も悪かった。大人げなかったな」

「そ、そんな、アーノルド様はなにも」

 苦々しい面持ちで謝罪の言葉を口にするアーノルドに、リディアが首を横に振ろうとしたそのとき──ガラリと勢いよく扉が開いた。


「誰かいるのか!」


 部屋に放たれた野太い声に、リディアは反射的に視線をアーノルドから後方へと逸らす。扉の前に佇んでいたのは、黒髪の壮年の男。騎士団の上層部の人間なのか、黄金の糸で国紋が縫われた派手な外套を纏っている。
 誰かに面影があるようにも感じられたが、観察するような猶予は与えられることなく、男の姿はリディアの視界から消えてしまった。

「っ!?」

 理由は簡単、部屋の隅にあった収納庫へと引き摺り込まれてしまったから。無論、その犯人はアーノルド。小さな抵抗を見せるリディアの口元を覆い、収納庫の扉のわずかな隙間から部屋の侵入者を凝視している。

「んんっ、うっ、んうっ」

「静かに」

 耳元で吐息混じりに囁かれ、リディアは両腕の動きを止める。そのままはたりと睫毛をゆっくり伏せ、間近にあるアーノルドの横顔を見つめた。

 ──距離が近い。しかも今は上裸のアーノルドに抱き締められている状態だ。汗の滲んだ肌が密着し、淡い息遣いが耳朶を纏う。規則的な鼓動がリディアの心音と共鳴しているようだ。

 あの日の夢の状況に、近いようにも感じられる。

 やがて男が去っていったのか、アーノルドが安堵したように嘆息を漏らす。口元を覆われていた掌もするりと離れ、リディアは自由の身となった。

「アーノルドさま……」

「出ていった。悪かったな急に。あの男が来るとは思わな……」

 不意打ちで振り向いたアーノルドの顔が、リディアの目と鼻のすぐ先にまで迫る。
 収納庫の隙間から漏れた光のせいか、透明感を際立たせたアーノルドの緋色の瞳。その美しさに吸い込まれるようにリディアが顔を上げると、アーノルドはかすかに目を細めた。

 いつもならば逃げようとするのに、今のアーノルドは逃げるどころか顔を赤くすることさえしない。

 今なら、あのときのことも素直に打ち明けられるような気がする。


「……アーノルド様。実は、わた、し……」


 リディアが震える唇を開き、アーノルドに指先を近づけようとしたそのとき。彼女はふと思い出してしまった。

 手になにかを握り締めていたことを。

「あっ」

 気づいたときにはすでに遅く。汗ばむ手で握り締めていた魔法瓶が滑り落ちていく。リディアは咄嗟に拾い上げようとしたものの不運なことに間に合わず、足元で砕け散った瓶からぶわりと甘ったるい匂いが広がった。





 
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