双子の鬼(月読シリーズ)

風見鶏ーKazamidoriー

文字の大きさ
4 / 19
前編

鬼の調査

しおりを挟む
 
 着流きながし姿の月読つくよみは、居間いま胡坐あぐらをくみ頬杖ほおづえをついていた。かろうじて束ねた髪からひとすじの真綿まわたの毛が落ち、その視線の先には細身のスーツを着た若い男が正座している。

正面に座る若い男の眼鏡メガネへ液晶画面の光が反射して地図がうつった。

調査ちょうさぁ? 」

「ええそうです。この近辺で動物の死骸しがいなどが発見されてます」

 地図で指し示された場所は山中、動物の死骸が転がっていてもめずらしくない。気怠けだるそうな月読の声を聞きながし、ひとさし指でメガネをもち上げた千隼ちはやは淡々と話を進める。



 山へ入ったら何かが後をつけてきたり、動物の死骸が積み重なっていた等、ちょっとした怪異かいいの報告件数が多く千隼は西地区の山中を調べていた。

そして先日、河原であやかし猟師りょうしに目撃された。

人の姿をしているのに、血まみれの死骸をくわわらっていたそうだ。かれたか気の触れた人間の可能性もあるけれど、警察の捜索そうさくでは該当者がいとうしゃも見つからなくて【鬼】家の当主である千隼へ話がまわってきた。

西地区は御山おやまの山脈をえたむこうで、山から流れる清流以外は特に何もないような長閑のどかな地域だ。御山にむ龍神もあちらまでは首を伸ばさない、月読の感知できる範囲外なので調査するには直接足を運ぶ必要がある。



 軽い調査だと持ちかけられたが、月読は額に落ちた毛を面倒めんどうそうにでつけた。

「調査へ同行する連中は【鬼】にも沢山いるだろう? なぜ私に話を持ってくる? 」

「いいじゃないですか~、月読さまひまそうですよね。たまには動かないと本当にアザラシになっちゃいますよ」

 クールな様相ようそうくずした千隼は、唇を3の形に尖らせた。【鬼】の当主とうしゅになって2年ほどつけど、親しい者の前ではまだまだ子供っぽさを出す。

「あのな、いつも暇なわけでは無いのだぞ。まったく私を一体何だと思っているんだ……」

 月読は決して昼行燈ひるあんどんではない、家主やぬしが家でくつろぐのは当たり前のはず。がっくり項垂うなだれた昼行燈つくよみ後目しりめに、千隼はニコニコ顔でスマートフォンを操作している。

いつもなら【月読のカラス】である間者かんじゃ九郎くろうを調査へ出向かせるが、現在は強力な妖が現れた遠方へ派遣している。いわゆる出張というやつで屋敷にはいない。

眉頭まゆがしらを上げて大仰おおぎょうにため息をついた月読は、本当にヒマだったのも相まって調査へ同行する羽目はめになった。



 翌日、月読は白衣びゃくえに着替えて家をでた。山伏やまぶしの装束に似た白衣は山中で動きやすく、妖に関わるさいに着ている服だ。

若衆わかしゅの護衛を4人連れた千隼も交差路で待っていた。若衆も動きやすそうな服を身に着けている。見た目からして武闘派ぶとうはのいかつい青年たちに囲まれても、どこ吹く風の千隼はひとりだけ探検服たんけんふくを着ていた。

あとはサファリハットと肩掛け水筒があれば完璧だが、それらは装備していない。山中でブーツが歩きにくくないか尋ねたら、特注品で軽くて防御力があり川辺でもすべらない靴らしい。九郎に続き現代っ子による装備品の変化はここにも押し寄せていた。


 護衛の車に乗って集落を出発する。

車は山道を抜け大きな橋を渡った。水量が豊富な川は音を立てて流れ、水も澄んでいて観光には良い場所だ。

事前に調査済みの道を迷うことなく案内される。千隼はときどき端末の電波を確認しながら、ついでに調べためずらしい山草を指差して説明した。なごやかな雰囲気でハイキングへ訪れた気分になる。

川沿いをのぼれば、ぽっかりと口を開けた洞窟が現われた。入り口はこけむして川霧かわぎりがたち、光のとどかない奥は見えない。



 千隼がリュックから懐中電灯を取りだし、ヘッドライトを頭へ装着する。入口に見張りを2人待機させて洞窟へ入った。

天井のくぼみに蝙蝠こうもりが数匹身をよせ合っている。だいぶ奥行きがあって下方から水の流れる音が聞こえた。足もとに気を付けながらかがんで奥へ進む。洞内は曲がりくねって位置が把握はあくしにくいため互いに離れないように行動する。

 歩を進めていたら周囲は冷えて、鳥肌が立つような気持ちの悪い空気が流れてきた。急激な変化に感づき月読は若衆を呼び止める。懐中電灯の光がとおらない大きな横穴を見つけた。

他の場所を調査していた千隼も合流して空気が変化した地点を調べる。線を引いたかの様にその位置を越えると重苦しく、殺気をふくんだ不穏な気が混ざっている。



 月読は千隼と顔を見合わせる。

瘴気しょうきただよってる。これは……結界けっかいか?」

「そのようですね。我々は通り抜けられるのに瘴気は防ぐ巧妙こうみょうな結界、これを張った者は相当な使い手ですよ」

 眼鏡をクイッと上げた千隼は、厳しい目つきであたりを見まわした。懐中電灯で照らされた洞窟の奥は暗闇がつづく。

「奥も調べてみましょう」
 千隼はライトを持って先へすすむ、護衛2人も従うが道は複雑に分かれている。

「千隼、瘴気が濃くなって危険だ。いちど引いて装備と人数を整えた方がいい」

 胸がざわめいて月読は呼び止めた。軽い調査のつもりで来ていたので、妖と戦う装備は持っていない。護衛にも声をかけて出直しを検討する。千隼は立ち止まり、しばらく唸っていたが引き返してきた。




―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます。

昼行燈ひるあんどん…中村主水もんど……ではなく、昼に灯す行燈あんどんのこと。何用もなさないので役に立たない人やぼんやりした人の事をさす。
山伏やまぶし…山岳で修行する者。修験道の行者などのこと。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

処理中です...