双子の鬼(月読シリーズ)

風見鶏ーKazamidoriー

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後編

鬼に金棒

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 暗くよどんだ泥へ沈む。

もれた体は動くこともかなわず、泥の中から地表をながめた。身も心もバラバラに散らばってしまって、自分の名前さえ満足に出てこない。

壊れた人形のように放心していたら、暗闇に動くものを見つけた。



――――なんだ……? とり

 小さな暗闇はぴょんぴょん跳ねたり歩いたり、見つめている内にカラスの形になった。

――――カラス……?

 小さなカラスはぴょんぴょんと気を引くように跳ねている。いつの間にか身体が動く様になっていたので、散らばった自分の欠片を拾いながらパズルのように組み立てる。

カラスを追いかけると、光がもれる扉の前に着いた。

「あきら」
 耳元でカラスの声が聞こえて、月読は自分の名を思い出す。

――――そうか私の本当の名は……彼が家で待っている。

 【月読】という名で隠された本当の名、屋敷で帰りを待つ者がいる。カラスの幻覚は、彼が以前言っていた繋がった感覚なのかもしれない。

月読が手を伸ばしドアノブを引くと、目の前は真っ白い光りで満たされた。



 遠く雄叫おたけびが上がりいくさの音が響く。

月読は鈍い眼差まなざしのまま、しばらくほうけて音を聞いていた。騒乱の中に知った声を聞いた気がして、力の入らない身体を無理やり起こす。着る物もなく、シーツを引き裂いて腰へ巻き付けた。

千隼ちはやが戦っている。隼英の力を多娥丸たがまるが取り込んだのなら、千隼は親子で争っているも同然。

――――止めなければ。

 岩壁に手をついて支え、月読は体を引きるように歩く。

廊下を渡り大きな扉を開けた。遠くに見える大きな建物から火の手が上がっている。ふらつく足取りで怒号どごうと悲鳴の聞こえる争いの中心へ向かう、ときどき体力が尽きて月読は座りこんだ。



 中庭まで来ると、あちこちで鬼達が入り乱れて戦っている。

「いてぇっ、畜生ちくしょう! 他の鬼が攻め込んでくるなんて聞いてねえぞ! 」

 片腕を切り落とされ、血まみれの鬼が走って逃げてきた。こちらに気付き、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべて月読へ襲いかかる。顔面を蹴り飛ばしてとどめの一撃を刺そうとしたが、足首をつかまれ引き倒された。

硬い石床で頭を打った。

「くっ」
「へへへ、生意気なまいきなエサだな。おまえを食えば腕も治りそうだ」
 ヨダレを垂らした醜い顔の鬼がいずって近づく。

「月読様っ!! 」

 聞きなれた声と共に白刃のごとき風が鬼を切り飛ばした。月読の足首を掴んでいた鬼は、首を飛ばされ崩れ落ちる。

「月読様、ご無事でよかった! 」
 ユニコーンの様な一角の湯谷ゆやが走ってきて、月読を安全な場所へ誘導した。火の上がっていない建物の壁ぎわへ座り、隠れているように伝えられる。湯谷はこちらへ向かってくる鬼達を月読のいるところから引きはなし乱闘の中へ身を置く。



 月読は隠れた場所から広場を見渡した。
中庭の空気をふるわせる力の源を目で追えば、中心に多娥丸がいた。甲高かんだかい金属音が鳴りひびき暗闇に火花が散る。目にも留まらぬ速さで移動する火花は、近くにいた者を巻き添えて切り裂き岩壁をくだく。

ガキンッ。ギィンッ!

空気は振動して、広場一帯に衝撃の波が立つ。赤錆色あかさびいろの妖刀と黒い金棒がぶつかり火花を散らせている。

多娥丸と千隼が激突していた。妖刀と金棒はギリリと押し合う、力をゆるめて相手の体勢を崩した多娥丸は腕で弾きとばした。

ふっとんだ千隼が背中から衝突して壁は砕け散る。

「千隼っ! 」
 月読は思わず身を乗りだし叫んだが届かない、瓦礫がれきの上へ立っていた多娥丸の視線が一瞬こちらを向いた気がした。

咆哮をとどろかせた赤い影が跳びこみ、多娥丸の立っていた瓦礫の山ごと消し飛ばした。攻撃を避けて移動した多娥丸と赤鬼の姿が土煙にまぎれて見える。

「ハハハ必死だな! 隼英はやひでの角を手に入れた今、お前など敵でもない!! 」

 多娥丸は笑って大きな赤鬼と対峙たいじする。以前とは異なり、いまや圧倒的な力の差があった。立ち向かう赤鬼が腕を振りまわし土煙を巻き上げた。しかし片腕で受け止めた多娥丸は、血糊ちのりの妖刀を鬼平へ向ける。

「グォォッ」
 妖刀が鈍く光った刹那せつな、赤鬼を貫く。鬼平は辛うじて避けたが刀は肩へ刺さった。

「……確かに今のヌシ強い、だがわしとて1人ではないぞっ! 」
 長い牙を食いしばった赤鬼は、刀を持つ多娥丸の腕をつかんだ。赤鬼の腕に力が入り、肩から大量の血が流れる。

赤鬼が身を犠牲にして多娥丸は刀の動きを封じられる。倒れていたはずの千隼が後ろから飛びだして金棒を振りあげた。黒々とした鬼の金棒は重くうなって迫る。

「無駄だっ!! 」
「ぐはぁっ! 」

 嘲笑あざわらった多娥丸は力まかせに妖刀を振った。刀をつかんでいた指を飛ばし、袈裟斬けさぎりに裂かれた鬼平がうめき、大量の血は千隼の視界を妨げる。

金属音が衝突して、千隼の渾身こんしんの一撃は妖刀で防がれた。間髪かんぱつ入れず多娥丸の両角のあいだで轟雷ごうらいが弾けて放たれる。

「くっ! 爺ちゃんっ!? 」
 千隼は神宝の金棒を盾にしたが、爆風で鬼平は吹き飛ばされた。体勢を立て直して多娥丸の攻撃を防いだものの、再びされて膝をつき脇腹をとばされて地面へ転がった。

 白と黒の2本の角から炎雷えんらい紫電しでんが発生して、バチバチと互いにぶつかり合いながら天へ昇る。雷光を帯びた多娥丸は、闇の中でその存在感を示すように光る。

「先に隼英の息子を狩ってやる! 鬼平、絶望にちてから死ね!! 」

 膝をついた千隼の前へ、炎雷をまとう多娥丸が立った。



 月読は無意識に走り出していた。窓を乗りこえ、落ちていた瓦礫や刃物で足が傷つくのもいとわず千隼の元へ走る。

 雷光を帯びた多娥丸の妖刀が振り下ろされた。

千隼ちはや――っ!! 」
 腕を伸ばして叫んだ月読の声がこだまする。

 その瞬間、ビシリと何かが割れる音がした。

ひとつになったはずの隼英の角が多娥丸から落ちる。白い角は地面へ跳ねかえり、千隼の額へ当たって輝きを増した。

ドオォォォン。

光の柱が出現して、光の柱の中心に千隼がいた。すさまじい力は天へ昇り、千隼と一体化した白い角から幾筋いくすじにも稲妻いなづまが放出され強烈な光を放つ。

「おのれ隼英ぇ!! なんだ……何なんだコイツは!? 」
 多娥丸は赤黒い血の流れる額を押さえながらえる。瓦礫から起き上がった鬼平は唖然とした顔で千隼を見つめていた。

「うおおおっ! 貴様きさまらなんぞに負けてたまるかぁ!! 」
 獣のごとき咆哮をあげた多娥丸は、妖刀をかまえて飛びかかった。

「これで決着だ、多娥丸たがまる

 光かがやく千隼は、鬼の金棒を天高く上げて振り下ろした。大きな天雷が多娥丸へ落ちて周辺の地面ごと抉って吹き飛ばす。

走っていた月読も避けられず、巻き起こった風に飛ばされる。




 濛々もうもうと上がる煙に周囲の視界はふさがれた。体中の骨がびついたようにきしんで痛む、月読は倒れていた上半身を起こした。

 呼び声がして、煙の中に誰かがいる気配がする。
「千隼? 」
 月読は手探りで近寄ったけれど土煙の中には何もいない。ところが後方から細い手が伸び、パチンと音がして首輪が取り付けられた。

「多娥丸はもう終わりじゃ、せめておぬしをさらい食って力としようぞ」
 煙の中から現れた方鬼はなげき、いやしく笑う。

「さあ、わしと来い」

 命令に逆らえず、月読の目は鈍く光を失った。にんまりとわらった方鬼は首輪を引っぱり立つように促した。意思に反して体はふらりと立ち上がって歩き出す。

方鬼と月読の姿が土煙の中に消える間際まぎわ、青黒い腕が飛び出して小さな鬼の胸を貫いた。

「ドコへ連れて行く、ソレは、俺のダ」
「た、多娥丸!? わしを殺せばお前は――――ぎゃあああっ!! 」

 方鬼の心臓は多娥丸に握りつぶされた。

 焼けた臭いが辺りに立ちこめ、眼前には全身焼けげて体の大部分が吹き飛んだ多娥丸がいた。這ってすすむ上半身は赤い毛が少しずつ抜けおち、徐々に腐敗ふはいして溶けていく。
術主である方鬼が死んだことで蘇生そせいの術が弱まり、多娥丸は本来あるべき姿へとかえろうとしている。

目玉が溶け落ち、ぽっかりと黒い空洞があいた。それでもなお、月読のところへ這いずり腕を伸ばそうとしている。

崩れゆく隼英を思い出した月読は、黄昏時たそがれどきをまとい悲愴ひそうさをただよわせる。うれいを帯びた黒褐色の瞳は、ゆっくりと多娥丸へ手を伸ばす。



貴方あなたのものではありません、私のです」
 りんとした声が力強くひびき、後ろから千隼が留めた。

「月読様、あれは死者。いっしょに行っては駄目です」
くな』
 光りかがやく角を持った千隼に重なり、懐かしい声が聞こえた気がした。
腕を下ろた月読は、崩れゆく多娥丸を傍観ぼうかんする。とどめを刺すためゆっくりかざされた千隼の手をやんわり握った。

千隼の手を下ろさせ、立ち上がって多娥丸のところへ歩く。

「月読様っ!? 」
「私はもう大丈夫だ。彼も力は残っていない」

 多娥丸のそばへ行き膝をついた。黒く焦げた体は溶けおち、骨がむき出しになっている。目も見えず耳も聞こえない、それでもどこかを目指して足掻あがき這いずる。月読が目の前にいても気づきもしない。

 いとおしい者を撫でるように、左角のある額へ触れる。

「――――多娥丸たがまる
 目の無い眼窩がんかが月読を見上げ、閉じていくように感じた。どこかへ行こうと這いずっていた多娥丸の動きは静かに止まる。

月読のもと、多娥丸はじわりと骨まで溶けて消えた。



 手のひらに硬い感触が残り、手を開くと黒い角があった。隼英の立派な角と違い、小さな小さな黒水晶のような子供の角だった。

人の姿へと戻った鬼平が歩みより、月読の手のひらを眺めていた。長年にわたり刻まれたしわのある顔は、何を想うのだろうか今は知るよしもない。
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