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後編
鬼の角落し2
しおりを挟む数十年前、方鬼の反魂法により蘇った多娥丸を隼英と共に打ち倒した。その時に多娥丸を消滅させずに封印したことが、今回の元凶になってしまった。
「志乃との息子。たとえどんな凶漢でも、儂にとっては可愛い息子じゃ……すべて消し去ってしまう事など出来んかった」
親として、当主としての鬼平の苦悩が伝わってくる。
多娥丸は生まれる前に2つに分かれたと言っていた。半分の自身を中途半端な存在だと思っていて、1つになれば生きる場所が出来ると思っていたのかもしれない。
自身の存在を呪いながらも生きたいと願い、受け入れてくれる誰かをずっと探していた。
「多娥丸は、たぶん隼英に似ていたのだと思います」
「お主は、あのような息子でも想ってくれているのだな。月読殿から角が離れたがらないわけじゃ……」
少し瞼を伏せた月読は、どこまでも広がる海を眺めた。
「角のことは本当によかったのですか? 」
両者の角は月読が引き取った。角は鬼の力であり象徴そのもの、【鬼】の者ではない部外者が持っていいものかとやはり思い悩む。
角は呪力の塊なので悪用を防ぐため、邸宅地下の呪物庫へ納められ厳重に保管される。
一般人からすれば飾りかコレクションくらいしか用途が思い浮かばない、けれども価値を知る者からすれば喉から手が出るほど欲しい代物だ。実際月読も鬼の角を使う者たちを目の当たりにしている。
隼英の時と同様、多娥丸が月読へ角を残したのなら持って然るべき物だと鬼平は進言した。
【鬼の神宝】についても語られた。鬼の神宝と呼ばれる邸宅に保管された5つの武具と1つの呪具。争いと騒乱の時代、同胞を守るために鬼たちが秘術を使い魂を削って込めるか、変化した物だという。
「まだ鬼の力が強かった古代の【鬼】家の者達じゃ、神宝は儂なんぞ比べものにはならんほど長き時代に渡って存在しておる」
神宝は本人そのものではないが、その意思と魂が込められている。神宝と化した白い角が千隼へ力を貸して離れたのも、込められた隼英の意思なのだと鬼平は述べる。
「神宝ならば次の時代の【月読】とも相まみえるかもしれぬ、それも運命なのかもしれんの……もっとも儂のほうはもう無理じゃろうて」
目じりのシワを深くした爺さまは穏やかな笑顔を月読へ向けた。
目覚めた猫が尻尾をゆらゆら立てて、会話に加わりニャアと鳴く。
「多娥丸を倒した力のことですが……」
千隼の発揮した力が気になって尋ねると、鬼平は【鬼】家の成り立ちについて話す。
浜辺に住んでいた【鬼】の一族の始祖は天邪鬼だと伝えられていて、幾つか残っている血筋のひとつが志乃の家だった。
「天邪鬼……天探女、天の鬼ですか……」
「うむ、あの力は隼英のものでは無かった。千隼のもつ本来の力が、隼英の角と合わさり一時的に解放されたのじゃろう」
隼英に囁かれていた噂のように生易しいものではないと、困った表情の鬼平はため息を吐いた。
「本物の先祖返りじゃよ。集落を吹き飛ばされぬように、千隼はこれからも角なしのほうがエエかもしれんのう……」
気まぐれな息子達と、とんでもない孫に振り回される爺さまがここにいた。
方鬼との因縁も月読へ明かされる。
独りになった鬼平は仲間を求めて人の世界を離れ、鬼の世界へ帰った時期があった。方鬼とはそこで出会ってしばらく行動を共にしていた、しかし人への関わり方で意見が衝突して道を違えたのだという。
人から鬼へ変化する存在は特段めずらしくもない、鬼と化した方鬼は復讐に執着した存在となっていた。だが方鬼の目的は鬼であった鬼平には関係なかったはず、再三に渡って侵攻をくい止めた理由を訊いた。
「あやつは手はじめに御山を狙っておった。御山は儂にとって大切な場所じゃ、荒らされるわけにはいかぬ」
壮大な復讐劇の始まりは、鬼同士の縄張り争いだったようだ。鬼同士の縄張り争いなど昔からよくある話だと鬼平は高らかに笑った。
昔は人々を攫い喰っていた鬼も変移して、現在は人を食べることもなく代替え食品などが存在しているらしい。
「儂は喰わんでも平気なのじゃが、変化ものは人の形を保てなくなるからの」
変化した鬼は、形を保てなくなる飢餓から人間の肉や魂を喰う。人を喰うことに抵抗があり思い悩む者たちは、救いを求めて【鬼】の門戸を叩く。
「門戸を叩くものは、どのような者であれ受け入れる。それが儂を育てた主の意思なのじゃ」
人間世界に生きる鬼達の裏側をほんの少し垣間見る。
「うちの会社の商品でな、なかなかにヘルシーで人気商品じゃぞ」
作り方は企業秘密だと言われて気になっていたら、今度サンプルを見せて貰えることになった。原材料に人は使われていない様で安心した。
月読が鬼の奥深さに唸っていると、邸宅へ続く木々のトンネルから湯谷の声が響いた。
「千隼様っ、お待ちになって下さい! 」
「ちょっと爺ちゃん! なんで僕のいない間に月読さまと2人でお茶してるのさ!? 」
外出から帰ったスーツ姿の青年が現れた。密会現場を発見したかのごとく、千隼のメガネが鋭く光ってこちらを見つめる。
「なんじゃ、老いさき短い爺の楽しみを奪うつもりか? 爺不孝な孫じゃのう」
鬼平がなげく。傷が見えないように額に手拭いを巻いた湯谷も、追加のケーキがのった盆を持ったままアワアワとしている。
鬼の居ぬ間になんとやら、月読は湯谷の盆からケーキをかっさらい爺と孫のケンカをながめた。
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