12 / 17
兵長の憂鬱
港町へ
しおりを挟む**********
「いや~怖いねぇ。兵長へ手をだしたのが運の尽き、だんだん親父さんに似てきたんじゃないすか? 」
貴族の屋敷をでると気をゆるめたイリアスがわざとらしく肩をすくめた。
アッピウスの視察団がもどり、帰着したブルド隊長にヴァトレーネをまかせてキケロを港町へ収監した。キケロの家宅を捜索して両親の屋敷へおもむく。帝国兵を襲撃したこともあり首謀者は刑が重い、息子の減刑をチラつかせたらあっさりと自供した。しょせんは日和見の貴族、不利益を被らないほうへなびく。つながりのある貴族の聞きとりや証拠の押収をおこない息子の安全を盾に口を封じた。
ひと仕事終えて後はラルフへ報告するだけ、建物のあいだに晴れやかな青空がみえた。久しぶりの港町、イリアスに羽を伸ばすよう伝えたら、片頬をあげてほほ笑み繁華街へ姿を消した。
見知った広場をぬけ、ラルフの屋敷を訪問する。姉妹のメイドに出迎えられて屋内をおとずれると、アッピウスが楽しそうにラルフたちと会話していた。
質の良いソファへゆったり座した太陽は琥珀の瞳をこちらへ向ける。
「すまない、仕事ではずすよ。ミナト、アッピウス殿の相手をお願いできるか? 」
「えっ? ……あ、はいっ! 」
最初は帝国になれていなかった異国人のミナトも客人を任せられるほど成長した。少々ぽやっとしてつかみどころのない性格だが、知識の幅はひろく貴族との会話にはこまらない。
ラルフの目配せで奥の部屋へ案内された。さきほど押収した証拠と貴族たちのつながりを報告する。前任者の検挙で取りこぼした貴族のリストはあるものの引きずりだすにはいまいち弱い、あちらが動くまで慎重に待つか尋ねるとラルフはうなった。
「……じつは君の父上から前回使わなかった資料をほのめかされた。かわりに君の帰還とあたらしい兵長を推挙されてね。率直な意見を聞かせてくれ、ツァルニは港町へもどりたいか? 」
寝耳に水だ。同時に今までのことを否定された気がして腹が立った。
「俺がヴァトレーネを離れたいと思ったことはありません。すこし時間をください、父を説得してきます」
「待てっ、ツァルニッ! 」
ラルフがあわてて呼ぶ。ふだんなら一呼吸おいて物事を判断するのに、俺は足の向くまま屋敷をとび出した。
実家へ帰るのは何年ぶりだろう。
2階へ駆けあがると書斎で本を読んでいた父が迎える。ひさかたの対面、言葉を発してないのに気圧される。抱きあって再会をよろこぶ親子関係でもない、両者とも口数はすくなく沈黙した。
ラルフへ提案した内容をとり下げ、不正を暴く資料を回収するのが目的だ。俺は口火を切ったが、ひと筋縄ではいかない父は腕を組み検討している。
「私の持っている証拠を併せてプラフスとメティスの力を抑えれば、ヴァトレーネへ手を出す者はいなくなる。あの町の兵士は見違えるほど育った。お前がこれ以上とどまる必要もあるまい? 」
俺が赴任するにあたり父は暗躍した。父の命でラルフに従いヴァトレーネの兵長になった。問題が解決して兵長をつづける意味もないのかもしれない、しかし当初にくらべ俺の気持ちは変化した。
「いまさら証拠を出し惜しむのですか? 数年前にプラフスとメティスを逃したのは貴方の責任では? 」
やるべきことは決まっていた。ヴァトレーネを脅かす者を野放しにするつもりはない、もぎ取ってでも証拠を手に入れる。
俺といるときは表情の変わらない父の目は見開かれすぐ元へもどった。これまで従順だった息子の反抗が新鮮だったようだ。あご髭へ手をそえた父は冷徹な顔つきで長考してる。
「俺……私は兵長を続けます。ヴァトレーネの進歩をこの目で見守りたい、父上とは違う道を歩むつもりです」
「帝国兵士であるお前が上官の命を退けて、いち個人の我を通すと? 」
「いまの私が従うのは管轄官であるラルフ様です。彼の目的のため剣となり盾となるのが私のやるべきこと。町については流通の増加とあたらしい産物の寄与は承知のはず」
ラルフの横を走ってきたのは俺だ、そのくらいの自負はある。ほしいのは功績でも昇進でもない、シヴィルや仲間と成長していく町を見届けたい。支配ではなく俺たちがともに築きあげる国を見たい、自分でもおどろくほど青く稚拙な願いだった。
父は黙して意見に耳をかたむけ、心の片すみで却下されると思っていた要求は許された。
「うむ、それほど強い気持ちで続けたいのならいいだろう。……だが条件がひとつある。今夜は夕食をともにしなさい、お前の母も案じている」
つねに隔心をもち厳しかった父の言葉。いつも緊張していた家族の食卓、いま住んでる町や仲間のことを語ると母の安心した微笑が聞こえる。港町をでて数年のあいだに俺は両親の知る子供ではなくなっていた。
実家での夕食後に資料をたずさえ戻ると、目をまん丸にしたままのラルフが出迎えた。俺がとび出したのを気にして落ちつかないようすで会話を切りだす。
「ツッ、ツァルニ。資料を持ってきたのか? えっとその、今日は遅いしここで食べてゆっくり詳細を――――」
「夕食は実家で食べました。本日は用事があるので失礼します」
「そうなのか? また連絡を……あっ、ツァルニッ? 」
その日、俺はめずらしく仕事よりプライベートを優先した。
朝から働きづめだったのもあるが人を待たせている。待つ人物の待ちくたびれた顔を想像して早々と報告をすませ屋敷をでた。日帰りの予定だったけれどすっかり日が暮れて今日は港町へ泊まる。いっしょに夕食を食べるはずだった者たちのもとへ急いだ。
34
あなたにおすすめの小説
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
かわいい王子の残像
芽吹鹿
BL
王子の家庭教師を務めるアリア・マキュベリー男爵の思い出語り。天使のようにかわいい幼い王子が成長するにつれて立派な男になっていく。その育成に10年間を尽くして貢献した家庭教師が、最終的に主に押し倒されちゃう話。
幸せごはんの作り方
コッシー
BL
他界した姉の娘、雫ちゃんを引き取ることになった天野宗二朗。
しかし三十七年間独り身だった天野は、子供との接し方が分からず、料理も作れず、仕事ばかりの日々で、ずさんな育て方になっていた。
そんな天野を見かねた部下の水島彰がとった行動はーー。
仕事もプライベートも完璧優秀部下×仕事中心寡黙上司が、我が儘を知らない五歳の女の子と一緒に過ごすお話し。
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる