精霊の港 外伝「兵長の憂うつ」

風見鶏ーKazamidoriー

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兵長の憂鬱

港町へ

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「いや~怖いねぇ。兵長へ手をだしたのが運のき、だんだん親父さんにてきたんじゃないすか? 」

 貴族の屋敷をでると気をゆるめたイリアスがわざとらしく肩をすくめた。

 アッピウスの視察団しさつだんがもどり、帰着きちゃくしたブルド隊長にヴァトレーネをまかせてキケロを港町へ収監しゅうかんした。キケロの家宅を捜索して両親の屋敷へおもむく。帝国兵を襲撃したこともあり首謀者しゅぼうしゃは刑が重い、息子の減刑をチラつかせたらあっさりと自供した。しょせんは日和見ひよりみの貴族、不利益ふりえきこうむらないほうへなびく。つながりのある貴族の聞きとりや証拠の押収おうしゅうをおこない息子の安全を盾に口をふうじた。

 ひと仕事終えて後はラルフへ報告するだけ、建物のあいだに晴れやかな青空がみえた。久しぶりの港町、イリアスに羽を伸ばすよう伝えたら、片頬かたほおをあげてほほ笑み繁華街はんかがいへ姿を消した。

 見知った広場をぬけ、ラルフの屋敷を訪問する。姉妹のメイドに出迎えられて屋内をおとずれると、アッピウスが楽しそうにラルフたちと会話していた。

 質の良いソファへゆったり座した太陽は琥珀こはくの瞳をこちらへ向ける。

「すまない、仕事ではずすよ。ミナト、アッピウス殿どのの相手をお願いできるか? 」

「えっ? ……あ、はいっ! 」

 最初は帝国になれていなかった異国人のミナトも客人をまかせられるほど成長した。少々ぽやっとしてつかみどころのない性格だが、知識の幅はひろく貴族との会話にはこまらない。

 ラルフの目配めくばせで奥の部屋へ案内された。さきほど押収した証拠と貴族たちのつながりを報告する。前任者の検挙で取りこぼした貴族のリストはあるものの引きずりだすにはいまいち弱い、あちらが動くまで慎重に待つかたずねるとラルフはうなった。

「……じつは君の父上から前回使わなかった資料をほのめかされた。かわりに君の帰還とあたらしい兵長を推挙すいきょされてね。率直そっちょくな意見を聞かせてくれ、ツァルニは港町へもどりたいか? 」

 寝耳に水だ。同時に今までのことを否定された気がして腹が立った。

「俺がヴァトレーネを離れたいと思ったことはありません。すこし時間をください、父を説得してきます」

「待てっ、ツァルニッ! 」

 ラルフがあわてて呼ぶ。ふだんなら一呼吸ひとこきゅうおいて物事を判断するのに、俺は足の向くまま屋敷をとび出した。



 実家へ帰るのは何年ぶりだろう。

 2階へ駆けあがると書斎で本を読んでいた父が迎える。ひさかたの対面、言葉を発してないのに気圧けおされる。抱きあって再会をよろこぶ親子関係でもない、両者とも口数はすくなく沈黙した。

 ラルフへ提案した内容をとり下げ、不正をあばく資料を回収するのが目的だ。俺は口火くちびを切ったが、ひと筋縄ではいかない父は腕を組み検討している。

「私の持っている証拠をあわせてプラフスとメティスの力をおさえれば、ヴァトレーネへ手を出す者はいなくなる。あの町の兵士は見違えるほど育った。お前がこれ以上とどまる必要もあるまい? 」

 俺が赴任ふにんするにあたり父は暗躍あんやくした。父の命でラルフに従いヴァトレーネの兵長になった。問題が解決して兵長をつづける意味もないのかもしれない、しかし当初にくらべ俺の気持ちは変化した。

「いまさら証拠を出ししむのですか? 数年前にプラフスとメティスを逃したのは貴方あなたの責任では? 」

 やるべきことは決まっていた。ヴァトレーネをおびやかす者を野放のばなしにするつもりはない、もぎ取ってでも証拠を手に入れる。

 俺といるときは表情の変わらない父の目は見開かれすぐ元へもどった。これまで従順じゅうじゅんだった息子の反抗が新鮮だったようだ。あごひげへ手をそえた父は冷徹れいてつな顔つきで長考してる。

「俺……私は兵長を続けます。ヴァトレーネの進歩をこの目で見守りたい、父上とは違う道を歩むつもりです」

「帝国兵士であるお前が上官の命を退しりぞけて、いち個人のを通すと? 」

「いまの私が従うのは管轄官であるラルフ様です。彼の目的のため剣となり盾となるのが私のやるべきこと。町については流通の増加とあたらしい産物の寄与きよは承知のはず」

 ラルフの横を走ってきたのは俺だ、そのくらいの自負はある。ほしいのは功績こうせきでも昇進しょうしんでもない、シヴィルや仲間と成長していく町を見届けたい。支配ではなく俺たちがともに築きあげる国を見たい、自分でもおどろくほど青く稚拙ちせつねがいだった。

 父は黙して意見に耳をかたむけ、心の片すみで却下きゃっかされると思っていた要求は許された。

「うむ、それほど強い気持ちで続けたいのならいいだろう。……だが条件がひとつある。今夜は夕食をともにしなさい、お前の母も案じている」

 つねに隔心かくしんをもち厳しかった父の言葉。いつも緊張していた家族の食卓しょくたく、いま住んでる町や仲間のことを語ると母の安心した微笑が聞こえる。港町をでて数年のあいだに俺は両親の知る子供ではなくなっていた。



 実家での夕食後に資料をたずさえ戻ると、目をまん丸にしたままのラルフが出迎えた。俺がとび出したのを気にして落ちつかないようすで会話を切りだす。

「ツッ、ツァルニ。資料を持ってきたのか? えっとその、今日は遅いしここで食べてゆっくり詳細を――――」

「夕食は実家で食べました。本日は用事があるので失礼します」

「そうなのか? また連絡を……あっ、ツァルニッ? 」

 その日、俺はめずらしく仕事よりプライベートを優先した。

 朝から働きづめだったのもあるが人を待たせている。待つ人物の待ちくたびれた顔を想像して早々と報告をすませ屋敷をでた。日帰りの予定だったけれどすっかり日が暮れて今日は港町へ泊まる。いっしょに夕食を食べるはずだった者たちのもとへ急いだ。



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