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兵長の憂鬱
イリアスとヒギエア
しおりを挟む「話は終わったようね」
衝立のむこうで診察をしていたヒギエアがもどってきた。彼女はかつて帝国の闘技場で華を咲かせた異質な経歴をもち、下手な医師より信頼される薬師。父のもとへ出入りしていたこともあって顔見知りだ。
金属製のボウルにいれた精製水でタオルをしぼり、体を拭いたあと傷口へ軟膏をぬる。殴打された腫れは残るものの大きなケガはしてない、ついでに戦争で負傷した右目が治ったことをかくにんして彼女は柔らかくほほえむ。
治療が終わって上衣を被れば、下着を脱ぐように指示された。
診察はまだ終了してなかった。彼女が慣れてるとはいえ妙齢の女性に見られるのは恥ずかしい、躊躇していたらまたたく間に下着を取りはらわれた。
何日もまえの下半身の鬱血をじっくり見分される。その様子を正視できなくて目をななめ下へ逸らした。
「きのう負った傷ではなさそうね……痕の大きさからするとさっきの坊や? 加減して傷にはなってないけど、不能になりたくなければ噛ませるのはやめた方がいい」
ひと言ひと言が痛ましく聞こえ、俺はうつむいたままうなずく。数日分のぬり薬と彼女のカバンから出してきた犬用のおもちゃを渡された。
羞恥心を紛らわすため話題をかえた。ヒギエアは港町の在住だけど薬草の採取でヴァトレーネを訪れる。今回も薬草が目的だと思っていた。
ところが返ってきたのは思わぬ答えだった。水門事件はラルフへ伝わり、夜中に呼び出されたヒギエアは馬を走らせてヴァトレーネへ来たという。寝ているところを叩き起こされた彼女は報酬になにをもらおうかと画策してる。
「ラルフ様はすでに知って……それにイリアスとも知りあいだったのか? 」
ヒギエアは俺が兵士になった時期に港町へ現われた。それまではラルフ同様、帝国本土にいたはず。港町は都市で人も兵士も数多に暮らしてる。俺とともにヴァトレーネへ赴任したイリアスとどうやって知りあったのか疑問だ。
「知り合いっていうか、くされ縁? あいつ昔は賞金目あてで闘技場にいたのよ。とにかく戦法が卑怯で……腹が立ってコテンパンにしたけどね」
本国の闘技場は子供のころ父に連れられて数回おとずれた。町ひとつ入りそうな巨大な建造物、周りをかこむ観客席の人は豆粒なみに小さくみえた。建物の外も内部もさまざまな催し物がひらかれ、時には血なまぐさい戦いも行われていた。スターにもなると人々の熱狂が渦を巻いて主役へむけられる。
闘技場へ身を置いていたことにも驚いたが、彼女の吐きすてる言いぐさに当時のイリアスを何となく想像できて苦笑をもらした。
「ふぅん……なるほどね。貴方、まわりの狼をちゃんと躾けないと食べられちゃうわよ」
ヒギエアは意味深な笑みをうかべ、カバンをまとめて医務室を出ていった。
――――食われる? 俺が? 誰に?
言葉を思いかえしながら回廊を歩く、心あたりはシヴィルくらいしかいないけど別の意味かもしれない。まわりといえば諜報員や密偵の存在はめずらしくなく、ラルフへ伝わったということは少なくとも敵ではないだろう。
ため息を吐き、深く考えないようにした。
久しぶりの休日だ、と言うよりヒギエアから無理やり療養を言いわたされた。部下たちも結託して俺へ仕事がまわってこない、医務室にいても落ちつかないので建てかえたばかりの風呂へ向かう。
脱衣所でイリアスに声をかけられた。人けのない中途半端な時間だから油断していた。昨日は夜どおし働いたという彼も休みのようだ。
「起きてて大丈夫なんすか? 」
「あ……ああ、体を温めたほうが治りがはやい……たぶん」
頭痛と悪寒の原因だった感冒の症状も治まりつつある。イリアスはあいかわらず1人でペラペラ喋っていたけど、俺は恥ずかしい痕を隠して気もそぞろ。うまく手拭いで覆っていたのに見つかってしまった。
「兵長、足にケガして…………歯形? まさか水門でヤツらに!? 」
鬱血を確認しようとしたイリアスにおし倒された。手拭いが床へ落ち、痕のついた恥ずかしい部分を露わにされた。信じられないといった表情のイリアスは俺のいちもつを握る。
「こんな所までっ!? ツァルニ、ちゃんと治療はしたのか!?」
「くっ……イリアスッそこは……」
弁解しようにもそんな所を握られては声がつまる。ようやく状況を理解したのか、いちもつを強く握っていた力はゆるめられた。視線が交差してイリアスがゴクリと唾を飲みこんだのがわかった。気配もなく忍びよった手は俺のあごを持ちあげ、オリーブ色の瞳が間近へせまる。
「……そんな目で俺を刺激しないでくれませんかね? 無自覚に色気だしてたら、悪い狼に食べられちまいますぜ」
イリアスの息づかいが唇を舐め、予想できない行動に息をのむ。手は離れずそのまま俺のものを優しく揉みしだいた。
「……っ……はぅ……やめっ……んく」
股間でうごめく手は弱いぶぶんを巧みになでまわし、しっとりした疼きが下半身へひろがる。イリアスの舌が口内へ侵入して粘膜を弄られた。酔っぱらったときのシヴィルと同じブドウ酒の匂い、上下に扱かれ拒もうにも体は生理的な反応をしめした。
快楽をおぼえた体は与えられる刺激と、口内を侵す熱い舌の感触に酔い痴れる。気づきたくなかった欲望の淵へ沈められていく。
「そこまで」
かさなった唇を無理やり引きはがし、イリアスの手を掴んだのはシヴィルだった。俺を抱きよせたシヴィルは猫みたいに毛を逆立て威嚇している。
「ツァルニはあげないよ。僕のなんだからね! 」
「あ、ああ……すまない、どうも飲みすぎちまった……」
我にかえり、頭を左右へふったイリアスは冷水をかぶり浴場を去った。
ことなきを経てホッとしていたら、浮気した男を見る目つきでシヴィルが俺の股間を凝視してる。イリアスに倣って股間へ冷水をかけたら熱はおさまり、となりで見ていたシヴィルが残念そうに指を咥えた。
浴槽へ浸かればさきほどのストレスからも解放される。
多少の疲労感はあるものの気持ちがよく、つい長湯してしまいのぼせたシヴィルが寄りかかってきた。のびた彼を脱衣所の長イスへ寝かせ、あきれながらも俺の口元は自然と笑みをうかべる。
銀色にもみえる灰の髪とまつ毛、もっさりした髪を上げ身なりを整えれば貴族に好かれそうな外見だ。髪を撫でつけていると瞼をひらいたシヴィルに手首を引かれて見つめあった。
「僕に惚れた? 」
「仕事をさぼった反省文は、明日の朝までに提出しろ」
悲痛な叫びを聞きながし、俺は浴場をあとにした。
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