精霊の港 外伝「兵長の憂うつ」

風見鶏ーKazamidoriー

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兵長の憂鬱

春の風

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 港町を出発した俺たちは進路を北へ向け、手をふるミナトが遠ざかる。街道を駆けていたシヴィルはとなりへ馬をならべた。

「イリアス隊長は? 」

「ラルフ様を手伝う要員よういんで置いてきた」

「……仲いいよねぇ」

「そうか? 付き合いが長いからな」

 貴族のことは貴族にまかせる。ラルフなら解決は速いが信頼できる人手はあった方がいい、とは言え腕が立っても下っぱ兵士に重役を任せるわけにもいかないから手練てだれのイリアスにまかせた。となりへ視線をやると、ちょっぴりねたシヴィルは口を尖らせてる。

「あれ? ツァルニ、いま笑って――――」

 俺の表情に気づいたシヴィルが言い終わらないうちに手綱たづなをにぎった。ヴァトレーネへ向かって走り出せば寒風がほほをなで、春の息吹いぶきはそこまで来ている。





**********

 あたらしい品種の農作物を見るため、予定を大幅に早めたミナトが帰ってくる。近くラルフも訪れ、2人ともヴァトレーネへ長期滞在ちょうきたいざいする。

 ミナトをゆっくり案内するため休暇を取った。ところが俺の部屋の入り口は朝から木箱で塞がれている。こうなった原因はシヴィルにあるけど「体をいたわって休んでね」などとのたまって逃げた。木箱へ体当たりして脱出した俺の剣幕けんまくに部下たちはおびえてける。

 1階へ下りれば兵舎はさわがしく、ミナトはすでに到着していた。シヴィルも先程までいた様子だが俺が来ることを察知して逃走した。



 春先の公園を子供たちが元気にけ、俺はミナトを案内しながら広場の小さな建物へ足をのばした。日光を最大限にとり入れ浴場の配水管が通って常時じょうじあたたかく、各地から取りせたブドウのなえがならぶ。

ミナトは興味深きょうみぶかそうに温室を見てまわり、枝や葉の形など詳細に書き込んだノートをめくって確かめている。酒用のブドウ栽培がメインだが目標は大きくて甘い白ブドウを作ることらしい、シャインマスカットやらと斬新ざんしんな名前を口にしていた。

「そういえば、ヴァトレーネに学校を作ろうと思うんだけど」

「ガッコウ? 」

「子供たちがいろいろまなぶ公共の施設だよ。農村の子が多いから読み書きと算数がメインで、農業や商業の資料もおいて大人も交流できる所にしたいなぁ。今は帝国や港町の研究者がたずさわってるけど、ヴァトレーネの人たちにもっと理解してもらいたい」

 都市以外の教育レベルはお世辞せじにも高いとは言えない。農民は農民のまま、兵士は兵士で一生を終えることが普通だ。運があってわずかなチャンスを見極みきわめられる者のみ帝国でいあがる。ミナトの提案は可能性の底上そこあげだった。とおい未来に咲く花を想像して思いをせている。

「学び舎か、いいアイデアだな」

「兵舎で教えてたでしょ? 教師がふえれば、ツァルニも自由に時間を使えるし」

 妙案みょうあんを目の前にぶら下げられてこころかれないわけがない。ミナトが新しい企画をつくり計画をし進めていく。この国の人間にくらべれば小さく華奢きゃしゃなミナト、まっ黒な髪はつやめいて光を反射する。俺は帝国の人間と異なる黒い髪をからかわれた経験があるけど、ほんとうの黒は輝いてるのだとの当たりにした。



 ミナトを追って翌日にはラルフも帰ってきた。太陽に照らされ金の髪をなびかせる彼は馬に乗るだけでパレードになる。ひとしきり歓待かんたいを受け、きらびやかさの残る英雄から例の件が片づいたことを知らされた。

 今回の事件はミナトに内緒で行動した。文官と言っても一般人、ラルフは彼が貴族の策略に巻きこまれるのを恐れていた。結果イリアスはずいぶん役に立ち、俺が港町へもどらないことを父に愚痴ぐちられたらしい。

「……ラルフ様は父の推薦すいせんで選んだのですか? 戦で敗走した俺がヴァトレーネの兵長を続けても良かったのでしょうか? 」

 父は策略家さくりゃくかだ。長年、心のすみに引っかかっていた事をたずねた。

「ツァルニを手放す気はなかった。たしかに君の父上の口添くちぞえはあったけど、決めたのはあの運動場にいたときだよ。ずっと負けていたのに最後には勝ったろ? 打ちのめされても立ちあがる君の強さが私は欲しかった」

「遠まわしに俺を雑草だと言ってるのですか? それに俺は強くはありません、ただ弱くないだけです」

「ハハッ、君のそういうところは最高だ。それは十分な”強さ”だよ」

 戦争のさなか俺もラルフも自身の未熟さを痛感した。帝国では勝利も重要だが敗北も許容される。失敗から学べることはたくさんある。

 民衆から羨望せんぼうのまなざしを向けられるラルフもおなじ人間にすぎない。悩み、迷い、力尽きて倒れそうにもなる。小さなことに一喜一憂いっきいちゆうして、他人には理解できないことでも幸せを感じる。

終わったおもいを消すこともミナトにもなれないけど、俺は俺としてこれからもラルフの隣へ立つのだろう。差し出された手をとり、あの日のようにかた握手あくしゅを交わした。




――――――――――

 お読みいただきありがとうございます。次回はエピローグ「中間管理職の板ばさみ」
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