15 / 17
兵長の憂鬱
エピローグ 中間管理職の板ばさみ
しおりを挟む「……っ、シヴィル噛むなっ」
噛もうとするのを制止し、ベッドサイドの犬用おもちゃを口へ突っこんだ。
「むぐぅ。だってラルフとも仲直りしてたし、隊長とも仲いい……僕の痕つけとかないと盗られちゃう」
犬の骨を模したおもちゃを咥えたままシヴィルがしゃべっている。
懇願されてしかたなく俺は太ももを上げた。太ももの内側へひとつ痕をのこすくらいどうという事もないだろう、嬉々とした舌が腿のやわらかい部分をたどり付け根へ痛みがはしる。他人にさらされない場所へ淫蕩の烙印をおされる。
牙を剥きだしてる時とは正反対、なさけない顔で泣きべそをかいてる。実害はなさそうに見えても、しっかり痕をつけられるのだから抜け目がない。
俺は彼の記憶が残っていないことを念頭に行為を受けいれていた。しかし大部分は記憶のないふりだったと発覚して羞恥で殺意がわいたのは言うまでもない。いまも恥ずかしい体勢で彼と向きあい、その甲斐あって噛みグセは激減した。
「そりゃあラルフにくらべたら年下でたよりないし、本気で抵抗されたらツァルニのほうが強いのもわかってる。でもさ~、もうちょっと僕に寄りかかってくれてもいいんじゃないの? こうナヨナヨ~ってさぁ」
気づいてないのは幸いだ。敵将と対峙したとき、水門の事件でもタガの外れた彼は底知れない。枷がなければその力はどこへ向かうのだろう。
心配をよそにシヴィルは俺のうえで丸まり、口を尖らせながらブツブツつぶやく。お気に入りの場所を見つけた猫のようだ。狼の皮をかぶった猫、それとも猫の皮をかぶった狼と言うべきか。
あきれてシヴィルの顔をはさみ、啄ばむキスで慰めてやった。とたんに覆いかぶさられて唇を奪ったつもりが奪われる。生温かい舌に口内を侵され、頭のなかのうるさい思考は徐々に消える。
「スゲー色っぽい、ツァルニ。そろそろ僕に惚れたでしょ? 」
「……少しは黙ってろ」
いたずらに囁くシヴィルの頭を引きよせて口をふさいだ。熱い肌がかさなり奥へ埋まった雄に激しくかき回される。快楽のぶどう酒におぼれ、正体不明になるまで酔い痴れた俺はシヴィルに抱かれる。
「まさか痕をつけた相手がシヴィルだったとはね。……単刀直入に聞きますぜ、兵長が尻を……ですかい? 」
「くだらん口を動かしてるヒマがあったら、新兵の稽古をつけてこい」
休暇を終えたイリアスが帰還して放ったひと言がこれだ。バカげた冗談に俺は動じない、嘆息して睨みつけた。
港町へもどると思っていた彼がヴァトレーネの任を継続しておどろいた。俺に帰還命令が出たように貴族の事件は解決して小さな町へとどまる理由もない。イリアスならどこへ行っても活躍するだろう、父の間者という憶測もぬぐえない。彼の出身地は戦って死ぬことに誉れをいだく強兵の国だった。そのなかでも弱く卑怯と謗られる部類だと白ばくれる狡猾な狼。
「こうみえても俺は義理堅くてねぇ。若いのが暴走しないため見守るヤツも必要でしょう? 」
あくまで個人の興味だと述べた。シヴィルとの関係を脅されてるわけでもなく、ひょうひょうと胡散臭い男の真意は濃い霧につつまれてる。
「誰かの命でシヴィルを監視するなら必要ない。俺が見てる」
俺はイリアスに鎌をかけた。シヴィルの忠誠が帝国にないことは明白で警戒しているのかもしれない。動揺のカケラも見せないオリーブ色の瞳と互いに視線を交える。不敵な笑みを浮かべる男の手が頬へふれた。
「まったく悪い虫が寄ってこないよう見守ってたのにシヴィルとはねぇ……はぁぁ」
「えっ?」
息をのんだ瞬間、ドアがノックされる。
「失礼します! ツァルニ兵長、山の斜面へ設置する蜂箱のことですが……おやぁ? イリアス隊長、部下が探してましたよ? 」
「げっ、ブルド隊長!? いつからそこに? 」
ブルド隊長はニコニコとほほえみ、イリアスはカエルの断末魔みたいな声を出した。得手不得手の相互関係があるなら、間違いなくブルド>>イリアスだ。
デリケートな状況を見られたにもかかわらず、笑顔をくずさないブルドに畏怖を感じる。俺より背の高いイリアスは太い腕に引きずられて退室した。
安堵の息をつけば、今度はラルフが書斎へ飛びこんできた。彼がこんな風にさがす人間は1人しかいない、ヒマさえあれば突撃してきて公務に差し支えるためミナトは行き先を告げない。
すぐ捜索の旅にでると思われたラルフはソファへ腰をおろした。なにか聞きたそうにソワソワとこちらをうかがってる。
「ミナトが隠しごとをしてる……知らないかツァルニ? 企画や計画だってお前に相談しに来てる……なぜだっ、なぜお前にばかり相談するんだ! 私がいるのに!! 」
恋は盲目とはよく言ったものだ。ミナトについて白熱して語る男は勝手に意気消沈してうなだれる。
最終的にラルフが判断をするものの、ヴァトレーネの実務をになう俺へ相談に来るのは当たりまえ、そもそも隠しごとをする理由はラルフの過保護に起因している。
先日も戦いの経験などないミナトは剣術の訓練を申しでた。水門事件もうすうす感づき、守られっぱなしの状態を良しとしない彼の気持ちは理解できる。
「先に隠しごとをしたのはラルフ様では? そのあたりは2人で話し合ってください」
「ぐぬぬ、私を見捨てるつもりかツァルニ。相談に乗ってくれなかったことを石板へ記して後世へ残してやるからな! 」
「石板を日記代わりに使うのやめて貰えませんかね? そんなことしてるヒマがあったら、溜まってる書類をチェックしてください」
ラルフならやりかねない。慣れた日常会話を聞き流しながら、俺は机のうえに積まれた仕事を片付ける。ラルフはミナトの名が書かれた書類を見つけ、目を皿のようにして見はじめた。
微妙に開いたドアからのぞくシヴィルと目が合った。
31
あなたにおすすめの小説
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
恋人ごっこはおしまい
秋臣
BL
「男同士で観たらヤっちゃうらしいよ」
そう言って大学の友達・曽川から渡されたDVD。
そんなことあるわけないと、俺と京佐は鼻で笑ってバカにしていたが、どうしてこうなった……俺は京佐を抱いていた。
それどころか嵌って抜け出せなくなった俺はどんどん拗らせいく。
ある日、そんな俺に京佐は予想外の提案をしてきた。
友達か、それ以上か、もしくは破綻か。二人が出した答えは……
悩み多き大学生同士の拗らせBL。
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる