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兵長の憂鬱
エピローグ 中間管理職の板ばさみ
しおりを挟む「……っ、シヴィル噛むなっ」
噛もうとするのを制止し、ベッドサイドの犬用おもちゃを口へ突っこんだ。
「むぐぅ。だってラルフとも仲直りしてたし、隊長とも仲いい……僕の痕つけとかないと盗られちゃう」
犬の骨を模したおもちゃを咥えたままシヴィルがしゃべっている。
懇願されてしかたなく俺は太ももを上げた。太ももの内側へひとつ痕をのこすくらいどうという事もないだろう、嬉々とした舌が腿のやわらかい部分をたどり付け根へ痛みがはしる。他人にさらされない場所へ淫蕩の烙印をおされる。
牙を剥きだしてる時とは正反対、なさけない顔で泣きべそをかいてる。実害はなさそうに見えても、しっかり痕をつけられるのだから抜け目がない。
俺は彼の記憶が残っていないことを念頭に行為を受けいれていた。しかし大部分は記憶のないふりだったと発覚して羞恥で殺意がわいたのは言うまでもない。いまも恥ずかしい体勢で彼と向きあい、その甲斐あって噛みグセは激減した。
「そりゃあラルフにくらべたら年下でたよりないし、本気で抵抗されたらツァルニのほうが強いのもわかってる。でもさ~、もうちょっと僕に寄りかかってくれてもいいんじゃないの? こうナヨナヨ~ってさぁ」
気づいてないのは幸いだ。敵将と対峙したとき、水門の事件でもタガの外れた彼は底知れない。枷がなければその力はどこへ向かうのだろう。
心配をよそにシヴィルは俺のうえで丸まり、口を尖らせながらブツブツつぶやく。お気に入りの場所を見つけた猫のようだ。狼の皮をかぶった猫、それとも猫の皮をかぶった狼と言うべきか。
あきれてシヴィルの顔をはさみ、啄ばむキスで慰めてやった。とたんに覆いかぶさられて唇を奪ったつもりが奪われる。生温かい舌に口内を侵され、頭のなかのうるさい思考は徐々に消える。
「スゲー色っぽい、ツァルニ。そろそろ僕に惚れたでしょ? 」
「……少しは黙ってろ」
いたずらに囁くシヴィルの頭を引きよせて口をふさいだ。熱い肌がかさなり奥へ埋まった雄に激しくかき回される。快楽のぶどう酒におぼれ、正体不明になるまで酔い痴れた俺はシヴィルに抱かれる。
「まさか痕をつけた相手がシヴィルだったとはね。……単刀直入に聞きますぜ、兵長が尻を……ですかい? 」
「くだらん口を動かしてるヒマがあったら、新兵の稽古をつけてこい」
休暇を終えたイリアスが帰還して放ったひと言がこれだ。バカげた冗談に俺は動じない、嘆息して睨みつけた。
港町へもどると思っていた彼がヴァトレーネの任を継続しておどろいた。俺に帰還命令が出たように貴族の事件は解決して小さな町へとどまる理由もない。イリアスならどこへ行っても活躍するだろう、父の間者という憶測もぬぐえない。彼の出身地は戦って死ぬことに誉れをいだく強兵の国だった。そのなかでも弱く卑怯と謗られる部類だと白ばくれる狡猾な狼。
「こうみえても俺は義理堅くてねぇ。若いのが暴走しないため見守るヤツも必要でしょう? 」
あくまで個人の興味だと述べた。シヴィルとの関係を脅されてるわけでもなく、ひょうひょうと胡散臭い男の真意は濃い霧につつまれてる。
「誰かの命でシヴィルを監視するなら必要ない。俺が見てる」
俺はイリアスに鎌をかけた。シヴィルの忠誠が帝国にないことは明白で警戒しているのかもしれない。動揺のカケラも見せないオリーブ色の瞳と互いに視線を交える。不敵な笑みを浮かべる男の手が頬へふれた。
「まったく悪い虫が寄ってこないよう見守ってたのにシヴィルとはねぇ……はぁぁ」
「えっ?」
息をのんだ瞬間、ドアがノックされる。
「失礼します! ツァルニ兵長、山の斜面へ設置する蜂箱のことですが……おやぁ? イリアス隊長、部下が探してましたよ? 」
「げっ、ブルド隊長!? いつからそこに? 」
ブルド隊長はニコニコとほほえみ、イリアスはカエルの断末魔みたいな声を出した。得手不得手の相互関係があるなら、間違いなくブルド>>イリアスだ。
デリケートな状況を見られたにもかかわらず、笑顔をくずさないブルドに畏怖を感じる。俺より背の高いイリアスは太い腕に引きずられて退室した。
安堵の息をつけば、今度はラルフが書斎へ飛びこんできた。彼がこんな風にさがす人間は1人しかいない、ヒマさえあれば突撃してきて公務に差し支えるためミナトは行き先を告げない。
すぐ捜索の旅にでると思われたラルフはソファへ腰をおろした。なにか聞きたそうにソワソワとこちらをうかがってる。
「ミナトが隠しごとをしてる……知らないかツァルニ? 企画や計画だってお前に相談しに来てる……なぜだっ、なぜお前にばかり相談するんだ! 私がいるのに!! 」
恋は盲目とはよく言ったものだ。ミナトについて白熱して語る男は勝手に意気消沈してうなだれる。
最終的にラルフが判断をするものの、ヴァトレーネの実務をになう俺へ相談に来るのは当たりまえ、そもそも隠しごとをする理由はラルフの過保護に起因している。
先日も戦いの経験などないミナトは剣術の訓練を申しでた。水門事件もうすうす感づき、守られっぱなしの状態を良しとしない彼の気持ちは理解できる。
「先に隠しごとをしたのはラルフ様では? そのあたりは2人で話し合ってください」
「ぐぬぬ、私を見捨てるつもりかツァルニ。相談に乗ってくれなかったことを石板へ記して後世へ残してやるからな! 」
「石板を日記代わりに使うのやめて貰えませんかね? そんなことしてるヒマがあったら、溜まってる書類をチェックしてください」
ラルフならやりかねない。慣れた日常会話を聞き流しながら、俺は机のうえに積まれた仕事を片付ける。ラルフはミナトの名が書かれた書類を見つけ、目を皿のようにして見はじめた。
微妙に開いたドアからのぞくシヴィルと目が合った。
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