月読-つくよみ-

風見鶏ーKazamidoriー

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第六章

再生

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「身体を見てもいいか? 」

 御山の散歩からもどった日の晩、九郎がいた。

 酷い状態は奈落ならくで見られたが、改めて聞かれても素直に返事は出てこない。黒い双眸そうぼうがまっすぐ見つめてきて、仕方なく浴衣の襟元えりもとをゆるめる。衣擦きぬずれの音がして、浴衣を脱いだ月読は上半身をさらした。

 以前より幾分いくぶんマシにはなった。左脇腹の時とは違い、傷口に馴染なじみきっていないうろこあとがたくさん残っている。九郎の手は触手にまれて食い千切られた首の痕をたどる。腕から肩、背中から腰をあたたかいてのひらが撫でさする。

 手のひらは月読のももにも触れた。

 腿や膝から下は鱗痕に埋め尽くされている。足の肉はがれ骨が見え、マガツヒのしかばねの上で立ちつくくしたことを思い出す。無くなった部分を龍神にされめられた身体、月読はたまれなくなって目をふせる。

「…………もういいだろう? 」

 力も無くぎだらけの襤褸ぼろの身体、皆の知っている『月読』という存在からは遠く離れてしまった。

 病院での悪夢を思い出し、月読は独白するように口をひらく。悪夢で酷いことをされた時は当り前だと思った。隼英はやひでがいなくなった後、月読となって1人で立つはずだった。しかし繋がれた手があまりに温かく、思いには気づいていたのに応えることも離すことも出来なくて全てを引きったまま続けた。
九郎が御山を出た時はいい機会だと思った。けれども引き離したはずの男は戻ってきて元のさやへ納まった。心の空虚くうきょを九郎で埋めた。本当は隼英を忘れる事など出来ない、忘れたと嘘で塗りかため九郎の人生を奪っている。

「九郎……もういい、十分だよ……」

 充分じゅうぶんたされて役目も終えた。これから九郎は自分の人生を生きて行けばいい、そこに燃え滓のような男は必要ない。最後の言葉を出そうと口を開いた時、黙って聞いていた男は月読の口をふさいだ。

 長い指は目元をぬぐう、知らない内に生温なまあたたかい涙が頬を伝っていた。

 彼の温かい手は足の先を優しくさすり、目に見えない身体の痛みが少しずつ引いていく。足先から戻ってきた手は月読の腰へとまわり、はだけた浴衣ごと引き寄せられた。

「また独りで泣いてるのか」 

 まぶたへキスをされて低い声がささやく。別れの言葉は音にならず、喉の奥で溶けてなくなり月読は目を閉じて身をまかせた。2人だけの穏やかな静けさが訪れる。



「腰も細くなった、軽くて運ぶのには丁度ちょうどいい」
「そこまでせてないぞ。ちゃんと食べてるし、そのうち重たくなるからな」

 簡単に抱き上げられ、膝の上へ乗せられた。いつもの調子で月読が物申ものもうせば、九郎が軽く口元へキスする。ついばみ合った口づけは深くまじわり、熱に浮かされ恍惚こうこつとキスを受け入れる。
口づけをわしながら九郎の背中へ腕をまわした。Tシャツごしに肩甲骨けんこうこつの後ろをたどり、盛りあがった背中の筋肉へ手を這わせる。

 仰向けに横たえられて背中へ柔らかなクッションが当たった。唇が離れて、しばらく見つめあう。

あきら、俺は決して独りにはしない」

 炎をはらんだ黒い双眸から月読の瞳へ熱が伝わる。冷えた身体は熱を欲していた。

「……夢を見るんだ。帰って来たこともお前も幻覚で、まだ奈落の底にいるんじゃないかって……お願いだ全部消してくれ、九郎が欲しい」

 月読は弱さを吐露とろして求めた。九郎の腕に力がこめられ、火傷やけどしそうなほど熱を持った手のひらが腰へ触れてゆっくりと重なる。絡み合った2つの肉体は燃えて溶けてさかいが無くなった。激しい熱情とうずきの中、つながった身体は生命の息吹を感じた。



 朝ぼらけの空に月が浮かんでいる。網戸あみどから涼しい風が入り、部屋に溜まった暖かい空気を追い出す。うつぶせの体勢から起きあがろうとした月読は重怠おもだるさにうめく。

 うんうん唸っていると九郎が寝室の扉を開けた。

「起きたか」

 寝ている間に綺麗にかれ、寝間着ねまきもきちんと着せられていた。久しぶりの気恥ずかしさからまごついていると、愛おしむように頭へちゅうとキスされた。デカくてぎだらけの男に可愛げの要素など一切ないはず、九郎のいつくしむ感覚はどこかおかしいと月読はいつも思う。

「なにか食べるか? 」

 グゥと腹が返事をする。気怠けだるい体は腹が減ったと主張していた。





***************

 喪服もふくを着た月読は、九郎をともないとある所を訪れた。死者の眠る場所は静穏せいおんに時を止めている。墓石の前でとむらい立ち上がれば雨がパラパラと降り、うしろにいた九郎が傘をさした。

 先程まで訪れていた家の者達は、月読の訪問とその姿に大層たいそう驚いていた。家族はからすだった者達の生きざまほこりに思っていた。ののしりを受けることも覚悟していたけれど、家族達は高潔こうけつな精神の持ち主だった。

「いつまでも、これは慣れないな……」

 月読はひっそりと建つ供養塔くようとうまで歩く。雨は本格的に降りだし、悲しみをぬぐい去り足元へ小さな川を作った。去った者達をしのんでしばしたたずむ、九郎は無言のまま月読が濡れないように傘を傾けていた。



 月読の屋敷には千隼ちはや陽太ようたが出入りして、夕方仕事を終えた九郎が帰ってくる。

 最近、九郎は昼でも帰ってくるようになった。仕事はどうしているのかと訊けば、鋭い目つきを流しそばにいるのも仕事だなどと主張する。

「九郎さん、また月読さまとイチャイチャしてるっ」

「俺の特権だ」

 隣に座っているだけなのに酷い言われようだ。悪賢わるがしこい烏は、千隼の不平に対しふんぞり返っている。

 お盆を持ってきた陽太が座卓ざたくへ飲み物と菓子をならべた。おいの陽太は働き者だ。慎重で千隼とは性格が正反対、歳も近いのでよく絡まれている。月読が見ていたら、涙目になった陽太がこちらへ視線を向けるので助ける羽目になる。

 いつの間にか屋敷はとてもにぎやかな空間になっていた。
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