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第七章
添い寝
しおりを挟む「月読様」
朝食後、湯谷が気配もなくひっそりと声をかけてきた。案内されて奥の居室へいくと鬼平が待っていた。
「わしの孫ながら、かなりの食わせものじゃ」
当初は2人だけで面会する予定だったが千隼に知られてしまい、あのような状況になったと鬼平は詫びた。
隼英の角については、とんでもない物を持ち出してきたと嘆息する。新しい命で作られた神宝は力に満ちあふれ、御山の力関係をくつがえすことも出来る代物。
「まさか隼英が高龗を招致しただけではなく、そのようなものまで残しておったとはのぅ……」
額へシワをよせた爺さまは、丸い痣をポリポリと掻いた。
千隼には受け取れないと返された角、本当に良かったのかと月読は鬼平へ問う。隼英の角を出したとたん、力の存在に目をギラつかせる者や悲哀をむける者、ゆれ動くさまざまな鬼達の想念を感じた。
「隼英がおぬしのために遺した物、持っておくといい。あやつはどうしようもない無頼漢だったが皆からは慕われておった。おぬしは角を提示して隼英のために涙をながした。一途な想いは、あの場にいた者達の心をうごかし納得させたのじゃよ」
鬼ほど欲と情けに満ちたものはいないと爺さまは言う、角を返した千隼の行動に文句をつける者は誰もいなかった。
千隼がどこまで計画的なのか、測り知ることは困難らしい、されどだいたい彼の思いどおりに進んでいるのではないかと鬼平は所見を述べた。鬼平の計略に嵌められたと思っていた月読は気抜けする。
「それにしても、お主がなにゆえ9人目の白に似た力を持っていたのか合点がいった」
額のあざを撫でていた爺さまは、月読の脇腹を見遣った。砕波を打ちたおした時に発現した火焔の気魄は角の力。
月読は隼英の記憶で垣間みた鬼平の姿を思いだし、額のアザへ視線をむける。
「貴方は、御山のことをどこまで知っておられるのですか? 」
鬼平はなにも知らぬ只の爺だと言って笑った。窓ぎわで寝ていた猫も顔をあげニャウと返事する。
「そうじゃな……わしも最近、惚けてきてのう。むかし話をちょっとだけ話そうか」
何百年も遠いむかし、海岸でひろわれた男子がいた。『取りかえられ子』と呼ばれる2本角のはえた少年はひろわれた家へ仕えた。角のはえた少年は立派に育って青年となった。
託宣があり、その家に力をもった赤子が生まれて選ばれた青年は異例な【引き留め人】となる。
役目を果たした御子は病をわずらい、家の1室で窓をながめながらひっそりと短い生涯を終えた。見守ることしかできなかった青年は見届けたあと海岸の洞窟から鬼の世界へかえったと云われている。
一説には2本角の青年は御山へもどり、鬼の当主になったとも伝えられる。
「それは……貴方のことなのですか? 」
「ふぉふぉ、老いた爺のお伽話じゃよ。まあ儂が話さなくとも書物を読みあさっている孫の口から面白い話は聞けるかもしれんよ」
真相は深海よりも深い闇のなか、意味深なむかし話を聞かされてから月読は邸宅をでた。
「月読様! 御無事で! はああ、本当によかった!! 」
邸宅の門をでると加茂が小走ってきた。昨日は気になりすぎて眠れなかったと話す叔父の目にはクマがある。鬼の邸宅が不穏な空気だったため心配していた様だ。
「そこまで心配しなくても、大丈夫だよ」
月読は苦笑した。
今朝は陽太の姿がなく、叔父へたずねる。
「あれから落ちこんでますよ。なにも世話役までなくすことはないのでは? 」
月読家を訪問した際、九郎を引き取った後の方針として世話役をふくめ皆に屋敷の出入りを禁じた。今は落ちついてるけど憑いた欠片は未知の存在、危険がおよぶ可能性もある。少なくとも対策が確立されるまで、九郎を引き取った屋敷へ人を出入りさせるわけにはいかない。
それを聞いた加茂は残念そうな表情になった。
「叔父さん、まえに西会館の改築計画書を作ってましたよね。あれどうなりました? 」
露天風呂のことを思いだし月読は話題を切りかえた。加茂は頬をかき、予算の問題で中止になったと苦笑いする。
「予算編成と資金の調達について再考してみます。資料をメールで送ってください、あと私宛の溜まっている物も添付でおねがいします」
鬼の邸宅では緊張もあったがリラックスして今後をかんがえる余裕もできた。西会館は他家も使用するので資金調達が出来るかもしれない、日ごろ世話になっている温泉好きな叔父のねがいを叶えたかった。
玄関先で丙が待っていた。烏の屋敷で用事をすませ、こちらへ寄ったそうだ。
丙は客間へはいかず居間へどっかり腰をおろす。忘れかけているかもしれないが、この家には来訪者のための客間があり居間は生活スペースだ。これ見よがしに月読は大きな溜息を吐くけど、訪問した男はさも当り前のように座っている。ひとくせもふたくせもある猿の当主の動向を見守りながら加茂が茶をならべた。
「のこってんのは長老会の合議だけだな、朝からどこ行ってたんだよ? 」
予定が変更になり、鬼の邸宅へ宿泊したことをつたえる。丙の目は丸くなり、モモリンも身を乗りだして昨日のできごとを訊いてくる。
大勢での話し合いのあと悪代官のような千隼にせまられ、露天風呂へはいり布団をならべて寝た。月読は淡々と説明する。
「はあ!? あの鬼っ子、そんなこと考えてやがったのか!! 」
「なぁんですってぇ! 家の当主になんて不埒な!? 」
丙は飲んでいた茶を吹きだし、叔父はムンクの叫びじみた形相になった。
ちょっと端的に話しすぎ、誤解をまねいたらしい。ピンクのひらひら枕がと、くわしく説明しようとしたらますます勘違いされ、何もなかったと理解してもらうのに時間を要した。
まだ騒ぎのおさまらないモモリンを帰らせて月読は息をつく。
「まったく鬼どもに囲まれて話し合いなんざ、危険極まりねえ」
つぎからそのような状況になったら連絡しろと丙は唸る。しかし丙が来たことを想像し、月読のおでこにシワがよった。
「んで、聞きたいんだろ? 九郎のようす」
御山へ帰って数日たつのに会えたのは1度きり、傀儡を警戒され月読と九郎は意図的に離されていた。座敷牢を警備する猿たちを見まわるついでに丙が様子を伝えてくれる。
「ありがとう、丙には世話になった。先に見つけてくれて感謝している」
「よせよ、礼なんて言うんじゃねえよ」
月読はあらためて礼を述べる。庭を見るふりをした漢は背中をむけた。
後の展望について丙に尋ねられる。長老会のメンバーから御山の龍神の判断をききたいと意見があった。話し合いは順調にすすんでいる。大きな変化がないかぎり月読の希望に沿うだろう。
丙は冷蔵庫から缶ビールをだしてきた。
「おいおい、アンタともいちおう会談なんだぞ、いくらなんでも酒は無いだろ……」
どこぞの当主同士の飲み会を思いだし月読はあきれた。予定通りならいまの時間は【猿】との談合だったが、丙はすべて解決してから里へ来いとのたまう。
「何日もガチガチに気を張ってたら、良い話し合いなんてできねぇ。こういうのが丁度いいこともあるんだぜ」
グラスに注がれたビールを手渡された。
ほどよく泡がたち、冷えて結露する。嘆息した月読は台所へいき、冷凍していた枝豆をむし焼きと昆布和えにして持ってきた。
猿の里や山神はかわらず平穏な生活を送っている。
「女房どもが心配してる、落ちついたら家に顔だせよ」
ふっと柔らかさを感じ、張りつめていた緊張がゆるむ。
「そういえば、まえに九郎のことを尋ねてきたな。どうしてだ? 」
「あれなぁ……烏が帰ってから、山神が俺んところに来たんだよ」
――――『何だアイツ? 鬼でもねえ、妖とも違う。ドス黒いのがドロッと湧きだして気持ち悪ぃ』
渓谷での妖退治のあと山神がつぶやいた。山神は九郎を警戒していた。けれども敵意をあらわすことは無かったという。
月読は滝で懸命に伝えようとしていた【チ】たちを思い出した。
「丙たちは九郎が怖くないのか? 」
月読はビールの表面に浮きあがる泡をながめた。外がわの水滴が落ちて、テーブルへ丸くグラスの跡を描く。
猿たちは魔物や妖の類でも人間や獣などと等しく、この世界に属するものとして認識する。単純でこちらへ害をなすか、なさないかで判断していた。よけいなものは狩らず、脅かされれば縄張りを守るために戦う。
「アイツが害をなしたわけじゃあねぇしな。だけどよ、おめぇに手をかけてたら間違いなく殺ってた」
九郎が月読へ手をかける時、それは紛れもなく自制が失われマガツヒとなった証拠だからだ。彼も討伐してきたマガツヒ同様に滅されるのだろうかと、月読は消えゆく泡をみつめた。
「それより鬼っ子の方は、本当に大丈夫だったんだな? 」
九郎より、鬼の邸宅に宿泊したことの方が気になるようだ。隼英のもっていた邪な気は一切かんじないけれど、なにを考えているのか分からないと丙は唸る。普通に走ってると思ったら、いきなり斜め上へポーンと飛んでいってしまう、千隼はそういう思考の持ち主らしい。
「天才肌ってやつかもな。とにかく、なに考えてるか分からねえ」
丙の言いぶんは理解できる。
批評に興味がわき、丙から見た隼英はどんな男だったのかたずねた。
「隼英ぇ? 傲慢でいつも煽ってきやがったな……あいつ意地汚くて、賭けごとは基本イカサマだったぜ」
丙の額に青筋が浮きでた。聞いてはいけなかったと、月読はそれ以上の追及をやめた。
「もうこんな時間か、添い寝してやれねえがしっかり寝ろよ」
大きな手のひらが頭をなで、恥ずかしげもなく宣った大男は猿の里へと帰った。
けっして帰りぎわの言葉が響いたわけではない。
風呂からあがり、首にタオルをかけたまま居間を通りぬけた。電気の灯っていない部屋へいき収納をあけると、中には入れっぱなしの九郎のシャツがあった。月読はTシャツを引きずり出し寝室へと持っていく。
逃亡している間いつもいっしょに居たので物足りなくなっただけ、そう言い聞かせシャツを枕元へ放って部屋の明かりを消した。九郎の匂いはせず、やさしい洗剤の残り香が鼻腔をくすぐる。
月読はTシャツへ顔をうずめ眠りについた。
―――――――――――――――
読んで頂きありがとうございます。
よもや月読がTシャツになついてるとは思ってもいない九郎は座敷牢の中。
次回から八章へ入ります。
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