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第九章
霊山
しおりを挟む「しゅぎょ~ぉ? 」
恐ろしく知性の下がった発音で言葉を発したのは月読、気怠げに消える言葉尻にも億劫そうな色合いが混ざる。
「そうだ。毎年この時期に集まって修行をおこなっている」
「さんしょ~の利いたぎょーじゃ餅なら、だいかんげいなのにぃ」
聞き取りにくい言語を発する月読を気にすることなく、九郎は話を進める。出張で遠方へ赴くついでに知り合いの行事へ参加するようだ。その場所には羽州の黒い山、月の山、湯の湧く山の3つの霊山があり古い修験道が残っている。
そこまでは良いのだけれど、今年は月読を連れて行くという。
「あ~中学の時、いっしょに行った寺かぁ。そもそも許可は降りるのか? 」
眠たそうな目をこすった月読は、頬杖をついて話を聞く。
計画の発案者は月読の誘拐事件を起こした張本人、果たして了承されるのだろうか、しかし一進より任命された他の烏を同行させる事で認可されていた。
「仮にも私は御山の至宝と呼ばれた男だぞぉ。ちょっと危機管理がゆるいんじゃあないか~? 腹黒親子でどんな根回ししたんだよ」
ゆるんでいるのは月読の顔だ。麦茶の表面張力へ口をよせて、チュウチュウと吸っている。
霊山には烏が古来より交流している道場があり、月読になる前に何度か訪れたことがあった。九郎に至っては学生時代もふくめ、よく世話になっている。たしか力の強い大天狗が居て、領地に入ってしまえば滞在中は安全だろう。
返事を待つ男のするどい視線が刺さる。
「う~ん、まあ、九郎が行きたいのならいいよ」
わざわざ他所へ行って修行など気乗りはしないが、返事をすると九郎はさっそく日程調整をおこなった。
ほどなくして旅程のペーパーが渡された。移動をふくめ、行事の参加や道場での修行など1週間の日程で計画が立てられた。最初は気乗りしなかった月読も、ちょっとした旅行のようで心躍る。
出発日も近づき九郎が荷造りしている。出張に慣れているだけあって手早い。
「明、用意は済んだのか? 」
「そんなに持って行く物あったっけ? 」
月読はズルズルと収納部屋まで引きずられ、九郎の旅程ペーパーを見せられながら用意をした。
当日、月読は集合場所へ向かう。いつもなら小ざっぱりしたジャケットとスーツケースだが目的地が山奥、ゆったりしたブルゾンを着て大きなザックを背負う。ポケットへ手を突っこんだ九郎が駐車場で待っていた。こちらは黒のTシャツにアーミーパンツという普段のスタイルだ。
「ねむそうだな? 」
「はぁ、最後まで千隼が付いて来ようとするのを説得しててな……。昨日の夜、鬼のように着信があって大変だったんだよ」
旅行のようだが修験の修行だ。天狗の多い山へ【鬼】の血を引く者を連れて行ったら、騒動は必須だろうと月読はこめかみを押さえる。
「俺が運転する。車で寝ておけ」
ふっと笑った九郎は月読の荷物を受けとって車へ積んだ。
「おはようごさいます、月読様」
誰が同行するのか直前まで知らされていなかった。待ってるとグレーのSUⅤ車が停まり、3人が降りてきた。大伴に金村、烏の八家から西之本が派遣されていた。
「おはよう、お前たちが一緒にくるのか! それに西之本さん!? お久しぶりです」
西之本は都の父、全国を飛び回っていることが多く滅多に顔を合わせない。ノーネクタイのスーツを着こなしたダンディーな壮年の男は顔を綻ばせ、握手を交わした。
マットブラックとグレーの大型SUV車が前後にならび壮観だ。前の車にへ九郎と月読、後ろの車に3人がそれぞれ乗りこみ出発した。
『ポーン、およそ300メートル先――――』
ナビが道路の案内を頻繁にするため、音声を消した九郎は心地のいい音楽をかける。
「こっちは私とお前だけで良かったのか? でもどうして西之本さんなんだ? 」
月読の問いにハンドルを握った男はフロントガラスを見ながら答える。
西之本ならば古い烏八家の派閥からも信用があり、月読の事情も理解している。同じく八家の白猪も有能だが三宅を通しての繋がりで反発が予想され、同行者からは除外された。
「あとは俺が地道に信用を回復していくしかない」
「烏もいろいろと大変だなぁ……」
「これでも、明が方々を説得してくれた御蔭でずいぶん軽減された」
嘆息して背のびをした月読は、助手席のシートを倒して寝転がる。小高い山にそって続く高速道路が車窓へ映った。
「起きてて欲しい? 」
「眠いなら寝てろ、サービスエリアに着いたら起こす」
月読が目を閉じると、すぐ眠気がやってきた。
「――ら――明」
肩を揺さぶられて辺りを見回したら、車は駐車場へ停まっていた。気持ちよく寝ていたみたいでスッキリした目覚めだった。
「もう着いたのか? 」
「そろそろ昼だ、ここで食べる」
欠伸をしながら車を降りると、海の匂いのする風に幟がはためき食事処や土産物屋がならぶ。レストランの食品サンプルを金村といっしょに凝視していたら九郎に急かされる。大伴と西之本は先に店へ入っていた。
建物から出ると青空の日ざしは眩しく、海辺の波が遠くきらめいた。向こうから歩いてきた金村が、サクサクしたフライと玉ねぎのスライスをバゲットへはさんだ物を持っている。
「金村、それは何だ!? 」
「サバサンド」
興味を持った月読が尋ねると、意外にすぐ答えが返ってきた。九郎と同じく無愛想なはずの金村は、獲得したローカル食片手にドヤ顔をする。
鯛茶漬け御膳を食べた月読は腹いっぱいで、大きめのサバサンドは腹へぜんぶ入らなさそうだ。どうしようかと躊躇っていたら、いつの間にか姿を消した九郎がサバサンドを手にして建物から出てきた。
サバサンドは1口分に千切られ、目の前へ差しだされる。
「味見するか? 」
タイミングのいいサバサンドを受け取った。揚げたてのサバにレモンと塩胡椒が効いている。
「餌付けっすね」
「あ~あ、相変わらず甘やかしちゃって」
「君たちは小さい頃から変わらないなぁ」
月読がサバサンドを味わっていたら、言いたい放題の烏たちに囲まれた。腹ごなしに九郎と交代して車のハンドルを握る。海沿いの高速道路を走り、山道をぬければ目的地へ近づく。
青田の広がる平野を走れば、大きな朱色の鳥居を越えた。九郎の指示にしたがい奥の駐車場へ停車する。後ろのハッチを開けて荷物を取り出し、一進から託された手土産を降ろす。
ガタイのいい男達が集まったら目立つようで、通りかかった登山客がチラチラ見てくる。月読が満面の笑みで会釈をしたら、はにかんだ女性達は会釈を返し、乙女な仕草のおじさまも手をふっていた。
「ムダに愛想をふりまくな」
背後から声がしてふり向くと、無愛想なツラに見下ろされた。
赤い山門は結界になっていて悪霊をはじくと云われる。寺が密集しているためか周囲にも悪いものはうろついてない、赤い山門を通りすぎ脇道へ入る。山の境界にある細い石畳をしばらく歩き、注連縄を張った柱を抜ける。
【奥ノ坊】と柱に書かれている。注連縄を飾った玄関が開き、還暦を過ぎたあたりの男性が出迎えた。
「奥山さん、お久しぶりです。今年もお世話になります」
九郎が挨拶して皆で礼をする。人当たりの良さそうな顔に、体幹が鍛えられて安定した立ち方は一進に似た印象を受ける。
「お客さん? 」
「んだ。応毅、こっち来て挨拶しなさい」
廊下の奥からツンツン髪の少年が顔をだした。年は中学生くらい、赤褐色で目立つ髪色だ。九郎と面識がある様子で嬉しそうに走り寄ってくる。
「改めまして私は奥山法印と申します。この寺の住職で、裏の道場を管理しています。この子は孫の応毅です」
「よろしくお願いしますっ」
尖った見た目の少年なのに猫を被ったような礼儀正しい挨拶だった。九郎に懐くあたり金村と同種で違う匂いのする少年、月読は後ろから金村と応毅を見比べる。
「して、九郎殿。……月読殿はどちらに? 」
法印はスススと九郎へ近寄って小声で話した。初対面では無いものの、月読がここを訪れたのは中学生以来で何年も経っていた。
九郎が視線を向けると、法印もこちらを見る。
「こ……まさか……こんなに大きくなって……」
目を丸くした法印はこちらをまじまじと見上げて呟く。かわいい猫だと思っていたら、でかい虎になったくらいの驚きようだ。以前、湯谷にも言われたが中学生の頃に比べたら大きくなった。眉頭を上げた月読は苦笑しつつ挨拶した。
応毅が宿坊を案内する。古い建物だが清掃はいき届いて綺麗に整頓されている。
「部屋は私たちだけか? 」
「人が少ない季節だから、融通がきく」
住みこみや修行に来た者も出入りしているが、観光シーズンには早く個室を広々と使える。すぐ隣は金村と大伴の2人部屋で西之本は別室だ。金村たちの部屋をのぞいて戻った月読は、ザックから必要な物を取りだす。不意に背中へ重みを感じ、耳元で声がした。
「ちなみにここへいる間は禁欲生活だ」
「あたり前だ! お前が言うなっ」
耳朶がこそばゆくなって、あわてて烏を追い払った。
―――――――――――――――
お読みいただきありがとう御座います。
もろもろの用語集です。
※羽州…出羽の国の異称。
※天狗…一般には赤い顔で鼻が高く、山伏姿で羽団扇と翼を持っている妖怪。
※大天狗…おおてんぐとも。強力な力を持つ、位の高い大きい天狗。
※注連縄…標縄。占縄。もともと空間を区画するために張る縄、他人や悪霊の侵入を防ぐための縄。
※宿坊…寺の宿舎、宿院。
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