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季節閑話 初夏「猫のはなし」
帰還、昼の月、そしてリビングデッド
しおりを挟む涼しげに浮かぶ空の月が消えかける早朝、道場へ明かりが灯る。すでに道着姿の応毅が元気よく扉をひらき、棚のお供えものを新しく交換する。お盆を脇へおいた少年は待ちかまえていた明と修練をおこなう。
片づけを終えたころ、年寄りたちが瞑想しにおとずれる。応毅と明も風呂場で水垢離をしてから座禅へ加わり、しばし黙想にふける。
今日は九郎や道場の門下生たちが斗そう行から帰還する。白衣へ着替えた2人は護摩用の木材を整地された場所へはこび、山駈けする法印たちと一旦別れた。
三郎太も山へ誘ってみたが「手伝い? ろうどう? 猫といふ生きものは自由にゃ」と格言を残し、縁側へのんべんだらりと寝そべった。
昇ったばかりの陽が射し、淡い青空が見える。応毅が大あくびをする横で背中の荷を解いた明は森へ呼びかけた。
「ああ困った、小さい少年と非力な私だけでは日が暮れてしまう。立派な天狗に教えを請いながら、行を終えた者を迎える準備をしたいものだ」
声は山々へコダマして森へ消えた。応毅が注意ぶかく見まわすと、遠くの木々の間に大きい天狗面が浮かんでいた。
「壁に耳あり障子に目あり! 武蔵坊、見参じゃ!! わっしに任せれば1日でお堂も建つのじゃ!! 」
おそらくずっと覗いていたであろう武蔵坊が姿を現わす。明は白々しくおどろき、護摩と火渡りの準備を手伝ってほしいと申しでた。
口車に乗せられた武蔵坊は木杭を手に取り柵を打ちつけていく。重い薪が並べられ、あっという間に護摩焚きの壇がつくられた。足りないヒバの枝葉は武蔵坊がひとっ飛びして周辺の山から集めてきた。午前いっぱいかかると思われた作業はまたたく間に終了した。
「さすが武蔵坊殿、あとで美味い酒を奉納いたします」
「わーっはっはっ、もっと称えるがよい……む!? もしかして上手く使われたかのぅ!? まあ酒が飲めるなら良いのじゃ! 」
煽てにのって笑った武蔵坊はふと動きを止め、ふたたび大笑いする。傍で応毅が唖然としていたら明と目が合い、天狗のうまい転がし方を教えられたようでもあった。礼を言えば天狗は照れて鼻を掻いた。
余った時間は応毅の案内で裏山をめぐる。整備された石段をのんびりと歩き、山頂のお堂を拝して戻れば、山駈けに行かなかった者や近隣の人々が広場へ集まっていた。武蔵坊いがいの天狗も木の上へ姿をあらわし広場を見てる。
山駈けから戻った法印は護摩壇が完成していることに驚嘆した。応毅が視線を移すと明はわざとらしく目を逸らし、武蔵坊も木陰へかくれて長い鼻だけ出ていた。
集まった人々へ挨拶した法印が読経するうち、霊山を踏破した者たちも護摩焚きへ加わった。壇へ火がともり、参拝者から受け取った木の棒をくべ炎があがる。
炭になった木を平らにひろげて火渡り用の道をつくる。まだ火の残る道を修験者たちが次々と通りぬけ、火が消えたころ周囲で見ていた人々も裸足で渡った。
火の番をしつつ見守っていたら、火渡りした黒い山伏がこちらへ近づいて来る。
「さあ、明も裸足になるんだ! 」
「え? 火が残ってるし、私はここで見守りを……」
「俺も火渡りしたい。行こう、明さん! 」
九郎から発せられる謎の高揚感、気圧された明は逃げ口上を言う間もなく引き摺られる。応毅も火の番を祖父へまかせ駆け出した。のろのろ歩く明と火渡りの列へならぶと炭の熱気が肌をなでる。
「炭があんなに赤い。まだ燃えて……あっ、押すな九郎、まだ心の準備がっ!? 」
入り口で躊躇っていた明は、背後の九郎に追い立てられた。裸足になった応毅も熱い炭のうえを小走りする。列の最後だった少年がわたり終えると、法螺貝が吹き鳴らされ、山伏たちの波に浚われて下山した。
すっかり消沈した明は、宿坊の縁側へ三郎太といっしょに寝そべった。その姿たるやまさに昼行燈、昼の月である。
「ちょっと熱いだけなのに、なさけないなぁ」
「私の繊細な足は、火を渡るなどという苦行には向いてない。そもそも人体は火の耐性があるわけじゃ……」
やんごとなき足の裏を風にあて、水分のぬけた青菜のごとく萎びている。
つたない足音が聞こえ、同じくらい頬のこけた宮田が現れた。久しぶりの再会、嬉しくなった少年が声をかければ、動く死体のごとき動作でこちらへ歩いてきた。
「帰るとちゅう、足が攣って九郎さんに背負われた……筋肉痛でもう……ダメ」
宮田は空いた隙間を見つけて倒れ込む。縁側に明と子猫、宮田の屍が転がった。
「屍が増えたな」
風呂あがりの九郎が縁側へ腰をおろした。3つの霊山を駆けて苦行をおこない、宮田を背負って帰った男は何ともない様子で縁側を見下ろした。
その日の夕餉は豪勢な食事がふるまわれた。町の料理屋の仕出しは櫃に入り、品数の多い食事に温かい汁物とやわらかい赤飯がつく。修行でしぼりきった体へ新たに動く活力をあたえる。
修行者にまぎれた明も料理に舌鼓を打ち、こけていた頬をふっくらさせた。
「修行おわりの飯は最高だな。山蕗にウド味噌か~、酒のアテに良さそうだ」
「修行……? 明さんはずっとサブローみたいだったよね? 」
応毅のこぼしたひと言に大広間は穏やかな笑いに包まれる。修行を終了した者たちは晴れ晴れとした表情をしていた。長い夕暮れ、飛び立った天狗も山へ帰った。
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