月読-つくよみ-

風見鶏ーKazamidoriー

文字の大きさ
149 / 152
季節閑話 初夏「猫のはなし」

帰還、昼の月、そしてリビングデッド

しおりを挟む


 涼しげに浮かぶ空の月が消えかける早朝、道場へかりがともる。すでに道着姿の応毅おうきが元気よく扉をひらき、棚のおそなえものを新しく交換する。お盆を脇へおいた少年は待ちかまえていたあきらと修練をおこなう。

 片づけを終えたころ、年寄りたちが瞑想めいそうしにおとずれる。応毅と明も風呂場で水垢離みずごりをしてから座禅ざぜんへ加わり、しばし黙想もくそうにふける。



 今日は九郎や道場の門下生もんかせいたちがそうぎょうから帰還する。白衣びゃくえへ着替えた2人は護摩ごま用の木材を整地された場所へはこび、山駈やまがけする法印ほういんたちと一旦いったん別れた。
三郎太も山へ誘ってみたが「手伝い? ろうどう? 猫といふ生きものは自由にゃ」と格言を残し、縁側へのんべんだらりと寝そべった。



 昇ったばかりの陽が射し、淡い青空が見える。応毅が大あくびをする横で背中の荷をいた明は森へ呼びかけた。

「ああ困った、小さい少年と非力な私だけでは日が暮れてしまう。立派な天狗に教えをいながら、ぎょうを終えた者をむかえる準備をしたいものだ」

 声は山々へコダマして森へ消えた。応毅が注意ぶかく見まわすと、遠くの木々の間に大きい天狗面てんぐめんが浮かんでいた。

「壁に耳あり障子しょうじに目あり! 武蔵坊むさしぼう見参けんざんじゃ!! わっしにまかせれば1日でお堂も建つのじゃ!! 」

 おそらくずっとのぞいていたであろう武蔵坊が姿を現わす。明は白々しらじらしくおどろき、護摩と火渡りの準備を手伝ってほしいと申しでた。
口車くちぐるまに乗せられた武蔵坊は木杭を手に取り柵を打ちつけていく。重いまきが並べられ、あっという間に護摩焚ごまだきのだんがつくられた。足りないヒバの枝葉は武蔵坊がひとっ飛びして周辺の山から集めてきた。午前いっぱいかかると思われた作業はまたたく間に終了した。

「さすが武蔵坊殿どの、あとで美味い酒を奉納ほうのういたします」

「わーっはっはっ、もっとたたえるがよい……む!? もしかして上手く使われたかのぅ!? まあ酒が飲めるなら良いのじゃ! 」

 おだてにのって笑った武蔵坊はふと動きを止め、ふたたび大笑いする。傍で応毅が唖然あぜんとしていたら明と目が合い、天狗のうまい転がし方を教えられたようでもあった。礼を言えば天狗は照れて鼻を掻いた。



 あまった時間は応毅の案内で裏山をめぐる。整備された石段をのんびりと歩き、山頂のお堂をはいして戻れば、山駈けに行かなかった者や近隣の人々が広場へ集まっていた。武蔵坊いがいの天狗も木の上へ姿をあらわし広場を見てる。

 山駈けから戻った法印は護摩壇ごまだんが完成していることに驚嘆きょうたんした。応毅が視線を移すと明はわざとらしく目をらし、武蔵坊も木陰へかくれて長い鼻だけ出ていた。

 集まった人々へ挨拶した法印が読経どきょうするうち、霊山を踏破とうはした者たちも護摩焚きへ加わった。壇へ火がともり、参拝者から受け取った木の棒をくべ炎があがる。
炭になった木を平らにひろげて火渡り用の道をつくる。まだ火の残る道を修験者たちが次々と通りぬけ、火が消えたころ周囲で見ていた人々も裸足はだしで渡った。

 火の番をしつつ見守っていたら、火渡りした黒い山伏がこちらへ近づいて来る。

「さあ、明も裸足になるんだ! 」
「え? 火が残ってるし、私はここで見守りを……」
「俺も火渡りしたい。行こう、明さん! 」

 九郎から発せられる謎の高揚感こうようかん気圧けおされた明は逃げ口上こうじょうを言う間もなく引きられる。応毅も火の番を祖父へまかせ駆け出した。のろのろ歩く明と火渡りの列へならぶと炭の熱気が肌をなでる。

「炭があんなに赤い。まだ燃えて……あっ、押すな九郎、まだ心の準備がっ!? 」

 入り口で躊躇ためらっていた明は、背後の九郎に追い立てられた。裸足になった応毅も熱い炭のうえを小走りする。列の最後だった少年がわたり終えると、法螺貝ほらがいが吹き鳴らされ、山伏たちの波にさらわれて下山した。

 すっかり消沈しょうちんした明は、宿坊の縁側へ三郎太といっしょに寝そべった。その姿たるやまさに昼行燈ひるあんどん、昼の月である。

「ちょっと熱いだけなのに、なさけないなぁ」

「私の繊細せんさいな足は、火を渡るなどという苦行には向いてない。そもそも人体は火の耐性があるわけじゃ……」

 やんごとなき足の裏を風にあて、水分のぬけた青菜のごとくしなびている。

 つたない足音が聞こえ、同じくらいほおのこけた宮田が現れた。久しぶりの再会、嬉しくなった少年が声をかければ、動く死体のごとき動作でこちらへ歩いてきた。

「帰るとちゅう、足がって九郎さんに背負せおわれた……筋肉痛でもう……ダメ」

 宮田はいた隙間すきまを見つけて倒れ込む。縁側に明と子猫、宮田のしかばねが転がった。

「屍が増えたな」

 風呂あがりの九郎が縁側へ腰をおろした。3つの霊山を駆けて苦行をおこない、宮田を背負って帰った男は何ともない様子で縁側を見下ろした。



 その日の夕餉ゆうげ豪勢ごうせいな食事がふるまわれた。町の料理屋の仕出しはひつに入り、品数の多い食事に温かい汁物とやわらかい赤飯せきはんがつく。修行でしぼりきった体へ新たに動く活力をあたえる。

 修行者にまぎれた明も料理に舌鼓したつづみを打ち、こけていた頬をふっくらさせた。

「修行おわりのメシは最高だな。山蕗やまふきにウド味噌みそか~、酒のアテに良さそうだ」

「修行……? 明さんはずっとサブローみたいだったよね? 」

 応毅のこぼしたひと言に大広間は穏やかな笑いに包まれる。修行を終了した者たちは晴れ晴れとした表情をしていた。長い夕暮れ、飛び立った天狗も山へ帰った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

【完結】エデンの住処

社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。 それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。 ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。 『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。 「兄さん、僕のオメガになって」 由利とYURI、義兄と義弟。 重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は―― 執着系義弟α×不憫系義兄α 義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか? ◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

処理中です...