わたくしを殺して、自由になりませんか?~偽装悪女の政略結婚~

花宵

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24、偽装悪女は白夜公と夕食をともにする①

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 グスタフが帰った後、部屋に戻ったシンシアは再びワードローブの前に立った。

(期限は一週間。今日の夕食会で外出の許可をもらわなければ、間に合わない)

 シンシアの瞳に、もう迷いはなかった。
 とあるドレスを掴み、シンシアは振り返ってセイラに声をかける。

「今日の夕食会は、これを着ていくわ。セイラ準備を手伝って」
「はい、かしこまりました」

 マリアとニナが不在のいま、夕食会に向けた身支度はセイラに任せるしかない。
 それから湯浴みを済ませ、シンシアはセイラに髪をセットしてもらっていたわけだが――。

「も、申し訳ありません、シンシア様! 私では、マリアのように綺麗に結えません……」

 鏡越しに見えるセイラは、涙目になっていた。
 セイラの技術が壊滅的に悪いわけではない。ドレスが違ったなら、ここまでチグハグな印象にはならなかっただろう。

(困ったわね。このドレスに、可愛らしい髪型は似合わないわ)

 噂通りの希代の悪女を演じなければ、我が儘を通すのは難しい。
 しかし給仕のプロであるセイラには、どうやら注文が難しかったようだ。

(仕方ない、髪はおろしていくしかないわね……)

 そこへ、小さめのノックが二回鳴った。遠慮しているかのようなそのノックで、カイルが不在なのをシンシアは思い出す。

「奥様、侍女長のローザがお目通りを願っております」
「入りなさい」

 扉の外から訴えてくる声に、シンシアは短くそう答えた。

「失礼いたします。やはりセイラには荷が重いようですね」

 ローザはセイラの震える手を一瞥し、言葉を続けた。

「マリアが急用で不在と報告を受けました。奥様、僭越ながら本日は、私が代わりを務めさせていただきます」

 思わぬ伏兵の登場に、シンシアはにっこりと口角を上げる。

「ローザ、貴女は私の噂を知っているでしょう?」
「……多少は、把握しております」

 突然の思いがけない質問に、ローザは気まずそうに瞳を泳がせると、言葉を選んで答えた。

「それなら、わかるわね? このドレスに合う髪型に仕上げなさい」

 シンシアは立ち上がり、自身の着ているタイトな黒のドレスを見せつけた。

「……本当に、そちらの衣装で向かわれるのですか?」

 シンシアが身に纏っているのは、男を誘惑する毒婦のようなドレスだ。侍女長の立場としては、公爵家の格式に合わず、止めたいのだろう。

「公爵様が贈ってくださった薔薇に合わせたのよ。素敵でしょ?」

 余計な口出しするなと、シンシアは牽制する。
 究極の悪女を演じて、我が儘を叶えてもらわないといけない。そのためにシンシアがいま必要なのは、戦闘服だ。

 フェリクスにとってシンシアは、社交界に時折現れる悪女のイメージが強いだろう。そしてそれは、痛烈なる嫌悪の対象。

 世界はわたくしのために回っている――それを自然に言える強さを手に入れるには、身なりから入るしかなかった。

「……承知いたしました」

 しばし沈黙があったあと、ローザはそう言って人当たりの良い笑みを浮かべた。
 そしてセイラからブラシを受け取り、セットに取り掛かる。
 その傍らで、暗い影を落として佇むセイラに、シンシアは声をかけた。

「セイラ、喉が渇いたからお茶を淹れてきて」
「はい、すぐに準備いたします!」

 弾んだように顔を上げたセイラは深く頷き、扉の方へ向かった。
 そうしてセイラを部屋から退室させた後、シンシアは鏡面越しにローザをじっと観察した。

 慣れた手つきで、ローザはシンシアの髪を綺麗に梳かした。
 そして、黒のドレスが持つ妖艶さを最大限に引き出すように、艶を出した黒髪をあえて緩く巻き上げ、うなじを見せる色っぽいスタイルにまとめていく。
 計算されたように散らされた後れ毛が、さらにシンシアの妖艶さを際立たせた。

​「……なかなか良い腕ね」
「恐縮です。次は、お化粧を整えさせていただきます」

​ ローザがパフや紅筆を手に取り、シンシアの顔に触れる。
 その指先が鼻先を掠める度に、ふわりと奇妙な匂いが漂ってくる。

​(この匂い……)

​ 芳しい香水の下に隠された、湿った土と、独特な青臭い植物の香り。
 それは以前、薬草園の温室に入った時に嗅いだものとよく似ている気がした。

​(侍女長が、なぜ土の匂いをさせているのかしら。まさか、直前まで『薬草園』に……?)

​ シンシアは横目でローザの手元を観察したが、彼女は無表情に仕上げの紅を引き終えたところだった。

​(……少し、気にかけておいた方がよさそうね)

​「終わりました、奥様」

​ 立ち上がって全身鏡を見ると、そこには紛れもない――社交界を震え上がらせた『希代の悪女』が立っていた。

​「ありがとう。完璧だわ」

​ シンシアは赤い唇を吊り上げ、満足げに頷く。
 これで戦闘準備は整った。あとは夫を陥落させるだけ。シンシアは黒い扇子を持つと、馬車に乗り込み本邸へと向かった。





​ 本邸のダイニングルームに通されたシンシアは、長テーブルの上座で待つフェリクスの姿を捉えた。

 キャンドルの灯りに揺らめくフェリクスは、今夜も息を呑むほど美しい顔をしていた。しかし入室したシンシアの全身を見た瞬間、その眉間に僅かに皺を寄せた。

(……ふふ、やはりお気に召さないようね)

 シンシアが身に纏っているのは、背中が大きく開き、深いスリットの入った扇情的な黒のドレスだ。
 ヒールの音を高く響かせ、シンシアは悪女らしく胸を張り、フェリクスの待つ席へとゆっくり歩を進める。
 その間フェリクスの視線は、シンシアの露出した肌やボディラインを直視できず、気まずそうに宙を彷徨っていた。

 長いテーブルの端、フェリクスの対面の席に着くと、シンシアは立ったまま優雅に礼をした。

「お招きいただきありがとうございます、公爵様」

 顔を上げ、挑発的な笑みを向ける。

「……随分と、派手な装いだな」

 フェリクスが呻くように言った。その声には、どこか戸惑いが滲んでいる。

「あら、お気に召しませんでした? 貴方が贈ってくださった、黒い薔薇に合わせましたのに」

 シンシアは髪に挿した大輪の黒薔薇を、扇子で優雅に指し示して見せる。
 不吉な黒薔薇に合わせて、全身黒ずくめの衣装を身に着けてきたのだ。
 意趣返しをされて、フェリクスの顔にさらに深い皺を刻ませてやろうと思っていたのに、返ってきたのは予想外の言葉だった。

「いや……よく似合っている」

 フェリクスは咳払いを一つすると、真っ直ぐにこちらを見据えて言葉を続けた。

「そこまで黒薔薇を気に入ったのなら、また贈ろう。なんなら庭園を黒薔薇で埋めてもいい」
「…………は?」

 シンシアは思わず手にした扇子を落としそうになった。
 危ういところで柄を掴み直すが、口はあんぐりと開いたままだ。

「や、やめてください! 離宮を墓地にするつもりですか⁉」
「気に入ってくれたのだろう……?」

 フェリクスは不思議そうに首を傾げている。

「毎日セレスティを贈ったことは、すまなかった。あれは部屋を浄化するためだったのだ。だから今度は代わりに、君が喜ぶものを贈りたい」

 本気だ。この男、本気でやりかねない。
 嫌がっていた白い花の代わりに、今度は好む黒い花で埋め尽くして謝罪しよう――その極端な『誠意』が見え隠れして、余計にタチが悪い。

(なぜ、私がおかしいみたいな流れになるのよ……)
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