わたくしを殺して、自由になりませんか?~偽装悪女の政略結婚~

花宵

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30、白夜公は診察結果に驚く②

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「検査の結果、奥様の体内にあった古傷までもが、綺麗に回復していました」
「……それは、どういうことだ?」
「どうやら貴方たち、魔力の相性が最高に良いみたいです。おそらくそのシナジーで、治癒効果が働いたのでしょう」

 レイスはにっこりと笑みを浮かべ、検査結果のカルテを指先で弾いた。

「俺の魔力が、シンシアを回復させたというのか⁉ 触れるもの全てを凍らせるこの氷魔法に、回復効果があるなど聞いたことないぞ!」

 フェリクスは愕然として、自らの手を見つめた。
 魔力過多症の影響で、幼い頃から周囲を傷つけ、自身さえも蝕んできたこの魔力が、まさか人に癒しをもたらすなど本来ありえないことだ。

 フェリクスを諭すようにレイスは指を一本立て、真剣な表情で説明を始めた。

悪食ヴィスデロペは有害な異物を吸うと、取り込まれた闇の魔素が体内で暴れまわり、魔力回路をズタズタにします。なので完全に中和するまで、本来なら激しい痛みを伴います」
「あの時、シンシアは痛がるどころか、むしろ……」

 フェリクスの脳裏に、車内での光景が鮮明に蘇る。
 シンシアは苦悶の表情を浮かべるどころか、恍惚とした表情で『もっと』とねだるように、手を伸ばしてきたことを。

「やはり、貴方の魔力は違ったようですね」

 耳を赤く染めるフェリクスを見て、レイスは確信を得たように頷き、言葉を続けた。

「つまり奥様の悪食ヴィスデロペが、こう判断したんですよ。貴方の魔力は『害』ではなく、極上の『かて』だと」
「……確かにあの時、シンシアは俺の魔力を『おいしいソルベ』だと言っていた」
「おそらく暴走した貴方の魔力に、奥様を傷つけようとする『悪意』がなかった。だから奥様はそれを攻撃的な氷の刃ではなく、無害な『ご馳走』と判断したのかもしれません」

​ レイスの分析に、フェリクスは言葉を失う。
 無意識下で放った魔力が、シンシアを傷つける刃にならずに済んだこと。その事実は、フェリクスの心に深く染み入った。

​​「他者には『死』をもたらす冷気が、奥様にだけは『癒やし』となる。……こんな奇跡、他ではありえません」

​ レイスは感嘆の息を漏らし、しみじみと告げた。

​「ですから、特別な関係なんですよ」

​ そう結論づけたあと、レイスはハッとしたようにフェリクスの顔を覗き込んだ。

​「……それに、どうやらその恩恵は、奥様だけのものではないようです」
「……どういうことだ?」
「フェリクス、貴方自身の顔色も、いつになく良さそうじゃないですか」

 指摘されて初めて、フェリクスは自身の変化に気付いた。
 ここ一週間、サイラスの後処理で忙しく過ごしており、今朝は魔力を発散する時間を取れなかった。
 だから魔力が外に漏れないよう、夕食の席ではなんとか自分を律して耐えていたものの、予想外のハプニングでその一部が漏れてしまった。
 しかしあの時、シンシアがねだって触れてきた左手は、フェリクスの中に燻る魔力までをも綺麗に吸いとった。
 言われてみれば、いつも身体の奥底に鉛のように留まっていた倦怠感がない。

「……確かに。体内に燻っていた余剰魔力ごとシンシアが吸い取ってくれたおかげか、調子がいい」
「奥様は貴方の抱える苦しみを取り払い、それが奥様の糧になる。これはまさに、理想的な共生関係です」

 レイスは楽しげに肩をすくめ、太鼓判を押すように言った。

「最高の奥様を手に入れましたね。これからは定期的に奥様に魔力を食べてもらえば、お互い幸せじゃないですか」

(……て、定期的に、だと?)

​ フェリクスの脳裏に、先ほどの車内でのシンシアの表情が鮮明に蘇る。
 潤んだ瞳で頬を赤らめ、熱っぽい吐息で『もっと』とねだる、あの無防備で艶やかな姿を。
 あんな顔で毎回ねだられたら――こちらの理性が焼き切れてしまう。

「……茶化すな」

​ フェリクスは赤くなった顔を背け、呆れたように返すが、レイスは「おや」と心外そうに首を傾げた。

​「茶化してなどいませんよ。実際、中和剤の主原料である『メーテル草』の入手も難しくなっていますし、いい考えだと思ったんですがね」
「その薬草買い占めの件だが、買い手は特定した。どうやら互いに無関係を装う複数の商会が、同時刻に各地の在庫をさらっているようだ」
「……一体何に使ってるのでしょうね?」
「それはまだわからん。だが表向きは正当な商取引だ。罪状がない以上、公爵家といえど介入はできん。真意については、まだ調査中だ」

​ フェリクスは苦々しげに吐き捨て、話題を切り替えるように声を落とした。

​​​「……話が逸れたな。レイス、もう一つ確認したいことがある」
「おや、まだ何か?」

​ フェリクスは一瞬言い淀んだあと、眠るシンシアに視線を向けた。

​「近いうちに、シンシアを連れて北嶺の山荘へ行こうと思っている。今の体調で、馬車での長旅に耐えられるか?」

​ レイスは意外そうに目を丸くしたあと、すぐに意地悪そうな笑みを浮かべた。

​「おや、新婚旅行ですか? お土産よろしくお願いします」
「……買い占めの件で、あの一帯を調べれば何か掴めるかもしれないと思っているだけだ。それに、シンシアもあそこへ行きたいと言っていた」

​ フェリクスは、必死に公務であることを強調する。しかしそんなこちらを眺め、レイスは楽しそうにトランクケースの鍵を閉めた。

​「今の奥様なら、大丈夫でしょう。それにいざとなれば、すぐ隣に『特効薬』がいますしね」
​「…………っ」

​ レイスの言葉に、フェリクスは言葉を詰まらせ、耳まで真っ赤に染めた。
 特効薬――すなわち何かあれば、魔力過多の自分自身をシンシアに食べさせることで、彼女を癒やせと言っているのだ。

「それでは、お邪魔虫は退散するとします。……お幸せに、旦那様」

​ レイスは茶目っ気たっぷりにウインクをすると、トランクケースを手に立ち上がった。
​ 軽口を叩きながら部屋を出ていく親友を見送ったフェリクスは、再び静寂が戻った部屋でふっと息を吐いた。
 そしてベッドの脇に歩み寄り、安らかな寝息を立てるシンシアを静かに見下ろした。

 全てを凍てつかせ、人を傷つけることしかできない。そんな氷の魔力を抑えるため、フェリクスは普段から自分を律して無表情を貫いてきた。
 ​だが――この過剰な魔力さえも、シンシアは笑顔で受け入れてくれた。
​ フェリクスは張り詰めていた糸を解くように、ふ、と小さく口元を緩める。

​「……最高の奥様、か」

​ シンシアの前ではもう、仮面を被る必要はないのかもしれない。
 誰に聞かせるでもなくぽつりとこぼしたその言葉は、夜の静寂に優しく溶けていった。
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