わたくしを殺して、自由になりませんか?~偽装悪女の政略結婚~

花宵

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31、偽装悪女は白夜公の秘密を知る①

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​ 翌朝。カーテンの隙間から差し込む柔らかな陽光に誘われ、シンシアはゆっくりと瞼を開けた。

​「……んん……」

​ 大きく伸びをして、シンシアは驚いたように自身の手のひらを見つめた。身体が、嘘のように軽い。

 その時、左手首に嵌められたブレスレットが視界に入る。

(まさか修復して返してくださるなんて、夢にも思わなかった……)

 そっとブレスレットに触れると、昨夜フェリクスが付けてくれたことを思い出す。
 確かに以前と輝き方は変わってしまった。それでも、無惨に壊れてしまったブレスレットが新たな命を得て、シンシアは嬉しかった。

 ぼーっとブレスレットを眺めていると、セイラが朝の身支度をしにきてくれた。

「おはようございます、シンシア様。お加減はいかがですか?」

 心配そうに声をかけてくるセイラに、「問題ないわ」と返す。

「旦那様の魔力を吸い込んだと聞いて、昨夜は驚きました」

 そういえば、フェリクスの暴走した魔力を吸い込んでからの記憶がない。悪いものを吸い込んだら、身体に痛みが生じるはずなのに、なぜか今朝はいつもより体調が良かった。

「ねぇ、セイラ。わたくしはどうやってここまで戻ってきたの?」
「旦那様が抱えて、部屋まで送ってくださいました。バーク先生の診察中も、とても心配されておられましたよ」
「……バーク先生が、いらしたの?」
「はい。診察のあとも、二人でお話をされていたようで、とても心配していたんです」

(まさか、寝ている間に診察が終わっていたなんて……)

 ただでさえ外出の許可を出すには、最低一ヶ月の安静が必要だと言われていた。
 目覚めてまだ二十日にも満たない上に、毎晩の毒の処理とサイラスの悪事を暴いた時に吸い取った黒魔法。そして昨夜は魔力暴走にまで巻き込まれたのだ。
 この状態で、あの魔法医が『許可』など出すはずがない。

(おそらく診察のあとに二人で話していたのは、その件だろう。こうなったら、何とかして白夜公に直接認めさせるしかないわね)

 それからシンシアは、セイラに朝の身支度を整えてもらった。
 顔には薄化粧が施され、上品な襟元の詰まったペールブルーのドレスを身に纏う。身体のラインを強調せず、動くたびにふんわりと柔らかなシフォン生地が揺れる。
 鏡面の前には、清楚で可愛らしい印象を与えるシンシアの姿があった。

「申し訳ありません、シンシア様。私では、マリアやローザ様のようには……」

(やはり悪女仕様に仕立ててもらうのは、セイラには無理みたいね。でも……)

「大丈夫よ。このブレスレットに合わせて、選んでくれたのでしょう?」
「はい! とてもお似合いだったので、シンシア様の良さをより引き立てるようにと、私なりに考えてみました」

 それはティーブレンダーのセイラにとって、シンシアという最高級の茶葉を最も純粋な形で淹れようとした結果なのだろう。
 セイラにとって、自分は悪女に見えていないのだろうか? シンシアがそんな疑問を持った時、ノックが鳴った。

「奥様、ローザがお目通りを願っております」

 中に入るよう促すと、ローザが一礼して用件を告げてきた。

「旦那様が、大切なお話があるそうです。それでサンルームにて、一緒に朝食をとお待ちです。いかがなさいますか?」
「わざわざ、朝から離宮にお越しなの?」
「いえ。奥様の容態を心配されておられまして、昨晩からお泊まりです」

(……なるほど。悪い知らせは朝一で告げて、終わらせようって魂胆ね)

 逆に今は、セイラがセットしてくれてよかったかもしれない。
 悪女仕様の濃いメイクは隙のない武装だけど、顔色の良さを隠してしまう。でもこの素肌を活かした自然な薄化粧なら、頬の赤みも、くま一つない肌のツヤも、一目瞭然だ。

(健康だと見せつけるには、かえって好都合ね)

「今から行くわ」

 そうローザに返事をしてシンシアは、立ち上がる。

「シンシア様、どうぞこちらを」

 するとセイラが、シンシアがいつも愛用している扇子をそっと差し出してくれた。

「ええ、ありがとう」

 シンシアは愛用の扇子を受け取ると、そのままローザに案内されて、フェリクスの待つサンルームへと向かった。





 サンルームには、春の気配を感じる柔らかな光が満ちていた。
 テーブルに座るフェリクスは新聞を広げていたが、シンシアが入室した途端――その手に力がこもる。クシャリと、紙がたわむ音が室内に響いた。

「……おはよう、シンシア」

 新聞を下ろしたフェリクスは、こちらを見て目を丸くすると、わずかに息を呑んだ。

(やはり、昨日とは違いすぎるこの格好に、違和感があるようね)

「おはようございます、公爵様。わたくしの顔に、何かついていまして?」

 シンシアは健康だとアピールするように、わざとにっこりと微笑んで見せる。

「……いや、何でもない」

 フェリクスは逃げるように、視線を新聞に戻した。
 シンシアは促されるまま、ローザが引いてくれたフェリクスの正面の席に着席する。

 四人がけの小さなテーブルなのもあって、昨夜の夕食の席よりフェリクスとの距離が近い。
 ふと視線を向けた先の違和感に気づき、シンシアは訝しげに首を傾げた。

「公爵様……新聞が逆さまですわ。朝から頭の訓練ですか?」
「――っ!」

 フェリクスは跳ねるように新聞を閉じてテーブルに置くと、拳を口元に当てて咳払いした。

(……この動揺は明らかに、悪い知らせを言い出せない、後ろめたさからくるものね)

 一週間以内にあの山荘に行かなければ、グスタフの悪事の証拠は全部埋め立てられてしまう。
 シンシアは覚悟を決めて、悪女の仮面を被ってテーブルに身を乗り出した。

「公爵様。そのように目を逸らして……もしかして何か、『悪い知らせ』でもありますの?」
「……悪い知らせ?」
「たとえば昨夜、わたくしが暴発した貴方の魔力を取り込んだせいで、旅行の許可が下りなかった――とか」

 シンシアが畳み掛けるように問い詰めると、フェリクスの顔が、耳の先まで真っ赤に染まった。
 フェリクスは視線を彷徨わせ、握りしめたティーカップが震えるのを隠そうともせず、喉をひきつらせる。

「…………っ、そ、それは……っ!」

(図星なのね……)

 この狼狽えようは、間違いなく後ろめたいことを隠す反応だ。
 やはり昨夜、あんなに至近距離で膨大な冷気を喰ってしまったせいだ。魔力回路が傷ついたと判断され、レイスに止められたに違いない。
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