わたくしを殺して、自由になりませんか?~偽装悪女の政略結婚~

花宵

文字の大きさ
32 / 40

32、偽装悪女は白夜公の秘密を知る②

しおりを挟む
「……やはり、そうですのね」

 シンシアはわざと冷たく言い放つ。決して落胆を悟られないように、高慢で我儘な悪女が、心底軽蔑する眼差しを向けるように、フェリクスを睨みつける。

「公爵様ともあろうお方が、まさかご自身の魔力の制御もままならないなんて。……これでは、『管理者』の名が泣きましてよ」

 最終手段だ。こうなったら手を付けられない悪女を演じて、何が何でも旅行の許可を取るしかない。
 シンシアの突き刺すような視線を浴びたフェリクスは、弾かれたように顔を上げた。その顔はなぜか、先程よりもさらに深い紅に染まっている。

「……っ、ち、違う! 制御できなかったのは認めるが……悪い知らせでは、ないのだ」
「あら、往生際が悪いですね。わたくしを病人に仕立て上げて、またこの窮屈な箱庭に閉じ込めるおつもりでしょう?」

 許可をくれるまで、シンシアは攻撃の手を緩めない。

「ぎ、逆だ! レイスは……その、今の君は……かつてないほど健康だと言っていた」
「…………は?」

 じゃあなぜ目の前の男はこんなにも狼狽えているのか、シンシアには意味がわからなかった。

「……旅行の許可は、取れまして?」
「ああ、もらった」

(……私は一体、何と戦ってたの?)

 拍子抜けしたシンシアは、毒気を抜かれたように椅子に深く背を預けた。
 必死に牙を剥いて噛みついた結果、返ってきたのは望み通りの勝利だ。
 それなのに、目の前の男があまりに真っ赤になって縮こまっているせいで、まるで自分が一方的に無害な小動物をいじめたような、奇妙な罪悪感が込み上げてくる。

「最初から、そう仰ってくださればよかったのに……」
「……すまない。その、あまりに君が、昨夜のことを……あっさりと口にするから……」

 思わず漏れてしまったシンシアの本音に、フェリクスは逃げるように視線を落とした。

​(……あっさりと口にする? 何か変なことを言ったかしら?)

​ シンシアは怪訝に思い、自身の記憶の糸をたぐり寄せた。

 ブレスレットを付けてもらった直後、馬車が急停止した。
 前に投げ出されたシンシアの身体をフェリクスが抱きとめ、思いがけず色仕掛けしたような形になってしまった。
 すると今のようにフェリクスが顔を真っ赤にして、突然車内が極寒の冷気に包まれた。

『……おいしい……ソルベ……』

(そうよ! あの時、左手が疼いて……白夜公の魔力をデザートとして、美味しく食べたじゃない!)

 甘美で清らかなソルベのように美味しい魔力――身体が元気なのはきっと、フェリクスの純粋な魔力に一切の悪意がなかったからだ。
 しかもあろうことか、その甘美な味に酔いしれて……それだけでは満足できず、悪食ヴィスデロペは直接、フェリクスから魔力を吸い取った。

(白夜公の顔が赤いのは、私が魔力を吸い取りすぎたせいでは……⁉)

 シンシアからサーッと血の気が引いた。
 マナーなど気にする余裕もなく、慌てて席を立ったシンシアは、縋るようにフェリクスのそばに駆け寄った。

「申し訳ありません! 顔色が赤いのは昨夜、私が貴方の魔力を吸い込みすぎたせいですよね⁉」

 悲痛な面持ちで、シンシアは震える手を伸ばし、フェリクスの頬に触れた。
 指先に伝わるフェリクスの熱に、シンシアの脳裏にある記憶が鮮烈に蘇る。

​ 幼い頃、母のエレノアは、シンシアが喜ぶからとよく氷魔法で小さな花や氷菓子を作ってくれた。
 けれど、無理をして魔法を使いすぎた翌日、母は真っ赤な顔をして寝込んでしまった。

『ごめんね、シンシア。少し……魔法を使いすぎて、お熱が出ちゃったみたい』

 そう言って力なく笑う母の細い手。あの時の、自分のせいで大切な人が壊れてしまうのではないかという、身を切るような恐怖がシンシアを襲う。

(私は、なんてことを……っ)

「公爵様、どうかお休みになってください! 今すぐバーク医師を……!」

​ 視界が涙で滲み、足元が震える。
 俯くシンシアの手を、フェリクスの大きな掌が優しく包み込んだ。

「……シンシア、落ち着け。俺は大丈夫だ」

​ 椅子に座るフェリクスを覗き込むような形になり、至近距離で視線がぶつかる。
 フェリクスの瞳の奥には、深くて温かい、慈しみが宿っているように見えた。

​「……熱いのは、魔力を失ったせいではない。これは、その……照れているだけだ」
「…………え?」

​ シンシアは涙を浮かべたまま、ポカンと口を開けた。あの冷徹な白夜公が、照れている?
 あまりに想定外の言葉に、シンシアの頭が真っ白になる。

「……本当だ。それに君は、俺を傷付けたんじゃない。救ってくれたんだ」
「救った……?」

 そんなこと、あるはずがない。
 信じられずに呆然と呟くシンシアの頬を、フェリクスの指先が掠めた。目の端に溜まった涙を拭われ、シンシアはハッとして我に返る。
 立ち上がったフェリクスに背を支えられ、ゆっくりと向かいの席へ座るようエスコートされた。

​「一度座って、落ち着こう。昨夜のことも、俺の身体のことも、きちんと説明させてくれ」

​ 促されるまま椅子に座らされたシンシアは、そこでようやく自分の状況を理解した。
 泣きながら、食事のマナーも忘れてフェリクスに詰め寄り、あまつさえその頬に触れて離さなかった自分の醜態。

​(うっ……今すぐこの床を突き破って、どこか遠くへ逃げ出したいわ……!)

​ カッと顔が沸騰するように熱くなり、シンシアは慌てて扇子を広げて顔の半分を隠した。
 フェリクスはこちらの様子を伺いながら、少し言い淀んで口を開いた。

​「……俺は『魔力過多症』という持病を持っている。年々強まる魔力が身体を冷気で蝕むから、定期的に発散させなければならないのだ」
「魔力……過多症……? じゃあ、昨晩あまり食事に手をつけていらっしゃらなかったのは……」

​ シンシアの言葉に、フェリクスは少し気まずそうに目を伏せた。

「昨日は忙しくて、発散させる時間が取れなかった。だから、魔力が外に漏れないよう抑えていたんだ。だが、あんなことになってすまない」

 シンシアの扇子を握る手に、力がこもる。
 病気で苦しんでいたとも知らず、『管理者の名が泣く』などと、傷つける言葉を投げつけてしまった。

「……こちらこそ、理由も知らずに罵って、悪かったですわ」

(この離宮は、そのために作られた場所だったのね……)

 離宮を探索した時にニナが言っていたことを思い出し、シンシアはそっと目を伏せた。

「君が俺の身体を蝕んでいた余剰魔力を吸い取ってくれたおかげで、ここ数年で一番体調がいい。だから謝る必要はない、君は俺を救ってくれたんだ」
「救った……わたくしが、公爵様を?」

 シンシアは唖然と己の左手を見つめた。
 この悪食ヴィスデロペは、これまで多くのものを壊し、奪い、自分自身をも傷つけてきた。

(白夜公が規格外の魔力を持っていなければ、きっと私はそのまま、この力で彼を……)

 並の人間であれば、昨夜の奔放な暴食に耐えきれず、命ごと吸い上げてしまっていただろう。
 その恐怖にシンシアが身を震わせた時、フェリクスが優しく言葉を重ねた。

「それで、レイスの診察の結果……どうやら俺たちは、魔力の相性が良いらしい。そのシナジー効果で、君の体内にあった古傷や損傷までもが、綺麗に回復したと言っていた」
「シナジー効果……わたくしの傷まで、癒えたというのですか?」
「ああ。俺の魔力は、君にとってだけは害ではないようだ」
「そう、ですか……」

 にわかには信じがたい話だが、確かに自分の体調も整っている。それにフェリクスが普段より表情豊かなのも、魔力が身体を蝕んでいないからなのだろう。

​「それで許可が出たのだ。だから三日後、約束通り北嶺の山荘へ向かおう」

(……なんて皮肉で、残酷な巡り合わせなのかしら。私はこの方を、利用しないといけないのに)

 父の悪事を暴いて断罪するために、シンシアはこの最強の騎士団長を『証人』という名の盾にするつもりだった。
 それなのに、利用する相手からこれ以上ないほどの救いを与えられてしまった。

(……罪深いのは、私の方ね)

 それでも、ここで引くことはできない。
 シンシアは扇子をパチンと閉じると、あえて不敵な笑みを浮かべて返事をした。

「ええ、楽しみにしておりますわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騎士の妻ではいられない

Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。 全23話。 2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。 イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

【完結】真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。

たまこ
恋愛
 真面目が信条の眼鏡女子カレンは、昔からちょっかいを掛けてくる、軽薄な近衛騎士ウィリアムの事が大嫌い。いつも令嬢に囲まれているウィリアムを苦々しく思っていたのに、ウィリアムと一夜を共にしてしまい、嫌々ながら婚約を結ぶことに•••。  ウィリアムが仕える王太子や、カレンの友人である公爵令嬢を巻き込みながら、何故か求愛してくるウィリアムと、ウィリアムの真意が分からないカレン。追いかけっこラブストーリー!

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる

吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」 ――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。 最初の三年間は幸せだった。 けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり―― 気づけば七年の歳月が流れていた。 二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。 未来を選ぶ年齢。 だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。 結婚式を目前にした夜。 失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。 「……リリアナ。迎えに来た」 七年の沈黙を破って現れた騎士。 赦せるのか、それとも拒むのか。 揺れる心が最後に選ぶのは―― かつての誓いか、それとも新しい愛か。 お知らせ ※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。 直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい

サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。 ──無駄な努力だ。 こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。

処理中です...