獣耳男子と恋人契約

花宵

文字の大きさ
5 / 186
第一章 獣耳男子と恋人契約

保険医の誘導尋問

しおりを挟む
「お、やっと来たか」

 こちらを向いて足をくみ、まるで待っていましたと言わんばかりの体勢の保険医、橘先生。三十代前半ぐらいで、瓶底眼鏡と無精髭、良く言えば無造作ヘア、悪く言えば「寝起きですか?」と尋ねたくなるボサボサの髪が特徴的な先生だ。
 保険医として清潔感が感じられないのはいかがなものかと思う。

 結城君は椅子の上に私をゆっくりとおろしてくれた。
 今の動き、上腕二頭筋に中々いいよ。

 ダンベルだ。

 私は彼の筋力トレーニングに使用された人型のダンベルなんだと強く言い聞かせてみても、教室からここまでずっと横抱きで運ばれた羞恥心は拭えない。先生が何もそこに触れてこない事だけが唯一の救いだった。

「腕の怪我、見てあげて下さい」

 結城君の言葉に、今最大のピンチに陥っていた事を思い出す。
 先生にこの腕を見られるわけにはいかない。絶対に。

「だ、大丈夫です! 結城君が手当てしてくれたので、大丈夫ですから! 本当にありがとうございました! 私はこれで……」

 椅子から慌てて立ち上がり出て行こうとしたら、ちょうどドアを閉めていた結城君に出口を塞がれた。

「僕がしたのは応急処置だから。きちんと消毒しておいた方がいいよ」
「だそうだ。はい、腕出して。治療がおわるまで、お前さんはここから出られないぞ」

 前には心配そうにこちらを見つめる結城君。
 後ろには傷の手当てをしようと待ち構えている橘先生。
 がっちりと挟まれて逃げ場なし。
 どうやら従うしかなさそうだった。 

「これはひどい。誰にやられたんだ? 自発的に作れる傷ではなさそうだが……」

 私の腕の傷を見て橘先生は、ボリボリと頭をかきながら顔を歪めた。
 無数についた、×の印。今日出来た傷から古いものまでかなりの数が刻まれている。

「同じクラスの女子……だったよね、確か。名前と顔が一致しないから詳しくは分からないけど」

 答えたくない私が無言で居ると、結城君が代わりに答えてくれた。 

「なるほど。お前さん、どうしてこんなにされても全然保健室に来ないんだ?」
「お願いです。この事は黙っていてもらえませんか?」
「このままいじめを見過ごせと?」
「私、頑丈ですから大丈夫です!」
「それは出来ないな。担任を交えて、一度話を」
「家族には、これ以上心配をかけたくないんです。だからどうか、お願いします……」
「そうか……だが、何も手を打たないわけにはいかないな」

 どうしたらこの件を大事にせず処理できるか。先生を納得させれるだけの理由を早急に考えなければ。しかし、良い案が全く思い浮かばない。

「ところでお前さん、犬は好きかい?」
「はい。家でも飼ってますし」
「お前さん、口は固い方かい?」
「はい。学園内で親しく話す人は居ませんので」

 橘先生は傷の手当てをしながらやけに質問をしてくる。

「一つ良い案を思いついたんだが、やってみないか?」
「家族に黙っていてもらえるなら……」
「交渉成立だ、よかったなコハク」

 内容も聞かずに返事をしてしまったけど、よかったのだろうか?
 まぁ、家族にバレないならそれだけでありがたい。
 もうあの時のように、余計な心配はかけたくないし。
 そんな事を考えていると、不意に後ろから抱きしめられた。
 後ろから肩を抱くように回されたこの手は、間違いなく結城君のものだろう。

「ありがとう、一条さん!」

 生まれてこのかた恋などしたことのない私は、年齢=彼氏居ない歴を地で行く侘しい女だ。
 勿論男の人に抱き締められるなんて経験がそうそうあるわけもなく、一気に身体が硬直した。

 (そ、その動きは……一体どこの筋肉に効くのでしょうか?)

 落ち着け、落ち着くんだ私!

 外国ではハグは挨拶だ。結城君がどこの国から来たのか知らないが、彼にとってその行為にきっと深い意味はない。
 何に対するお礼かは分からないが、単なる挨拶みたいなものだ。
 先生だって何も突っ込まずに「よし、終わったぞ」と包帯を巻き終えたじゃないか。
 過剰反応し過ぎて自意識過剰な女だと勘違いされるのも何かむなしい。 
 そう考えている間に結城君は私から普通に離れた。
 何事もなかったかのように平静を装って振り返ると、私は別の意味で驚かされた。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...