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第二章 獣耳男子と偽恋生活
偽恋生活の始まり
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玄関を開けると──
「おはよう、桜」
そう言ってコハクが満面の笑みを浮かべて待っていた。
思わずドアを閉めそうになるも、さすがにそれは失礼だとすんでの所で思い止まる。
「いつからそこに居たの?」
「ん~二十分くらい前かな」
朝、一緒に行く約束なんてしていない。
七月になった今、いくら朝とはいえ炎天下の中外で待っているなんて。
「昨日連絡先聞くの忘れちゃってさ」
なんて言いながら、頭をポリポリとかいて照れ臭そうに笑うコハク。とりあえず、冷えた麦茶を持ってきて彼に飲ませると「ふー生き返った、ありがとう桜」と、無邪気に笑っている。
私には、この人の考えている事が分からない。恋人のフリをするのにわざわざここまでする必要があるのだろうか?
「あ、ここまで来たら嫌だった?」
「嫌というより、驚いた」
「桜に早く会いたくて! ねぇ、手繋いでいい? 嫌なら諦めるけど……」
ニコニコ笑っていたかと思えば、怒られた子犬のようにしゅんと悲しんだり、コハクはコロコロと表情を変える。
見ていると、面白いかも。
獣耳があったら、最高なんだけどな。
彼の頭上を見ても当然ながら耳はない。
わざわざ朝から迎えに来てくれた労力を考えると、無下にお願いを断るのも忍びなくて、私は手を差し出した。
「いいよ、恋人のフリするために早く来てくれたんだから」
「ありがとう、それじゃあ行こうか」
コハクは嬉しそうに私の手を取って歩き出す。
手を握っただけでそんな反応されてしまうと正直どうしていいか分からない。
でも彼の笑顔に私は元気を分けてもらっていることに気付く。
嫌な場所へと向かういつもならモノクロに感じる通学路が、コハクという爽やかな風が吹き込んできて、一気に色彩を取り戻したかのように輝いて見えるから。
学園に近づくにつれ、感じる視線の数が増えてきた。
「(ちょっとあれ、どういう事?!)」
「(何でよりにもよって王子の隣にあの子が居るのよ!)」
「(手なんか繋いじゃって……)」
ヒソヒソとこちらを見て、怒っている声や嘆いている声が聞こえる。今さらだけど、コハクって本当にすごくモテるんだな。
「大丈夫、桜は僕だけを見てて。他は見なくていいよ」
コハクに耳元でそう囁かれ、一気に熱を帯びたように身体が熱くなる。
この人は、どうしてそんな砂糖菓子のような甘い台詞をサラっと吐けるのか。
横目でちらっとコハクを見ると、彼はニコッと微笑み返してくれた。その笑顔だけで、私の胸はドキドキと激しく脈を打つ。正直、心臓がいくらあっても持つ気がしない。
正門を抜け、昇降口から階段、廊下を通り二年生のフロアまでやってきた。
途中何度か知らない女子生徒に話しかけられたけど、「彼女と一緒の時間を大切にしたいから」とコハクは断り続けて、ほぼ立ち止まることなく教室までついた。
ドアを開けても、いつもなら私が教室に入ってきた所で誰も見向きもしない。クスクスとわざとらしい笑い声が聞こえるだけだ。
しかし、今日はクラス中の視線がこちらに突き刺さるのを感じた。
視線の先は、コハクに繋がれた手で、驚きを隠せないといった様子でクラスメイトは固まっている。
「ゆ、結城君! 一条さんとは、どういう関係なの?」
女子のリーダー格、桃井がコハクに話しかけた。
「桜は僕の大切な彼女だよ。皆、仲良くしてあげてね?」
表面上、コハクはにこやかに微笑んではいるけど、有無を言わせない絶対的なオーラを放っていた。
「もちろんですわ」
皆の前ではあくまで優しい優等生を演じる桃井。栗色の髪はゆるくウェーブがかかり、完璧なパッチリメイクを施した彼女の容姿は可憐な人形のようだ。男女共に人気があり、言わばクラスのマドンナ的存在でもある。
「一条さん、困ったことがあったら、いつでも私に相談してね」
私の手を取り、桃井は優しく微笑んだ。
握られた手には、『絶対に許さない』と言わんばかりに、恐ろしい程の力が込められていた。
「おはよう、桜」
そう言ってコハクが満面の笑みを浮かべて待っていた。
思わずドアを閉めそうになるも、さすがにそれは失礼だとすんでの所で思い止まる。
「いつからそこに居たの?」
「ん~二十分くらい前かな」
朝、一緒に行く約束なんてしていない。
七月になった今、いくら朝とはいえ炎天下の中外で待っているなんて。
「昨日連絡先聞くの忘れちゃってさ」
なんて言いながら、頭をポリポリとかいて照れ臭そうに笑うコハク。とりあえず、冷えた麦茶を持ってきて彼に飲ませると「ふー生き返った、ありがとう桜」と、無邪気に笑っている。
私には、この人の考えている事が分からない。恋人のフリをするのにわざわざここまでする必要があるのだろうか?
「あ、ここまで来たら嫌だった?」
「嫌というより、驚いた」
「桜に早く会いたくて! ねぇ、手繋いでいい? 嫌なら諦めるけど……」
ニコニコ笑っていたかと思えば、怒られた子犬のようにしゅんと悲しんだり、コハクはコロコロと表情を変える。
見ていると、面白いかも。
獣耳があったら、最高なんだけどな。
彼の頭上を見ても当然ながら耳はない。
わざわざ朝から迎えに来てくれた労力を考えると、無下にお願いを断るのも忍びなくて、私は手を差し出した。
「いいよ、恋人のフリするために早く来てくれたんだから」
「ありがとう、それじゃあ行こうか」
コハクは嬉しそうに私の手を取って歩き出す。
手を握っただけでそんな反応されてしまうと正直どうしていいか分からない。
でも彼の笑顔に私は元気を分けてもらっていることに気付く。
嫌な場所へと向かういつもならモノクロに感じる通学路が、コハクという爽やかな風が吹き込んできて、一気に色彩を取り戻したかのように輝いて見えるから。
学園に近づくにつれ、感じる視線の数が増えてきた。
「(ちょっとあれ、どういう事?!)」
「(何でよりにもよって王子の隣にあの子が居るのよ!)」
「(手なんか繋いじゃって……)」
ヒソヒソとこちらを見て、怒っている声や嘆いている声が聞こえる。今さらだけど、コハクって本当にすごくモテるんだな。
「大丈夫、桜は僕だけを見てて。他は見なくていいよ」
コハクに耳元でそう囁かれ、一気に熱を帯びたように身体が熱くなる。
この人は、どうしてそんな砂糖菓子のような甘い台詞をサラっと吐けるのか。
横目でちらっとコハクを見ると、彼はニコッと微笑み返してくれた。その笑顔だけで、私の胸はドキドキと激しく脈を打つ。正直、心臓がいくらあっても持つ気がしない。
正門を抜け、昇降口から階段、廊下を通り二年生のフロアまでやってきた。
途中何度か知らない女子生徒に話しかけられたけど、「彼女と一緒の時間を大切にしたいから」とコハクは断り続けて、ほぼ立ち止まることなく教室までついた。
ドアを開けても、いつもなら私が教室に入ってきた所で誰も見向きもしない。クスクスとわざとらしい笑い声が聞こえるだけだ。
しかし、今日はクラス中の視線がこちらに突き刺さるのを感じた。
視線の先は、コハクに繋がれた手で、驚きを隠せないといった様子でクラスメイトは固まっている。
「ゆ、結城君! 一条さんとは、どういう関係なの?」
女子のリーダー格、桃井がコハクに話しかけた。
「桜は僕の大切な彼女だよ。皆、仲良くしてあげてね?」
表面上、コハクはにこやかに微笑んではいるけど、有無を言わせない絶対的なオーラを放っていた。
「もちろんですわ」
皆の前ではあくまで優しい優等生を演じる桃井。栗色の髪はゆるくウェーブがかかり、完璧なパッチリメイクを施した彼女の容姿は可憐な人形のようだ。男女共に人気があり、言わばクラスのマドンナ的存在でもある。
「一条さん、困ったことがあったら、いつでも私に相談してね」
私の手を取り、桃井は優しく微笑んだ。
握られた手には、『絶対に許さない』と言わんばかりに、恐ろしい程の力が込められていた。
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