獣耳男子と恋人契約

花宵

文字の大きさ
25 / 186
第三章 悪の女帝の迫り来る罠

独りじゃない

しおりを挟む
 只今の時刻、朝の五時。
 気持ちの通じあった私達の関係は、偽物の恋人から本物の恋人へと変化した。

「桜、ちょっと電話してもいいかな?」
「うん、構わないけど……」

 こんな早朝に一体どこにかけるんだろうという疑問は、コハクの第一声でさらなる疑問へと変わって、すぐに謎が解けた。

『もしもし、百合子さんですか?』

 百合子さんって私のお母さんの名前と一緒なんだけど……

『桜無事に見つかりましたので、今からお送りします。安心してください』

 って、いつの間に番号交換したの?

「桜、百合子さん心配してるから家まで送るよ」
「コハク、何でお母さんの番号知ってるの?」
「この前遊園地に行った時に、教えてもらったんだよ」

 ニコニコと微笑みながらコハクはそう言うけど、私が姉にコーディネイトしてもらってるあの短時間でそこまで仲良くなってたとは、夢にも思わなかった。

 確かにその爽やかな笑顔は好青年以外の何者でもなくて、ミーハーな母が目の保養って言って喜んでる姿が容易に想像出来て思わず苦笑いがもれる。

「桜、今日……学校どうする?」

 眉を下げて心配そうに尋ねてくるコハクに、少しずつ明るくなってきた空を眺めながら答えた。

「もちろん行くよ」

 正直あんな事があって気は進まないけど、昔のように家族に変な心配はかけたくなかった。
 
 特にこれからの季節、いつも長袖のシャツを着ている私を、家族は『暑いのに』って訝しげに見てくる。
 一応傷痕が直接目に触れないように包帯を巻いてはいるが、母にそれを見られてひどく心配された事がある。姉にもこの前見られてしまったし、二度目を見せるわけにはいかない。

 高校で私がいじめられている事を、家族には隠している。この一年間バレないように誤魔化してきたのを、こんな所でバレるわけには……っ。

 その時、不意に頭に温かいものがそっとのってきて見上げると、優しく微笑むコハクと視線がぶつかった。

「独りで抱え込まないで。君の笑顔を曇らすものは、僕が全て何とかするよ。だから……頼ってくれると嬉しいな、その……彼氏として」

 少し恥ずかしそうに言った後、コハクは私の頭をポンポンと撫でる。

 胸につかえていた不安がスッとはれた気がした。真っ暗な空間に根差す闇が、光で綺麗に浄化されたみたいに。

「ありがとう、コハク……ッ」

 頼れる人が居るってことが、こんなに心強くて、嬉しいことだった事を忘れていた。
 止まっていた涙が勝手にあふれだしてくる。

『今日一日で何回泣けば気が済むんだよ』

 なんて心の中で自分に悪態をついてみても一向に涙は止まらなかった。

 結局私が泣き止むまでコハクは胸を貸してくれて、大きな身体で包み込むように抱き締めてくれた。
 その優しい感触が心地よくて、幸せすぎてまたほろりとしそうになる。


 しばらくして私が落ち着いた所で、コハクが少し緊張した面持ちで話しかけてきた。

「桃井さん達には気をつけて。桜が意識を失ったのはきっと、飲み物に薬を仕込まれたからだよ」

 確かにあの時、烏龍茶を飲んだ後、身体が思うように動かなくなった。
 それまで平気だったのを考えると、私がトイレに立ってる隙に仕込まれたのだろう。でも……

「コハク、何で分かるの?」

 私は思わず疑問に思ったことを口に出していた。すると、彼は口元に笑みをたたえて答えてくれた。

「桜の口内に僅かに残ってたから」
「口内って……」

 私は言いかけた言葉を思わず途中で飲み込んだ。
 さっきの出来事を思い出して、恥ずかしくてそれ以上口に出来なかったから。
 私の赤くなっているであろう顔を見て、コハクはイタズラな笑顔を浮かべ尋ねてくる。

「勘違いだといけないから、念のためにもう一度確認していい?」

 もう一度ってそれは再び……先程の出来事を思い出し、恥ずかしくて全身の体温が一気に上昇した。
 茹で蛸状態図であろう私の顔を見て、コハクは満面の笑みを浮かべている。

 こいつ、絶対Sだ。
 笑顔で誤魔化すたちの悪いサディストだ。

「だって桜の反応が可愛すぎるからいけないんだよ?」
「……何で私の心の声が聞こえてるの?」
「フフ、愛の力だよ」

 コハクって、呼び掛ける思念だけじゃなくて、実は心の中も読めるんじゃないの?

「ほら、人って成長する生き物でしょ?」
「図星か!」
「とは言っても完璧に分かるわけじゃないよ。桜は顔に出やすいから分かりやすいだけ」

 とりあえず気を付けよう。色んな意味で。

 それからコハクに送ってもらって家に帰った。家族総出で心配され、誤魔化すのに苦労したけど、何とか納得してもらえてほっと安堵の息をもらす。
 シャワーを浴びて朝食を頂き、身支度を整えた。鞄に教科書を詰めながら、自身の手が少し震えている事に気付く。

 学校に行くのは正直怖い。
 でも、今は独りじゃない。
 コハクが隣に居てくれるからきっと大丈夫だ。

 不安で押し潰されそうになる心を励ましながら、私はコハクが迎えに来てくれるのを待った。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

処理中です...