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第三章 悪の女帝の迫り来る罠
特別課外授業
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尋常じゃない程、心臓が脈動し、手には脂汗を感じた。
私の過去が知られてしまったら、コハクもきっと私から離れていくだろう。
そう思うと胸が張り裂けそうな程苦しかった。
午後の授業に全く集中出来なくて、非情にもあっという間に時間だけがすぎて放課後を迎える。
「桜、帰ろう」
コハクがいつものように手を差し出してきた。
いつまで経っても手を取ろうとしない私の顔を心配そうに覗きこんできて、サラリとこぼれ落ちるコハクの綺麗な銀髪が視界に映る。
「ごめん、コハク……今日は用事があって遅くなるから先に帰ってて」
本当は今にでもその手を取って逃げ出したいけど、そういうわけにはいかない。
余計な心配をかけたくなくて、平静を装って話しかけるも「用事が終わるまで待つよ」と、彼の優しさが仇となる。
「大丈夫だから! お願い、先に帰ってて……ッ!」
焦った私は思わず大きな声を出してしまい、クラス中の視線が一気に集まる。
「桜……」
コハクは驚いたように目を見開いた後、悲しそうに瞳を揺らしてこちらを見ていた。
「気を付けて帰ってね、それじゃあ!」
それ以上見ていられなくて、私は逃げるように教室から出て女子トイレに駆け込んだ。
コハクが廊下に居ないのを確認して、私はいつもの空き教室に向かった。
彼に助けられるまで、毎日のように行われていた特別課外授業を受ける場所へと。
「遅かったわね」
ドアを開けると、机に腰掛けて足を組んだ桃井が楽しそうにこちらを見ていた。
さながらその姿は悪の女帝のようで、恐ろしい風格が漂っている。
「今日は貴女を守ってくれる王子様は居ないのね。そんなに過去がバレたくなかったのかしら?」
口元を手をあて、クスクスと笑いながら桃井が尋ねてくる。
「用件は何?」
そっとドアを閉めて、これ以上この空間に居るのが苦痛な私は早々に本題に入るも、情けないくらいに声が震えている。
そんな私を見て嘲笑うように鼻で笑った桃井は、途端に目尻をつり上げると命令するかのように強く言った。
「結城君と別れなさい。貴女に彼は似合わないわ」
「それは、出来ない」
彼女の言葉の意味を理解した瞬間に、私は否定の意を述べていた。
目の前の桃井に逆らうより、暗闇を照らしてくれた日だまりのようにあたたかなコハクの笑顔を失う方が怖かったから。
「馬鹿な子ね。自分から別れを切り出せば過去はバレずにすむのよ?」
軽くため息をつくと、桃井は口元に笑みをたたえてゆっくりとこちらへ近付いてきた。
金縛りにあったかのように動けなくなった私の元まで足を進めて彼女は止まる。
「自分から別れを切り出すか、過去を曝されて嫌われるか、アンタに残された選択肢はその二択だけよ。どちらにしても、貴女の王子様は居なくなるけどね」
耳元で悪魔が囁くかのように聞こえる桃井の声が、私をじわじわと闇の底へと落としていく。
「さぁ、どうするの?」
桃井は歪んだ笑いを必死に噛み殺すかのような表情で、こちらを眺めている。
「私は……」
その時、物凄い勢いでドアが開いて、カーテンの閉まった薄暗い教室に明るい光が差し込んできた。
「正解は、何があっても僕は桜の傍に居る、だよ」
凛として透き通った声が響いて、顔をドアの方へ向けると夕日をバックにコハクが立っている。
突き放すように怒鳴ってしまったのに助けに来てくれたんだと、思わず胸から熱いものが込み上げてきて、私は緩みそうになる涙腺を必死に堪えていた。
颯爽と教室に入ってきたコハクは、庇うように私の前に立つと桃井に厳しい視線を投げ掛ける。
「フフ……どうやら、時間切れのようね」
コハクの登場に桃井はさして驚く様子もなく楽しそうに笑っている。
余裕に満ちたその表情が、彼女はきっとこうなる事をはなから予想していたのだと教えてくれた。
コハクが助けに来てくれたのは嬉しいが、素直に喜べないでいた。
ここでどう足掻いてもきっと桃井は彼に、私の過去をばらすはずだ。それを知ったらコハクも、皆と同じ軽蔑の眼差しを向けてくるようになるのだろうか。
想像するときついな……
でも、私には今までがきっと贅沢過ぎたんだ。
神様が最後に素敵な夢を見せてくれて目覚める時が来たんだと、自分に何か慰めの言い訳を考えてないと、この現実に耐えられそうになかった。
短い間だったけど、コハクと一緒に過ごせて久しぶりに楽しい時間を過ごせた。
ありがとう、コハク……
「どうして君は、桜に酷いことをするの?」
「あら、貴方のためにやってあげたのに酷い言い草ね」
まるで切り離された世界の映像を画面越しに見ているかのように、コハクと桃井の話す声が聞こえてくる。
「それは、どういう意味?」
「親友を裏切って死なせた……そんな薄情な女と一緒に居ても、貴方が裏切られて不幸になるだけよ?」
──ガシャン
私の中で何かが砕け散った音がした。
きっと、これまで築いてきた彼との絆が粉々に砕け散った音なのだろう。
綺麗な琥珀色の瞳を大きく見開いて驚いているコハクと、視線が交錯したのを最後に……私は意識を失った。
深く暗い闇の底まで、ただ静かに落ちて行く。
私の過去が知られてしまったら、コハクもきっと私から離れていくだろう。
そう思うと胸が張り裂けそうな程苦しかった。
午後の授業に全く集中出来なくて、非情にもあっという間に時間だけがすぎて放課後を迎える。
「桜、帰ろう」
コハクがいつものように手を差し出してきた。
いつまで経っても手を取ろうとしない私の顔を心配そうに覗きこんできて、サラリとこぼれ落ちるコハクの綺麗な銀髪が視界に映る。
「ごめん、コハク……今日は用事があって遅くなるから先に帰ってて」
本当は今にでもその手を取って逃げ出したいけど、そういうわけにはいかない。
余計な心配をかけたくなくて、平静を装って話しかけるも「用事が終わるまで待つよ」と、彼の優しさが仇となる。
「大丈夫だから! お願い、先に帰ってて……ッ!」
焦った私は思わず大きな声を出してしまい、クラス中の視線が一気に集まる。
「桜……」
コハクは驚いたように目を見開いた後、悲しそうに瞳を揺らしてこちらを見ていた。
「気を付けて帰ってね、それじゃあ!」
それ以上見ていられなくて、私は逃げるように教室から出て女子トイレに駆け込んだ。
コハクが廊下に居ないのを確認して、私はいつもの空き教室に向かった。
彼に助けられるまで、毎日のように行われていた特別課外授業を受ける場所へと。
「遅かったわね」
ドアを開けると、机に腰掛けて足を組んだ桃井が楽しそうにこちらを見ていた。
さながらその姿は悪の女帝のようで、恐ろしい風格が漂っている。
「今日は貴女を守ってくれる王子様は居ないのね。そんなに過去がバレたくなかったのかしら?」
口元を手をあて、クスクスと笑いながら桃井が尋ねてくる。
「用件は何?」
そっとドアを閉めて、これ以上この空間に居るのが苦痛な私は早々に本題に入るも、情けないくらいに声が震えている。
そんな私を見て嘲笑うように鼻で笑った桃井は、途端に目尻をつり上げると命令するかのように強く言った。
「結城君と別れなさい。貴女に彼は似合わないわ」
「それは、出来ない」
彼女の言葉の意味を理解した瞬間に、私は否定の意を述べていた。
目の前の桃井に逆らうより、暗闇を照らしてくれた日だまりのようにあたたかなコハクの笑顔を失う方が怖かったから。
「馬鹿な子ね。自分から別れを切り出せば過去はバレずにすむのよ?」
軽くため息をつくと、桃井は口元に笑みをたたえてゆっくりとこちらへ近付いてきた。
金縛りにあったかのように動けなくなった私の元まで足を進めて彼女は止まる。
「自分から別れを切り出すか、過去を曝されて嫌われるか、アンタに残された選択肢はその二択だけよ。どちらにしても、貴女の王子様は居なくなるけどね」
耳元で悪魔が囁くかのように聞こえる桃井の声が、私をじわじわと闇の底へと落としていく。
「さぁ、どうするの?」
桃井は歪んだ笑いを必死に噛み殺すかのような表情で、こちらを眺めている。
「私は……」
その時、物凄い勢いでドアが開いて、カーテンの閉まった薄暗い教室に明るい光が差し込んできた。
「正解は、何があっても僕は桜の傍に居る、だよ」
凛として透き通った声が響いて、顔をドアの方へ向けると夕日をバックにコハクが立っている。
突き放すように怒鳴ってしまったのに助けに来てくれたんだと、思わず胸から熱いものが込み上げてきて、私は緩みそうになる涙腺を必死に堪えていた。
颯爽と教室に入ってきたコハクは、庇うように私の前に立つと桃井に厳しい視線を投げ掛ける。
「フフ……どうやら、時間切れのようね」
コハクの登場に桃井はさして驚く様子もなく楽しそうに笑っている。
余裕に満ちたその表情が、彼女はきっとこうなる事をはなから予想していたのだと教えてくれた。
コハクが助けに来てくれたのは嬉しいが、素直に喜べないでいた。
ここでどう足掻いてもきっと桃井は彼に、私の過去をばらすはずだ。それを知ったらコハクも、皆と同じ軽蔑の眼差しを向けてくるようになるのだろうか。
想像するときついな……
でも、私には今までがきっと贅沢過ぎたんだ。
神様が最後に素敵な夢を見せてくれて目覚める時が来たんだと、自分に何か慰めの言い訳を考えてないと、この現実に耐えられそうになかった。
短い間だったけど、コハクと一緒に過ごせて久しぶりに楽しい時間を過ごせた。
ありがとう、コハク……
「どうして君は、桜に酷いことをするの?」
「あら、貴方のためにやってあげたのに酷い言い草ね」
まるで切り離された世界の映像を画面越しに見ているかのように、コハクと桃井の話す声が聞こえてくる。
「それは、どういう意味?」
「親友を裏切って死なせた……そんな薄情な女と一緒に居ても、貴方が裏切られて不幸になるだけよ?」
──ガシャン
私の中で何かが砕け散った音がした。
きっと、これまで築いてきた彼との絆が粉々に砕け散った音なのだろう。
綺麗な琥珀色の瞳を大きく見開いて驚いているコハクと、視線が交錯したのを最後に……私は意識を失った。
深く暗い闇の底まで、ただ静かに落ちて行く。
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