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第四章 仲直りの代償
真夜中に咲く大輪の花(挿絵あり)
しおりを挟むあれから一週間経ったが、コハクは未だ目を覚まさない。
心配で眠れず、気がつくと時刻は深夜三時を回っていた。まさかこのままずっと目覚めなかったら──なんて不謹慎な事が頭をよぎり必死に否定する。
コサメさんのおかげで身体の傷は完璧に癒えているはずだ。
後は心の状態が落ち着けばコハクは目覚めるはずなのだから、変な事を考えるのはやめよう。そう思ってもやはり眠れない。
少し身体を動かせば疲れて眠くなるだろう。
最近身体もなまってきてるし、軽くランニングでもしてくるか。
パジャマを脱ぎ捨てラフな格好に着替えると、私は家族を起こさないようにそっと家を出た。
聖奏公園を一周して帰ろうと走っていると、前方に青白い光が見える。
しかも一つではなく結構な数の人魂のような光がうようよと浮いている。
墓地でもないのにそんなのが漂っているなんて。慌てて来た道を引き返そうとすると、人魂の方から声が聞こえてきた。
「ちっ、制御が出来ねぇ……ったく、何の嫌がらせだよ」
なんだ、人が居たのか。
木にもたれかかって座る人が手をかざすと、そこから人魂が出てきてふわふわと漂い出す。
すごいな。
最近の花火はあんな事も出来るんだ。
霊的なものじゃないと分かると、幻想的で綺麗な風景に見えてくるから不思議だ。
思わず感嘆のため息がもれる。
「……っ、誰だ?」
まずい、ばれてしまった。
「すみません、あまりにも綺麗だったんでつい……って、大丈夫ですか?!」
謝りながら近付くと、その人は荒い息を繰り返しながら苦しそうに胸を押さえていた。
慌てて駆け寄ろうとすると、急に身体が金縛りにでもあったかのように動かなくなる。
「……ここで見た事は忘れろ」
顔をあげたその人を見て、私は驚きが隠せなかった。
妖怪白狐?!
流れるような銀糸の長髪。頭の上には三角の耳があって、以前病室で会ったコハクのお父さんであるコサメさんに見た目がそっくりだったから。
彼は一体……まさか、コハク?
でもコハクはまだ病院に居るはずだ。病院から意識を取り戻したという連絡もないし。
その時、不自然な形で止まっていた身体が途端に動きだし、バランスを崩しそうになるのをなんとか持ちこたえた。
「……くっ」
前方を見ると、彼がまた苦しそうに胸を抑えて荒い呼吸を繰り返している。
救急車が頭をよぎるが、彼のこの姿では目立ちすぎて別の意味で騒がれてしまうだろう。
そのまま放っておくことも出来なくて、私は少しでも楽になるよう彼の背中をさすり続けた。
「……っ、何のつもりだ……俺に恩でもかけて、お前は何を求めている?」
「別に何も求めてません。嫌なら止めます。ただ、困っている人を放ってはおけないだけです」
「……変な女。そうか、ここは……妖界では……なかったな……」
拒絶しないということは、少しは楽に感じてくれているのだろうか。
しばらくして発作がだいぶ治まってきた頃、彼が再び口を開いた。
「もうよい。少し楽になった」
「ならよかったです。すみません、こんなことしか出来なくて……」
「借りを作ったままなのは性に合わない。金、銀、財宝何でも良い。欲しいものをくれてやろう」
「……いやいや、結構です。私は何もしてませんから!」
いきなり何を言い出すだこの人は……慌てて否定すると、何故か少しムッとした顔で睨まれた。
「世の中等価交換だ。いいから、何か望みを言え」
「本当に結構です。お返しして貰うようなことなど何もしてませんから」
「お前、何を考えている? 他人が無償で手助けするなどありえぬ」
心底驚いたというように切れ長の瞳を丸々とさせて彼はこちらを見ている。
これは、何か言うまで引かないのだろう。
「だったらさっきのやつ……また見せてもらえませんか? その、すごく綺麗だったので」
「……そんなものでいいのか?」
私がコクリと頷くと、彼は立ち上がって三歩ほど歩いて振り返る。
右手に青白い火の玉を出現させ、両手でその火の玉に何かを込めるように手をかざすと、上にふよふよと飛んでいった青白い火の玉が空で弾けて花火のように大輪の花を咲かせた。
そのままヒラヒラと降ってきた青白い光は辺りの木々を輝かせ、一瞬にして綺麗なイルミネーションでライトアップされたみたいに華やかな景色へと早変わり。
人工の光とは違う優しく温かな光がより自然の美しさを際立たせ、まるでおとぎの国に居るようだ。
「わぁ……こんなに綺麗な景色、初めて見ました! ありがとうございます!」
興奮冷めぬ私を見て彼は、おかしそうに口元を緩めて笑った。
明るく照らされ正面から彼の顔を見て、私は思わずその名を口にしてしまった。
「コハク……?」
似ている……物凄く、コハクに。だけど、喋り方も雰囲気も全く違う。それによく見るとコハクより少し切れ長の瞳が、よりクールな印象を引き立てている。
「お前、コハクを知っているのか?」
大きな獣耳をピクリとさせ、途端に難しい顔になった彼は、静かにそう尋ねてきた。
「え……あ、はい。同じクラスなので……」
私の返事を聞くと彼は、短く「そうか」と呟いた後、こちらへ近付いてきた。
途端に空気がピンと張り詰めたようになって思わず生唾をゴクンと飲み込む。
「これは夢だ。今見た物もこの瞬間も。だから安心して眠るが良い」
次の瞬間、急激な眠気に襲われた。
何がどうなっているのかさっぱりわからないまま、私は少しずつ意識を手放す。
「慈悲深き彼の者に、ささやかな祝福を……」
何かに包まれるような温かい感覚が、すごく心地よかった。
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